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イージェンと鉄の箱《トレイル》(4)

ランチルゥムを出たところで別れた。アリスタは前方の部屋に向かい、三人は後ろに向かって歩き出した。

「ぼく、リィイヴ、行法士だよ」

 行法士は、地図や探査装置を使って行き先や進路の様子を運転士に指示するのだ。

「ほんとはマリィンの行法士になりたかったけど、数値足りなくてさ」

 部屋は男三人ではたしかに狭かった。でも、ヴァンもリィイヴも気にしないようで、どこか楽しそうな様子だった。

 三人は交代で身体を洗った。最後に湯を浴びたイージェンが灰色のつなぎ服に着替えて、ユニットから出た。テーブルと椅子がなくなっていて、替わりに厚めの敷物が敷かれていた。リィイヴがベッドに腰掛け、ヴァンが敷物の上にあぐらを掻いて座っていた。その隣にあぐらを掻いた。ヴァンが手元の袋から瓶を出した。

「これ、飲もうぜ」

 リィイヴがカファの杯を出した。

「王宮の倉庫からちょっとな、バレーには持ち込めないから、ここで飲んじまおうと思って」

 片目をつぶって瓶を持ち上げた。しかも二本持ってきていた。注いだ杯を三人で持った。

「乾杯しようよ」

 リィイヴが杯を掲げた。三人で杯の縁をかちあわせた。

「乾杯」

 最初の一杯を飲み干した。かなりいい酒だった。

「こいつはかなりいい酒だ、国王とか王族が飲むやつだ」

 イージェンが言うと、リィイヴが感心した。

「へぇ、じゃあ、ぼくたち、今、王子様ってことか」

 リィイヴは子どものように笑った。ヴァンががぶがぶと飲み干し、満足そうな息をはいた。

 マシンナートもひとりひとり見れば、それぞれ思いがあって、気のいいヤツもいて…。シリィだって、善人もいれば悪党もいるのだし、ヒトとしてなんら変わるところはないのだ。たまたま生まれた場所が違い、選べない根本が互いを分かつのだ。ただ、そうであっても、あるべきでない根本ならば…。

「ヴァン…バレーに戻ったらアリスタと会えなくなっちゃうね」

 リィイヴがぽつっと言った。ヴァンが寂しそうな目でふっと息をした。

「まあ、今回ニ年近く一緒にいられたから、それでいい」

 イージェンが瓶を持って、ヴァンの空の杯に注いだ。

「恋人じゃないのか?会えなくなるって…?」

ヴァンが急に笑い出した。イージェンが驚いて飲みかけていた杯を下ろした。

「ごめんな、笑ったりして。俺とアリスタは恋人じゃない、育成棟で一緒に育ったけど…それ以上では」

 ヴァンがあやまった。恋人ではないと言っているが、アリスタはともかくヴァンには気持ちがあるように思えた。眼には涙が見えた。リィイヴはすっかり顔を赤くしていた。

「ぼくたちワァカァとアリスタたちインクワイァは住むところが違うんだよ。演習とか研究とかで共同棟で一緒に作業することはあるけど」

 そのほかのことで会うことはないのだという。口ぶりから禁じられているのだとわかった。

「ほんとは後一年今回のミッション、啓蒙エンライトゥメント活動を続ける予定だったんだけど、変更になったっていうから」

 啓蒙でなくなった。あの村を全滅させたことといい、つまりはミッシレェでの攻撃のような方向になるということか。表面上は平然としていたが、内心緊張していた。

「なあ、イージェン」

 ヴァンが急に改まって話しかけてきた。

「なんだ?」

 イージェンが応じた。

「俺はおまえの魔力、信じるよ、カサン教授にはバカにされるかもしれないけど」

 リィイヴもうなずいていた。


 ふたりに乞われるままにシリィのことを話して聞かせてやった。シリィは飢えや寒さで辛い中生きていかなければならないし、病気も多く、寿命も短いのにもかかわらず、ふたりとも、のんびりしてていいなぁと屈託なく言った。

しばらくして、ヴァンがうとうととしてきたらしく、体を左右に振り出した。リィイヴは真っ先に顔を赤くしていたが、ヴァンのほうが酔っていた。リィイヴが肩をゆすった。

「ヴァン、こっちで寝なよ」

 腕をひっぱろうとしたが、完全に寝てしまった。イージェンが横にしてやろうと、ヴァンを抱き上げた。リィイヴがベッドから降り、空いたベッドに横にしてやり、毛布を掛けた。

「ヴァン、ほんとはアリスタが好きなんだ」

 リィイヴがベッドの上に目をやった。イージェンも見た。

「だろうな」

 リィイヴが酒を自分の杯に入れて、ちょっとづつ飲みだした。

「でも、アリスタはあなたのことが好きみたいだ」

 自分に好意を持っているのはわかる。

「アリスタに興味ない」

 わざと素っ気なく言った。

「ファランツェリ様もあなたが好きらしいね」

「俺が珍しいから興味があるだけだろう」

リィイヴが酔っているのも手伝っているか、くすくすとおかしそうに笑った。

「イージェン、バレーに行きたいの?」

 リィイヴが尋ねた。イージェンがうなずいた。

「ファランツェリ様に好かれてるから、行けるかもね」

 バルシチスの様子からしてもかなり父親は権勢家のようだ。わがまま放題のお嬢様というところだろう。それにしては行儀が悪いし、子どものくせにヘンにませていて、はしたないが。

リィイヴも眠りについた。イージェンもこれが最後の安眠かもしれないと、久々にぐっすりと眠った。


 翌日、いつまでも寝ているヴァンを、リィイヴが揺り起こした。

「起きて。早くしないと」

 ヴァンがぐらぐらしながら起きてユニットに入った。湯を浴びて出てきたが、冴えない顔だった。

「なんか、気持ち悪…」

 悪酔いしたようだった。リィイヴはまったく平気な顔をしている。昨日の酒瓶一本はリィイヴが飲んでいた。なかなかの酒豪だ。

「医務室で薬もらってきてあげるから、先にランチルゥムにいってなよ」

 ヴァンがうなずいた。ランチルゥムはかなり混んでいた。アリスタが奥の席にいた。そのテーブルには、昨日いた運転士たちが座っていて、席が三つ取ってあった。

「おはよう」

 アリスタは不機嫌そうで、イージェンが挨拶しても軽く頭を下げただけだった。ヴァンが盆を取りに行こうとしたので、イージェンが座っているように言った。

「俺が取ってくる」

 するとアリスタが急に立ち上がった。

「私も行くわ」

 いいと言うのに付いて来る。周りのマシンナートたちが驚いた様子でヒソヒソ話している。

「…だいたいランチルゥムに来るなんて…」

「…あのシリィが目当てだろ?ファランツェリ様も来てたし…」

 アリスタには聞こえないだろうが、イージェンの耳には届いている。盆を取り、厨房らしきところから差し出される皿を載せていく。

「もしかして、インクワイァは別のところで食べるのか?」

 アリスタの耳元でそっと尋ねた。

「ええ、三階のミィイルルゥムで。カサン教授たちとかと」

 アリスタがかまわず皿や杯を乗せ、席に戻った。リィイヴがヴァンに薬を飲ませていた。

「今食べないほうがいいかもね」

リィイヴが心配そうに背中を擦っていた。アリスタがリィイヴの前に盆を置いた。

「品質管理してないものなんか、飲むから」

 アリスタが呆れた。リィイヴが食べながら言った。

「ヴァンはもともとアルコォオルには弱いから」

 ヴァンは、頭を抱え今にもテーブルに突っ伏しそうだった。イージェンはカファを飲んでから、ヴァンを抱きかかえるようにして席を立った。

「休ませる」

 アリスタが運転士たちに連れて行くように言った。

「あなたたちが連れて行って」

 イージェンはさえぎった。

「俺が連れて行く」

 アリスタが後から付いて来た。

「付いて来なくていい」

 だが、アリスタはそのまま付いて来た。部屋に戻り、ベッドに寝かせた。

「薬は効きそうか」

 イージェンが苦しそうなヴァンのつなぎ服の前を開けて、胸から腹に掛けて擦った。ゆっくりと何度か擦っていく。そのうち、ヴァンの顔色が良くなり、苦しそうだった表情が和らいできた。

「なんか、楽になってきた」

「そうか、よかった」

 イージェンがほっとした顔で言った。アリスタがすねたような目で見ていた。リィイヴが入ってきた。

「ヴァン、今日は午前中休みに作業表変更してきたから、ゆっくり治して」

 ヴァンが少し身体を起こした。

「ありがと、よくなってきたから、午後には行くよ」

 リィイヴが手を振って出て行った。アリスタの胸の小箱が音を立てた。

「…はい、そうですけど…はい、では壱号車に、夕方ですね、了解しました」

 アリスタがイージェンの方を向いた。

「バルシチス教授から、夕方、評議会から連絡が来るので、壱号車に来るようにって。今晩は全車停留するそうよ」

 イージェンがうなずいた。ヴァンが寝返って壁の方を向いた。

「俺、少し寝るから、アリスタにタァミナルでも見せてもらったら」

 アリスタがうれしそうに笑った。

「そうしましょ、休むの邪魔してはいけないし」

「ヴァン…」

 ヴァンの背中が震えていた。

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