イージェンと仮面の魔導師(3)
青い空がどこまでも続いている白い砂漠の上に、イージェンは立っていた。その身体は、手足も元の通り、澄んだ翠の瞳もふたつ揃っていた。
遥か彼方の砂丘の上にヒト影がふたつ見えた。ひとりはすらっと美しい姿の女、長い黒髪をなびかせて白い頭巾のついた長衣を着ていた。
「かあさん…?」
違う、似ているが母ではない。もうひとりは大柄な男で、短い銀髪に灰色の頭巾のついた長衣を着ていた。
「……」
何か言っている。砂に足を取られながら、走った。しかし、走っても走ってもなかなか近づけなかった。ようやく砂丘を登りきった。女が手を差し伸べてきた。
「…我が素子…おいで…」
優しくもあり厳しくもある声。イージェンは震えながら、その手を握った。握ったその手は光を放った。ふたりは光の粒となり、ひとつの球となった。男が手を差し伸べた。
「…我らを継ぐもの…」
ひとつとなった光の球から手が伸びてきて、その手を握った。
ヴァンとリィイヴは、どうすればいいかわからず立ち尽くしていた。
「どうしたらいいんだろ…」
リィイヴがペタリと座り込んで困った顔でヴァンを見た。ヴァンも渋い顔で首を振った。
「わからない、イージェン、ほんとに戻ってくるんだろうか」
バレーはなくなった。生まれ育った場所だが、失った悲しさなど感じる余裕はなかった。どうしたらいいのかわからず、頭が混乱していた。
恐らく夜になったのだろう、わずかに空が見えていた谷間は真っ暗になった。バレーのあった奥も暗闇。途方に暮れているとヴィルトから預かった書簡が淡く光り出した。灯りとして十分な明るさだ。
「戻ってみよう」
ヴァンが言い、リィイヴもうなずいた。
中心地域までパァゲトゥリィからでも五カーセルはある。おそるおそる歩いていった。バレーのあったところは、大きな空洞になっていた。ヴァンが急に立ち止まった。
「どうしたの?」
尋ねるリィイヴに前方を指差して震えた。リィイヴが前を見て、眼を凝らした。灰色の外套を着た背の高いヒト影がふたりに向かってきた。だんだんはっきりしてきた。輝く書簡の光の下に見えてきたその顔は、灰色の仮面だった。
「あの…イージェンは…」
バレーを消滅させると向かったあの魔導師だと思い、リィイヴが尋ねた。
仮面の魔導師は、ふたりに近寄り、両腕で引き寄せ、しっかりと抱きしめた。
「ヴァン、リィイヴ…ふたりとも、助かってよかった…」
ふたりは驚き、仮面を見つめた。仮面から聞こえてくる声。
「…イー…ジェン…?」
リィイヴが目を赤くして見上げた。
「ああ、俺だ」
仮面以外は手も足もあり、身体も元に戻ったようだった。信じられないことに驚きながらも、ふたりは堅く抱きつき、ただ泣いた。イージェンがふたりの背中を優しくさすった。
リィイヴが尋ねた。
「あのヒトは…」
イージェンが後ろを振り返りながら首を振った。
「バレーを消滅させて力尽きた。もともと寿命が来ていて、残った力を使い切って…」
リィイヴが書簡を渡した。
「これ、渡してくれって」
受け取ったイージェンが、懐に入れた。ふたりをうながし、ゆっくりと外に向かって歩き出した。歩きながら、イージェンがふたりに尋ねた。
「ここ以外にもバレーはある。マシンナートたちのところに戻るか?」
ふたりは薄暗い中だったが、顔を見合わせた。ヴァンが消え入るような声で言った。
「俺は…もう、戻りたく…ない…」
ヴァンには両親がいない。ふたりとも水路作業員だったが、作業中の事故で死亡していた。リィイヴの両親は別のバレーにいるが、リィイヴがヴァンの手を握って、イージェンを見た。
「戻っても、多分、処刑されるか、またあなたを脅す道具にされるだけだよ」
「それは困るな、俺はともかく、おまえたちが苦しめられるのは見たくない」
イージェンの足が止まった。
「いや、俺といるともっと苦しむかもしれない…俺はマシンナートを…」
殲滅する。その言葉を飲み込んだ。仮面の後継者になった。マシンナートから見れば、殺戮者ということだ。
リィイヴがもう一方の手でイージェンの手を握った。
「いいよ、同じ苦しむなら…あなたの側にいたほうが」
イージェンがリィイヴの手を握り返した。ヴァンが不思議そうにイージェンの右腕を握った。
「腕や脚、元に戻ったんだな」
魔力というものはこんなことまでできるのだろうかと驚いた。イージェンがまるで苦笑しているかのように肩を動かした。
「ああ、大魔導師はヒトに顔や身体を見せないのが決まりなんで、こんな仮面を被り手袋をしているけどな」
谷の入り口までやってきた。夜空には星が降るほどに輝いていた。イージェンが、ふたりを両脇に抱えて、飛び上がった。
「わあ!」