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第349回   セレンと南海の魔獣《マギィクエェト》(上)(1)

 キャピタァル中枢サントゥオル上階の管理室に、カトル、オルハ、ピラト、バイアス、ヒィイスの五人が到着した。広い管理室の隅に何人かが寝転がっていた。ヒィイスが近付いて覗き込んだ。

「死んでるぜ」

 外傷はないが、死んでいた。

「あの坊やがやったんでしょ」

 オルハがさっと管理机のひとつに座り、自分の認識番号と暗証番号を打ち込んだ。すぐに承認され、管理権限が送られてきた。

『オルハさんですね、リィイヴです。ヴァドの代わりに中枢を統制します。補助ワァアク、お願いします』

 リィイヴの声が管制室に響いた。オルハが耳覆いを付け、口元に細い管を近づけた。

「こちら、オルハです。補助ワァアクの内容コォオド表、現在の状況を送ってください」

 了解とリィイヴがすぐに送ってきた。カトルも隣の席に着き、同じく表や管理権限を送ってもらった。

「じゃあ、俺たちは、梯子かけるか」

 ヒィイスがバイアスとピラトに声を掛けた。三人ともすぐに緊急班の詰所に向かった。そこの連中も倒れていた。どうやらこの階層にいたものたちはアートランが始末したようだった。

「後でどっかにまとめないといけないな」

 ピラトとバイアスは恐ろしがっていたが、ヒィイスはアンフェエル処理場で死体を見るのに慣れていたこともあって、淡々としていた。緊急用の軽金属梯子を見つけ、エレベェエタァルゥムにかけていると、隣のエレベェエタァが降りてきた。

「ご苦労さん」

 レヴァードが大きなワゴンをふたつ、エアリアと運んで来た。荷物とワゴンを下に降ろしてほしいと頼んだ。

「このくらい、わたしが降ろしますが」

 エアリアに言われて、レヴァードがしまったなと思ったが、すでに、三人は要領よく縄で括っていた。せっかくだから任せて、管制室に顔を出した。

「医療班の階は通電していたが、他の階は停電のままのようだが」

 オルハがそのようだねとモニタを見た。

「先に下層地区を復旧させてる。上層地区で補助電源があるのは、中央医療棟、アウムズラボとこの中央塔……」

 オルハが言いかけて肩で息をした。

「いいんじゃないの、復旧しやすいところからしてるんでしょうから」

 そうだなとレヴァードが管制室から出て行こうとしたので、エアリアがついていった。

 エレベェエタァルゥムから中枢サントゥオルまでの通路は、アートランが破壊してしまって、まともに歩けない状態だった。

「ワゴン、通れねぇよ」

 ヒィイスがまいったなと頭をかいていた。

「かまいません、わたしがもっていきますから」

 エアリアがワゴンをひょいと持ち上げた。ヒィイスたちが唖然と見ている中、中枢ルゥムまで運んでしまった。もう一台運び、最後にレヴァードも抱え上げた。

「さきほどの部屋に戻って、カトルさんたちの手伝い、してください」

 了解した三人が梯子を登っていった。

 レヴァードが処置の準備をしている間も、リィイヴはひっきりなしにボォウドを叩き、コォオドを入力したり、指令電文を送ったりして、処理を続けていた。

「レヴァードさんとアートランが出会ったというワァカァの組織に連絡を取ろうと思います」

 ヒィイスに尋ねたところ、最初は話すのをためらっていたが、リィイヴが、下層地区から復旧させていると知って、協力を求める橋渡しをしてくれると言ってくれたのだ。

「プラント施設の中には、電流制限器のスイッチが落ちてしまっていて、手動で入れないと復旧しないところがあります。それに、設備管理には手が必要ですから」

 カトルたちだけでは到底手が足りない。

「インクワイァたちを使わないで出来ますか」

 エアリアが心配した。

「ワァアクを限定して指示を的確にすれば、大丈夫」

 レヴァードがワゴンに器具を乗せて寄って来た。

「処置するぞ」

 リィイヴが装着ディスプレイ装置と耳覆いと咽喉マイクを外し、布を首に回して前掛けのように結んだ。レヴァードが、鋏で髪を短く切っていく。さらに、泡石鹸と剃刀ですっかり毛を剃ってしまった。すばやく鮮やかな手付きだった。

「髪はまた伸びるからな」

 ツルツルになったリィイヴの頭を撫でた。もう一台のワゴンの上にあった、網のようなものを被せた。網は導線がついていて、ワゴンのモニタにつながっていた。

「微細針を刺す位置を特定する」

 モニタにはリィイヴの頭らしき透視図が緑の線で描かれていた。頭の上からの角度になり、そこに白い点が現れた。その点の位置に印を付けていく。

「この頭帯をつけたら、導線の延長しないと、台座から離れられなくなる」

 ヴァドは導線の延長をしていなかった。おそらく、台座から離れると奪われるという強迫観念があったのだ。

 導線延長は後でしなければならないが、現状では排泄管を挿入しなければならなかった。リィイヴが黙って小さく顎を引いた。

網を取り、頭帯の内側から伸びている微細針を消毒して、ゆっくりと頭皮に差し込んでいく。微細針は丸い円盤の内側から突起のように出ていて、その円盤から導線が頭帯に繋がっていた。リィイヴが少し顔をしかめた。

「痛いですか?」

 エアリアが心配して手を握り締めた。

「刺すとき、ちょっとチクッとするだけ」

 握り返して微笑んだ。

十五箇所すべて差し込んで導線を頭帯の中に入れて被せた。排泄管も新しい管に更新し、挿管してから、術衣を着せた。

「オルス水を持ってきた。ここに入れておくから」

 口元に吸い口があった。人造樹脂の入れ物を取り替えた。

「食事は口からしたほうがいい」

 後で用意してくると髪の毛を始末した。エアリアを呼び寄せて、小声でヴァドの死体を上の管理室に運ぶよう頼んだ。

「他の死体もあるから、一緒に処理しよう」

 聞こえていたリィイヴが止めた。

「ヴァドの死体はまだ置いといてください」

 レヴァードが放置すると腐敗すると反対した。

「ワァカァの組織のヒトたちに見せます。そうでないと、中枢を乗っ取ったって信じないかもしれないから」

 ヴァドの顔は知らないかもしれなかったが、それでも、ここを乗っ取った証拠になるからと説明した。

レヴァードが了解して、廃棄物をまとめて人造布で包んで、エレベェエタァルゥムに向かった。

「エアリア」

 リィイヴがエアリアを呼んだ。台座に近寄ったエアリアが戸惑っていると、リィイヴが上って来てと手招いた。ふわっと浮き上がって、台座の縁に座った。その腕を握ってぐいと胸元に抱き寄せた。

「しばらくこうしていてくれる?」

 ぎゅっと抱き締めた。

「はい……」

 エアリアがリィイヴの胸に顔をうずめた。リィイヴがそのまま手を肘掛けに戻し、指先を動かして、電文を処理しはじめた。


 中枢の上階にある中央塔管制室にあがったレヴァードが、ヒィイスに組織との接触状況を尋ねた。

「これから、おっかさんに会って来る」

 おっかさんとはあの女のことだろう。

「かなり乱暴な女だった。気をつけないと」

 ヒィイスが心配ないってと気楽にしていた。

「俺は会ったことないんだけど、裏方の間では有名なんだ」

 どうやら、何年か前に夫や仲間と一緒にプラント事故に会い、そのときの対応がひどくて夫たちは亡くなり、組織に入ったらしい。組織自体はかなり古くから細々とだが、続いていたようだった。ヒィイスの叔父が裏方の作業員なので、耳にしていたのだ。

「そんな組織があったなんてなぁ。まったく知らなかった」

 レヴァードが廃棄物処理場に繋がっている搬送管口を開いて人造布の包みを押し込んでから机に座って、タゥミナァルを使い出した。リィイヴのための食事の献立を調べた。

 ヒィイスが、じゃあ行って来るとバイアスとオゥトマチクを持って出かけた。

「発電所、三箇所のうち、一箇所、稼働してない」

 カトルが発電所稼動表を見ていた。停止している施設は、二年間の総点検中だった。

「他のバレーの発電所も二箇所から三箇所あるからね。第四大陸の地熱プルゥムは一箇所しかないから攪拌棒の動作点検だけしていた」

 レヴァードがまいったなとため息をついた。

「どうした」

 カトルが席を立って、側に寄った。

「リィイヴの食事を特殊食にしたいんだが、中央医療棟に取りに行くしかない」

 中央医療棟は補助電源で通電している。だが、今は警戒レェベェル5を敷いて、外出禁止にしていて、通信網も切断していた。中央塔の医療班には在庫がなかった。

「俺が取りに行くわけにいかないんだ。素子を持ち込んだって、ばれてるだろうから」

 ディクスがファンティア大教授に電文を送っていた。自分のことも報せた可能性がある。

 カトルが自分なら大丈夫じゃないかと言い出した。

「育児棟に子どもがいるんだ」

 できたら連れて来たいというので、レヴァードがやめておけと止めた。

「育児棟にいるなら、まだ乳児だろう。ここに連れてきても、世話できないぞ」

 そうなのだが、心配だった。

「もう少し待ったら?落ち着いてからでいいんじゃない?」

 オルハがどう落ち着くか、わからないけどと正面のモニタに何かを映し出した。

「あれ……は……」

 小さなベッドが六基ほど並んでいて、白い産着を着ている赤ん坊たちが寝ている部屋だった。その中のひとつが拡大され、白い四角が現れた。手足を振り上げてばたばたと動いていた。枯れた草色の髪で黒い瞳は円らで大きかった。

『アンファン・トルゥワヴァム・六八八八九七、父カトル、母アリスタ、三○二五・四・二九生まれ、男』

 元気そうな様子に、カトルが眼を赤くして、優しく眼を細めた。

「俺の息子だ」

「かわいいな」

 いいなぁとレヴァードがうらやましそうに眺めた。

 通信網は切断しているが、監視キャメラは使えるようになっていた。オルハが心配なら監視映像映しておけばとカトルの横のモニタに映した。

「レヴァードにはいないのか、子ども」

 カトルが尋ねた。

 インクワイァの子どもは前々年死亡した人数分が優生管理局の出産計画に従って作られる。死亡後百年間は精子と卵子が保存され、組み合わせに使われるので、三世代前が親ということも珍しくない。オルハの両親は百年くらい前に死亡している。

「いない。十五年前に重大違反を犯したから、死亡後でないと組み合わせデェイタに戻らない」

 その前にも生まれてないのでと寂しそうだった。重大違反者は組み合わせのデェイタ対象から一時削除されてしまうのだ。

「でもいいんだ。アートランやヴァシルが息子みたいなもんだからな」

 早く『空の船』に戻りたいとつぶやいた。

 特殊食をあきらめて、中央塔の医療班にある輸液と栄養剤を補助に使うことにした。

「結局点滴するしかないか」

 もう一度医療班の階に上がるとリィイヴに連絡した。

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