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第365回   イージェンと惑乱の地上(下)(2)

 リィイヴは平静を装っていたが、声が震えているのがわかる。パリスが険しい目を向けたが、そうかと口の中でつぶやいたのがわかった。

『それでは何人かに、音声通信したいので、通信ゲェイトを開けてくれ』

 リィイヴが了解と通信ゲェイトのひとつを開放した。もちろん、どこに通信しているのかは把握できる。最初に副議長クィスティンに掛けていた。もちろん、クィスティンの小箱は壊れている。不到達になる。次にファンティアに掛けた。

「ファンティア大教授、出ないでくれ」

 レヴァードが台座の縁を強く握った。ファンティアの小箱が受話した。

「まずい!」

 レヴァードが早く切断をと言ったが、リィイヴはいきなり切断するほうがまずいですと何かボォゥドで打ち込んでいた。

『パリス議長……』

 ファンティアの声は震えていた。レヴァードが余計なことを言わないでくれと願った。お疲れ様ですとファンティアが挨拶すると、パリスがご苦労とねぎらってから、雑談を始めた。

『ファンティア、ティスラァネの子どもはどうだ、元気か』

『……はい、発育良好で、首も座りました』

 そうかと何故かパリスはうれしそうだった。

『そのくらいの時期が一番危ないからな、気をつけてくれ』

 パリスの長男は、乳児の突然死の原因である『突発性クラクスェン症』によって生後三ヶ月で死んでいる。

『はい、ありがとうございます』

 後で映像を送ってくれと頼んでいた。ファンティアが了解して担当者会議があるのでと打ち切ろうとした。そのとき、すぐ側にいた副主任がファンティアから小箱を奪って悲鳴のように叫んだ。

『パリス議長、中枢サントゥオルが乗っ取られました!素子たちがっ!』

 ファンティアがあわてて取り上げて切断した。レヴァードが叫んだ。

「おい、なんてことを!」

 もうおしまいだ、パリスにばれたら……地上が……。

 レヴァードが真っ青になって立っていられなくなり、がくっと膝を折った。

 パリスから音声通信が入った。

『ヴァド、ディゾンを呼び出しているんだが、出ない。どこにいるのか検索してくれ』

 まったく変わりない声で、表情もさきほどと同じだった。リィイヴがまた深呼吸して返答した。

『自分のラボにいるよ、まだ寝ているのでは』

 パリスが監視キャメラでラボ内の映像を転送しろと言ってきた。

従兄(にい)さんは寝ていようが、用足ししていようが、わたしの音声通信にはすぐに出る』

 パリスが小箱でディゾンを呼び出しながら、モニタ横にある集音装置を使ってリィイヴと音声通信していた。

『そのくらい、おまえなら知っているはずだが』

リィイヴが転送しないでいるとパリスが険しい目をした。

『なぜ転送しない』

『できないんだ、今は容量制限してるから映像は転送できない』

 パリスがぐいっとキャメラに顔を近づけた。

『……おまえは誰だ……』

 リィイヴがぐうっと咽を鳴らした。

『ヴァドだよ、かあさん』

 パリスがバンッと机を叩いた。

『ヴァドなら、できないとは言わない。決してな』

 できないことでもわたしにはできないとは言わないと睨みつけてきた。

『素子か』

『そんなわけないだろ、かあさん』

 パリスはずっと小箱でディゾンを呼び出し続けていた。

『そうか、まあ、いいだろう、おまえが誰であっても、そう例えヴァドであっても』

 リィイヴが正面モニタのひとつにディゾンのラボの映像を映した。ラボは入口に受付の小部屋があり、その奥に研究ルゥムとラボ主任室がある。受付の小部屋や通路には何人か研究員たちが倒れていた。主任室に切り替わった。

『わたしに従わないものは許さん』

 早く転送しろと言われ、リィイヴがディゾンのラボの映像を転送した。

『転送したよ』

 ゆっくりとキャメラが動いて、扉にすがるような格好で男が倒れているところを映し出した。眉を寄せて眠っているような様子だった。その顔はリィイヴに似ていた。

『……従兄(にい)さん……』

 パリスの目が見開かれ、口元が歪んだ。

『……足手まといになっても、連れてくればよかったな……』

 ぐっと目を細めてキャメラを睨んだ。その目に光るものが見えたようだった。

『どうせ、ディゾンだけではないんだろう、殺したのは』

『ぼくは殺してない、停電して送気が停まったんだ、事故だよ』

 まだヴァドの音声を使っていた。

『いい加減にヴァドの振りは止めろ』

 さきほど開けた通信網ゲェィトのポォオトから侵入して何かを探ろうとしているようだった。アクセスしている記録が流れていく。

『ベェエスにアクセスはさせません、パリス議長』

 リィイヴが声を戻して話し出した。

『なるほど。その防御システムはわたしが構築したものだ。かなり堅牢だからな』

 リィイヴも手元を動かしていた。このやりとりをしている間は発射ミッションを出せないはずだった。

『ところで、きさまは……なかなか優秀だな』

 モニタのひとつに表示されているパリスのベェエスへのアクセス記録がすさまじい勢いで流れていく。リィイヴのアクセス記録も横のモニタ上で走っていた。

『イージェンという素子がトレイルで見よう見まねだと言ってタァウミナァルを使っていた。とはいえ』

 リィイヴはパリスのアクセスに対抗して、探られているゲェィトの『穴』を塞いでいた。

『さすがにここまでできる素子がいるとも思えんしな……インクワイァだろう、それも……よく知っているものではないか?』

 レヴァードは極度の緊張で口の中が乾いていた。

 どうなってる、アートラン。パリスの近くにいけたのか。このままだと……。

 いったい誰なんだと聞かれて、リィイヴが唇を噛んだ。

『知ったところでどうなるものでもないですよ』

 リィイヴが次々に『穴』を塞いでいく。

『わたしには、七人子どもがいる。そのうち、ひとりは乳児のときに死んだ』

 パリスが急に子どもの話をし出した。

『そして、もうひとり、十四年前に事故で死んだ息子がいる。優秀種でおそらくはいずれ最高頭脳セルヴォウ・デェ・スュプレェエムと称賛されたはずだった』

 リィイヴの手が一瞬止まった。アクセス記録のある行が光ってピィンと音がした。一瞬手を止めたときに『穴』から入り込んで何か検索したようだった。

……しまった。

 パリスの手も検索結果を表示するためにか停まった。その隙にゲェィトを閉じ、音声通信だけ繋いだままにした。

『その息子は、実は死んではいない。脳に損傷を受けて数値が下がったので、死んだことにして、ワァカァに落としたんだ』

 リィイヴは装着ディスプレイ装置のちいさな画面に映っているパリスを見つめていた。

『バレー・アーレの消滅に巻き込まれて死んだかと思っていたが、エトルヴェール島のエヴァンスのところに現れた』

 リィイヴの唇がわなわなと震えてきた。レヴァードがバァイタァルを見ると、心拍数も呼吸数もひどく上がっていて、神経系の数値が激しく乱れていた。

『てっきりエトルヴェール島にいると思ったが……』

 リィイヴが右手で左肩を押さえた。

『マァカァ……』

 血が滲むほど爪を立ててぎゅっと握り締めた。

『キャピタァル、中枢サントォオルにいる』

 さきほどの一瞬に検索したのだ。

『十四年間の空白にもかかわらず、わたしの『侵入』に対抗するとはたいしたものだな、数値が下がったというのは嘘だったんだな。リィイヴ……いや、ファランツェリ』

 リィイヴが激しく頭を振った。

『その名前で呼ばないで!』

 ディゾンの映像を指差して怒鳴った。

『ぼくは、ファランツェリじゃない! あなたとこの男の息子じゃない! あの連中と兄弟じゃない!』

 パリスは最初の子どもにファランツェリという名を付けた。推定数値が優秀種だったその子が産まれてまもなく死に、その後に生まれた優秀種の息子に同じ名前を付けた。そして、その息子が『死んだ』後に生まれた優秀種の娘に、やはり同じ名前を付けたのだ。

パリスがフンとあざ笑うように顎を上げた。

『そうだな、デェイタ上はすでにわたしの子どもではない』

 レヴァードがそっと囁いた。

「リィイヴ、落ち着け、少しでも引き伸ばすんだ」

 リィイヴが聞こえたのかどうか、はああと息を吐いた。

『ヴァドはどうした、殺したのか』

 パリスの口調が妙な柔らかさを含んできた。

『ええ、死にました』

 懸命に息を整えようとしていた。

『そうか、かわいそうにな』

 ヒトごとのように言ってボォゥドから両手を離し、椅子の背にもたれかかって両腕を組んだ。

『どうやって入れ替わった』

 リィイヴがなるべく引き伸ばそうと応えた。

『魔導師がヴァドの記憶をぼくに移して、眼球も取替えました』

 パリスがほうと感心した。

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