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第397回   イージェンと五大陸総会(下)(3)

「以前、四の大陸でのグルキシャル騒乱を報告したときには詳しく書かなかったが、大神官サイードが、騒乱を起こすきっかけとなった数値だ」

 それは学院においても学院長のみが知りうることのできる秘密文書に書かれているものだった。

「『冷徹なる数値フルワァシィフゥル』、サイードはこれが書かれた秘密文書を読んで、絶望したんだ」

 それは各大陸各地域における生存可能な生物と使用可能な熱量の数値表だった。ヒトはもちろん、獣から植物、微生物に至るまで、食物連鎖と炭素循環、熱量循環のことわりにしたがっての質量を出すものだった。

「サイードはこの数値は学院が決めたものだと思っていた」

 生きられるヒトの数が決まっていて、それをことわりを利用して増えすぎないように調節していると思っていたのだ。それは半ば事実ではあるがと、イージェンが手もとの資料に手のひらを置いた。

「もともと四の大陸は砂と岩の大陸だったが、それでも『大災厄』前にはかなり緑化されてきていた。この数値もいずれは上げられるはずだったようだ」

 それが『大災厄』で上げることができなくなった。四の大陸の大魔導師ツヴィルクは瘴気を浄化はしたが、以前のように緑化を目指すことはしなくなってしまった。四の大陸は今も『大災厄』に会った直後の状態のままだった。そのため、他の大陸と違って、生産性もヒトの生存数も極端に低いままだった。

「数値の見直しをしたからと言って、すぐに生産性を上げられるわけじゃないし、作っていい量は慎重に検討しなければならないが、今後マシンナートたちが地上に移り住むことも考えると、生産性の向上と農耕術や漁猟術などの改良は必要になる」

 あくまで天然の素材でもって作り上げる器具の改良程度から始めることになるが、進歩を止めていた今までとは違うやり方を探していかなければならないと説いた。

「《(ことわり)》を守りながら、冷徹なる数値の増加を目指す」

 とても困難なことだし、どう進めていくかは、俺にもまだわからんとイージェンが立ち上がった。

「これまで以上に特級は魔力や術を磨いて、監視の眼を行き届かせ、数値増加の方法を研究していかなければならない。今までのようにのんびりと古い書物を読んで暮らしているわけにはいかないぞ」

 何人かが苦笑しながら顔を見合わせていた。

「俺はミスティリオン(誓い)で刷り込みをするのは嫌いだが、真義と秩序は守らなければならない」

 だが、その真義と秩序とは、あくまでもヒトの世界のことではなく、われら素子の世界のことだと説き聞かせた。

「俺からの話は以上だ」

 意見があれば言えと言われたが、急には質問も出ないようだったので、閉会した後に全員と個別に面談することにした。そのときの応酬で共通の情報として有益と思われるものは、問答集にして後日配布することにした。宮廷向けのマシンナートとの争い《マシィナルバタァユ》報告書のみ、話し合ってまとめ、その場で整えた。

 閉会したときは、翌日の夕方になっていた。

 条約調印式も済み、祝宴も終わった翌日の朝、その日の午後にエスヴェルン王太子一行が帰国するという話を聞き、アートランがカサンとヴァン、セレンを迎賓館に連れていった。

衣裳部屋でこぎれいな服を借りて着替え、ラウド王太子にセレンが挨拶に来たと告げた。カサンのことは内緒にしておいた。見たらびっくりするぞといういたずら心だった。

 ラウドは、セレンが訪れたというので、茶とお菓子を用意してジャリャリーヤ妃と出迎えることにした。

「弟のようなものなんだ」

 とてもかわいいんだと隣に座っているジャリャリーヤにうれしそうに話した。楽しみだわとジャリャリーヤが小さな声でうなずいた。

 扉が開いて、近衛隊長のイリィ・レンが真っ赤な顔で入ってきた。

「殿下、セレンたちが来ましたよ!」

 ラウドが扉の側で頭を下げているセレンににこにこと笑いかけて入るように手招き、椅子から立ち上がり、近寄った。

「殿下、こんにちは」

 セレンがにこっと笑って見上げた。ラウドがぎゅっと抱き締めた。

「セレン、会いたかったぞ」

 元気そうだなと喜んだ。後ろにヴァンが立っているに気が付いた。

「ヴァン、おまえも元気のようだな」

 ヴァンが頭を下げた。

「はい、殿下」

 リィイヴはどうしたと尋ねられて、ヴァンが少し寂しそうにうつむいた。

「リィイヴは、極南の大陸でエアリアと一緒にイージェンの仕事手伝ってます」

 ラウドがそうか、大変だなとやはり寂しそうな顔をした。ヴァンの後ろに立っているものに気が付いて、眼を向けた。誰かわかって、眼を見開いた。

「……カサン……教授?」

 カサンが決まり悪そうな、恥ずかしそうな顔を伏せていた。

「はい、殿下、お久しぶりです」

 セレンを離し、カサンの前までやってきた。

「そうか、無事だったか、異端の都が消滅したと聞いて、どうしたかと心配していた」

 よかったと眼を細めていた。カサンがその顔を見て、胸を詰まらせ、手で顔を覆った。

「心配していただいて、ありがとう……ございます……」

 セレンに無事でよかったと言われたときと同じような、いやそれ以上に心が揺さぶられていた。

「殿下、わたしはテクノロジイであなたをたぶらかそうとしました、申し訳ありませんでした」

 ようやくそれだけ搾り出した。ラウドがカサンの肩を叩いた。

「カサン教授、ここだけの話だが」

 ラウドがカサンの耳元でそっと囁いた。

「今でもプレインに乗せてもらってよかったと思っている」

 はっとカサンが涙顔を上げた。ラウドが口に人差し指を付けた。

「イージェンには内緒だぞ」

 カサンがよけいに顔をくしゃくしゃにしてうなずいた。

「イリィ、茶と菓子が足りない、もってきてくれ」

 カサンたちにテーブルに着くよう手で示した。みんなが座ってから、隣の席のジャリャリーヤを紹介した。

「妃のジャリャリーヤだ」

 ジャリャリーヤが眼を伏せて小さくお辞儀した。セレンとヴァンがとてもキレイなお妃さまですねと顔を赤らめていた。

 イリィも加わり、しばし茶と菓子で歓談した。

『空の船』では、リュールのほかにウルスという熊の仔が加わって、喧嘩ばかりして、毎日大騒ぎだとか、鳥の燻製や干し肉を作るのに大変だとか、カサン教授は芋の皮むきや皿洗いに苦労しているとか、そんなたわいのない話で過ごした。

 昼すぎにはラウド王太子一行はカーティアの王宮を立ち去った。サリュース学院長が同行できないので、あらかじめエスヴェルンからシドルシドゥ以下三人の特級がやって来て、護衛についた。セレンやカサンたちは、王宮の正門から出て行く一行を隅の方で見送った。


 その日の夕方、五大陸総会は終了し、翌日から全学院長と個別に面談することになった。

 総会が終了してから、イージェンは、すぐにアリュカとサリュースを訪ねた。

 ベッドから起き上がろうとしたアリュカにそのままでいいと言って、椅子を引き寄せて座った。サリュースが決まりの悪そうな顔を逸らしていたので苦笑した。

「おまえにしては上出来だったな」

 イージェンに皮肉っぽく誉められてますます怒った様子で椅子を立ち、窓際に寄って背を向けた。

「大事にしてくれ」

 イージェンがアリュカに仮面を向けた。アリュカがうなずいてから、ぜひアダンガルの戴冠式を執り行ってほしいと頼んだ。

「もちろんだ、アダンガル殿、いや、陛下にも約束したしな」

 総会の後始末が済んでから、『空の船』で向かうことにした。

「極南列島だが、あそこはどこの所属でもなかったな」

 アリュカがそうですがと首を傾げた。

「まず手始めに、極南列島のいくつかの島に訓練施設を作るつもりだ」

 ほんとうは各大陸に作って、シリィと交流させたいが、いきなりではあまりにキュティル(文化)もソシアリティム(社会制度)も違いすぎるから、騒動になる。すぐに流血沙汰になるだろう。

 シリィとマシンナートをどう融合していくかは、次の段階になるとして、当初は地上環境を知る場所として隔離した居住区を作ることになるのもやむをえないと考えることにした。

「近い環境の三の大陸南方諸国から、教導師を募りたいんだ」

 学院からだけでなく、広く民からも畑仕事や機織、住まいの建築、漁などの指導をしてくれるものたちを集めようというのだ。

「まだ先の話になるだろうが」

 考えておいてくれと頼んだ。


  翌日朝から学院長たちと個別に面談を始めた。面談の前にサディ・ギールを訪ねたが、具合が悪いと拒まれ、滋養の効果のある茶を精錬してやってクリンスに渡した。

「俺からとは言うな」

 そう言ったら飲まないだろうからと気遣った。

 ネルガルとファン・ヴァルには、ふたりそろっているところで面談し、長く学院長の職を務めたことをねぎらい、隠居後も長生きしてくれと手を握った。ふたりはもったいないと感激していた。

 ふたりからは、経験から思うところを話してもらい、やはり学院の『決まり』にはそれなりの理由があるので、あまり緩めると風紀が乱れ、王室や宮廷との関係に悪影響があると注意された。その一方で、匙加減は気をつけたほうがいいが、ヒトとしての在り方を知ってこそ、よい導きもできると理解もしてくれた。

 学院長たちひとりひとりと話すと、それぞれの大陸の事情もあって、いろいろと要求や意見もあり、かならずしも無条件にイージェンを認めたわけではなかった。だが、それでも、各大陸上の『星の眼』や数値向上への期待も大きく、原初の五人とは違って膝を付き合わせての踏み込んだ話をすることができたことに満足しているようだった。

 ドゥオールのゾルヴァーからは先の総会で決まった精錬した『道具』の配布を忘れないでほしいと要望書を出され、すっかり忘れていたと苦笑した。

 ウティレ=ユハニのユリエンは、過日の無礼を謝り、リュドヴィク王との意見の相違によって衝突していたことを打ち明けた。

「見かけばかりを気にしていました」

 そうだなとイージェンがうなずいた。

「リュドヴィク王は冷酷なだけではなく、なかなかの賢王だな」

 大陸統一も領土拡大だけでなく、秩序を求めてという意図も分かるが、今以上の吸収は当分控えたほうがいいと助言した。

「わが王はヴラド・ヴ・ラシスの横暴が許しがたいのです」

 一の大陸のような秩序を求めてるのだ。

「それはわかるが、あれは必要なんだ」

 ユリエンが首を傾げた。

「一の大陸であっても、人買いや娼館はある。金貸しもいる。そういうものは、まだまだこのソシアリティム(社会体制)においては必要なんだ」

 そういうものを宮廷や学院が仕切るわけにはいかない。

「そういう汚い仕事はあいつらにやらせておけばいい」

 ユリエンが呆気に取られていた。

「そこまであからさまに」

「なかなかうまく操るのは難しい相手だからな、せいぜい宮廷に入り込まれないようにするくらいしかないが」

 ユリエンがうなずいた。

 二の大陸のバレーの後始末については、もう少し時間がかかるので了承してくれと面談を終えた。立ち去るときにイージェンが言い添えた。

「ティセアは俺の妻だ、リュドヴィク王には渡さないからな」

 ユリエンが苦笑しながら了解しましたと頭を下げた。

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