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第250回   セレンと南海の魔獣《マギィクエェト》(上)(2)

 南方大島の南東海岸には、マシンナートたちが作った新都に程近い場所に港がある。南ラグン港というその港は、かつて漁港だった。小さな漁船が数十隻繋がれていて、すこし沖合いに漁に出る程度の港だ。それが、人造石で固めた堤防ができ、底を浚って大きな船や海中船が入港できるような大規模な港に改造されてしまった。その沖合いに『空のバトゥウシエル』が停留していた。

 カサンやヴァンも借り出されて島に上陸してしまったため、船にはエスヴェルンの魔導師ルカナとティセア、赤ん坊魔導師ラトレル、セレンだけになってしまった。

 ルカナがマリィンの位置を書き込んだ地図を書いていると、カーティアからキュテリアが南方大島統治総帥アルリカを伴ってやってきた。カーティアの学院で十五枚複製して送ってもらうことにして、地図と赤い筒を二十本ばかり持って、すぐに帰っていった。

 遣い魔でダルウェルを呼び、アルリカを島に連れて行ってもらい、地図の残りはルカナが必死に書き上げた。書き上げている間にも、遣い魔がひっきりなしにやってくるので、すっかり参っていた。

「もう、なんなの、この数は」

 しかも、大型の鳥だからというのもあるが、まるで襲撃してくるような勢いでやってくる。赤い筒でないと大陸を渡ってこられないので、すぐに返さなければならないのだ。ひとまず受け取って溜めて後で処理しようということもできない。地図をカーティアの学院から送ってもらう以外の学院を優先して、すぐに受領の返信を送った。

 遣い魔の鳥の中には力尽きて死んでしまうものもいて、ルカナが首をはねて、セレンがその鳥を厨房の貯蔵庫に運んでいたが、すぐに貯蔵庫が満杯になってしまった。

「貯蔵庫、いっぱいになってしまって、入らないんですけど」

 セレンがルカナにどうしましょうと尋ねたが、ルカナはそれどころではなかった。だが、そのままにしておくと、たちまち腐ってしまって捨てるしかなくなる。そんなもったいないことはできなかった。

 セレンは、不慣れながらも、血抜きをして大鍋で茹でて羽根をむしっていたが、血の臭いで気分が悪くなってきた。厨房の隅でぐったりと座り込んでしまった。

「セレン、大丈夫か」

 背中にラトレルを背負ったティセアが心配そうに覗き込んでいた。セレンがはいと返事して立ち上がった。

「わたしもやろう」

 ティセアが茹でた鳥の羽根をむしった。

「燻製にしよう、そうすればすこしは持つからな」

 燻製用の木屑を鍋に敷き、網を置いて、香辛料をまぶし、裂いた腹に香草を詰め込んだ鳥肉を並べた。

「あうわぁぁう」

 ラトレルが、手ぬぐいを丸めて作った小さな人形を振り回し、ぐずることもなく機嫌よくしていた。

 急に寂しくなってセレンがぐすっと鼻をすすったのにティセアが気付いた。

「どうした、カサンやヴァンがいないから、寂しいか?」

 優しく尋ねられて、首を振った。

 血を溜めた桶がいっぱいになってしまったので、船底の汚水槽に捨ててくると厨房から出た。零さないようにゆっくりと階段を下りていったが、それでも重たくて途中で休み休みでないと運べなかった。

 ようやく船底に着いたが、桶をもって梯子を登れそうになかった。しかたなく、汚水槽の側に置いて、空の汚水桶を持って上がっていった。

 厨房では、ティセアが夕飯の支度も始めていた。

「燻製ができたら、島に持っていかせよう」

 ラトレルの離乳食にもなるのでと豆スープを作ることにした。セレンが豆をすり鉢で潰していると、廊下から話し声が聞こえてきた。

「もう、この状態なんとかしないと!」

 ルカナがキイキイと高い声で叫んでいた。

「しかたないだろ? これからもっと来るよ」

 呆れたように言い返していたのは、ヴァシルだった。三の大陸のセラディムにアダンガルを送り届けにいったのだが、戻ってきたのだ。

ヴァシルが、厨房に顔を出した。

「ティセア様、ただいま戻りました」

 丁寧にお辞儀した。ティセアがご苦労とねぎらってから、保管庫が鳥で満杯だと指さした。

「ルカナの言い分ももっともだ。これからもっと来るならなんとかしないと」

 外に投げ出して置けば腐ってしまう、無駄にしたくはないしと困った様子でセレンと顔を見合わせた。

「どんどん燻製にするしかないが」

 とはいうものの、燻製用の木屑もそれほどたくさんはない。しかたないので、島の保管庫に預けることにした。島のものが調理して食べればいいのだ。

「とりあえず、ある分持って行きます」

 ヴァシルがさっさと持って行きそうだったので、ルカナが、それわたしがするからとヴァシルを甲板のほうに押しやった。ヴァシルがやれやれと疲れた様子で甲板に出て行った。

「はあ、少し休めるわぁ……」

 ルカナがほっと息をつくと、ティセアが苦笑しているのに気付いた。

「はっ、あっ、あのっ! 少し代わってもらうだけですからっ!」

 怠けていると思われたら困ると懸命に言い訳して、大きな麻袋に羽根付きのままの鳥を入れていった。ふた袋括って、担ぎ上げ、陸を目指した。その間にも、遣い魔が飛んできていた。

 夕日が西の海に沈んでいくのが見えた。沈み始めるとたちまち暗くなっていく。島の港から新都はすぐだった。ルカナも初めて見る人造石と鋼鉄の冷たい都に恐ろしくて震えた。

「嫌だわ、気持ち悪い」

 ぐっと肩に力を入れて都の中心にそびえている建物を目指した。中央棟の入口には男が立っていた。ルカナを魔導師と分かって、深くお辞儀した。

「魔導師のルカナです。ダルウェル学院長に取次ぎなさい」

 外向けの気取った言い方で男に命じた。男があわてて足元の箱から伸びている細い管に話しかけた。

「魔導師のルカナ様が来ました。学院長様に取り次げと」

 箱から小さな声が聞こえていた。

『了解、管制室に連れて来い』

 男も了解と返事して、棟の中に導いた。玄関広場らしきところに、五人ほどの若い男たちが床に直に座っていたが、魔導師と気が付いて、頭を床にこすり付けた。

 エレベェエタァという箱に乗って、地下に下がっていく。管制室は薄暗い地下室で、正面に大きな硝子板のようなものが掲げられていた。長い机がたくさんあって、その上にモニタという箱とボォウドという釦の板が置いてあった。奥の椅子に座っていた男が寄ってきた。

「ダルウェルはドォァアルギアを見張りに行っている。俺は管制主任のザイビュスだ」

 痩せた顔色の悪い三十がらみの男だった。ドォァアルギアは午前中ラカンユゥズィヌゥの入口のある入り江に接岸作業を済ませた。ロジオンが艦から降りて、ラカンユゥズィヌゥの接見を行い、製造システムを継続する手続きをし、担当官を残して、ドォァアルギアに戻っていた。

「エスヴェルンのルカナです。これをこちらの保管庫で預かってもらおうと思ってきたんですが」

 袋の中身を見せようとしたが、鼻を手で覆い、ザイビュスが手を振った。

「生臭い臭いがする……なんだそれは」

 ルカナが鳥の肉ですと言うので、案内してきた男を呼んだ。

「貯蔵棟の冷蔵庫で保管しろ」

 袋を渡すよう示されたので、ふた袋渡した後、部屋の隅にアルリカがいたので、近寄った。

「閣下」

 長椅子に座っていたアルリカの膝を枕にアルシンが寝入っていた。

「ルカナ殿」

 アルリカが顎を引いた。

「よくお休みのようですね」

 アルリカがうなずき、悲しげな目を細め、アルシンの頭を撫でた。

「つらい目に合わせてしまった」

 この管制室にアルリカが入ってきたとき、アルシンは駆け寄ってしがみ付き、泣き続けた。慕っていたソロオンからは放り出され、新都の育成棟に連れて行かれた。心細くてたまらなかった。そして、マシンナートたちが引き上げることになり、他の子どもたちと一緒になって恐ろしくて不安で震えていた。そこへ、逆恨みした島の民たちが襲い掛かってきて、殺されそうになり、動揺と疲労で気持ちが切れる寸前だったのだ。ただただ、『姉さま』と呼んで泣き続けた。

「わたしはひどい姉だ、まだ幼い弟に重たいものを背負わせて、島を出てしまったんだからな」

 これからはずっと側にいてやりたいとアルシンの背中をさすった。

いきなりピィンピィンと警告音が鳴った。アルリカとルカナがビクッと顔を上げた。ザイビュスが机に戻っていた。

「心配ない、音声通信が入ったという合図だ」

 正面の大きな板には島周辺海域も含めた地図が映っていた。その地図が南半球まで広がり、一番南に白い光点が光って、そこから線が伸び、白い四角が現れた。

「キャピタァル中央塔管制室、カトル」

ザイビュスがボォゥドを叩いてから、隣の席を指差した。

「アルリカ、そこに座れ」

 呼び捨てられたアルリカが少し険しい目を細めながらアルシンを椅子の上に静かに置いた。席に近寄り、ためらっていたが、うながされて腰を降ろした。

「そこのやつをこんなふうにかぶれ」

 机の上に置かれた耳覆いを指差し、次に自分の頭を指差した。訳がわからず首を傾げながらアルリカが耳覆いを被って、口元に細い管を持ってきた。

「こちらエトルヴェール島中央管制室主任、ザイビュス、用意ができた、音声通信開始」

 アルリカの席のモニタに白い四角が広がって、そこに男の顔が現れた。アルリカの黒目がちの目が見開かれ、唇が震えた。

「カ、カトル……」

 カトルの顔だった。いきなり耳元で声がした。

『アルリカ!わかるか、俺だ!』

 アルリカが驚いて、耳覆いをむしりとった。

「大丈夫だ、その耳覆いから音が出てるんだ」

 遠くの場所の声や顔が届くテクノロジイだとザイビュスが説明した。アルリカがもう一度耳覆いを着けてモニタを見つめた。

「カトル……生きていたか」

 アルリカが目を潤ませた。カトルも泣きそうな顔で見つめていた。

『ああ、なんとかな、おまえも……島に帰ってきたんだな』

 アルリカが触れようとしてモニタに手を伸ばした。

『もしかしたら、カーティアの国王に南方海岸に住んでもいいから愛人になれとか言われたかと思ったが』

 カトルが妙な心配をしていると知り、アルリカがきょとんとして手を引き込めてから恥ずかしそうに目を伏せた。

「……実はそうなんだ。アルシンはまだ子どもだし、わたしもひとりで心細いし、……頼れるのは陛下しかいない……」

 おすがりしないとやっていけないからお受けしようと思ってる……と言うと、カトルがうろたえた様子で顔を近づけようとした。

『ま、待て!俺が、島に戻るから!』

 アルリカが顔を上げた。モニタに大きくカトルの顔が映っていた。

「戻るって……それは、テクノロジイを捨ててシリィになるってことか?」

 アルリカがすがるような目で見つめた。カトルが一瞬戸惑ったが、怒ったような顔をさらに近づけてきた。

『ああ、そうだ、シリィになって、島のみんなが元の生活に戻る手伝いをするから……国王の愛人なんかになるな!』

 アルリカが顔を伏せた。うれしくて拳が震えた。

『アルリカ……』

 呼ばれて顔を上げた。整った美しい顔をくしゃくしゃにして泣いていた。カトルが驚いていた。

『おまえの泣いた顔、はじめて見た』

 どんなときにも泣いたりはしない女だった。

「さっきのは嘘だ、カーティアの国王陛下はそんな方じゃない」

 カトルがしまったとひきつり、苦笑した。

『やられたな』

 ふふっとアルリカも笑い、そしてモニタに向かって手を伸ばした。頬を撫でるように触れた。

「早く帰って来い、手が足りないんだ」

 カトルがうなずいた。

『ああ、こちらのワァアクが終わったら帰るから』

 それまでアルシンと頑張っててくれと励まして通信を切った。

 ルカナが側までやってきて手ぬぐいを差し出した。アルリカが恐縮しながら受け取って、そっと目元を拭った。

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