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セレンと南海の戦い(6)

引っ立てられていこうとしたとき、ラウドが叫んだ。

「待ってください!イリィたちは悪くありません!わたしがだましたんです、だから許してやってください!」

 イリィが首を振った。

「殿下!わたしたちがお止めできなかったのです!ご無事だったからよかったものの…当然のことなのです…」

 大きな身体で泣き崩れた。クリンスもこらえきれず涙を零した。

護衛兵たちがイリィを立たせようと縄を掴んだ。ラウドが玉座の台に手を置き、父王の足にすがるようにして頼んだ。

「お願いです!イリィを助けて下さい!かわりにどんな罰でも受けます、一生王宮から出られなくなってもいい!だから、だから…」

 ラウドは子どものように声を上げて泣いた。イリィは幼い時からずっと自分を守ってくれた。ヴィルトと同じように近しい存在だ。まさか、こんなおおごとになるとは思いも寄らなかった。自分の浅はかさをこれほど悔いたことはなかった。

「殿下…」

 イリィが感激して涙が止まらなかった。ここまで言ってもらえたなら十分だった。

父王が困ったようにヴァブロ公を見た。ヴァブロ公は首を振りかけたが、ヴィルトが耳打ちした。ヴァブロ公が咳払いをして、再度申し渡した。

「法に照らせば、イリィの罰は死刑であるが、王太子殿下がイリィたちを謀ったとおっしゃられたので、裁きを改める。イリィは、百叩きの上拘禁、王太子殿下も五十叩きの上拘禁、拘禁の期限はここでは定めない」

 ラウドが涙でくしゃくしゃになった顔を上げて、頭を床に付けた。

「ありがとうございます、陛下、もう決して…ご心配おかけしません」

「陛下!…ああっ…りが…っ…」

 イリィが感謝の言葉にならない嗚咽で突っ伏した。

 ラウドたちが牢に連れて行かれ、国王が下がって、重臣たちも解散した。

ヴィルトが国王の執務室に入った。ヴァブロ公と王立軍大将軍のリュリク公も同席していた。

 国王はイリィの責任はあるものの、今までの功績もあるので、極刑は避けるようにと言ったのだが、リュリク公は軍律が乱れるとイリィの死刑を押したのだ。

「大魔導師様の前では法も無力ですな」

 リュリク公は遠慮なく皮肉った。

「殿下も十分身に染みたことだろう。イリィは無類の忠義者、得がたいとは思わないか」

 ヴィルトが言い返し、国王に言った。

「これからカーティアに向かいます。新王ジェデルは、報告の通り、有能で民にも歓迎されています。先ほど政治的判断には従うと申し上げましたが、できますれば、新王に混乱を収めさせる方向でご検討ください。また、サリュースは学院長の任を一時外します」

 一礼して出て行った。

 リュリク公が心配そうにヴァブロ公に言った。

「ヴィルト様は大丈夫なのか」

 ヴァブロ公も不安げだった。

「隠居したほかの大魔導師は五年もたたずに…いや、ヴィルト様に限ってそれはないと思いたいが」

 他の大陸の大魔導師はもういない。ヴィルトだけが頼りだった。

「エアリア殿を後継者にというが…まだまだだろう」

 リュリク公が先を憂えてため息をついた。

 ラウドは飼い葉が敷いてあるだけの牢に入れられ、隣にイリィが入った。クリンスは学院に行ったようだった。ほどなくふたりとも肌着にされ、後ろ手に縛られて、懲罰室に連れて行かれた。

薄暗い部屋には、天井から(かな)鎖が下がっていて、その先に鉄輪がぶらさがっていた。床には、突起が四つ付いている丸太が転がっていた。壁際には様々な責め具が置かれていた。ラウドは初めて見る懲罰室の恐ろしい光景に身体が震えた。

筋骨隆々とした体格の執行人三人入ってきた。禿頭と黒髪と色白だった。丸太を床に固定して、イリィを素裸にしうつ伏せにして両手両足を括りつけた。禿頭が壁に掛かっている皮鞭を取り、無言のまま、イリィの尻に叩き付けた。

「ぐっ!」

 イリィが奥歯を食いしばり堪えた。一打ちで、骨に響き肌が裂けた。まったく身動きできないので、身悶えることもできない。そのため、痛みは一層増す。

息をつく間もなく、次々に打ち出した。尻、背中に満遍なく打っていく。傷の上をさらに叩かれて、痛みがひどくなっていく。イリィはうめき、全身を震わせた。

「骨は砕かないように」

 護衛兵が心配そうに言った。一瞬手を止めた禿頭が口元だけでにやりと笑った。だがやはり無言で打ち続けた。気絶すると水を掛けて目を覚まさせる。

「イリィ!」

ラウドがあまりの酷さに声もなく涙を流した。

イリィは五十まで耐え続けたが、ついに水を掛けても目を覚まさなくなった。打っていた禿頭が水を飲んだ。しばらくして、黒髪の執行人と交代した。再度イリィに水を掛けて、髪を握り、左右に強くゆすった。

「いつまで寝てる。まだ半分だぞ」

「あっ…は、い…」

イリィがうつろな目を開けた。すでに尻も背中も肩も血染まっている。交代した執行人が残りの五十を打った。丸太から外されたイリィを護衛兵が受け取り、うつ伏せた。

 最後の色白の執行人がラウドの縄を解き、上だけ脱がせた。丸太をどけて、天井からの鎖の鉄輪に手首を通そうとした。ラウドはそれを振り払った。執行人が手を止めた。ラウドが決然と言った。

「イリィと同じに」

 執行人たちが驚き、ラウドを見つめた。イリィが痛む身体で這い寄った。

「殿下、いけません…吊ってもらってください」

 吊られて打たれれば、鞭から逃れやすい。打たれたときも弱まり、少しは苦痛が減る。色白は構わず手首を掴んだ。黒髪が何かを無理やりラウドの口に入れた。ラウドはそれを吐き出し、怒鳴った。

「イリィと同じにしろと言っている!これもいらない!」

 吐き出したのは、身体を痺れさせる薬草だった。あの無口な禿頭が丸太をまた固定した。黒髪が呆れた顔でラウドを丸太に押しやった。護衛兵が止めた。

「いいから、吊るして打て」

 禿頭の口がまたにやりと笑った。黒髪がラウドの下ばきを脱がした。身体が震えているのを見て、うすら笑いを浮かべて言った。

「怖いのか?恥ずかしいのか?」

 ラウドが無理に首を振った。禿頭がラウドの頭を押さえて四つんばいにさせ、両手両足を固定した。色白が打とうとしたのを止めて、禿頭がいきなり尻を打った。

「ぐあっぁっ!」

 悲鳴を飲み込み、全身を駆け抜ける衝撃に身震いした。痛みを散らす間も与えず、乱打した。骨に直接響いてくる。

「ぐっぁ!ああーっ!」

 悲鳴を抑えきれずに叫んだ。鞭の後が火傷のように熱く、痛む。汗が噴出してきて、息も荒くなって行く。ラウドはまだ子どもの肌で、その傷は火ぶくれのようになってイリィよりも酷かった。黒髪がラウドの前髪を掴んで顔を上げさせた。

「吊りに変えてやろうか」

 ラウドが涙と涎で顔を汚しながら頭を振った。

「このままでいい!」

 イリィがずっとラウドを泣きながら呼んでいた。

「殿下…殿下ぁ…」

 三十を過ぎた頃、ラウドも気を失い、水を掛けられ、残りの二十、悲鳴も上げられないほど朦朧としていた。

 最後の一打ちが終わった。丸太から外し、執行人たち三人が両手両膝を付き、頭を床に付けた。ふらふらになりながら、ラウドが三人に言った。

「ご苦労だった…」

 言ったと同時に気を失った。

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