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第401回   イージェンと黄金の道《ブワドゥウオゥル》(4)

 セラディムの学院の一室、イージェンは、明日の戴冠式の式次第を書き上げた後、のんびりと『しきたり』の書に目を通していた。アートランはセレンからカーティア王の戴冠式の手伝いしたときのことを聞き、めんどくさいと文句を言っていた。

扉が叩かれた。アートランがさっと開くと、ヴァシルが少し息を上げて入ってきた。

「急いだのか」

 イージェンに聞かれて、はいと頭を下げた。緊張しているようだった。

 『しきたり』の書を閉じて、腰を上げた。アートランに案内されて、執務宮に向かった。

 執務宮の入口で受け付けた護衛兵が大魔導師と知り、あわてて打診に入っていった。

すぐに側近が出てきて、丁寧にお辞儀して、国王執務室に案内した。アダンガルは大臣や将軍と打ち合わせ中だったが、そちらを待たせて、奥の休憩室でイージェンたちを迎えた。

「こんなところで申し訳ない」

 明日の準備であわただしくてと頭を下げた。いやいいと手を振ったイージェンが、片膝を付いて、胸に手を当て、お辞儀した。

「陛下、大魔導師イージェンです。このたびは即位おめでとうございます」

 あまりにあらたまった挨拶に、アダンガルが声もなく眼を見張って驚き、すぐに引き締めた。

「セラディム王アダンガルだ。大魔導師殿」

 立ってくれと手を差し出した。

 その手を借りながら立ち上がった。イージェンが笑った。

「俺だって、このくらいの挨拶はできるんだぞ」

 アダンガルも苦笑して手を握り締めた。イージェンの後ろでひざまずいているヴァシルに気付いて、立っていいぞと声を掛けた。

「ありがとうございます、陛下……その……お話が……」

 言葉を詰まらせている様子にため息をついた。

「ヴァシル、ザイビュスのことだったら、アートランから聞いた。死なせて申し訳なかったと思うなら、ひとりでも多くのマシンナートが地上の民になるのに力を貸してやってくれ」

 はいと頭を下げ、ふところから小箱を出した。

「陛下、ザイビュスがこれを……」

 渡してくれと言いたかったのだと思いますと差し出した。アダンガルが受け取ってから、イージェンに始末してくれと渡した。

「いいのか」

 アダンガルがうなずいて、胸に手を当てて、眼を閉じた。

「あいつの気持ちは受け取った」

 そうかと小箱を握った。側近がおそるおそる声を掛けた。

「陛下、ご側室たちの親御様たちが揃いました」

 アダンガルが了解して、イージェンたちに小さく顎を引いた。

「すまない、立て込んでいて」

 ゆっくり話もできないと言い残して出て行った。

 学院に戻ろうと休憩室のベランダに出て、空を飛び上がった。横を飛んでいるヴァシルにイージェンが手招いた。なにごとかと寄って行ったヴァシルに小箱を差し出した。

「これはおまえがもっていろ」

 おまえも三者協議会の要員だから、キャピタァルやバレーに行ったときに使うと渡した。泣きそうな顔のヴァシルがそっと握り締めた。

 翌日は朝からよく晴れて、南国の澄み切った青空がいっそう青く輝いていた。夜が明けると同時に、王都周辺で祝砲が何発も撃ち上げられていた。

 王宮の水路には花が浮かび、たくさんの船が美しく飾られていた。儀式殿の桟橋には次々と船が到着し、大公家や将軍、執務官、その夫人たちや姫たちがきらびやかな装いで降りてきた。

「おお、あれは」

 真っ白な船体の大きな船がゆっくりとやってきて、みんなの目を引いた。船には、黄金の縁取りの白い布を巻きつけた大柄なものが立っていた。どうやら、あれが大魔導師様らしいぞと感嘆の声を上げていた。

 その後ろに銀髪をきりっと結い上げ、その上から銀色の縁取りの布をすっぽりと被ったアリュカ学院長、その両脇にこれもまた、白い儀式用の衣装を着たかわいらしい子どもがふたり立っていた。

「ほんと、ふたりとも可愛いわ」

 アリュカがうれしそうにふたりの肩を抱くと、セレンが恥ずかしそうにうつむき、アートランがふくれっつらで横を向いた。

 桟橋には、執務官たちが揃って立っていた。

「大魔導師様」

 イージェンが桟橋に降りて、出迎えを受けた。

 儀式殿には、ヒトが溢れんばかりに立ち並んでいた。ひとりでも多くのものが参列できるようにと扉を開放し、儀式殿前の広場には、一目でもという思いでたくさんのヒトたちが集まってきていた。

 学院の控室に入ると、王族の控室に来て欲しいと要請が来た。

「陛下が妃殿下たちやご側室たちに挨拶させたいと」

 こちらをお訪ねするのには人数が多くてと側近が困った様子だった。

「いいだろう」

 おまえたちは待っていろとアートランとセレンを置いて、アリュカと向かった。

王族の控室では、部屋の奥に掲げられた小振りの王室紋章旗の前に、アダンガルが、白い布に黄金の糸で複雑で見事な刺繍を施した国王の正装で立っていた。精悍な顔つきで上背もあり、荘厳で威風堂々、見事なまでに国王にふさわしい立派な風貌だった。

「大魔導師殿、わざわざ来させてすまない」

 イージェンがまったくだと苦笑して、アダンガルの両脇に立つ女たちを見回した。

「大魔導師殿に挨拶しろ」

 アダンガルが命ずると、まず最初に左側の妃が両手を胸の前で交差させて、お辞儀した。

「アラザードから参りましたサフィラでございます、大魔導師様」

 緑柱石で飾られた髪飾りのサフィラは今年三十になる。顔立ちは地味だが、年相応の落ち着きがあり、しとやかな振る舞いだった。

「東オルトゥムから参りましたナリアです、大魔導師様」

 右側の妃が両手で肩衣を少し摘んで広げながらお辞儀した。紅玉を結い髪にちりばめたナリアは、今年十七歳、おととしからアダンガルの妻になると決めていた。学院からの勧めもあったが、ナリア自身も、アダンガルが文武両道に優れ、人柄も清廉で、しかも立派な風貌であることを聞いて、とても乗り気だったのだ。おととい初めて顔合わせし、思い描いていた以上とすっかり夢中になっていた。性格もはっきりとしているようで、若さと美貌を誇らしげに見せ付けていた。

 左側にまだ十歳くらいの娘たちが四人、立っていた。

「側室たちだ、手前からルルシア、ファーヴィア、ウルゼル、アグァテルマ」

 アダンガルが紹介すると、まだ幼い身体つきの四人は、揃いの黄色の大輪の花で髪を飾り、強張った顔で、ぎこちなく頭を下げた。一番年嵩なのがアグァテルマで十歳、ルルシアが一番年下で八歳だった。

 イージェンが四人の前にやってきて、頭の黄色い花飾りに次々に触れた。黄色い花が金色に輝き出した。

「わぁあっ」

 お互いの髪飾りを見て、驚いて、指差した。

「きれい、きれいよ」「ほんと、キラキラしてる、あなたのも、あなたのもよ」

 アダンガルが礼を言えと手を振った。

「大魔導師様、ありがとう」

 四人がうれしそうに自分の髪飾りに手をやって、ようやく笑顔を見せた。

 それでは式場でとイージェンとアリュカが去り、アダンガルが妃たちに式場に行くようにと執務官を呼んだ。

 定刻となり、儀式殿の壇上右にアリュカが立ち、薄茶の紙に書かれた式次第を広げ、式開始を宣言した。

「これより、セラディム王国国王戴冠の式を執り行います、大魔導師イージェン師入場」

 左側扉からイージェンがゆっくりと歩み出てきた。後ろから王冠を乗せた白いクッションを持ったアートランと、王杖をもったセレンがゆっくりと歩いてきた。

 イージェンは、壇の中央で、壇下の参列者に一礼、奥に掲げられた大紋章旗に一礼した。大紋章旗を背にして正面を向いた。その左側にアートランとセレンが待機した。

「本日、戴冠の式を執り行う大魔導師イージェンである」

 イージェンが光の長杖で右の扉を指し示した。右の扉が黄金に輝き、滑るように開いた。扉の入口から壇上中央に黄金の道が伸びてきて、その上をアダンガルがゆっくりと歩いてきた。イージェンがアダンガルの歩みに合せて長杖で床を叩いていた。シャラァンと鈴の音のような音が静まり返った儀式殿の中に響いた。

 黄金の道の端まで来て、アダンガルが止まり、ゆっくりと片膝を付いた。光の長杖でアダンガルの頭の上を何回か払い、杖を戻した。

「先々王の第二王子アダンガル、汝、王室の長として、その秩序と繁栄に勤めることを誓うか」

 アダンガルが右手を左の胸において答えた。

「誓います」

「先々王の第二王子アダンガル、汝、国政の長として、真義と秩序のために勤めることを誓うか」

「誓います」

「先々王の第二王子アダンガル、汝、国の親として、カーティアの国土と民を慈しむことを誓うか」

「誓います」

 アダンガルがしっかりと宣言した。

「セラディムの青き空、緑なす大地、深き大海、そして、真義の民の許しを得て、ここにアダンガルの王位継承を認める」

 イージェンが宣言すると、アートランが掲げていた王冠が輝き出した。長杖を振る。王冠がすーっと浮き上がり、イージェンが差し上げた右の手のひらの上に載った。長杖が消え、左の手を王冠に添えた。一歩前に出て、ひざまずくアダンガルの頭の上にかざした。

 王冠はいっそうまばゆく光り、さらに黄金の煌きを落とし始めた。その煌きはアダンガルに降り注ぎ、身体中について、全身を輝かせた。

「これは…」

 出席者たちがまさにめでたき(しるし)と感激していた。

イージェンが腰を折りアダンガルの頭に王冠を被せ、床に付けているアダンガルの手を取り、立ち上がらせた。セレンから王杖を受け取り、やはり黄金に輝かせて渡した。そして、ひざまずいた。

「国王陛下」

 式場の一同もひざまずき、唱和した。

「国王陛下!」

 アダンガルが一同に向かって声を掛けた。

「みなのもの、立て」

 一同は立ち上がりつつ顔を上げた。

「ありがとうございます、陛下」

 立ち上がったイージェンがふたたび長杖を左手に出し、頭上に掲げて大きく振った。

「国王陛下に祝福を、セラディムの国土と民に祝福を」

 イージェンが唱えると、黄金の煌きが杖先から噴出し、式場に降り注いだ。光の雨が燦々と降り注いでいく。

 セラディムの国章と王家の紋章の大旗が輝き出しただけでなく、儀式殿の壁も天井も床も輝き出した。

「おお、こんな……」

 参列者たちはみな身体に降り注がれる黄金雨に震えていた。

 そして、イージェンが長杖ですぅっと正面の開け放たれた扉の向こうを示した。アダンガルの足元から黄金の帯が伸びていく。儀式殿からさらに外の空に向かって伸びていた。

「歩まれよ、黄金のブワドゥウオゥルを」

 イージェンにうながされて、アダンガルがいささかの恐れもためらいもなく、その道を歩み出した。

「陛下……」

 みんな、言葉もなく、空中に掛けられた黄金の道を進んでいくアダンガルを見つめていた。やがて、誰からともなく、国王賛嘆の声が上がった。

「国王陛下、万歳!」

 まるで激浪のようなうねりとなって、アダンガルを包んでいく。光り輝く国王の偉大な姿を敬意に満ちた眼で見上げている民の上をアダンガルは歩んでいく。

 儀式殿の外に出て足を止めた。

 終わることなく続く万歳賛嘆の中で、そこから見える、美しい水のオゥリィウーヴを見晴るかした。

 そのアダンガルの上を何本もの光の柱がすさまじい勢いで伸びていく。その柱が大きく広がって、まるでドームのように王都の上空を覆い、王都中に黄金雨を降らせた。

王都の民はその驚愕の『めでたき(しるし)』に新王が改めて『大魔導師の愛子(まなご)』であることを知り、喜びの声を上げ、その即位を心から祝った。

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