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第393回   イージェンと五大陸総会(中)(2)

 一方、三の大陸セラディムのアリュカは、一の大陸セクル=テュルフのサリュースの部屋で夕食を一緒に食べながら、アダンガルが王位に就いた経緯を話した。

「イージェン様に戴冠式を執り行っていただこうと思って」

 そのためにも、再認してもらわなくてはとサリュースを見つめた。サリュースはずっと目を合わせずそっぽを向いていた。

「たしかにあなたとしてはイージェンに大魔導師でいてもらわなくては都合が悪いだろうな」

 それだけではなくてよとアリュカは真剣だった。

「『天の網』が動いたから、算譜を更新してもらえるわ。五大陸全部での調整ができるようになるし、もっと数値が上がっているかもしれないのよ」

 そういうことも考えていかなくてはというと、サリュースがガチャッとフォークを皿に置いた。

「だから、エアリアを大魔導師にしてくれればよかったんだ、ヴィルトがあんなものを後継者にするから」

 アリュカもフォークを置いて、口元を手巾で拭った。

「まだそんなことを。エアリアに異端との戦いをこのように終わらせることができたと思うの? 無理だわ」

 イージェンだからできたこととアリュカが呆れた。

 扉が叩かれ、訪問者の気配を感じとって、サリュースが目を険しくした。席を立ち、扉を開けた。

「閣下、どうされましたか」

 エスヴェルンのリュリク公だった。先客がいるのを知り、軽く顎を引いた。

「そなた、セラディムのアリュカだったな」

 以前エスヴェルンにヴィルトを訪ねてきたことがあり、そのときに国王に挨拶していたのを覚えていた。それだけでなく、顔立ちや髪、目の色などエアリアの縁筋ではないかと思われたこともあって、印象深かったのだ。

「はい、閣下、おひさしぶりです」

 椅子から離れて両手を胸の前で交差させ、丁寧にお辞儀した。

「学院長、明日の調印式にイージェン様のご臨席を仰ぐわけにはいかないか?」

 午前中には終わるのだし、総会には間に合うだろう、ぜひお願いしたいとリュリク公が頼んだ。

 サリュースがリュリク公に椅子を勧め、反対側に座った。アリュカが出て行こうとしたので、リュリク公がすぐに済むからと座るよう指差した。サリュースは嫌な顔をしていたが、恐縮して離れた席に座った。 

 サリュースが首を振りながら手をテーブルの上に置いた。

「イージェンは大魔導師の承認が撤回されるかもしれません。そのため、処遇がはっきりするまでは、公務を控えなければなりません」

 リュリク公が驚き、しばらく押し黙っていたが、ようやく口を開いた。

「どういうことなのだ、総会で承認されたのだろう?」

 詳細は学院でのことなので、申し上げられないとサリュースが言うと、リュリク公が不愉快そうに目を細めた。

「たしかに学院のことには口を挟まないのが慣わしだが、一度はわが国所属となられた方のことだ、教えてくれてもよいのではないのか」

 サリュースが相変わらず露骨に嫌な顔をしたが、ふうとため息をついて話し出した。

「イージェンは、異端との戦いで早急な手を打たなかったので、三の大陸に被害を出したのです。そのこともあって、前回承認されたのが全員出席の会議でなかったため、改めて承認決議をすることになったのです」

 リュリク公も被害を出したということには眉をひそめたが、ひとりで五大陸を見るなど、もともとできないことだったのではと苦労を思いやった。

「それもありますが、やはり、あのように粗暴で不埒なものを学院の頂点にするのは許しがたいことなので」

 せっかくエスヴェルン所属にしたが、破棄になると思うので、了解してくれと言われ、リュリク公が拳を握ってテーブルを叩いた。

「なんと、愚かな。得がたい方だぞ、あの方は」

 サリュースが目を見張った。

「サリュース、そなたが王太子殿下に厳しく当たったので、陛下が心配されて、イージェン様に密書を送られたのだ」

 サリュースがえっと息を飲んだ。

「だか、イージェン様は密書を受け取らなかった。そなたが殿下を見放すことはないと信じていると」

 サリュースが唇を噛んで下を向いた。

「こうも言われた、あいつは俺を嫌っているが、俺はあいつをそれほど嫌いじゃないと」

 サリュースがぶるっと肩を震わせた。

……俺の代わりに飲んでくれ……

 差し出された杯。『空の船』、セラディムでの総会への往路。ぐいっと飲み干したら、うれしそうにしている感じが伝わってきた。急に胸が詰まってきた。

「もし大魔導師としての承認がされなかったとしても、ぜひエスヴェルン所属でいていただけるように計らってくれ」

 国王陛下も王太子殿下もそう望まれるだろうし、宮廷としてもそうしてほしいと立ち上がった。サリュースが戸惑った様子で見上げた。

「閣下」

 リュリク公が、明日またと部屋を出て行った。アリュカが声を掛けようとしたが、その前にサリュースが出て行ってくれとつぶやいた。

「わかったわ」

 アリュカが扉を開けた。廊下に出て扉を閉めた後、そっと腹に手を当てた。

「身籠ったこと、話したかったのだけど」

 落ち着いてからにしようと改めた。宛がわれた部屋に戻ると、アラザードのランセル、東オルトゥムのメレリ、カルマンのルーサーが集まっていた。

「どう? サリュース殿は」

 画策のために会ったと思っているようだった。アリュカが首を振り、椅子をもらった。

「撤回派のようだわ」

 あらあとメレリが驚いていた。

「それにしても、イージェン様に内妻がいるなんて、びっくり」

 しかも稀に見る美女ですって、いいわねぇとうらやましそうに首を振った。

「冗談を言っている場合ではないと思うが」

 まだ十九歳と若いカルマンのルーサーが呆れていた。

「別れていただいたらどうだろうか。そうすれば、承認するものは増えると思うが」

 ランセルが困った顔で見回した。

「ちゃんと読んだの? 離れたくない、黙認してもらえないなら、大魔導師としての地位を剥奪されてもいいって書いてあったでしょう?」

 メレリが別れてもらうって選択肢はないのよとランセルに目を向けた。

「内妻のことなんて、外向きには黙ってればいいことだし、この先のこと、考えたら、大魔導師がいたほうがいいと思うけどねぇ」

 だいたいみんな堅過ぎるのよとメレリが肩をすくめた。ルーサーが、アリュカに水を持って来た。

「具合悪そうだけど」

 横になったほうがいいのではと休むように勧めた。アリュカが水を飲み、そうさせてもらうわと頭を下げた。

 お大事にと気遣った三人が部屋を出た後、ベッドに横になったが、キュウウッと腹が痛んでいた。

……流れるのかしら……

 サリュースにさすってもらったら、落ち着くような気がしていた。

「でも、あのヒトは……」

 ふしだらな年上女に誘惑されてしかたなくと思っている。

 初めて会ったのはサリュースが十二歳のとき、セラディムの学院に留学生としてやってきたのだ。アリュカはすでに学院長だった。十歳も年下だったが、一目で好きになってしまった。日々想いを募らせていき、ついに帰国が決まったときに、まだ子どもだったサリュースにふしだらな女を装って強引に迫り、身体を重ねた。その後も会う機会を捉えては、無理やり押し倒した。

 サリュースへの想いがつらくて、消したくて、他の男とベッドを共にしたりもしたが、でも、無駄なことだった。

 身体がだるい。ほんとうに流れてしまうかも……。

 涙が溢れるのを堪え切れず、枕を濡らした。

 三の大陸ティケアのランスの学院長サディ・ギールは、執務宮の賓客用の宿舎ではなく、学院の宿舎に押し込められたと不愉快でたまらなかった。隣国との条約調印式があるのなら、総会は別の国でやるべきだと何度も椅子の肘掛を叩いた。

そのサディ・ギールを訪れた四の大陸ケルス=ハマンのアルスランは、三十代半ばの男で、ランスからは以前から何度か伝書をもらっていた。三の大陸北部統一を計っているので対岸の北リド・リトスに対して脅威となってほしい、北リド・リトスを侵略したあかつきには漁場を任せるのでと頼まれていた。アルスランとしては、漁場水域を拡大したかったので、北リド・リトスから奪えることがあるのならと了承していた。

「撤回決議案提出してくれたのだな」

 サディ・ギールに聞かれて、アルスランがうなずいた。

「そちらは出したのか」

 アルスランが隅に立っていたウティレ=ユハニのユリエンに尋ねた。ユリエンが首を振った。

「いえ……まだ……出していません」

 サディ・ギールが今からでも出せと命令口調で言いつけた。副学院長のフィナンドがこうすればと提案した。

「承認撤回させて、ティセア姫を取り上げるようにもっていけば、姫を使って言うことを聞かないリュドヴィク王を操ることができますよ」

イージェンの子どもなど堕胎してしまえばいいと言われ、ユリエンが考えておきますとお辞儀して出て行った。廊下にクザヴィエのリンザーが待っていた。

「少し庭を歩いてみないか」

 ユリエンが首を振りかけたが、いいだろうと玄関広間に向かい、広間から放射状に伸びている廊下のひとつを抜けて、裏庭に出た。

「イージェン様の撤回決議案、出さないのか」

 ユリエンが暗くなってきていた空を見上げた。

「出すなと言いに来たのか」

 いや、出してくれていいとリンザーが木に寄りかかった。

「ただ、リュドヴィク王にお見せする議事録にはティセア様がご無事だということは伏せたほうがいい」

 それだけ言いに来たと肩を回した。

「わが王がおまえにご遺体を捜してくれと頼んだのだったな」

 リンザーが振り返り、うなずいた。

「ティセア様はグリエル将軍と結婚したと聞いていたが、リュドヴィク王の嘆きようは普通じゃなかった」

 ユリエンがもう少し歩こうと歩き出した。リンザーが並んで歩きながら、庭を見回した。

「よい庭だな、マシンナートに壊されなければ、美しい王宮だったのだな」

 低い樹木は手入れがされていて、花もつけていた。散策用の道も整っている。小さな池のほとりまでやってきた。ユリエンが急に立ち止まった。

「サディ・ギールがイージェン様の生まれや育ち、ティセア様のことをあげつらって、撤回決議を決めてしまうかもしれない」

 もちろん、ランスの第二王都がこうむったミッシレェの被害のことも問題にするだろうとユリエンがため息をついた。

「おまえとしては、そのほうがいいんじゃないのか」

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