表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/404

《外伝》イージェンと銀環の月(下)-(6)

しどけなくベッドの上に横たわっていたティセアは、国王が汚したローブを着替えようとベッドから降りた。国王は政務が残っているからと少し前に部屋を出て行った。ふと頭を上げた。

「…イ、イージェン…!」

 目の前にイージェンが立っていた。見たことのないような恐ろしい顔をして見下ろしていた。唇が震えている。手に持っていた袋を床に叩きつけた。

「俺は金でやとった従者か!」

 袋の口が開いて銀貨が飛び散った。恐ろしくてティセアは顔を伏せた。何も言い返せなかった。イージェンを見ていることができなかった。

「何とか言え!」

 怒鳴るイージェンにティセアがか細い声で頼んだ。

「頼む…そんなに大きな声を出さないでくれ…ヒトが来る…」

 もし見つかったら、大変なことになる。

 イージェンはティセアの両肩を掴んだ。急に怒りで尖っていた顔を崩した。

「三人で逃げよう、他の大陸に行って、全て忘れて…一緒に暮らそう」

 引き寄せようとした。ティセアが身体を振って、イージェンの手を振り払った。

「ティセア?」

 ティセアはベッドに座り込み、顔を伏せた。

「キリオスは陛下のただひとりの男のお子だ。この国の世継ぎだ。わたしは陛下の…」

「キリオスが誰の種だろうと関係ない、あの子は俺の息子だ!おまえも俺の妻だ!」

 イージェンを見ないようにして首を振った。イージェンが肩を掴み、ガクンと身体を揺すって顔を上げさせた。

「おまえは俺の妻になるよりも国王の慰み者になるほうがいいって言うのか!」

 ティセアがなおも首を振った。

「慰み者じゃない…妃にしてくださるってお約束くださった…」

 イージェンの手がティセアの肩から離れた。

「キリオスも王太子にしてくださるって…ラスタ・ファ・グルアの名も残し、城もわたしの離宮にしてくださる、そうお約束くだ…」

 イージェンが両手で耳を覆って、身を折って叫んだ。

「やめろ!やめろ!もう聞きたくないっ!」

 同時に白い木の枠の硝子扉を破ってバルコニーから外に飛び出た。ガシャーァァン!という大きな音がして、硝子と木枠が粉々に壊れて飛び散った。

「ティセア様!どうされました!?」

 侍女たちが扉の外で声を掛けた。ティセアは急いで窓際に置いてあった大きな花瓶と壺を床に叩きつけた。扉を開けてやってきたものたちに言った。

「花瓶を割ってしまった、すまない」

侍女たちの後ろから灰緑の外套ですっぽり身体を覆った小柄なものが杖を突いてゆらりと入ってきた。

「ずいぶんと派手にされましたな」

 頭巾の下はしわがれた老婆だった。ティセアは顔を逸らした。

「お父上が生きておられたら、嘆かれたでしょうな、自慢の戦姫いくさひめが仇に身も心も売ったと」

 ティセアが眉を吊り上げて老婆を睨み付けた。

「知ったような口を!ラスタ・ファ・グルアの名を残し、父上の血筋をこの国の王にできるのだ!父上だってお喜びになられる!」

 老婆がフンと鼻を鳴らして出て行った。


 国王はティセアの部屋を出てからすぐに後宮の西棟を訪れた。西棟は王妃の宮だった。まだ春浅いとも思えないほど色鮮やか花々で飾られている部屋に入ると、部屋の中央に豪奢な衣装に飾り物をつけた中年の女が玉座のように大きな椅子にゆったりと腰掛けていた。

「母上、おいででしたか」

 国王が胸に手を当ててお辞儀した。少し離れたところで乳母がキリオスに乳を含ませていた。細い目でその様子を見ていた国王の母王太后が頬杖をついた。

「よくも無事に生まれたものだ」

 従者が持って来た椅子に座った国王が大きなため息をついた。

「母上、王妃に王太子を産ませるのは無理なのですから、これでご納得ください」

「気に入らんのはあの男の血筋がこのイリン=エルンに入るということだ、だがそれも…」

 王太后は、ラスタ・ファ・グルアのキリオスを嫌っていた。聡明で美男子だったキリオスと才も容貌も平凡な王であった先王を比べるものも多く、しかも自治を誇って礼を尽くさないので、不愉快な存在だったのだ。乳母に来るよう手招いた。乳母が乳をしまい、キリオスを連れてきて、王太后に渡した。従者に王妃を呼ぶよう言いつけた。

「ティセアを妃にはせぬ、王子の名はイヴァノンとする、誰があの男の名など付けさせるか」

 イヴァノンは先王の名だ。従者と侍女数名を伴ってやせ細った顔色の悪い王妃が王太后と国王の前にやってきて、両手を重ねて左の腰に置き、少し捻ってお辞儀した。

「陛下、伯母上、ごきげんよう」

 王妃は王太后の姪で、国王の従妹だった。幼い頃に王妃となったが、子ができなかった。学院や医師から今後も出来ないだろうと言われた。王太后の腕の赤ん坊を見て顔を曇らせた。その顔を見て王太后が手招いた。

「そんな顔をしないで。ごらん、この子は…」

 近くに来た王妃にキリオスを差し出した。おなかが膨れてすやすや寝ている。

「そなたの子だ、抱きなさい」

 王妃が驚いて国王を見た。国王はやれやれという顔をしてから、うなずいた。王妃がキリオスを受け取って、覗き込んだ。

「かわいいこと…従兄上あにうえ…いえ、陛下、うれしいです」

 国王が喜んでいる王妃の頬に口付けした。

「そなたの子として立太子式をしよう。民も世継ぎが産まれて喜ぶだろう」

 王太后に揃ってお辞儀をし、キリオスを抱いてふたりの寝所に向かった。

 奥から学院長のジェトゥが姿を現した。気づいた王太后が声を掛けた。

「学院長、否やはないだろうな、王妃の子として立太子すること」

 ジェトゥが少し間を置いて返事した。

「その件は構いませんが、ラスタ・ファ・グルアを占領したことで、ガーランドから抗議と釈明を求める文書が来ております。それもアランドラ師が持参してきて…そのほうがやっかいです」

 王太后が額に指を当てた。

「あの老体、まだ生きていたのか。忌々しいこと」

「ラスタ・ファ・グルアの銀鉱は得がたい資源です。ガーランドへの搬出量を増やさなければ、戦争になるかもしれません」

 ジェトゥが首を傾けた。

「ガーランドの学院長ダルウェルはアランドラ師の弟子で輪をかけて頭が固く融通が利かない。副学院長のアルバロはなかなかに如才なく、こちらの言い分もきちんと聞いてくれます」

 王太后がゆっくりと立ち上がって、ジェトゥを振り返った。

「アルバロが学院長になればよいのう」

 口元に冷たい笑みを見せた。ジェトゥが深く頭を下げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ