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第377回   イージェンと悠遠の月(上) (4)

「もういい、どうせまた同じだ」

 青灰色の柱はそうつぶやいて泣き崩れた。灰色の柱がすっと手ぶくろを差し出した。

「ツヴィルク……そう言わずにもう一度蘇生システム《レズュレクスィオン》を掛けよう」

 その声は、ヴィルトの声だった。手ぶくろを叩く手が現れた。黒い手ぶくろをした黒い柱だった。

「またやっても無駄だ!」

 黒い柱と思われる若者の声は憤っていた。反対側から白い柱がすうっと現れた。

「シャダイン、兄さんに向かってなんという口のきき方、慎みなさい」

 落ち着いた優しい女の声だったが、嘆き悲しんでいるようだった。どこかで聞いたことがあるような……。

黒い柱シャダインが背を向けた。

「レズュレクスィオンを掛けても、テクノロジイの存続を許してしまっては、いずれまた同じことになると言っているんだ!」

 黒い拳が震えていた。

「ようやく此処まで来たのに。本部テクスタントに逆らってまで、この惑星のために頑張ってきたのに」

 灰色の手ぶくろが黒い拳に触れた。

「わたしには地上の民もテクノロジイ信奉者も同じ大切なこの惑星の(たね)だ。『誓約』を守ってくれると信じている」

 だが、その灰色の手ぶくろを振り払った。

「甘い」

 青灰色の柱がふらっと立ち上がった。

「ツヴィルク」

 シャダインがツヴィルクを支えた。

「蘇生システム《レズュレクスィオン》を掛けるのは手伝う。でも、どうしてもテクノロジイの存続を許すなら、もう……あなたがたとは……」

 ツヴィルクが肩を震わせ、シャダインがぎゅっと抱き締めた。

「俺も、兄さんたちとは『袂』を分かつ」

 いきなり柱たちが消えた。

 灰色の手ぶくろだけが浮かび上がってきた。

「ツヴィルクには悪いことをした。気が進まないのを加担させてしまったのに」

 別の白い手ぶくろがそっと触れてきた。細くて優しげな女の手だった。

「兄さん、それはもう言ってもしかたないことです。残されたわずかのときを、せいいっぱい、この惑星の種のために頑張りましょう」

 思い出した。この女の声は。

 あのとき、延々と続く砂の丘の上にいた長い黒髪の背の高い女の声だ。

「ヴィルト、あのふたりとも時が経てば仲直りできますよ、きっと」

 濃灰の手ぶくろが静かに灰色の手ぶくろと白い手ぶくろの上に重なった。

「イメイン、アランテンス。おまえたちにもすまないことになった……」

「いいえ、兄さん、あやまらないで」

「いいんですよ、ヴィルト、友だちでしょう、わたしたちは」

「ありがとう……」

手ぶくろたちが、すうっと消えていった。

「待ってくれ! ヴィルト! なんでテクノロジイの存続を許したんだ! なんで!」

 過去の映像だ。この空間が記録していたものが再生されたのだろう。問いかけても無駄なのに、尋ねずにはいられなかった。

 青灰色の柱が急に側に現れた。イージェンが驚いて身体を引くと、青灰色の柱が手を伸ばしてきた。その手がイージェンをすり抜けて、背中まで貫いていた。

「シャダイン、シャダイン、どこだ……」

 はっと振り返ると、すぐ後ろに黒い柱が立っていた。

「ツヴィルク、ここだ」

 シャダインが黒い手ぶくろを差し出してツヴィルクの手を握り、引き寄せた。ツヴィルクの幻影がイージェンの身体を通り抜けた。

「シャダイン、あの数値、あの数値、あれがどうにもならない」

 ツヴィルクは、錯乱しているようだった。

「ああ、『大災厄』がなければ、俺たちが死ぬ前に数値を上げられたんだがな」

 シャダインが黒い柱の中にツヴィルクを飲み込んだ。

「ラ・ヴィ・サンドラァアク、砂に埋める。もう無駄なことはしたくない。テクノロジイの存続を許しては、どうせまた同じことになる」

 ツヴィルクが嘆いた。

「おまえがそうしたいのなら……ヴァンディサァブルを起こして、全部砂の下にしてしまおう」

 ひそやかなシャダインの声が遠ざかっていった。

「……あの数値……あの……『冷徹なる数値フルワァシィフゥル』……」

 つぶやきながらイージェンがよろよろと後ろによろけるように引き下がった。

「そうか……だから、ヴィルトは……」

 やむなく『誓約』による制限を付けてテクノロジイの存続を許したのだ。

だが、ほんとうにテクノロジイを失くすことはできないのか、いや、二度と同じことにしないためにも、今度こそ、断ち切らなければならない。どんな悲惨なことになろうとも。

「その前に防がなければ……」

 今度ユラニオウムを使われたら、この惑星は完全に死ぬ。

「どうすれば動く!」

 上を仰ぐように見上げ、黒い板にドンと背中を預けた。急に背中の板から起動音が聞こえた。振り向くと光を放ち出していた。

 驚き、周囲を見回すと、目の前の石台の前に別の幕が現れ、さきほどのように上空から見下ろした陸地のあちこちが映し出され、瞬くような勢いでその四角の中の表示が変わっていった。

「これは……」

 セクル=テュルフではない。

「トゥル=ナチヤ」

 子どもの頃放浪していた山の中、西海岸最大の港街ドゥーグル、イェルヴィールの王宮、賑やかな王都、のんびりと牛が草を食む草原……さまざまな風景が瞬くような速さで切り替わっている。

「もしかして……」

 イージェンは、その隣の黒い板に駆け寄り、触れた。起動音が湧き起こり、光り出した。

「ラ・クトゥーラ」

 海岸線を巡るように映像が流れていく。石台に触れて、座標で絞り込んだ。大陸中心の『奥地』の岩山が見えてくる。谷を真上から覗き込むと、細い谷底に大勢の民が並んでいた。その先頭に黒髪の女が見える。民が差し出す椀に粥の施しをしていた。グルキシャルの聖巫女リジェラ、イージェンの従妹だ。その姿がはっきりと分かる。

「リジェラ……ここまで絞り込めるとは」

 岩窟の中の直視は無理だが、熱を感知することはできた。

 さらにその隣はティケア、キロン=グンドと起動させることができた。

「これで『天の網』、動くか!」

 天球図の中から、幕が伸びて来て、声が聞こえてきた。

『こちらキャピタァル中枢サントォオル、リィイヴ、これからパリスと通信をする。アートラン、ザイビュス、エトルヴェール島管制室で、同時に聞けるようにしている』

 返信許可の文字が出るまで返信などしないようにと注意していた。

 リィイヴの声だ。成層圏内を飛ぶ電波を捉えたのだ。通信衛星『南天の星』を介して、キャピタァルのベェエスを走査した。『空の船』では電波を捉えることがせいいっぱいだったのだ。

中枢サントォオルを乗っ取ったのか」

 策謀の変更の記録も読み取った。

「そんな事態になっていたとは……。もしや、この中は……」

 ここに来て、そんなに時間は経っていないように思えたが、外ではすでに何日か経っているのだ。

 リィイヴとパリスのやり取りが展開されていた。

 母親と息子の主張は互いに交わることはなく、すでに決別していたとはいえ、最後にパリスによって完全に断ち切られた。

「発射するつもりだな」

 二の大陸中央に建っている電波塔を介してアーリエギアのベェエスを走査した。

三の大陸ティケアにミッシレェを打ち込んで、着弾成功したので、監視衛星をかいくぐっての着弾が可能であるという電文をアーリエギアの上級係官たちに流していた。

 急がなければと思うが、『天の網』の起動の仕組がまだ見つからなかった。

「もう間に合わない」

 こうなれば、アーリエギアをデェリィトしてしまおう。それとも病理コォオドを流すか。パリスが発射ルゥムに入り込んでいなければ有効だ。

ドォァアルギアの方は、ファランツェリはすでに殺しているので、うまくすれば、パリスからの連絡が途切れたことがばれる前にロジオンを始末するかシステムを破壊することができる。

 だが。

『アーリエギアの乗組員の諸君、パリス議長だ。これより、マシンナートの誇りを貫き、テクノロジイの生み出した大いなる力、ユラニオウムの炎で地上を浄化する。ユラニオウムミッシレェ発射』

 パリス。

「よせ、やめろ」

 よせ、よせ、よせっ!!

『発射』

 イージェンの身体がぶるっと震え、強烈な光を放った。

「そんな! そんなっ!」

 五大陸の地上を映し出していたたくさんの四角が一斉に光った。あちこちで素子たちが悲鳴を上げていた。獣たちも恐ろしい気配を感じ、吼えていた。

『仮面っ! どうにかしろっおぉぉぉ!』

 アートランの咆哮が聞こえた。そして、『空の船』を映し出していた四角の幕が強い光を発した。

その瞬間、イージェンの足元が落ち込み、『外』に飛び出ていた。

足元に輝く青い水の球、その周囲に浮かぶ五つの石のかたまりが光り出し、そこからすさまじい勢いで黄金の筋が無数に放たれ、絡まって網を編んでいく。

「『天の網』……」

 すっぽりと球を覆った黄金の網のあちこちで白い光が激しく瞬いていた。雷鳴のような音が轟き、黄金の網に沿って電光が走っていく。ミッシレェが消されているのだ。

この惑星の命の粒と融け合って生まれた素子たちのわが身に降りかかる『大災厄』への恐れが力となって『天の網』を起動させたのだろう。そうとしか思えなかった。

 よかった、よかった……。

 流す涙があれば、泣きたかった。

 成層圏を抜け、衛星軌道上まで上がってきていたアートランの姿を見つけて、近付いていった。

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