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第318回   イージェンとマシンナートの指導者(下)(1)

 一の大陸南方海岸沖の『空の船』には、日々何羽も遣い魔がやってくる。各大陸の学院から要望書や報告書、伝書が届くが、このとき、二の大陸から海を渡って飛んできた遣い魔の運んできた赤い筒には、凶報が入っているに違いなかった。

 食堂で開けようとしたイージェンが立ち上がり、艦橋に行こうとみんなも移動させた。

 艦橋の幕には、さきほどの水球と通信衛星の画像が浮かび上がっていた。赤い筒を開けて読んだイージェンがぐっと伝書を握った。

「リィイヴの予想通りだ、バランシェル湖から鉄の塔が飛び出してきたとある」

 イージェンが操舵管の前の盤に手をかざした。水球がぐるっと回って二の大陸のある面に移動し、二の大陸が拡大されていく。その中央付近の小さな水色の上に白い光点が光った。

「バランシェル湖だ、ここに電波塔が建った」

 リィイヴがずっとつらそうな顔をしていたが、首を振った。

「もしかしたら、もうレゾゥを開通してるんじゃないかな。そうしたら、キャピタァルからアーリエギアまで電波が届くようになる」

 パリスはキャピタァルにいながらにして時間差なく極北海のユラニオウムミッシレェの発射を命令することができるのだ。

 各学院へどう注意をうながすか、難しいところだった。

 電波塔を破壊するのは難しくない。リンザーたち特級がまとまり、攻撃を仕掛ければできないことはない。ただ、そうすると報復行為としてミッシレェが発射されることが怖いのだ。

 ミッシレェ以外にもリジットモゥビィルやプテロソプタの攻撃を受けたら、逃げるしかない。とにかく、これまで以上にバレーの入口周辺などの警戒を強めるしかないと書き綴って伝書を送った。

 その夜もイージェンとエアリア、ヴァシルは船長室でなにかを作っていた。エアリアとヴァシルが作っていたものをイージェンがさらに精錬しているということだった。

 翌日も昼すぎまでずっと籠もって作業していた。

 午後も遅くなってからのことだった。艦橋の窓をリィイヴが拭き掃除していると、胸元からとんでもなく甲高く大きな音が聞こえてきた。カサンがびっくりして寄ってきて、リィイヴと顔を見合わせた。リィイヴがふところから小箱を取り出した。

「これは…最緊急通信の警報だ」

 カサンはこれをごく最近にも聞いた。バレー・アーレのレェベェル7発動のときだ。

 震えながら開いて見ると、最緊急通信と書かれた文字が浮かんでいた。

 いつの間にかイージェンとエアリアが後ろに立っていた。

「幕を見ろ」

 正面の幕が白い四角に変わっていた。その中央に最緊急通信と浮き出ていた。

「これは…」

「『星の眼』が大気圏内を飛ぶ通信波を捉えた。それをここに転送している」

 リィイヴが眼を見張った。それは明らかに通信衛星による通信網だ。大魔導師の道具はむしろマシンナートのテクノロジイに似ていると改めて思った。

 ヴァシルがアダンガルを連れてきた。

みんなで幕に注目した。『最緊急通信』という文字がさっと消えて、画面に三十くらいにも見える女の顔が浮かんできた。

「…パリス…」

 イージェンがつぶやいた。忘れもしない、バレー・アーレの一室のモニタで見た顔だ。

「…このヒトが…」

 リィイヴの母親なのかとエアリアが食い入るように見つめた。リィイヴが見ていられなくて膝を折り、顔を伏せた。

「リィイヴ、目を逸らすな」

 イージェンがきつく言いつけた。エアリアが眉を寄せてイージェンの仮面を見つめた。リィイヴがなんとか顔を上げて、よろっと立ち上がった。

 パリスは唇をにっと上げて話し出した。

『マシンナートの諸君、最高評議会議長パリスだ。この通信がどこから発信されているか、聞けば、諸君は驚き、そして感動するだろう』

 罷免されたことなどおくびにも出さない。この傲慢な態度はエヴァンスたちにとっても不愉快なことだろうと察せられた。

『この通信は……極北海海上を航行中の空母アーリエギアから発信されている』

 イージェンがぐっと仮面の顎を上げた。

「極北の海に……いるのか……」

 てっきりキャピタァルにいるのかと思っていたが、やはりエヴァンスたちは身柄を確保することをしなかったのだ。

 パリスの画像が小さくなって、寒々とした曇り空で、ところどころに氷山が浮かんでいた背景が広がった。

『賢明なる諸君のことだから、この通信が可能となった意味がわかっていることと思う。ついにマシンナートの悲願であった通信衛星『南天のエテゥワルオストラル』の打上げに成功し、その通信システムが開通、こうしてわたしがキャピタァルならびに全バレーの諸君に話しかけることができるようになったのだ』

 イージェンが堅く握った拳を震わせた。

『さて、すでに諸君は、最高評議会の一部の愚弄なる議員によってわたしが議長を罷免されたことはご存知だろう。しかし、それはとんでもない過ちだ。テェエルを取り戻し、再びこの惑星の(あるじ)へとマシンナートを導く指導者は誰であるか、諸君にはわかっているはずだ』

 パリスがまたにやっと笑った。

『その指導者はこのわたしだ。わたしこそが、マシンナートにふたたび未来への希望と活力を与え、レックセステクノロジイ(超ハイテク)文明を復活させることができる指導者だ』

 画面がパッと切り替わった。白い四角の中に小さな球形の地図が現れた。

『極南島ウェルイル・キャピタァル、第二大陸バレー・ドウゥレ、第三大陸バレー・トルワァ、第四大陸バレー・カトリイェエム、第五大陸バレー・サンクーレ』

 パリスの声とともに、それぞれのバレーの位置に赤い光点がついていく。キャピタァルから赤い光条が四本伸びていき、各大陸のバレーに届いた。さらにバレーの間も赤い光条で繋がった。

『これらマシンナートの都市はレゾゥによって連結し、ひとつになった。その都市機能はすべてキャピタァルの中央統制管制棟である中枢サントゥオルで行われる』

 リィイヴとカサンがええっと驚きの声を上げた。

「なんだって、それじゃあ」

 カサンがリィイヴを見た。リィイヴも見合ってからイージェンを見た。

「バレーの都市機能、全部握られたら……もうマシンナートでパリスに逆らえるものはいない」

 バレーは空気さえもプラントで作っている。パリスに生殺与奪を完全に握られたことになる。

「エヴァンスでは到底太刀打ちできる相手ではなかったな」

 イージェンがため息をついた。パリスが権力を使ってどこまでするのか、もっと注意すべきだったのだ。

「恐ろしい女なんだな、パリスは」

 アダンガルが険しい眼で幕を睨んだ。一度見たファランツェリによく似ていた。

『都市機能集中管理によって、より効率的に資源や動力源の配分と利用が可能となる。安全性もこれまでと変わらない。むしろ強固になるだろう。諸君は安心してバレーでの生活を送ることが出来る』

 今ごろ、キャピタァルをはじめ、各バレーでは大騒ぎになっているだろう。もちろん、この報道はインクワイァしか聞くことができない。ワァカァは後でワァカァ向けに操作された情報による報道ファイルを見ることになる。

『これはおとといの日付の最新情報だが、わたしを罷免した議員たちが殺戮者アルティメットと交渉した。地上へのテクノロジイの展開を認めさせようというものだったが』

 小箱では小さな画面だが、幕には大きく映し出されていた。灰色の仮面を被り、灰色の布ですっぽり覆われた大きな男。

『これが殺戮者アルティメットだ』

 かすかに聞こえていた声が大きくなる。

『……テクノロジイを捨てること。それ以外おまえたちの生きる道はない…』

 イージェンの声が聞こえてきた。ブチッと映像と音声が切れた。一瞬の暗転の後、ふたたびパリスが現れた。

『諸君、殺戮者アルティメットや素子との交渉など無駄だ。やつらに聞く耳などない。やつらは『細菌』のようなものだ。『外』からやってきて、この惑星を侵蝕し、ついには乗っ取ろうとしているのだ』

 えっとエアリアとヴァシルが息を飲んだ。

「外からって…」

 パリスがぐっと体を乗り出してきた。

『どうせ、この通信を傍受しているのだろう?アルティメット』

 イージェンがぐっと顎を上げた。

『通信衛星を消滅させたらどうなるか、言っておく』

 パリスが顎を上げて、まるで目の前にアルティメットがいるかのように睨みつけた。

『すでに各大陸周辺海域に三十隻のマリィンを配備している。わたしとの通信網が途絶えたら、ユラニオウムミッシレェをはじめ、通常弾道ミッシレェを発射することになっている。全アウムズの規模は千三百年前に匹敵すると言えば想像がつくだろう。わたしはおまえと交渉するつもりなどない。黙って残り少ない命をまっとうしろ。もし通信衛星を消滅させたり、マリィンを破壊したりすれば、おまえの大切な『おとぎの国』が焼け爛れることになるぞ』

 イージェンがぶるぶると身体を震わせた。いや、震えを抑えることができなかったのだ。やはり、すぐに通信衛星を追いかけて破壊すべきだった。後悔しても遅かった。

『お優しい『大魔導師』様のことだ、そんなことには決してしないと信じている。それでは、ごきげんよう』

 そして暗転した。映像は緑の木が何本か生えている庭のようなものになった。子どものように甲高い男の声が聞こえてきた。

『こちらはバレー中央管制中枢サントゥオル、主任のヴァド教授だ。都市機能基幹システム権限はキャピタァルに移管されたが、個別の対応ならびに定量管理は各バレー管制棟にて行う。利用についてはまったく変更はない…』

 また画面が切り替わり、エトルヴェール島の管制主任の顔が映った。

「…ザイビュス…」

 アダンガルが目を細めた。

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