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第7回   セレンと風の魔導師(1)

 中原の国エスヴェルンの王太子ラウドが南の平地で起こした騒動は、国王に報告され、その処分が魔導師ヴィルトに委ねられた。ヴィルトはラウドに『百書写』の罰を与え、仕上がるまで王宮から出ることを禁じた。ちなみに寓話を百編書き写す『百書写』の罰はいたずらをした子供に与える罰である。

 ラウドも一日目二日目は大人しくやっていたが、三日目になると飽きてきて、外に出たくてしかたがなくなった。だが、終わらせないことにはと一計を案じた。従者にセレンを呼びに行かせた。

「セレン、待ってたぞ」

 ラウドは喜んでセレンを手招きした。セレンはヴィルトに森に返してくれるよう頼もうと思ったが、一晩添寝してもらうと離れがたくなり言い出せなかった。ラウドは従者を下がらせ、セレンに机の上を示した。腰をかがめてセレンの耳元でこそりと言った。

「少し手伝ってくれ、もちろん、仮面たちには内緒だぞ」

セレンは戸惑い返事できずにいた。ラウドが薄茶の紙と羽ペン、インク壺を壁際のテーブルに置いた。セレンを座らせ、茶革の表紙の分厚い本を持ってきた。栞を挟んだところを広げた。

「ここから四、五編書き写してくれ、頼む」

 拝むように手を添えて頭を下げた。セレンは途方に暮れてしまった。ラウドがうれしそうに衝立を持ってきて、セレンを隠すように置き、席に戻った。

 しばらくして、扉が叩かれた。ラウドが返事をすると、静かに開いて灰緑の外套を着たエアリアが入ってきた。

「まじめにされているようですね」

 ラウドが不愉快そうに手を振った。

「邪魔しに来たのなら、帰れ」

 そして、また黙々と羽ペンを走らせた。エアリアは構わず入ってきて、部屋を見回した。衝立に気づき近づいた。ラウドが席を立った。あわてて止めようとしたが間に合わなかった。セレンが見つかってしまった。

「おとなしくしているかと思えば、こんな姑息なことを」

 寓話集を広げているのだから、何をしているかは火を見るよりも明らか。セレンが隠そうとしている紙を奪い取った。

「まったく、こんなことをさせ…て…」

 奪い取った紙を見て、エアリアが絶句した。ラウドも衝立の向こうから覗き込んだ。紙には乱れた筆記の誤字ばかりでまともな書写とは言えなかった。

「なんなの、これ、ふざけてるの?」

 エアリアが呆れて差し出した。セレンがか細く言った。

「ごめんなさい、ぼく、読み書きできないんです…」

 知らなかったとはいえ、ラウドはすまないことをしてしまったと後悔した。ヴィルトの弟子というからには、標準語のエリュトゥ語はもちろん魔導師専用であるセンティエンス語もできるだろうと思い込んでいた。エアリアの紙を持つ手が震えた。

「それで…よくも…」

 紙をテーブルに叩き付けた。

「ヴィルト様の弟子だなんて!魔力はあるの?!ないでしょ!わかるのよ、わたしには!」

 ものすごい剣幕にセレンが驚いて身を縮こまらせた。ラウドが衝立を押しやった。

「やめろ!」

 エアリアはかまわず机を叩いた。

「何でヴィルト様はあなたみたいな何も出来ない子を弟子にしたの!?どうして!?」

 責め立てるエアリアにラウドが怒鳴った。

「やめろ!誰を弟子にするかは仮面の勝手だろう!」

 エアリアがラウドに怒りで濁った目を向けた。その聞かん気な様子に前々からわだかまっていたものが爆発した。

「そなたは、いつもヴィルト、ヴィルトと仮面のことばかり!あれがここを出て行ったら、そなたもさっさと出て行って!学院がいくら戻れといっても帰ってこなかったくせに、あれが戻ってきたとたんに帰ってきた!そんなにあれの小間使いになりたいのか!」

 エアリアも売り言葉に買い言葉のような勢いで反撃した。

「師匠はヴィルト様以外考えられません!偉大なる大魔導師の元で腕を磨きたいと思っているだけです!小間使いだなんて、侮辱しないで下さい!」

 扉の方からガタンと大きな音がした。ふたりがそちらの方を見た。

背の高い男が、開いた扉に寄りかかって立っていた。

「サリュース」

 ラウドがつぶやいた。魔導師学院学院長であり国王の顧問魔導師である。外套ですっぽり身体を覆う魔導師の衣装ではなく、軍服のような身体にぴたりとした服装でマントも両肩で止めていた。肩ほどまでの黄金の髪をきっちりとひとつに束ね、細面で整った風貌だった。

「私が師匠では不満だというのはわかっていたが、そこまで貶められるとは」

 エアリアに向けた言葉である。エアリアが顔を逸らした。ラウドがきつく言った。

「師匠に謝らないのか」

 サリュースがラウドに手をかざして止めた。

「まあ、いいですよ、殿下の御前では、すなおになれないようですので」

 サリュースが居住まいを改め、片膝を付いて敬礼した。ラウドが受け、立つよう促した。

「隣国とは話がついたのか?」

「はい、それで戻ってきました。陛下の許可が下りましたら、締結に向かいます」

すぐにでも出て行きそうな様子にラウドが溜息をついた。

「やはり、仮面を呼び戻すことになりそうだな」

 サリュースがエアリアとセレンに学院に戻るよう言いつけた。

「ふたりとも殿下の邪魔はしないように下がれ」

 ふたりはラウドに頭を下げ、廊下に出た。サリュースがセレンをちらちらと見ながら、エアリアに言った。

「私はまだ内府(大臣などが集まっている執務室)に用があるから、先に戻っていろ、さっきの詫びは後でちゃんとしてもらう」

 エアリアが黙ってお辞儀し、セレンを促し、王太子宮を出た。

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