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セレンと鉄の箱《トレイル》(2)

 夕方になってモゥビィルが止まった。幹道から少しそれたところに野営することになった。荷物を降ろし、天幕を張った。イージェンは離れたところに火を起こし、湯を沸かした。セレンに火を見ているようにいい、どこかに走っていった。セレンは心細くなったが、火を見つめていた。ふと、地面に小枝で字を書いた。

 セレン。

 自分の名前。

 イージェン。

 師匠の名前。

 手本を見ないで書けるようになった。もうひとつ手本を見ないでも書けるようになった言葉があった。

 ヴィルト。

 セレンは一度書いて、手のひらで消した。

「ねえ、君、ここに座ってもいい?」

 いきなり声が降ってきて、驚いて頭を上げた。イージェンに話し掛けた女だった。いいとも悪いとも言えず黙っていると、女はセレンの横に座った。

「あのヒト、おにいさん?」

 手にした銀色の筒の中身を飲みながら、聞いてきた。セレンが首を振った。

師匠(せんせい)です」

 灰色の上下が繋がった服のたくさんあるポケットのひとつから何か出して、セレンに差し出した。銀の紙に包まれた茶色の木の棒のようなものだった。銀の紙を取り、セレンに棒を差し出した。

「これ、おいしいわよ、あげる」

 セレンは何度も首を振って受け取らなかった。そこに別のマシンナートがやってきた。

「どうした、何やってるんだ」

 痩せた体つきの多いマシンナートの中では、比較的体格のよい男だった。

「ショコラァトあげようと思ったんだけど、警戒しちゃって」

 男は向かい側に腰を降ろして、ひょいとそれを奪い、一口食べた。

「甘くておいしいぞ」

 セレンはひたすら拒んだ。ふたりが顔を見合わせて溜息をついた。

「ところで、ユワン教授、うまくいくと思う?」

 女が聞くと、男はショコラァトを全部食べて、首をかしげた。

「さすがに国の根幹にするってのは難しいんじゃないか?ただ、実戦にアウムズを使えるってことは確かだから、それだけでも評価は上がるだろうな」

 女がまた銀の筒から何か飲んだ。

「大教授選に向けてのパフォゥマンスってとこね、あの若さで大教授になって評議会入りしたら、たいしたものだけど」

 男も腰に下げていた自分の銀の筒に口を付けた。

「鞍替えするか?アリスタ」

 アリスタが笑った。

「そうねぇ、ユワン教授は意外にわたしみたいなのが好みかも…」

「おい、何してる」

 急に後ろから声がした。イージェンが戻ってきたのだ。

「どけ」

 手で追い払い、アリスタが退くと、セレンの横に腰を降ろした。 アリスタは男の横に座ったが、イージェンの手にしていたものを見て悲鳴を上げた。

「きゃあっ!」

 血だらけのうさぎだった。腰の短剣でさばきはじめた。木を削った串にいくつか肉を刺し、もってきた塩を振って、焼き始めた。残りを後ろの薮に投げた。

「グウォォ!」

 何かの叫び声に、アリスタと男が驚き、立ち上がった、薮の中で狼らしき獣がうさぎを奪い合っていた。

「さっさともっていけ」

 イージェンが言うと、獣はぴたりと動きを止め、そのうちの一匹が咥えて走り出した。残りの二匹も追っていく。ちいさな鍋に茶の葉を入れた。煮出して木椀に茶を入れて、セレンに渡した。

「セレン、これは甘くないが疲れているときにいいから、我慢して飲め」

 セレンが受け取り、ゆっくりと口を付けた。焼けた肉をアリスタたちに差し出した。

「食うか?」

 アリスタが手を振った。

「いいわ、そんな不衛生な…」

 イージェンが串をセレンに握らせ、自分も食べた。セレンが地面に書いた文字を見て、優しい笑みを浮かべた。

「見ないで書いたのか」

 セレンが返事した。

「はい、見ないで書きました」

 イージェンがセレンの頭を優しく撫でた。

 天幕の方でカサンが怒鳴った。

「アリスタ、ヴァン、なにしてる!そいつらにかまうな!」

 ヴァンが拳で笑いをこらえた。

「バレーに戻ったら、降格かな、カサン教授」

「ええ、たぶんね」

 アリスタがセレンの頬に手を伸ばし、ぐっと顔を寄せて、頬に口付けした。セレンがびっくりして後ろに倒れそうになった。

「おやすみ、セレン?」

 アリスタがくすっと笑って立ち去った。ヴァンもにやっと笑って手を挙げて後を追った。去っていくふたりを睨み付けたイージェンが筒の水で手ぬぐいを濡らして、セレンの頬を拭いた。

 天幕の外の簡易テーブルで食事をした後、アリスタはヴァンと荷台の上に乗って、並んで座った。

「ねぇ、あのヒトのジィノムってどんな配列なのかしら」

「さあ…な」

 あまり関心のない返事だったが、アリスタは熱心だった。

「あの水どうやって出したのかしら…」

 ヴァンがアリスタの耳元に口付けして囁いた。

「わからないよ、俺には…」

「私もわからないけど…知りたいなって」

 あとは意味のない睦言になった。

 その会話はセレンと横になっていたイージェンの耳に届いていた。

「ジィノム…か…」

 漏れ聞く単語の意味を知りたい。ひとつひとつ聞くこともありだが、事典のようなものがあれば。

 セレンが寝返りを打った。イージェンの胸に頭が当たった。柔らかい髪に触れ、細い首筋に触れた。『耳』を閉じ、セレンの鼓動を感じた。

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