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《外伝2》イージェンと金の目の老魔導師(上)-2

ブルゴがミザリアの肩に回っている男の腕を掴んだ。すごい握力で握りつぶさんばかりに力を込めた。だが、男は表情ひとつかえずに腕を振り上げた。ブルゴが手を離し、後にのけぞった。振り払われたのだ。

「小僧…」

 ブルゴが屈辱に震えた。すぐに殴りかかろうとしたが、ディッリにうながされた賭場の主人が中に割って入った。

「まあまあ、ブルゴもそう熱くならず…。にいさんもけっこう腕っぷしに自信がありそうだし、どうだいここは」

 ブルゴの肩と男の肩に手を置いた。

「ヴラゥバタァユで決着つけてみちゃぁ」

 ブルゴがパンパンと腕を交差させて、筋肉の盛り上がりを見せ付けた。

「決着?なんのだ」

 男がまだ飲み続けて主人を睨んだ。主人がミザリアを見た。

「この酒場一の美女、どっちのものにするか、決着つけるんですよ」

 ミザリアが驚いて、ブルゴを見上げた。ブルゴは自信ありげににやっと笑っていた。男がぷいと横を向いた。

「くだらん、俺は別にこの女なんかどうでもいいんだ、さっさと連れて行け」

 ブルゴが男の反対側の椅子にどかっと座った。

「最初から負けと決まってるしな、怪我したくねぇよな!」

 男がブルゴを正面から見た。ブルゴがそのあまりに暗く澱んだ眼に不気味さを感じながらも笑い飛ばした。

「ははっ!どうせ女も知らねぇ小僧だろう、さっさと帰って、おふくろのおっぱいでも飲んで寝ろ!」

 手下たちはじめ酒場の客もみんなあざ笑った。男ががたっと立ち上がった。ここで帰られてはとディッリが近寄った。

「おいおい、尻尾巻いて逃げるのか。ずいぶんと腰抜けだな」

 ずいっとディッリの手下どもも囲い込んだ。男がまた腰を降ろしてテーブルの上の酒瓶や杯をなぎ払った。ガシャガシャンと大きな音を立てて床に落ちた。

「そんなにやらせたいなら、やってやるが、どうなっても知らんからな」

 男がみんなを見回しながら凄んだ。ディッリが挑発に乗ったと口元を緩めた。どうせ、ブルゴに勝てるはずはない。腕をへし折られて、のたうっているところをみんなで袋叩きにして、金を取り戻し、川に投げ捨てればいい。

「よっしゃっ!泣きっ面かかせてやるからな!」

 ブルゴが意気込んだ。手下のひとりが、ブルゴがテーブルに付けた肘の下に丸い敷物を置き、もう一枚男の前に置いた。

男がその敷物の上に肘を付けて、ブルゴと手のひらを組んだ。ブルゴが片方の手でテーブルの縁を掴み、男も同じように縁に手を掛けた。

 賭場の主人が仕切りになって、ふたりの拳の上に手のひらを置いた。

「はじめ!」

 主人が手のひらを離した。ブルゴが一気に決めてやろうと力を込めた。しかし。

 びくともしなかった。男はそんなに力を入れているようには見えないのに。

「くっ!」

 ブルゴがテーブルの縁を掴む手にも力を入れ、身体全体で腕を倒そうとした。

「おい!どうした!」

 ディッリがブルゴの顔を覗き込んだ。真っ赤になっている。一方男は平然としていた。

「…あんた…」

 ミザリアが青くなって震え出した。

「どうした、俺に泣きっ面かかせるんじゃないのか」

 男が冷たい目を向けた。ブルゴはぐぐうっと息み続けている。

「そっちが仕掛けたんだからな、俺を恨むなよ」

 男はそう言うと、がっと腕を動かした。

「ぎゃぁぁぁああっ!」「きゃぁぁーっ!?」

 ブルゴが悲鳴を上げた。ミザリアも悲鳴を上げた。

ブルゴの腕が肘のところでねじ切れたようになって、血が噴出し、折れた骨が出てきた。ブルゴが肘を押さえて、悲鳴を上げながら床を転げまわった。

 ディッリや手下をはじめ、野次馬たちも呆然となった。ディッリが腰の剣を抜いた。

「てめぇ、ふざけやがって!」

 男に突き出した。男は難なく剣を避け、拳でディッリの顔面を殴りつけた。ディッリの身体が数セル吹っ飛び、テーブルにぶつかってひっくり返った。

「ヒ、ヒイイィィィィィ!」

 ディッリが情けない声で潰れた鼻を押さえた。男は金の袋を肩に担ぎ、テーブルの上に金貨を一枚置いた。

「酒代だ」

 そして、そのまま酒場を出て行った。ミザリアがスカートをめくり、シュミーズをちぎって、のたうちまわるブルゴの肘に当てて、血止めした。

「あんた!大丈夫かい!?」

 痛みと恐ろしさにブルゴは震え出した。ディッリが鼻を押さえながら、ミザリアを蹴飛ばした。

「あいつに付いていけ!ねぐらを探って来い!」

 ミザリアがきっと見返した。

「いやだよっ!」

「四の五の言うと、こいつを医者に連れてってやらねぇぞ!」

 ディッリがまた蹴飛ばした。ミザリアがブルゴの腕を握った。

「わかったよ、その代わり、ちゃんと連れてっておくれよ!」

 ミザリアがぱっと走って店の外に出た。男の姿を探したが、見つからない。裏に回ると馬に乗った男が離れていこうとしていた。

「待ってよっ!」

 ミザリアが叫び、駆け寄った。男が馬の上から見下ろして、不愉快そうな顔をした。

「なんだ、そっちが仕掛けたんだからな、俺のせいじゃないぞ」

 ミザリアが首を振った。

「わかってるよ、だけど、あんたが勝負に勝ったから、あたしはあんたのものだよ」

 男が馬の鼻面を回した。

「あいつの看病してやれ、もうヴラゥバタァユはできないだろうけどな」

 ミザリアは馬のくつわに飛びついた。

「もうあんなヤツはどうでもいいんだよ!連れて行っておくれよ!」

 そうしないとブルゴが手当てしてもらえない。酒場女と客として付き合い始めたように見せていたが、本当は夫婦だった。ブルゴは、西の国で拳闘士をしていたが、主人の下女だったミザリアといい仲になり、駆け落ち同然で流れ着いてきたのだ。

 男がちらっと酒場の方を見てから、ミザリアの腕を取って馬上に引っ張り上げた。自分の前に座らせ、馬を走らせ出した。

 ミザリアが男にしがみついた。

「どこに行くんだい」

 ミザリアが少し緊張して尋ねた。ねぐらさえわかれば、逃げてくればいい。

「さあな…この街には今日来たばかりだ、宿も決めていない」

 酒が飲めればどこでもいいというので、街外れの宿屋を勧めた。そこのおかみとは知り合いだった。ディッリへの伝言を頼むことができる。

 男は疑う様子もなく、街外れに向かい、宿屋の外に馬を止めた。見知らぬ男とやってきたミザリアに、おかみがほんの少しだけ、眼を向けたが、素知らぬふりをして、部屋に案内した。

「ここは湯が沸いてるんだよ」

 火山が近いので、湯が湧き出る泉があるのだ。男が外套を脱ぐのを手伝おうと手を出した。男がビッと外套を引っ張った。

「自分でやる」

 さっさと外套を脱ぎ、部屋の隅の取っ手にかけた。手ぬぐいを持って出て行った。ミザリアは、すぐに厨房に向かった。おかみはブルゴではない男とやってきたことを咎めた。

「やっかいごとに使われるのは困るよ」

 ミザリアが手を合わせるようにして頼んだ。

「あの男が、ここにいるって、ディッリの旦那に伝えとくれ、バングゥの店にいるから」

おかみが迷惑そうにしていたが、ディッリが係わっていると知って、承知した。

「それと、あるったけの酒を出しておくれ、なんでもいいから」

 ミザリアが頼むと、おかみが亭主に後を任せて、出て行った。亭主が樽から瓶に酒を入れた。何本か入れてもらって部屋に戻った。まだ帰ってきていなかった。

外の馬小屋の横にある湯屋に向かった。湯屋は脱衣所と岩で囲まれた湯船がある。湯を掛ける音がしている。金の袋は服の下のようだったが、手をつけずに服を脱ぎ始めた。

 ズロースを脱ぎかけたところで男が出てきた。

「かなり熱い湯だ、水で埋めないと」

 さっとズボンだけ着て、上着などを持って出て行った。締まったいい身体つきだ。ミザリアは緊張していながら、どきどきしてしまった。

 ミザリアも湯を浴びて、部屋に戻った。上半身裸のまま、男はまた酒を飲んでいた。ミザリアが男をちらっと見てから横の椅子に腰掛けた。

「ねぇ…あんた、名前は」

「ヒトに名前を尋ねる前に名乗るもんじゃないのか」

 ギロッと睨まれて、あわてて言った。

「あ、あたしはミザリアっていうんだけどさ、その、あんた、あのブルゴを負かしちまったんだから、そうとう腕がたつんだね」

 ミザリアにはそうとうどころではないとわかっていた。拳闘士の試合を仕切っていた貴族の主人に仕えていた下女だったので、腕自慢の男たちをたくさん見てきた。この男の強さはふつうではない。

 男は、ミザリアの杯に酒を注いだ。ミザリアが杯の縁に口をつけた。

「俺はイージェンだ、あのブルゴって男、ずいぶんおまえに入れ込んでたようだが、こんなにあっさり乗り換えていいのか」

 イージェンは窓のほうを見ていた。ミザリアは、どうしたらいいか困った。おかみがディッリたちを連れてくるまで、自分は逃げられないのだ。とにかく、この男の相手をして、安心させようと思った。

「あたしは強い男が好きなんだよ」

 イージェンの側に立ち、潤んだ眼で見つめた。イージェンがぐいっと杯の中身を飲み干して、椅子から立ち上がった。


 ベッドの上で身体を重ねながら、イージェンは、不愉快でたまらなかった。

…この女も同じだ、あっさり男を乗り換えて…

 この自治州に来る前にも、ひたすら酒を飲み、娼婦を抱いた。でも、いくら飲んでも少しも酔うことができなかった。

いくら娼婦を抱いても、なんの感情も湧かなかった。ただ、精が出るから出しているという感じだった。

 だが、今自分に抱かれているこの女には不愉快さを感じていた。…さっきまで好きな男がいたのに、なんですぐに別の男に抱かれるんだ、なんで…

不愉快なのに、身体は女を求めていた。娼婦相手よりもずっと欲しくなっていた。それがいっそう不愉快だった。おもむくままに激しく抱いた。

イージェンに昂ぶりが来て、精を放った。

「ハッ!ハァアッ!」

 後ろに影が立った。

「ひっ!」

 ミザリアが息を飲んだ。鉄棒が何本も振り下ろされてイージェンの頭や背中を叩いた。イージェンは声もなくミザリアの身体の上に倒れた。

「さすがに女を抱いているときは、油断してたな」

 何人かの男たちの後ろからディッリの兄ルセギンがぬうっと現れた。ブルゴほどではないが、大きな身体で、丸々と太っていた。男たちが気を失ったイージェンを床に落とした。男たちがジャラッと音を立てて、イージェンの首や手足に金輪を嵌め、鉄の鎖で縛り、錠を掛けた。金袋を取り上げた。ミザリアが震えながらも尋ねた。

「うちのヒトを医者に連れてってくれたんだろうね」

 ルセギンが手にした調鞭でミザリアを叩いた。

「ひっ!」

腕で顔を防いでベッドに伏した。

「俺が着いたときはいなかったから、連れていったんじゃねぇのか?」

 縛り上げたイージェンを連れて行くように手下に命じて、出ていった。おかみや亭主が心配して覗き込んだ。ミザリアは精で汚れたまま急いで服を着た。

「馬を貸しておくれ」

 返事もしないうちに裏に繋いであったイージェンの馬に飛び乗り、街に戻っていった。


 酒場は血だらけになってしまい、閉店しなければならなかった。ブルゴは、ディッリの手下たちが戸板に乗せて、外に出した。主人が馬車を持ってこようとしたが、手下のひとりが手を振った。

「いらねぇよ、このままほおっておけってさ」

 それが耳に入ったブルゴが身体の痛みを堪えて泣いて頼んだ。

「頼むよ、医者に連れてってくれよ、ミザリアが言いつけ守ったじゃないか…頼むうぅ」

 血止めしたが、まだ血は滲み出ているし、傷がひどいから膿んで死ぬかもしれない。

 手下たちはフンと鼻で笑って立ち去った。ブルゴが主人にも頼んだが、主人がすまなそうに言った。

「勝手にはできないんだよ」

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