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第333回   イージェンと贖いの島《エトルヴェール》(4)

 どうするとリィイヴを見た。

「それまでにラカンユゥズィヌゥの街のシリィたちをこちらに移動させましょう。それと、ユラニオウム発電システムをこちらで操作できるようにしておいてください」

 ザイビュスが了解した。

「誰か、大型モゥビィル運転できるやついないか」

 シリィで大型を運転できるものがほとんどいないとぼやいた。

「無理にさせると事故を起こすから、慣れてる小型で輸送させてるんだが、とても間に合わない」

 モゥビィルやプテロソプタの動力源である合成ペトロゥリゥムの充填や整備ができるものもいないのだ。

 リィイヴがひとり連れてくると話した。

「モゥビィルの整備士だったから、大型も運転できます」

 ヴァンにも手伝ってもらうことにした。

 船に戻りましょうとエアリアが腰を上げた。

「さっきの……ちゃんと伝えてくれ」

 ザイビュスが下を向いてぼそっとつぶやいた。わかりましたとリィイヴが返事をしてエアリアと出ていった。

 『空のバトゥウシエル』に戻ると、ダルウェルがルカナを連れて到着していた。

「大変なことになったな。各学院も対応に困るぞ、これは」

 各マリィンからのミッシレェ攻撃は、警戒するという段階を越えている。爆撃に備えて王族と学院が避難したほうがいいとリィイヴが提言したが、ダルウェルも賛成しなかった。

「学院と王族だけ逃げるというわけにはいかない」

 リィイヴが打ち込まれたらどうにもなりませんよと険しい眼をした。一緒に聞いていたアダンガルも反対していた。

「それはわかるが、民を置いて逃げ出すようなことはできない。そんな国王には誰も付いていかない」

 ダルウェルもうなずいた。

「もしも王族が全滅したら、新たに王室を建てる。大災厄のときも、滅亡した国はそうしたんだ」

 そうなんですかとリィイヴが驚いていた。

「後は各学院の判断だが、王太子一家をどこかに移すくらいはするかもしれない」

 それでも、事前に知っていて逃げたと分かれば、聞こえはよくない。

「一応、地図にマリィンの位置の印をしたものは送っておきましょう」

 エアリアがさっと書き上げた文書をルカナに複製するように差し出した。

「えーっ、わたしだけでするの!」

 うんざりしていた。ゆっくりならばともかく、急いで書き上げなければならない。エアリアやアートラン、ヴァシルくらいの魔力のものでないとそうそう早くは複製できない。魔力で描く地図は測位数値も入った正確無比なものだからだ。

 そんなの無理ですぅ、二十通以上も無理ですぅとものすごい勢いで文句を言われたダルウェルが辟易して、一部複製したら、カーティアに送り、クリンスとキュテリアにもさせることにした。ルシャ・ダウナから特級がひとり手伝いに来ていて、ほどなく東バレアス公国からも来ることになっていた。

「直伝の書筒を取りに来させよう」

 カーティアにはせいぜい五つくらいしかなかった。ついでにアルシンが書いた伝書を送り、アルリカを連れてきてもらうことにした。隣国王太子夫妻の接待役で王都に残っていたが、この事態だ。帰島するよう、学院の要請として出すことになった。

 エアリアが賛成し、リィイヴがこれからキャピタァルに向かうと説明した。

「キャピタァルにもぐりこんで、アートランに策謀を伝えるのですが、状況によっては、レヴァードさんとアートランを連れて帰ってきます。カトルさんはあきらめてもらわないと」

 リィイヴはレヴァードになにかあったことを言わなかった。ヴァシルが衝撃を受けるだろうから、はっきりしてから伝えることにしたのだ。

 ザイビュスが居残って、島民のためにワァアクしていると聞いて、アダンガルが驚きながらも悲しそうな顔で考え込んでいた。

「それと、ザイビュス主任がアダンガルさんに言ってくれと」

 約束守れと伝言を頼まれたと話した。

「なにか約束したんですか」

 エアリアが心配した。アダンガルが肩で息をした。

「約束したつもりはない。あいつが一方的に押し付けてきたんだ」

 どんな約束ですかとエアリアがきつく尋ねた。

「あいつの部屋で夕食を共にしようと誘われた」

 リィイヴが驚いていた。なにか裏があるのではと疑ったが、そんなこととは思わなかった。

「ヴァシル、ふたときほど、出発を遅らせていいか」

 島に寄ってから戻ることにした。

「そんな約束、守らなくていいです」

 もうマシンナートと接触しないほうがいいとヴァシルが止めた。

「島の民のために残ってくれた。その礼を言ってやりたい」

 食事はこちらの料理を持って行き、茶を飲ませてやろうと準備した。

 カサンに紹介するからとダルウェルを伴い、ヴァンにも手伝わせようと連れて行った。

 エアリアとリィイヴは、貸してもらった防護服を持って、キャピタァルに向かった。 


 新都の中央棟に入ったとたん、ダルウェルが唖然として見回した。エレベェエタァに乗り込み、地下に降りていった。

「これがテクノロジイか。なんというか」

 怖気がするなと顔をしかめた。管制室に入ると、ザイビュスが立ち上がって、アダンガルを見つけ、戸惑った様子ですぐに腰を降ろし下を向いた。

 ヴァシルがカサンの席の後ろに向かった。

「カサン、ダルウェル学院長です。わからないことは教えてあげてください」

 カサンが立ち上がり、ダルウェルを見上げた。イージェンと同じくらい背が高く、いかつい顔と茶色の髭が威圧的だったが、胸をそらして威張りくさった様子で挨拶した。

「初めてだな、カサンだ」

 ダルウェルが胸に手を当てて、小さく頭を下げた。

「カーティア学院長ダルウェルだ。わからないことだらけなので、よろしく頼む」

 異端のことはほとんど知らないのでと頭を掻いたので、カサンがため息をついた。

「エアリアやヴァシルの手が空くまではわたしたちでなんとかしないとならん」

 急いで島民を移動させないといけないからとヴァンに大型輸送車の鍵棒を渡した。棒の中にはクオリフィケイションが含まれている。小箱のないワァカァがモゥビィルなどを動かすときに使うものだ。

「ナビゲェイションは動くから、それで南ラグン港に連れてきてくれ」

 南ラグン港まで届ければ、シリィたちで宿舎に連れていける。何往復かしなければならないだろう。

「わたしは、新都のトレイルを移動させる」

 南ラグン港の宿舎にするためだ。すでに何家族かが寝泊りしていた。ヴァンができましたっけと怪訝な顔をした。

「若い頃にレクチャーは受けた。なんとかする」

 新都の地図を見せて、医療棟を教えた。

「そこに一台大型があるから、それで向かってくれ」

医療棟にニィイルという、啓蒙されたシリィがいるので、そいつと向かうようにと指示した。ニィイルには連絡してあった。ヴァンが了解してエレベェエタァに乗りこんだ。

 ザイビュスは何も言わずただボォゥドを叩き続けていた。アダンガルが、近くまで寄っていき、声を掛けた。

「俺は約束した覚えはない」

 ザイビュスがぴたっと手を止めた。

「約束、した」

 ザイビュスは言い張った。アダンガルが呆れたため息をついてから、隣の椅子に座った。

「約束のことはともかく、みんな逃げてしまったのに、島の民のために残ってくれた。その礼が言いたかったから、来た」

 ザイビュスは首を振って否定した。

「シリィのことなんて、どうでもいい。俺は……ワァアクを途中で投げ出すような無責任なことをしたくなかっただけだ」

 アダンガルがそうかと眉を寄せて眼を細めた。

「食事は俺が用意した。一緒に食べよう」

 ザイビュスが唇を震わせていたが、こくっとうなずいた。主任室でというので、戻ってくるまでカサンが管理室を見ることにした。

「なにかあったらすぐに連絡くれ」

 カサンが了解して、ダルウェルに隣に座るよう示し、計画の説明を始めた。

 ザイビュスが主任室の扉を開け、アダンガルとヴァシルが入ってきた。ヴァシルの下げてきた三段の籠を開け、中の皿を卓に置いていった。

 ザイビュスがそれを嫌そうな目で見ていた。アダンガルが湯を沸かそうと茶器の一式を壁際の棚に持っていき、銀色のやかんに水を入れて電磁調理器の上に置いた。

 ヴァシルが並び終えた。

「下がっていいぞ」

 ヴァシルが首を振った。

「ふたりだけにはできません」

 眼を険しくしたアダンガルがきつく下がれと命じた。ザイビュスがはっとアダンガルを見つめた。

 ヴァシルが一瞬眼を窄めたが、お辞儀して出ていった。扉の前に立ち、『耳』を澄ますと、会話はかすかに聞こえていた。

 ヴァシルが出て行ってすぐに、アダンガルが手で椅子に掛けるよう示した。

「食べようか」

 アダンガルの向かい側に座った。並んでいる皿を見て、ザイビュスが不機嫌そうな顔をした。

「こんな……不衛生なもの……」

 アダンガルが赤い汁の中にごろんと入っている大きな豆をスプゥンですくった。

「もし腹を壊すかもと心配しているなら、後で薬を飲めばいい」

 まだそのくらいの薬はあるだろうと豆を口に運んだ。

 なにかの肉と豆がごろごろ入っている赤いスゥウプ、生臭い臭いの魚らしき破片と葉物、こげ茶の硬そうなパンだった。

「この肉は鳥肉だ。鷲だから、筋があって硬いが、よく煮込んである。こちらは魚の酢漬けだ。パンは硬パンと言って旅をするときに持っていく日持ちのするパンだ」

 ザイビュスはしばらくアダンガルを見つめているだけで手をつけようとしなかった。アダンガルは気づいていながら、かまわずに食べていた。

ザイビュスがようやくスプゥンで赤い汁をすくって一口含んだ。

「うっ……」

 辛さなのか、鼻にツンと来る。臭いのきつい妙な肉も筋張っていて噛み切れなかった。ずっと口の中でもそもそとやっているのでアダンガルがフォオクを置いた。

「ザイビュス」

 呼びかけられて頭を上げた。

「食べられないなら無理しなくていい」

 ザイビュスがフォオクを置いて、口から手ぬぐいに肉を吐き出して、うなだれた。しばらくしてぽつっとつぶやいた。

「おまえは……マシンナートが負けると思ってるんだよな」

 アダンガルが立ち上がって、壁際の棚で茶を入れた。茶碗を温め、葉が開くように湯を茶器に注ぎ、布を掛けてゆっくりと蒸した。

「もちろんだ」

 万に一つの勝ち目もないと断じた。ザイビュスが急に肩を震わせた。

「それって……俺が……死んでもいいと思ってるってことだよなっ……」

 茶碗を湯で温めながら、眼を伏せた。

「死んでもいいなんて、思ってない」

 ゆっくりと茶器を傾け、琥珀色の茶を白い茶碗に注いだ。

「おまえは、ずっと俺のこと『おまえ』呼ばわりだし、約束もしていないのに、したと言い張るし、俺を責めるようなことを言うし、ほんとうに無礼で不愉快なやつだ」

 茶碗を両手で丁寧に運び、両手で皿を受け取るよう差し出した。ザイビュスは戸惑いながら受け取り、卓の上に置いた。アダンガルは自分の分も自ら運び、椅子に座った。

「だが、ひとりになってもこの島に残って、しかも魔導師たちの手助けをしてくれたことには感謝している。だから、こうして夕食を共にした」

 ザイビュスが湯気が立ち上る茶碗に眼を落としていた。

「俺はこれからセラディムに帰り、父王と弟の王太子を退けて、国王になる。そうしたら、もうこのように誰かのために茶を入れることはない」

 ザイビュスが顔を上げた。眼を見張って、アダンガルを見つめてきた。

「誰かのために茶を入れるのは、これが最後だ。それは、おまえのために入れた。ゆっくりと味わってくれ」

 手を差し出して飲むよう勧めた。ザイビュスが茶碗を持って縁に口を付けた。

「あつっ!」

 アダンガルが苦笑し、自分も飲んだ。ザイビュスが唇を火傷したと文句をいいながら、もう一度口をつけた。

「……苦い……」

 ぽつりとつぶやいた。アダンガルがいい茶だぞとゆっくりと飲み干した。

 送らなくていいというのに、ザイビュスは外に出てきた。満天の星の下、ヴァシルが行きますとアダンガルを抱え上げて、飛び上がった。

「アダンガル!」

 ザイビュスが見上げて呼びかけた。エリクトリクトォチの光で自分を見下ろしているアダンガルがわずかに見えていたが、たちまち夜空に紛れて見えなくなった。しばらく見上げていたザイビュスが、やがて唇にふっと笑いを浮かべて中央棟に戻っていった。

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