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第330回   イージェンと贖いの島《エトルヴェール》(1)

『空のバトゥウシエル』は、一の大陸セクル=テュルフの南方海岸沖から空を飛んで南方大島ことエトルヴェール島上空に到着した。舵はイージェンが遠隔操作しているのだろう、静かに島の南東沖合いに着水した。

 エアリアがリィイヴとカサンを新都に連れて行くので、カーティアからダルウェルとルカナが到着するまで、アダンガルをセラディムに送り届ける予定のヴァシルは動けなかった。

「島の様子を伝書で教えてくれ」

 アダンガルに頼まれ、エアリアが了解した。ふたりを抱えて島に向かい、新都から五〇カーセル離れたところに人造の建物を見つけた。

「これ、アダンガルさんが言ってた老人たちの療養施設じゃないかな」

 少しだけ様子を見てみようと降り立つことにした。建物を結ぶ廊下や庭は硝子で覆われている。無菌施設だろうとカサンが眼を凝らした。

「ヒトの気配はしますが、静かです」

 話し声は拾えない。建物の入口に向かった。認識盤形式で、リィイヴが小箱を押し当てると開いた。

「まだ電力は来てるね」

 玄関口には受付があるが、誰もいない。正面には鋼鉄の扉があり、殺菌室だと近付いた。エアリアが止めた。

「待ってください、モゥビィルが外に来ました」

 隠れましょうとリィイヴとカサンが受付の机の下に潜り、エアリアは天井に張り付いた。

 扉が開き、灰色のつなぎ服を着たものがふたり入ってきた。

「えっと……受付のタァウミナァルにこれ、入れればいいんだよな?」

 まだ二十代前半らしき男がポケットから細長い棒を出した。もうひとりが戸惑いながらうなずいた。

「うん、たしか、これを入れて、それから……立ち上げるんだったなぁ」

 こそりと隠れて聞いていたカサンが立ち上げてからだといらついた。ふたりがやってみようと机に近付いた。エアリアがさっと降りてきて、ひとりをドンと突き飛ばし、ひとりの咽元を掴んだ。突き飛ばされたひとりがしりもちをついて見上げると、エアリアが眼を光らせた。

「おとなしくしなさい」

 瞳を合わせて術を掛けた。首を捕られた男がガクガクと震えた。

「わぁあっ……ま、まどうし…さ……ま?」

 どうやらシリィの男のようだった。

「この島の民ですね?」

 エアリアが冷たい声で尋ねると、震えながらうなずいた。机の下からリィイヴとカサンが出てきた。エアリアが細長い棒を取り上げて、リィイヴに渡した。

「ヴァトンだね、どうしようとしていたの?」

 男がぐっと顎を上げた。

「マ、マシンナートがいなくなるから、ここの年寄りたちを新都に移動させろって……主任さまが……」

 リィイヴがタァウミナァルを起動させて、ヴァトンを差し込んだ。

「管制棟主任のクォリフィケイションだね」

 療養棟名簿を出し、人数を確認した。

「……カサン教授、これ見て下さい……」

 カサンがモニタを覗き込んだ。名簿表の何人かの列が灰色に反転していた。

「昨日だな、この日付は」

 エアリアがどうしましたと顔を向けてきた。リィイヴが言いにくそうに顔を伏せた。

「生命維持装置をつけていたヒトがいたんだけど、昨日の時点で切られていて……」

 五人死んでると肩を落とした。アダンガルが恐れていたことが起きているようだった。

「これを寄越した主任って」

 誰なのかと尋ねた。

「名前知りません、新しく来たヒトで……」

 とにかく他の年寄りを新都に移すことにした。

 エアリアが就縛の術を解き、捕らえていた男と並べた。

「いいですか、異端のものたちはここを放り投げて去ったのです。あなたがたは見捨てられたのです。もうマシンナートは戻ってきません。この島の民たちは、異端の技を捨てて、もとの島の生活に戻りなさい」

さもなくば、学院はこの島の民を始末しますと脅した。すぐに納得はできないだろうが、ふたりは戸惑いながらうなずいた。

とにかく急ぎましょうと、殺菌室を開け、中に入った。扉が開くと三十人ばかり座り込んでいた。

「父さん!」

 さきほどの男たちのひとりが叫んだ。座り込んでいた年寄りのひとりがよろよろと立ち上がった。

「ニィイル」

 ふたりは涙を流してしっかり抱き合った。他の年寄りたちが寄ってきた。

「ニィイル、うちのやつらは?」「ナディナはどうしてる?大丈夫か?」「ディディは無事か」

 ニィイルがみんなを見回した。

「みんな新都に集まってる。管理をまとめるんだって」

 みんなが後ろに立っている灰緑の布にすっぽりと覆われた姿に気が付いた。

「魔導師さ……ま…」

 ニィイルという若者の父親が最敬礼して、額を床にこすり付けた。

「魔導師様、どうか、どうか息子たちをお許し下さい!い、異端の技は捨てさせますから、どうか、命だけは!」

 年寄りたちが口々に許しを乞いながらエアリアに向かって土下座した。学院のない島とはいえ、年寄りたちは魔導師の恐ろしさを伝え聞いていたし、マシンナートたちが逃げていったのは学院が追い払ったのだと思ったのだ。

「わかりました。異端の技を捨てれば、命は助けましょう」

 凛とした声で年寄りたちに申し渡した。

 医療士や担当官たちは昨日の夜去っていて、重患のつけていた生命維持装置は、電源を切られてしまった。残された患者だけでは、どうすることもできなかった。生命維持装置をつけていた重患五人、みんな亡くなっていた。後で埋葬しなければならないが、とりあえず、遺体を遺体保管室に入れた。

 そのほかにもあまり具合のよくないものもいて、処方された薬がなくなれば、激変しそうだった。

「新都には病棟があるけど、医療士はもういないだろうね」

 レヴァードがいればなんとかしてくれるだろうけどとリィイヴが悩ましげに眼を伏せた。

「レヴァードさんが戻ってくるまで、なんとか持たせましょう」

 エアリアが不愉快そうに眼をすぼめた。

しばらくはテクノロジイを使わざるをえない。エヴァンスたちは、これだけ啓蒙してしまったのに、離脱する手順も考えずに、放り投げていってしまった。学院が追い払ったのならともかく、これはひどく無責任だ。

ニィイルたちは小型モゥビィルに乗ってきていた。施設の車庫にあった大型搬送車を動かして、三十人あまりを乗せ、発進させた。ニィイルは小型のモゥビィルは運転できたが、大型は初めてだというので、リィイヴが運転してやることにした。

「まだマシンナートが残っているんですね」

リィイヴがそのようだねとうなずいた。カサンがふたりの間に座って居心地が悪そうだった。

「患者の移動を指示した主任って、もしかしたらザイビュスかもしれんな」

 カサンが顎に手を当ててうなった。

「あのヒト、なにか問題があるんですか」

 一度レアンの軍港で会っている。態度が横柄な小男という感じを受けたくらいだったが、エアリアが心配した。

「問題というか、変わり者なんで」

 『へそ』を曲げたら、使わせろと言っても素直に使わせないだろう、いるうちはシステムを使えないかもしれなかった。リィイヴが大きく操縦輪を動かして角を曲がり、幹道に出た。

「すぐに出て行きますよ」

 全員引き上げるよう指示が出ている。早くしないと取り残されてしまう。

 いっときほどで新都に到着した。ナビゲェィトデェイタを小さなモニタで出して医療棟を探した。新都の西の外れだった。搬送車を医療棟の前に止めた。カサンが降りて、後ろの扉を開けた。ニィイルが飛び降りて、医療棟の門の認識盤にある訪問釦を押した。門扉が開き、中に入れ、玄関口に寄せた。玄関口が開いて、何人か出てきた。

「ニィイル、父さんたちは……」

 荷台から降りてきた年寄り達に駆け寄っていく。後ろの方から出てきた男がニィイルを手招いた。

「大変だ、テェイムたちがアルシン様を殺すって育成棟に向かった」

 ニィイルがえっと息を飲んだ。

「こんなことになったのは、異端を受け入れた総帥様のせいだって、逆恨みだ」

 二十人ほど集まったらしい。アルシンを殺した後、中央棟に押し入って、残っているマシンナートたちにテクノロジイを使い続けられるようにしろと迫るという。

「何で止めなかったんだ!アルシン様に罪はないぞ!」

 ニィイルが震えた。聞こえていたエアリアが運転席から降りた。

「育成棟というのはどこですか」

 男が魔導師と気づいて両膝を折った。

「そ、その……」

 声が出ない。ニィイルが二区画先の黄色い建物だと説明した。リィイヴを抱えて飛び上がった。

「おい、わたしは!」

 カサンが叫んだ。

「ここで待っていてください!」

 エアリアが育成棟の方向に向かって飛んでいった。カサンがはあと困ったように周囲を見回し、小型のモゥビィルを見つけた。

「あのモゥビィル借りるぞ」

 ニィイルに中央棟に行くからここで指示を待つようにと言い残して、走り出した。

 リィイヴを抱えて育成棟に向かったエアリアは、すぐに黄色い建物を見つけて屋上に降りた。

「アルシン様を助けますから」

 暴徒を始末するということだ。リィイヴが小箱で屋上の扉を開いた。育成棟にはエレベェエタァのほかに中央に吹き抜けがあり、螺旋階段が巡っている。子どもは運動も兼ねて階段で上り下りするのだ。育成棟には跨橋通路で結ばれた宿舎があり、子どもたちはそこで集団で生活している。

「もしかしたら宿舎かも」

 教室は誰もいない。宿舎は三階で繋がっているようだった。 吹き抜けを飛び降り、三階に降り立った。繋がっている通路に向かう。

 宿舎から子どもたちのかん高い悲鳴が聞こえてきた。

「きゃぁぁっ!」「いやぁ!」

 ガシャンッと硝子が割れる音や何かが倒れる音がしてくる。エアリアがリィイヴを降ろした。

「ここで待っていてください」

 シュッと姿が見えなくなった。ヒトならぬ速さで駆けて行ったのだろう。奥からまた悲鳴が聞こえた。

「ぐあっ!?」

 今度は低い男の声だ。どおっと何か倒れる音がする。心配でそろそろと近づいた。宿舎の廊下にエアリアが立っていた。脇にセレンくらいの子どもを抱えていた。その周りに何人もの男たちが倒れていた。

「武器を捨てなさい!」

 エアリアに怒鳴られて、部屋の中にいた残りのものたちがびくっとして手にしていたオゥトマチクを投げ捨てた。

「子どもたちはこの部屋を出なさい」

 十歳くらいの子どもたちが何人か出てきた。脇に抱えていた子どもをそっと廊下に横たわらせ、倒したものたちをどんどん部屋に押し込んだ。

「あなたがた、少しここで大人しくしていなさい」

 扉を閉じて、パシッと手を光らせた。扉が光った。魔力で施錠したようだった。

 また子どもを抱きかかえ、他の子どもたちに別の部屋に移るよう話していると、背中からかん高い声がした。

「魔導師、この島から出て行って!」

 エアリアが振り向くと、十五、六の子どもたちがオゥトマチクの銃口を向けてきていた。その中のひとりの娘が何歩か前に出た。年頃はエアリアと同じだ。エアリアがきっと眼を吊り上げた。

「アウムズを捨てなさい。マシンナートたちはこの島を見捨てて出て行きました。もうあなたがたはテクノロジイを捨てて元の島の生活に戻りなさい」

 エアリアがこの先、何回も言わなければならないだろう文句を唱えた。だが、娘は銃身の短いオゥトマチクを構えて、怒鳴った。

「前みたいな生活に戻るのはいや!」

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