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イージェンと硝子の部屋(3)

バルシチスに連れられてヴァンとリィイヴが、ガラスの囲みに向かっていた。

「トリスト大教授、素子は何故あのふたりのために我慢しているのでしょう?」

 ボォウドの操作をしていた男が尋ねた。ガラスの中の映像を見ながら、答えた。

「シリィの言葉を借りるならば、『情に厚い』のだろう。情のために自分の命を捨てるというのは信じがたいことだがな」

 三人を盾にすれば、やたらに魔力は使わないはずといったのはバルシチスだった。そうでなければ、素子をバレーに入れたりはしない。多少の危険は覚悟の上で、トリストも賛同した。もちろん、標本が手に入ることを睨んでのことだ。それだけの価値はあると思った。

ガラスの部屋に入ってきたヴァンとリィイヴは、ずっと下を向いていた。様子はずっとモニタで流れて、声も聞こえていた。どんな酷いことをされているか、わかっていた。

「ヴァン、リィイヴ、見えるところに来てくれ」

 イージェンが話しかけた。バルシチスがふたりの肩を押した。よろけながら台に近寄った。

ふたりはおそるおそる覗き込んだ。ヴァンは開いたままの胸腹が信じられなくて、眼を覆った。リィイヴが顔に手を伸ばした。

「…イージェン…」

リィイヴが、イージェンの眼をえぐられて瞼が垂れ下がった痕に触れた。その手は冷たかったが、心地よかった。左眼をつぶり、口元に笑みを浮かべた。

「こんな…こんなひどいこと…」

 リィイヴが膝を付き、台に顔を伏せた。イージェンがまだ残っていた左の手を動かした。

「ヴァン…頼む、手を握ってくれ」

 ヴァンが両手で手を握った。

「ヴァン、俺のせいでアリスタを…詫びて許されることはないがすまなかった…おまえたちは必ず助けるから…」

 ヴァンがただ泣いて首を振った。リィイヴがイージェンの頬に頬を付けた。

「あなたのせいじゃない…魔力を使って、逃げてくれてよかったのに…こんな、こんなになる前に…!」

 リィイヴが声を上げて泣いた。

「いいんだ、おまえたちが助かれば」

 ヴァンが台に拳を叩き付けた。

「そんな約束、あいつらが守ると思うのか!おまえだけでも助かってくれたほうがよかったんだ!」

 外からのトリストの声がした。

『バルシチス、もういいだろう、そのふたりを外に出せ』

 バルシチスが引き離そうと手を伸ばしてきた。リィイヴがその手を叩き払って叫んだ。

ヒトでなし!アリスタを返してよ!イージェンを元の身体に戻してよ!」

 バルシチスの手が止まった。

「ヴァン、リィイヴ、最後に俺を抱きしめてくれ」

 ヴァンが左腕を押さえていた輪を外した。台の上で身体を起こして両脇からふたりで抱きしめた。イージェンがふたりの鼓動を感じて震えた。

「感じる…」

 ブワンと音がして、三人を魔力のドームが包み込んだ。

「おまえ!」

 バルシチスが叫んだ。外でも異変に気づいた。トリストが釦に指を伸ばした。

「ボォウムの威力にも耐えられるか!?」

 三人を会わせたのは失敗だった、しかし転んでもただでは起きない。ヴァンのボォウムの釦を押した。

「なにっ!」

 反応がない。リィイヴのも押してみたが変化はなかった。

「そうか、あの…バリアが…」

 遠隔操作の電波を遮断しているのだ。中ではバルシチスがあわてて外に出ようとした。

「イージェン!このままぼくたちを置いて行って!」

 リィイヴが離れようとした。イージェンがリィイヴの首輪に噛み付いた。歯が魔力で光り、バリッと音がして首輪が落ちた。ヴァンの首輪も噛み砕いた。

「置いていけるか、俺は死んでも、おまえたちは助ける」

 ドームに包まれたまま、台から浮かび上がった。

「ふたりとも、俺にしっかりしがみついてろ」

 めくられていた腹の皮が元に戻って、塞がっていく。ガラスに突っ込んだ。

ガシャアーァァン!と大きな音がして、ガラスが粉々に砕け、空中を飛んで三人が出てきた。警報が鳴り出した。

「うわぁぁっ!」

 バルシチスが雨あられと降ってくるガラスの破片に悲鳴を上げた。ちらっとその方を見たイージェンが口から矢のような息を吹いた。息は光の針となってバルシチスの心臓に突き刺さった。

「ぐあっ!」

 胸を押さえてバルシチスが倒れた。イージェンが左腕を前に突き出して、灼熱に輝かせた。

「眼をつぶってろ!」

拳からまぶしい光とともに灼熱の溶岩が噴出し、鋼鉄の壁に当たった。壁は熔け、大きな穴が開いた。

『地下レェイベル七、非常事態発生、遮断壁で封鎖。封鎖まで、後三分』

 抑揚のない女の声が聞こえてきた。

「早くこの階層から出ないと、閉じ込められます!」

 スコルがトリストをせかした。トリストが標本を銀の箱に入れさせていた。

『封鎖まで後一分』

「トリスト大教授!」

「箱に入れておけ、後で回収する!」

 眼球の入った筒だけ持って部屋を出た。

 イージェンは、廊下を飛びながら、エレベェエタを探した。あの乗り物は建物の中を通っている筒の中を動く。その筒を登れば上に上がれる。

『封鎖まで後十秒、九、八…』

「くそっ、どこだ!」

 正面に扉が見えてきた。左手を向けて溶岩で溶かそうとした。そのときだ。

『三、二、一、封鎖』

 扉の前に厚い壁が降りてきた。溶岩はそれに当たって飛び散った。

「まさか、熔けないのか!」

 廊下の天井から白い煙が噴き出してきた。

「瘴気!」

 いくらドームで包んでも自分のこの状態で長い時間耐えられるはずはない。この壁を熔かすしかない。壁の前で止まり、手のひらを押し付けようとした。急に身体の力が抜けた。

「そ、そん…な…」

 命が消える前の最後の力だったのか。

「イージェン…いいよもう、充分だって」

 リィイヴが眼を閉じた。ヴァンが片方の足でぐらぐらとしているイージェンの身体を支えた。

「ああ、すごくがんばってくれた」

 気が遠くなる。

「だめだ、だめ…だ。もう少し…で」

 …イージェン…

 イージェンが壁を見つめた。

「その声は…仮面?」

 …壁から少し離れていろ…

 なにをしようというのか、最後の力を振り絞って後に下がりドームを強くした。

 三人で座り込んで堅く抱き合った。厚い壁の真ん中が白い光の粒になっていく。たちまち壁は霧のようになって消えていった。その向こうに灰色の外套をまとい、不気味な灰色の仮面を被った背の高い男が立っていた。

「…仮面…」

 このふたりを助けてくれ。

 言おうとする前にイージェンは気を失った。

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