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第8回   セレンと風の魔導師(2)

 ラウドは、みんなが立ち去った後も粛々とペンを進めていた。夜になり、従者が夕飯の用意が出来たと呼びに来たが、簡単なものを運ばせて、食事を取りながら別の書物を読んでいた。従者が面会人を連れてきた。ちらっと見てから書物に目を戻した。

「仮面か、ちゃんとやっているぞ」

 顎で机の上に積み上げた紙の山を示した。手にとって眺めているヴィルトに尋ねた。

「セレンは、読み書きできないと言っていた。どこの出なんだ?」

 ヴィルトは紙を山に戻した。

「わかりません、おそらくザイエン州あたりだと思われますが、人買いに売られたようですので、学校に通えるような家ではなかったのでしょう」

 顔を上げ、ヴィルトを見つめた。

「売られた…」

 ヴィルトが頷くのを見て書物を閉じた。しばらく考えていたが、椅子から立ち、窓のほうを向いた。

「セレンひとりを助けても…とも思うが、それでも大事にしてやりたい」

 偽善と思われるかもしれないが、それでも心からそのように思える資質がラウドにはあった。

「そのお気持ちが大切なのです、殿下」

 窓はテラスに続いている。ラウドがテラスに出ようとして止まった。

「何故エアリアを弟子にしないんだ」

 ヴィルトはなかなか返事をしなかった。ラウドが振り返った。するとヴィルトが深く頭を下げた。

「お答えしかねます。お許し下さい」

 訳ありなのだろうとは思うが、魔導師内での秘密なのか、それとも誰も知らないのか、誰に尋ねても答えてもらえなかった。おそらく、エアリアもその理由がわからないのだろう。だからこそ、納得がいかず、セレンに八つ当たりしたのだ。

「せめて、エアリアには言ってやれ、そうでないと、あきらめきれないだろう」

 ヴィルトは返事せず、そのまま下がっていった。席にもどったラウドはしばらく書物に目を落としていたが、やがて閉じて立ち上がった。


 テラスから中庭に出て、いつもの抜道からいくつかの庭園を抜けた。すでに夜なので暗くはあるが、それでも城内から漏れる明かりと月の光で進むことができる。手には自分が子供の頃使っていた手習いの本と書写した寓話のひとつを持ってきた。セレンにやろうと思った。学院生で手の空いたものにでも教えさせようと考えた。学院の宿舎にかなり近づいた時、小さな鳴き声が聞こえてきた。仔犬の鳴き声のようだった。リュールではないかとその声の方に向かった。藪の中で聞こえてくる。掻き分けていくと、誰かがうつ伏せに倒れていた。セレンにしては大きい。その傍でリュールが鳴いていた。近寄り、驚いた。

「エアリア!どうしたんだ!」

 抱き起こした。フードが脱げて銀色の髪が流れた。苦しそうな息で顔が赤く腫れていた。差し出そうとする手を握ると短い悲鳴を上げた。あわてて手を離す。手のひらが爛れていた。やけどのようだった。フードの縁や外套のところどころが焦げている。

「どうした、これは!」

 あわてて抱き上げた。思った以上にその身が軽いことに驚きながらも学院に向かおうとしたが、エアリアが身体を振った。

「学院には…いかないで…」

 ラウドは戸惑った。だが、すぐに決意して王太子宮に戻った。自分のベッドにエアリアを寝かせ、従者にこっそり侍従医を連れてこさせた。侍従医はエアリアを見て緊張し、従者に侍女を連れてくるように言いつけた。ラウドは居間で落ち着きなくうろうろとして待っていた。リュールが扉の前で小さく鳴いている。

 寝室の扉が開き、侍従医と侍女が出てきた。ラウドが駆け寄った。

「どうだ、容態は」

 侍従医が侍女を下がらせた。

「顔と手にやけどを…顔は冷やして何回か薬を塗れば、治ります。手のひらはかなりひどいです。まるで熱した火掻棒でも握ったような…。それと腹部をかなり殴打されています」

 ラウドの顔が青くなった。声を震わせた。

「そ、そのほかに…どこか傷つけられたとか…」

 この国のみならずこの大陸でも一、二位を争うような魔力をもつ魔導師だが、か弱き娘の身でもある。

「いえ、そのほかにはなにも…。腹部も一日、二日安静にすれば大丈夫でしょう」

ほっとした。ラウドは他言しないよう言いつけた。侍従医が部屋を出てから、寝室に入った。エアリアが起き上がろうとしていた。

「なにしてるんだ!安静にしてろ!」

 ラウドがエアリアの肩を押し付けて寝かそうとした。エアリアが首を振った。

「すぐに行きます、そうでないと…わたしのせいで…セレンを…」

「いったい、何があった?そなたほどのものがこのように痛めつけられるなど…」

 エアリアが肌着だけになっていたので、上掛けの上に掛かっていた長衣を引き寄せた。着ようとしているのに気づいてラウドが思わず背を向けた。

「今は動けないだろう、寝ていろ」

 だが、エアリアは痛む体で長衣を着、さらに外套も重ねた。

「殿下…わたしはうぬぼれていました…この国、いいえこの大陸で自分に敵うものなどヴィルト様以外にはいないと…まさか、あのような…」

 立っていられなかったのが、がたっと音を立ててしゃがみこんだ。ラウドが振り返り、膝を突いて肩を掴んだ。

「詳しく話せ」

 ここでは話せないと主張し譲らないため、侍従医の置いていった薬を懐に入れ、灰色の外套を着、エアリアに肩を貸した。テラスから出て、煉瓦作りの尖塔の前までやってきた。尖塔の影にエアリアを座らせて待たせ、厩舎から赤いたてがみの馬を連れてきた。


 エアリアを馬上に乗せ、静かに尖塔の中に入った。床の魔法陣が青白い光を発している。横切り向かいの扉を開いた。夜も監視兵はいるが、闇に紛れると見つかりにくい。しばらく音を立てないようにゆっくりと林を進み、中ごろにまで来たとき、後ろに跨って、やや早足にして走り出した。街中に出た。まだ宵の口なので、各屋の明かりもあり、人や馬車の行き来もあった。

「どちらに向かえばいい?」

 人気のないほうに向かいながら、尋ねる。濡らした手ぬぐいを頬に当てながら、まだ乱れた息の下から答えた。

「グルキシャルの神殿跡に、向かって下さい」

 グルキシャルの神殿は今は廃れていて、廃墟になっている。夜を徹して馬を飛ばしても着く距離ではない。もちろん、エアリアが空を飛んでいけば、それほど掛からずとも着くだろうが。王都のはずれにある宿屋に寄り、水と携帯食、毛布を買って出発した。ようやくエアリアが口を開いた。

「…学院に戻ってから…セレンと街に買物に出かけたんです…」

 王都から出て行く馬を月明かりが照らし、道に影を落としていた。

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