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第312回   イージェンと南天の星(下)(1)

 エトルヴェール島の新都にある中央棟最上階の展望室にいたエヴァンスの小箱が震えた。小箱から紐を出して耳に入れて聞いていたが、険しく目を細めた。

「来たか…」

 アダンガルもザイビュスも緊張した。

「おじいさま、大魔導師が来たのですね」

 エレベェエタァに向かうエヴァンスにアダンガルが尋ねた。エヴァンスがアダンガルにうなずいて手招いた。近寄ると、ぎゅっと抱き締められた。

「後で呼ぶから」

 待っていてくれと出ていった。ザイビュスが管制棟に行くからついて来いというので、一緒に付いて行った。

管制室はあわただしかった。正面の大型のモニタには、中央棟正面が映し出されていた。まっすぐに港まで伸びている幹道の途中に灰色の布の固まりが浮いていた。

 副主任に替わって主任席に座ったザイビュスが、耳当てをしながら隣に座った副主任に命じた。

「拡大しろ」

 副主任がボォゥドを叩くと、正面モニタの中央が拡大され、灰色の布の固まりがヒトの形をしているのがわかった。ザイビュスがアダンガルに耳当てを渡すよう、職員に指示した。

『あれが大魔導師か』

 アダンガルの耳にザイビュスの声がした。耳当てから出ている細い管に向かって話した。

「ああ、そうだ」

 ザイビュスが何か言いかけたとき、副主任の声が割って入ってきた。

『主任、大魔導師、動きます』

 画面の隅にチカチカと丸が光り、認識番号と名前が出てきた。そのものが現場から報告しているようだった。

『ヘレヴィナ教授が接触します』

 中央棟の玄関口の前にいた四十すぎの女がゆっくりと大魔導師に近付いていく。ヘレヴィナ教授だった。

『アルティメット・ヴィルトですね、案内係のヘレヴィナ教授です。エトルヴェール島の新都ジェナヴィルへようこそ』

 ヘレヴィナの声は少し震えていた。

『大魔導師だ』

 低く落ち着いた声がした。管制室のだれもが緊張して息を飲んだ。

 あれが大魔導師。

 身長はおよそ一八〇から一九〇ルク、かなり大柄だ。灰色の布ですっぽり覆っていて、灰色の仮面を被っている。わずかに鼻の出っ張りがあるだけで、目も口もない。

『エヴァンスはどこだ』

 ヘレヴィナが特別会議場ですと先導していく。その後を追う大魔導師の足元が浮いていた。

『浮いてるぞ!』

 管制室の誰かの声が聞こえてきた。ざわめく中、ザイビュスはボォウドを叩き、アダンガルに話しかけた。

『この先は管制室では見られない。主任室に移動する』

 特別会議場は、中央管制棟の裏手に急設されていた。中に入るまでは中央管制室で見られるが、入ってからは、大教授でなければ見られなかった。ザイビュスは記録担当も任じられたので見られるのだ。後を副主任に引き継いで、アダンガルの腕を掴んだ。

「聞きたいだろう、会談」

 アダンガルが戸惑った顔をした。

「おまえだけに聞かせてやる」

 引っ張られて管制室から出て、同じ階の主任室に連れて行かれた。奥の机にあるモニタ二台とボォウドを応接席の低いテーブルに持って来た。

「今、特別会議場に入るところだ」

 モニタに特別会議場正面の記録キャメラからの画像が映し出されていた。

『こちらが特別会議場です』

 ヘレヴィナが入口の前に立ち、自動扉を開けた。大魔導師が中に入っていく。中のキャメラに切り替わった。急遽設置したため、トレイルに入口のユニットをつけただけのものだった。左のモニタには会場内が映し出されていた。

 丸い机が置かれていて、中央奥にエヴァンスが座り、その両脇にガラントたちが座っていた。それぞれの席の前にはモニタとボォウドが置かれていた。みな一様に顔を強張らせていた。老獪な連中と言っても、さすがに大魔導師と会うのは緊張するのだ。

 右のモニタは通路の天井にあるキャメラからのものらしく、上から映していた。扉の前で止まり、ヘレヴィナが胸元から小箱を出して、認識盤にかざした。

 すっと横に開いた。

『どうぞ』

 ヘレヴィナが手を差し出して、入るよううながし、大魔導師を先に入れた。だが、ヘレヴィナは部屋には入らず、通路を玄関口のほうに戻って行った。

 大魔導師の後ろで扉が閉まり、エヴァンスが椅子から立ち上がった。

『アルティメット・ヴィルトだな』

 エヴァンスだと小さく頭を下げた。大魔導師は入口の前に立っていた。

『そちらに座ってくれ』

 エヴァンスが入口に一番近い席を指した。大魔導師がゆっくりと腰掛けた。

『出席者を紹介しよう』

 エヴァンスが紹介しようとすると、大魔導師が手を振った。

『必要ない』

 エヴァンスがむっとして睨みつけた。

『お互いを知り合うことは必要だと思うが』

『知り合う必要はない。代表であるエヴァンスがわかればいい』

 低く凄みのある声だ。エヴァンスがため息をついたが、それならばと議題をモニタに出した。背後の大きな幕にも表示された。

『まず、この場に足を運んでくれたことに感謝したい。ぜひ、お互いの誤解を解き、次なる段階へ共に進んでいければと思う』

 エヴァンスが丁寧に対応した。だが、大魔導師は場に水を掛けた。

『感謝などいらん。この場に来たのは、話し合いをするためではない』

 取り付く島もないという態度に、担当官のひとりであるヴァッサが意見した。

『互いに組織の代表として会談を持ったのだから、それなりの対応の仕方があるのでは。あなたの態度はあまりにも礼を欠いていると思うが』

 大魔導師がくくっと笑った。

『礼を欠くか…宣戦布告もせずに無辜の民を攻撃したりするマシンナートに言われたくはないが…まあ、いいだろう、一応話は聞いてやる』

 エヴァンスがすこしほっとして、モニタの壱号議題を拡大した。

「壱号議題、第一大陸カーティア王国における啓蒙ミッションの経緯説明」

 エヴァンスが左手にいるガラントに説明させた。

『第一大陸セクル=テュルフ・カーティア王国において、ユワン教授が行った啓蒙ミッションについて経緯説明しよう。ユワンはわたしの教え子で、当初はメディカル分野や食料などの面での啓蒙をする予定だった』

 その過程で接触したカーティア王子ジェデルの妹王女ネフィアの流感を治し、信頼を得たので、王子の王位簒奪を手伝う方針に転換した。その際に提出してきた計画書によれば、魔導師学院の素子たちをメタニル(毒ガス)で殺害、国王も暗殺して、アウムズで王宮と王都を制圧し、ジェデル王子を国王に即位させてテクノロジイを使う国にするということだった。素子たちの殺害に成功し、王宮も制圧した後、南方海岸を侵略してきたエトルヴェール島の海軍をマリィンで撃破するというので、ガラントは、南方海戦は、陸からの砲撃で追い払うように修正案を提出した。だが、そのときのアーレの議長ジャイルジーンが却下し、反対するガラントを一時停職処分してしまった。その上、ジャイルジーンは、通常弾道のミッシレェをカーティア王都に向けて発射することにしてしまい、さらにエスヴェルン王都も目標にしていたのだ。

『そのミッシレェは発射後、消滅、おそらくはあなたが迎撃したと思われる。ジャイルジーンは行き過ぎた啓蒙ミッションを許可したという責任を取り、議長を解任され、のち、アーレが消滅したときに巻き込まれて死亡した』

 以上が経緯だと話し終えた。大魔導師がマリィンはどうしたと尋ねた。ガラントが説明した。

ジャイルジーンの計画変更により王都に置き去りにされたユワンがマリィンに乗り込み、ボゥムを仕掛け、艦長を殺害、軍務監バルシチスに射殺された。マリィンは大破し、乗員五十三名が死亡した。

第一議題の経緯説明は終了した。

『続いて弐号議題、第一大陸セクル=テュルフ・バレー・アーレ消滅の経緯説明は、セヴラン大教授からしてもらう』

 セヴラン大教授は、年頃はエヴァンスと同じくらいでこの五人の中では若いが、それでも六十近いだろう。

『セクル=テュルフ・アーレの評議会議員だったセヴランだ』

 マシンナートには珍しく水色の瞳だった。

『今年の四月、バレー・アーレを訪問した素子がいた。名はイージェン、出身大陸は第五大陸トゥル=ナチヤ、イメイン素子となっている。ジャイルジーンはそのイージェンから検体標本の採取を計画、バルシチスに命じたが、ジャイルジーンが停職処分になったので、計画はトリスト大教授に引き継がれた』

 トリストが標本採取中、アルティメットが素子イージェンを救出するために地下ラボに侵入、ベェエスにエンテロデェリィイト病理コォオドを流した。当時アーレを訪問していた最高評議会議長パリスは、デェリィトされるのならば、バレーにコォオド7を発動し、バレーごとアルティメットとイージェンを始末しようとした。そしてコォオド7を発動し、ユラニオゥム発電装置の炉心溶融を起こしてバレーを爆発させたが、アルティメットが残骸もすべてデェリィトした。

『このコォオド7発動はパリスの独断で行われた。発動しなかったとしたら、あなたはいきなりバレーをデェリィトさせるようなことはなかっただろうから、脱出用核フロアにいたものたち以外のものも逃げることができただろう。百万もの犠牲者を出したのはパリスの責任との見解が出ている』

 大魔導師が少し身体を揺らしたように見えた。

『なるほど、バレー・アーレ消滅による犠牲はわたしではなくパリスに原因があるとしてくれるわけか』

 お優しいことだなと憎々しくつぶやいた。

 ザイビュスが、じっと食い入るようにモニタを見ていたアダンガルにカファを差し出した。

「あ、すまん」

 受け取ってすすりながらアダンガルは笑いを堪えるのに大変だった。

イージェンはヴィルトになりすましているのだが、ヴィルトを知っているアダンガルにとっては、あまりに違うので苦笑するしかないのだ。

…この連中相手ならばれることはないだろうが。

 ヴィルトはこのような粗忽な言葉遣いなどはしない。諭すような言い方をするし、厳しくも優しく包み込むようなところがあった。イージェンは『若さ』があるし、皮肉もきつく、粗暴なところもある。だが、そこがいいのだ。

「わかるか?」

 ザイビュスがすぐ横に座って、わからなければ啓蒙してやるとアダンガルの横顔を見つめた。

「いや、みんなの顔や声が見聞きできればいい」

 そうかとがっかりしたように肩を落とした。

 セヴランが大魔導師の皮肉に目元を少し尖らせた。だが、平然を装った。

『弐号議題、終わります』

 質問はと尋ねるエヴァンスに大魔導師は首を振った。

 エヴァンスが、参号議題を拡大した。

『参号議題、アウムズ使用の啓蒙ミッション首謀者についての説明、これはわたしからしよう』

 正面のモニタを見てくれと言い、画面にパリスの画像を出した。

画像の下に文字が出てきた。パリス大教授、年齢四十三、女、紀元三〇一二年最高評議会議長就任、三〇二五年議長罷免。

『本来、啓蒙ミッションは、シリィたちの生活に有益なテクノロジイの展開によって行われることが基本だ。食料や水、医療品、防寒用品など、シリィたちにテクノロジイの有益性を知らしめるための項目に限って行われてきた』

 前議長であるザンディズの提唱する自然とテクノロジイの共存論は、次第に浸透しつつあった。だが、ザンディズ議長の急死にともない行われた議長選により、強硬派のパリスが選出された。それ以来、強硬派による地上制圧のためのアウムズが製造されていった。

『反対すれば粛清に会うので、数年のうちに啓蒙派は少数派に転落してしまった。わたしやここにいるものたちもパリスの独善的な遣り方に耐えるしかなかった』

 エヴァンスがアウムズ使用はパリスが許可していたと述べた。

『第一大陸におけるミッシレェ攻撃、第二大陸におけるリジットモゥビィルによる王都攻撃、すべてパリスが許可したものだ。ユラニオゥム開発についても、バレーとラカン合金鋼精製の動力源以外の使用はパリスが強行していたので、その点を理解してほしい、もちろん、ユラニオゥムアウムズの放棄はする』

 被害を受けたテェエルへの謝罪の意味もあり、責任者であるパリスの処分は死刑を含めて厳重にする予定だと閉めた。

 大魔導師が手のひらをバンッと机に叩き付けた。合金属でできた机にひびが入った。エヴァンスはじめ担当官たちがびくっと肩を尖らせた。

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