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《外伝》イージェンと銀環の月(上)-(2)

途中寄った街の食堂で、残党が隠れていたのは、平野の廃村だったという話を聞いた。おかしなことだ。廃村といっても谷や山間ならばともかく、平野などに隠れ住むだろうか。その廃村近くまで行き、森の中に馬と荷物を隠して、気配を探りながら近寄った。

…誰かいる…

 深い悲しみと激しい憤りに満ちた気。まだ生き残りがいたのか。手繰りながら行くと、森から開けたところに出た。小屋のような家屋がいくつもあり、話に聞いた廃村のようだった。畑の作物の間を見て、イージェンは息を飲んだ。ヒトが折り重なるように倒れていた。男も女も。老いも若きも。赤ん坊さえも。矢が刺さっていたり、折れた槍に貫かれていたり、剣で切り刻まれていたり。死んでから数日経っているようで、腐りかけているものもあった。

 畑の奥にヒト影があった。鍬かなにかを振るっている。ザクザクッという土を掘り返す音がした。穴を掘っているのだ。鍬を置き、身体を回した。

 白銀の胸当てを着け、腰に剣を帯びた兵士だった。高く結んだ長くまっすぐな銀色の髪。ひざまずき、腐りかけの子どもの亡骸を抱きかかえ、頬を寄せ、むせび泣いていた。

例えて言えば、銀環の月。

その月光のように気高い姿だった。

「誰だっ!」

 イージェンに気づき、濡れた頬を上げた。

「追っ手か…」

 目を細めて睨みつけてきた。亡骸を静かに置き、立ち上がった。腰の剣を鮮やかに抜き払った。

「約束を違えるとは…許せない…」

 剣を横に構え、駆け寄ってきた。

「たぁーっ!」

 イージェンは地を蹴り、剣の先を避けた。繰り出される剣をなんなくかわし、あせって飛び込んできた兵士の手首を叩き、剣を落とした。

「ちぃっ!」

 落とした剣を拾おうとしたところを逆に奪い、喉元に突きつけ、皮一枚で止めた。兵士が眉を吊り上げて切っ先を見下ろした。すっと剣を引き、地に突き刺した。兵士が唖然として立ちすくんだ。イージェンが周囲を見回した。土饅頭がいくつも作られていた。

「全部葬るつもりか」

 兵士がきつい目つきで怒りを吐き出した。

「亡骸を晒したままにしておけるか!」

 腕を振り上げて叩こうとした。その腕を掴み、止めた。

「離せ!離せっ!殺したければわたしを殺せばよかったのだ!」

間近でその顔を見た。激情で歪んでいたが、整った目鼻立ちと青い瞳、年の頃は十八くらいか、まだはたち前に見える。見目麗しい女だった。身体を震わせて泣き叫び続けていた。イージェンは目を合わせた。

「な…っ…」

 女の身体から力が抜け、気を失って後に倒れた。背中に手を回して支え、ゆっくりと横たわらせた。

「少し静かにしていろ」

 畑の外に外套を広げ、そこに寝かせた。さきほどの子どもの亡骸を埋め、別の穴を掘り始めた。ひとりひとり穴に横たわらせ、手を胸で組ませ、丁寧に土を盛った。夕方になり、夜になり、そして一晩中休むことなく穴を掘っては埋め続けた。

 夜明けの冷え込みに身を縮こませて、女が目を覚ました。外套らしき布の上に寝ていて、毛布が掛かっている。身体を起こし、ぼんやりと見回した。土の山がたくさん出来ていて、驚き立ち上がった。

「これは…」

 まだ穴を掘っているイージェンの側に寄ってきた。

「おまえが…埋めてくれたのか」

 イージェンが手を休めずに言った。

「他に誰がいる」

 十分な深さになったところで、亡骸を入れた。胸で手を組ませていると女が両膝をついてうなだれた。

「…許してくれ…守ってやれなかった…」

 年若い女の亡骸の前髪を払い、涙を落とした。イージェンが土を落としていった。

ふたり、言葉ひとつ交わさず、黙々と埋葬を続けた。

そうやって昼すぎまでかかってようやくみな埋め終わった。イージェンが荷物から水の筒を持ってきて、差し出した。女は首を振り、頭を下げた。

「きのうは失礼なことをした。てっきり追っ手と思っていたが、誤解だった。埋葬を手伝ってくれて感謝する」

 さっと動いて自分の荷物らしいところに向かった。手に何かもってやってきて、差し出してきた。青い透明の石を嵌め込んだ凝った細工の銀の兜だった。

「今はこれしか値打ちのあるものをもっていない。せめてもの礼だ、受け取ってくれ。道具屋にでも売れば、いくばくかにはなるだろう」

 イージェンが不愉快な顔で手を振った。

「そんなもの、いらん」

 そして、敷物にしていた外套を羽織り、毛布を丸めて、森の中へ消えていった。

あっけに取られた。その後女はしばらく土の山々を見ていたが、吐息をついて兜を抱え、荷物を持って山に向かう道を歩き出した。

すぐ、後方から数頭の馬のひづめの音がして、たちまち兵馬が女の姿を捉えた。

「やはりここだったか」

 先頭の隊長らしい兵士が馬上から言った。女が昨日イージェンに向けたような怒りをむき出して怒鳴った。

「よくもこのような惨いことを!サヴォアの村は焼き討ちで全焼していた、こんなことになるなら!」

 兵士たちが次々と馬から下りてきた。女が荷物を投げ、腰の剣を抜き、構えた。

「これは陛下のご命令か…」

 隊長が顎をしゃくると兵士たちが剣を抜いた。

「もちろん…そうでなければ王立軍や学院が動くと思うか」

 女がすばやく動き、兵士たちが構える間も与えず、切り捨てていく。ようやく剣を抜いた隊長に駆け寄った。隊長が頭上から振り下ろされる剣を受け止めた。

「さすが、ラスタ・ファ・グルアの戦姫(いくさひめ)!だが、所詮は女だ!」

 受け止めた剣を押し返した。

「あっ!」

 後によろけたところを隊長が蹴り飛ばした。倒れてなお剣を振りかざそうとしたが、跳ね飛ばされた。隊長は女の上にまたがり、剣を喉元に突きつけた。

「あんなことまでして助けたのに無駄だったな」

 喉元に刃が当たるのも構わず顔を起こした。

「殺せ!このものたちと同じように!」

 隊長が剣を地べたに置き、片方の手で女の首を掴み、もう片方を女の足の間に入れた。

「ああ殺してやる。この身体を存分に楽しんでからな」

 首を絞め出した。女が両手で手をはがそうともがいた。

「ぐっうっ!」

 頭上に影を感じて、隊長が頭を上げた。黒い外套の大柄な男が冷たく見下ろしていた。

「だ、だれだ、きさまっ!」

 イージェンだった。堅く握った拳で隊長の顔面を殴った。その勢いで跳ね飛ばされ、女から離れた。イージェンが、隊長の剣を投げた。

「せめて軍人として死なせてやるから、剣を取れ」

 隊長が鼻血をたらしながら怒った。

「ふざけたことを!」

 剣を握ってイージェンに突き出した。目にも止まらぬ速さで避け、腰の剣を抜き払った。次の瞬間、隊長の首と胴体が離れていた。汚物がぐしゃっと地面に落ちた。剣の血を隊長の外套で拭い、鞘に納めた。

「…軍と学院に追われているのか」

 イージェンが尋ねた。女は顔を逸らしたが、おそらくそうなのであろう。またひづめの音がした。イージェンが女を抱き上げて、森の中に走り出した。

「なにをする!降ろせ!」

 ヒトを抱えているとも思えぬほどの速さで走っていく。やってきた新手が倒れている兵士たちを見つけた。森の中で待たせていた馬に乗り、さらに走って廃村から遠ざかった。

 湧き水を見つけてようやく一息ついた。いつまでも座り込んでいる女に声を掛けた。

「もう少し離れないと」

 女が頭を振って肩を震わせた。

「ここに置いていってくれ…これ以上関らないほうがいい」

 イージェンがため息をついて無理やり立たせた。

「いまさら何を言う。どうせ俺も国や学院から追われてこの大陸まで来たんだ、これ以上もなにもさっき軍人を殺したのだから、おまえと同じ立場だ」

 女が顔を上げた。女に立ち戻ったのか、急に顔を崩し、泣き出した。

「お、おい…」

 泣かれてもどうすればいいかわからず、立ち尽くした。しかたなく、泣くだけ泣かした。少ししてから言った。

「今は逃げよう、とにかく遠くに」

 女が今度は素直にうなずき、イージェンが示した馬の背にひらっとまたがった。その前に乗った拍子に、背中に女の胸が触れた。どきっとして肩越しに振り返った。女も気まずかったのか、なるべく身体をつけないようにしている。向き直って前をにらみつけた。

「しっかりつかまっていないと、落ちるぞ」

 女が小さく答えて腕を前に回し、背中にしがみついてきた。白銀の胸当てを当てているのに、ふくらみがわかる。女を知らないわけでもないのに、動揺した。大人びてはいたが、まだ十七の少年だった。胸の鼓動が早くなるのをごまかすかのように、馬の腹を蹴って走らせた。

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