表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/404

《外伝2》イージェンと金の目の老魔導師(上)-1

その世界、五つの大陸を持つ。一の大陸セクル=テゥルフ、二の大陸キロン=グンド、三の大陸ティケア、四の大陸ラ・クトゥーラ、五の大陸トゥル=ナチヤ。

その大陸の各地にあまた存在する王国では、魔力と知識でもって真義と秩序を守る魔導師が、王室と宮廷を補佐し、国政に強い影響を与えていた。かつては、その絶大なる魔力をもって大陸の魔導師たちの頂点に立っていた大魔導師と呼ばれる五人によって、五大陸全域の統制も行き届いていたと言われていた。

しかし、今では、大魔導師のほとんどは亡くなり、多くの大陸は『麻の如く』乱れていた。各王国は、自国の繁栄を求め、鉱山、水源、沃地、漁場の利権を巡って、隣国や自治州と争うことが多くなっていた。本来魔導師学院は、『真義と秩序を守る』ために、争いを避けるよう国王や宮廷に進言し、また操作しなければならない。しかし、中には争乱行為を黙認する学院もあった。また国内でも王位争いや貴族の横暴、匪賊、軍人くずれの盗賊匪賊などが治安を乱し、人々を脅かしていた。


 五の大陸トゥル=ナチヤのイージェンは、黒髪に黒い瞳、痩せて背が高く、地の底のような鋭く冷たい眼光を宿した男。まだはたちにもなっていない。

「忌まわしい存在」。「現し世にいてはならない存在」。

禁忌を犯した魔導師の父と汚された聖巫女の母から生まれた。魔力を持ちながら、学院で育たず、真義と秩序のために使うべき魔力を破壊と混乱のために使った。恩義ある男の依頼を受け、弱みもあって断りきれず、魔導師や王族を殺害したのだ。そして、生まれ育った大陸から逃げなければならなかった。

父も母も亡くし、たったひとりの大切な双子の兄とも離れ離れとなり、友とも別れ、二の大陸キロン=グンドにやって来た。

二の大陸キロン=グンドは紀元以来、王国の統合、分裂を繰り返してきた。大魔導師シャダインが亡くなってから五十年余りが経とうとしていた。

そして、イージェンは、そのキロン=グンドのイリン=エルン王国で、ひとりの剣術に長けた美しい女と出会った。戦姫いくさひめの異名をもつ女の名は、ティセア。

父の治めていた自治州ラスタ・ファ・グルアがイリン=エルンに占領され、父は戦死、ティセアは捕われた。残った州民を助けたかったら、イリン=エルン王に身を任せろと迫られて、やむをえず側室になった。

ほどなく身籠ったが、国王が州民たちの殺害を命じたというので、王宮を逃げ出し、民たちが隠れ住んでいた村に行った。はたして、民たちはみな殺されていて、追ってきた王宮護衛隊隊長に殺されるところをイージェンに助けられた。

 イージェンは、身重のティセアと山奥の小屋に隠れ住んだ。ティセアの容姿の美しさにもまして、民の無念の死に涙する気高さに心を奪われたのだ。魔力があることを隠し、腹の子の父親になりたいと求婚した。ティセアもイージェンの想いを受け入れてくれた。なんとか子どもも無事に産まれ、ティセアの父キリオスの名を付けた。

 だが、産まれてひとつきが経ったので、三人で国外に逃げようとしたとき、学院長や父の部下だったものと出くわした。学院長によれば、州民を殺したのは、追ってきた護衛隊長が勝手にしたことで、国王の命令ではなかったと言われ、ティセアは、イージェンを置いて王宮に戻ってしまった。イージェンは、王宮まで追っていき、三人で逃げようとしたが、ティセアは、子どもは国王のひとり息子であり、自分も妃にしてもらえるからと拒んだ。

 イージェンは、自分の妻よりも国王の妃になることを選んだティセアへの憤り、そして、絶望と悲しみに心が潰されそうだった。

せっかく見つけたのに。俺が何かをしてやれる相手を。大切にしてやれる相手を。

ティセアとキリオスのふたりをどこまでもいつまでも守ってやりたかった。

王宮を出て、暗い夜道をふらふらと酔っ払ったような足取りで歩いていた。

「くそ…なんで、慰み者のほうがいいんだ、そんなに妃と呼ばれたいのか…」

 ぶつぶつとうわごとのようにつぶやいていた。

「俺といるよりも、王宮で暮らしたいのか…そんなに贅沢がしたいのか…」

魔導師を憎んでいた兄に魔導師だとわかってしまって、死ねと罵られたときより辛いことなどないと思っていた。でも、今、あの時以上につらかった。

夕べ自分と愛を確かめ合ったばかりなのに、さっき、拒みもせずに押し倒されるままに国王に抱かれていた。それでも、自分に付いてきてくれればいいと思った。別の男に抱かれようが、誰の子を産もうが、ティセアが大切だった。

「こんなに好きなのに、こんなに…こんなに好きなのに」

気持ちを押し付けるつもりはなかった。だから、強引にでも抱きたいのを我慢して、時間を掛けて想いを伝えていったのだ。その甲斐あって、ティセアの気持ちが自分に向き、想いが通じたのだと思っていた。そうでなければ、一緒に生きようとは思わないし、一緒に逃げようなどとは言わない。だが、所詮、ひとりよがりだった。

 みじめだった。

 ずっと歩き続けた。ぶつぶつとつぶやきながら。夜が明けても、また次の夜が明けても。

 すれ違うヒトたちは、大柄で異様な目つきの男が、ふらふらとしているので、酒かなにかで頭がおかしくなっているのかと思い、避けていた。

 いつのまにか、あの山のふもとまで来ていた。置き去りにしていった馬が川の側にぽつんと立っていた。どこかに逃げたか、誰かに持っていかれたと思っていた。水を飲んで、川辺の草を食んでいたようだった。放り投げていった荷物もそのままだった。ティセアやキリオスのものが詰まっている荷物だった。

 急に身体をぶるっと震わせ、恐ろしい顔で荷物を川に蹴り落とした。馬に飛び乗り、走り出した。


 二の大陸キロン=グンドは、イリン=エルンとウティレ=ユハニのふたつの大国を中心に中堅のガーランド、スキロス、ハバーンルーク、小国のヤンハイ、ドゥルーナン、クザヴィエの八つの国からなり、自治州も二十を越えていた。

 スキロス東側の自治州のひとつサウダナ自治州は、くず鉄を集めて溶解して作り直す、金物鋳造を生業としていた。商人組合ヴラド・ヴ・ラシスに頭の上がらない領主によって運営されていて、戦争の多い二の大陸においては、武器の再生利用などで重宝されていた。

 サウダナ州都は、大陸のあちこちから鋳造所の人足をはじめとして、市場や酒場などに出稼ぎに来たものたちが絶えず出入りしていて、賑やかではあった。しかし、治安はあまり良いとは言えず、むしろ無法な連中がたむろしていて、好き勝手に振舞っていた。

 とくに、州都近くの火山の麓にある鋳造所の親方ルセギンは、ヴラド・ヴ・ラシスから回されて来ていて、州の利益よりもヴラド・ヴ・ラシスの利益を優先してばかりいた。弟や手下を人足頭や出納係にして、うまい汁を吸うことばかり考えているような男だった。弟もよくしたもので、兄と同じようにこすっからい悪党だった。

ヴラド・ヴ・ラシスから州都の酒場や娼館、賭場の仕切りも任されていたルセギンは、弟ディッリに守料を徴収させていた。賭場の入り口でもある酒場を訪ねたディッリに賭場の主人が囁いた。

「あの、あそこで飲んでいる若造…」

 ディッリが主人の指差す男を見た。黒い外套の大柄な若い男で、テーブルの上に何本か酒瓶を置いて飲んでいた。

「あいつがどうかしたのか」

 ディッリは、遠目でも男がなにか刃物のような鋭さがあることがわかった。

「賭場でひとり勝ちだったんですよ、スティアムが振ったのに」

 ディッリが驚いた。スティアムは賽サイ振り師だ。自分の思うように賽の目を出すことができる。めったなことで賭場が負けるような出目にすることはない。ディッリが男を避けるようにして奥の仕切り扉から賭場に入った。

「おまえが振ったのに、当てられたのか」

 スティアムがため息をついて首を折った。

「それであまりに当てられてしまうので、杯を開けるときに細工しようとしたら、ミザリアに開けろと」

 杯を開けるときに出目に細工することを見抜いて、酒場女に開けさせたのだ。

「今度来られたらここはつぶれますよ」

 スティアムがもうあいつ相手には振れないと言った。今日は元金もなくなって、賭場は締めなければならなかった。

「兄貴に知らせよう。とにかくどこがねぐらか、探らないと」

 一緒に来た手下のひとりにルセギンへ伝えるよう言って、自分は一番奥のテーブルに座り、男をそれとなく見張った。酒場女が酌をしようとすると、酒瓶を奪って追い払い、手酌して水のように呷っていた。

「そうとう酒に強いみたいだな」

 酔いつぶれたら、袋叩きにして、賭場の金を取り戻そうかと思ったのだ。ディッリが側の手下に相談した。

「ブルゴにからませようか」

 ブルゴは拳闘士崩れの手下で、腕っぷしが強い。テーブル上で腕の力だけで争う腕格闘ヴラゥバタァユでは負けたことがなかった。相手の腕の骨をへし折るくらいは平気でやる。

「そうですね、あいつがミザリアの尻でも触れば、ブルゴはこっちが言うまでもなく腕の一本や二本へし折ってくれるでしょう」

 ミザリアは二十五、六のなかなか艶っぽい酒場女だが、ブルゴの女だった。手下が奥に引っ込んでミザリアに言いつけた。ミザリアはあまりいい顔をしなかったが、ディッリの言いつけを聞かないわけにはいかない。

男のテーブルの上の酒瓶を片付けにいった。

「おにいさん、なにか食べないの、飲んでばかりじゃ、身体によくないよ」

 すでに八本ほど空になっていた。賭場から出てきてそんなに時間は経っていないので、かなり速い飲みっぷりだった。男は九本目の瓶を逆さに振った。

「あと五、六本もってこい」

「この酒、かなり強いんだよ、こんなに飲んだら、明日の朝死んでるかもよ」

 杯をぐいと飲み干した。

「いいからもってこい」

 杯をテーブルに叩きつけた。ミザリアが呆れて厨房に行った。酒瓶と杯、木の実を皿に入れて持っていった。

 ミザリアが空の杯に注ごうとしたが、その瓶を奪った。

「自分でするからいい」

 ミザリアが、その瓶を奪い返した。

「あたしに仕事させてよ」

 そう言って、隣の席に座り、男の前の杯に注ぎ、持って来た杯を指した。

「一杯、飲んでもいい?」

 男が杯を口につけて、素っ気無く言った。

「勝手にすればいい」

 ミザリアが肩をすくめながら杯に入れて一気に飲んだ。

「あーあ、やっぱり、これはやばいよ、こんなに飲んじゃ」

 そう言って、立ち上がり、よろけて男の方に倒れ掛かった。男がミザリアの肩を掴んで、押し返した。ふわっと浮くような感じがして、ミザリアは椅子に座っていた。

「酔ってないだろう」

 男がまったく酔っている様子もない鋭い目で睨みつけた。

「そんなこと…ないよ」

 ミザリアが震えながら、ちらっとディッリたちのほうを見た。男が急に立ち上がり、ミザリアの椅子の横に自分の椅子を寄せて座った。ミザリアの杯に酒を注いだ。

「飲め」

 ミザリアが杯を掴んで口を付け、こそりと言った。

「あんた、やばいよ、賭場であんな勝ち方したら、生きて帰れないよ…」

 男がミザリアの肩に腕を回して抱き寄せた。ミザリアがはっとなって男の顔を間近で見た。まだ若い。はたち前かもしれない。男がミザリアの耳元でつぶやいた。

「ここの連中に俺がどうにかできるものか…やれるものならやってみろ」

 酔っていない様子だったが、まるでうわごとのようだった。

 酒場の入り口付近で仲間と飲んでいたブルゴが自分の女にちょっかいを出されたと思って、真っ赤な顔で近寄ってきた。

「おい、小僧、俺の女に何してるんだ、気安く触るんじゃねぇ」

 男がフンと鼻で笑った。

「誰の女かなんて知るか、そんなに大切なら、こんなところで働かせるな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ