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第310回   イージェンと南天の星(上)(2)

 ヴァシルがレアンの軍港から戻ってきて、イージェンに報告した。

「一両日ならば軍港で待つとのことです」

 監視しなくて大丈夫でしょうかと心配した。

「あちらは大魔導師との会談を持ちたいんだ。そうでないと、いつ消滅させられるかわからないからな。『パリス誓約』の再締結なんて言っているからには、下手(したで)に出て、これ以上消さないでくれと頼みながら大魔導師の寿命が尽きるのを持つって作戦だろう」

 だから、会談を持つまではなにもしないはずだ。だが。

「それはエヴァンス派の都合だから、パリス派としてはどう出るかわからんがな」

 エアリアが会談の議題に二の大陸の王都襲撃と四の大陸のバレー全滅のことが入っていないと疑問を投げかけた。

「最高評議会がどこまで現状をわかっているのか、わからんな」

 二の大陸の王都襲撃ミッションは成功したが、その後全滅したことを知っているのかどうか。

四の大陸のバレーが地熱プルゥムの暴走(実はサイードの仕掛けによって爆発した)により全滅したことが伝わっているかどうか。

「キャピタァルには伝わっても、それからまたエトルヴェール島に届くには一日くらい時間のずれが出て来るね」

 リィイヴが紙に簡単な地図と場所、日にちを書き込んだ。

「二の大陸のミッション成功は伝わっていると見ていいね、その後の全滅のことはキャピタァルには伝わっているけど、エトルヴェールには明日くらい」

 報告が到着したと思われる日にちを丸印で囲んだ。

「四の大陸のバレー事故を報告できるのは、ユラニオゥム精製棟、最短でキャピタァルまで三日。もう届いているはずだけど」

 魔導師の仕業とは思っていないだろうから議題にしていないのかもと推察した。

「イージェン、『パリス誓約』の内容って知ってるの?」

 リィイヴが尋ねると、イージェンが紙面を渡した。いくつかの条項がエリュトゥ語で書いてあった。

「文章による内容だ」

一、ユラニオゥムアウムズは作らない。

二、地上でアウムズを使用しない。

三、テクノロジイ・レェベェルはレェベェル8・ユイツィイ以下に抑えること。ただし、本来カテゴリ外であるラカン合金鋼の地下居住区外殻使用は許す。

四、ユラニオゥムは、地下居住区動力源、ならびにラカン合金鋼精製動力源にのみ使用すること。

五、地上で人造石、強化鉄骨など、自然材以外の材料ならびに自然材を変性させた材料を使用した建設、土木行為をしない。

六、地上で自然物以外のいかなる薬品、抗生物質も作らない、また、使用しない。

七、地上でケミカル物質を使用した食料ならびにジェノム操作した食料を作らない、また、使用しない。

八、地上で自然材以外の軽金属、合金属、または自然材を変性させた材料を使用した什器、道具、乗り物を作らない、また、使用しない。

九、地下で暮らすこと。

 書かれていることに具体的な数値目標はなく、簡素な表記だ。しかし、絶対的に守るとしたら、どのような低レェベェルのテクノロジイであっても、地上では展開できないということになる。それどころか啓蒙(エンライトメント)行為自体できない。

「俺はこれを締結したヴィルトの意図がわからない」

 地下に住まいを限定したとしても、地上への影響は必ず出て来るはずだ。それに、こんなものを守らせようとしても、大魔導師がみんな死んだら、地上に出てきてテクノロジイを展開するようになることは目に見えている。大魔導師以外の魔導師では、どれだけ魔力が強くても消滅させることはできないのだから、その前になんとか放棄するようにすべきだったのではないのか。

「これを再締結するつもりなのかな」

 リィイヴが首を傾げた。イージェンが手を振った。

「必ず条件を緩めるよう交渉してくるはずだ」

 南方大島の島民たちの幸せな暮らしぶりを見せ、アダンガルに国政に取り入れたいと言わせるつもりなのだろう。

「アダンガルさん…啓蒙されてしまったかな」

 リィイヴが心配すると、エアリアやヴァシルが顔を伏せた。

イージェンがエアリアとヴァシルに書付けを見せた。

「これを作れ」

 出来上がったら、精錬するからと指示した。ふたりが了解し、船長室で作業することにした。

 イージェンとリィイヴは出て行った。ふたりで黙々と作っていると、午後になってリィイヴが茶器を持ってきた。

「お茶入れたよ」

 ゆっくりと入れて、ふたりに差し出した。ふたりはお辞儀して受け取り、三人で飲んだ。

「レヴァードは…戻ってきますよね」

 ヴァシルが心配な顔をした。かなりの厚遇で迎えると誘っているのはわかる。リィイヴが茶碗を受け皿に置いた。

「レヴァードさんは、死にたくないからテクノロジイを捨てるって言ってたけど、それ以上に捨てるべきものだとわかったんじゃないかな」

 だから、戻ってくると思うけど、出世したい気持ちが残っていたら決意が揺らぐかもと言った。それほどにインクワイァにとって大教授になることは夢だからだ。

 ヴァシルが急に立ち上がり、ちょっと用足しにと出て行った。

 船尾に向かっていき、一番尾っぽのところを拭いていたレヴァードを見つけて、駆け寄った。

「レヴァード!」

 レヴァードが振り向いて、おうと雑巾を上げた。目の縁を赤くしているヴァシルに戸惑った。

「どうした」

 立ち上がるとヴァシルが真剣な顔で大きな声を出した。

「あ、あの!必ず戻ってきてください!」

 そんなことかと笑っているとヴァシルが耳まで真っ赤になった。

「必ず戻ってきて…下さい…」

 ヴァシルが頭を下げた。

 レヴァードが固まってヴァシルを見つめた。しばらくヴァシルは頭を下げていた。

「…せっかくカーティアの医局から大切な書物、借りてきたんです…」

 真っ赤なままの顔だけ上げて、レヴァードを見上げた。

「無駄にしないで下さい」

 レヴァードが目元を緩めて泣きそうなヴァシルの肩をぎゅっと掴んだ。

「ああ、無駄にしない」

 肩を叩かれながら心配するなと言われて、ヴァシルはこくっとうなずいた。

目の前に急に影が現れた。

「どうした、もうできたのか?」

 イージェンだった。ヴァシルがうえっとうろたえた声を出し、あわててその場を走り去った。走っていく後ろ姿を見てレヴァードがつぶやいた。

「魔導師はヒトだよな…」

 イージェンも後ろ姿を見ていた。

「いや、完全にヒトとは言えない。姿形はヒトだが、ヒトではない部分を持ったものだ」

 レヴァードがそうかとため息をつき、腰を降ろして雑巾を桶の水に浸して絞った。

「リィイヴに聞いたが、魔導師たちは身体がタァウミナルで、頭の中にベェエスとオペレィション処理機構を持っている生身の計算機なんだそうだな。それに物質を出力することもできるって」

 イージェンが、魔導師みんなが同じにできるわけではないと手すりを握った。

「俺は算譜を覚えなくても水を出したり火を出したりできたが、覚えてもできないものもいる。物を出したりできるといっても、空気とか水とか仕組みが単純なものだけだ」

 仮面を雨空に向けた。レヴァードがまた甲板を拭き出し、その様子をしばらく見ていたイージェンが、船室に戻って行った。

 ザイビュスがやはり一晩でも一度エトルヴェール島に戻ればよかったと後悔していた二日後の昼前、ようやくレアンの軍港に魔導師がやってきた。最初に来た魔導師とは違い、灰緑色の布を頭から被った小柄な別のものだった。

 桟橋の一番端で待っていたザイビュスに書筒を渡した。こちらから渡したものではなく、筒になにかの印が入っていた。

「こちらがエスヴェルンの大魔導師から、エヴァンス指令への返信です」

 若い女の声だった。

「おまえ、銀髪か」

 書筒を受け取りながら、ザイビュスがいきなり尋ねた。魔導師が伏せていた顔を上げた。青い眼が光ったように見えた。

「確かに銀髪ですが何か」

 額に掛かっている髪が陽の光に光っていた。

「いや別に」

 ザイビュスが書筒を開けようとした。女魔導師がさっと取り上げた。

「返信は、エヴァンス指令へのものです。あなたが開けてはいけません」

 ザイビュスが小箱を開け、画面に何か表示した。

「これが何かわからんかもしれんが、俺は、返信に関してはエヴァンス指令からその場で開けて対応してもいいという権限をもらってるんだ」

 誰が開けるかはマシンナート側の都合だから、余計な口出しするなときつく返した。

「そうですか、それではご自由に」

 書筒を返した。ザイビュスが開けて、中身を読んだ。

「…明日着くと書いてあるが…」

 大魔導師、明日一五〇〇、南方大島南海岸に到着。

 女魔導師が険しい眼を向けた。

「その書面を開けた日の翌日という意味です。ここで開けてしまったので、明日の午後には大魔導師は南方大島に到着します」

 えっとザイビュスがあわてて書筒を戻した。

「それは困る」

 エトルヴェール島の近海まで行っても、南側に電信は届かない。北ラグン港に到着してようやく繋がるのだ。会談の準備もある。そうとう急いで戻らないといけない。

「明後日の日付にしてくれ」

 女魔導師が呆れて首を振った。

「注意したのに無視して開けたのはあなたですよ、何故こちらが応じなければならないのですか」

「わかった。もういい。船にいるレヴァードというマシンナートを連れて帰る約束になっている」

 船の側まで行くから攻撃するなと強く言った。

「船の側には来ないでください。連れてきます」

 待っている時間がもったいないと、部下に出航を命じた。

「今来ますから」

 女が沖を見た。灰色のかたまりが飛んできて、桟橋の手前に降りた。先日の若い男の魔導師が中年の男を抱えていた。

 ザイビュスが数歩近寄った。中年の男が寄ってきて、小さく顎を引いた。

「レヴァード医療士だ、ザイビュスか?」

 ザイビュスがうなずいて、すぐに出航するのでとアンダァボォウトを指した。

「急いで下さい」

 ザイビュスに言われて、レヴァードがちらっと魔導師たちを見た。ふたり並んで見送っていた。ザイビュスにうながされてアンダァボォウトに乗り込んでいった。

 すぐに出航し、最速で帰島した。ザイビュスが乗員にカファを入れさせ、ふたつ杯を受け取り、ひとつ、レヴァードに差し出した。

「どうも」

 レヴァードが受け取って口を付けた。ザイビュスはすぐに飲み干し、話しかけてきた。

「あの船に魔導師は何人いました?」

 エヴァンスからレヴァードは助手に落とされる前はレェベェル・ドゥウズの教授だと聞かされていた。レェベェル・ドゥウズは教授の最高レェベェルだ。ほぼ大教授になれる。そのため、上級になるので丁寧に接していた。レヴァードが、出入りはあるが常に二、三人はいると返した。

「二、三人ですか…大魔導師には会いましたか」

 レヴァードが杯を膝の上の手のひらに置いた。

「取調べか」

 ザイビュスが首を振った。

「いえ、個人的な興味です」

 レヴァードが答えずカファを飲みながら操縦席を見つめた。

「どうなんです、大魔導師には会ったんですか」

 ザイビュスはしつこく尋ねてきた。

「ああ、会った。灰色の仮面をつけて、灰色の手ぶくろをしている大男だ」

 それを聞いてからザイビュスはしばらく黙っていたが、また話してきた。

「検体を奪いに来たのはなぜですか」

 レヴァードが不愉快そうな目を向けた。

「それも個人的な興味か」

ええと臆面もなく答えた。

「大切なヒトだからだ、傷付けられるのをほおっておけなかったからだ」

 レヴァードがこれ以上質問には答えないと打ち切った。

 翌日夜明けに北ラグン港に到着した。ザイビュスが『新都』のエヴァンスと音声通信した。

「ですから、今日到着なんです。新都に到着するのでは」

 事情を説明したがエヴァンスも寝ているところを起こされたのですぐには理解できないようだった。

『…つまり、今日午後には大魔導師がこちらに着くということかね…』

 はいと答えるとエヴァンスがうなっていたが、至急に支度すると返答して通信を切った。

 駆けるようにしてプテロソプタに乗り込み、離陸した。

『新都管制棟、ザイビュスだ、応答せよ』

 ザイビュスが行法士席に座って管制棟と通信を始めた。開放しているので、レヴァードにも聞こえていた。

『こちら新都管制棟、ザイビュス主任、どうぞ』

 かなり雑音が入っているが、充分聞こえる。

『…南ラグン港、ならびに新都の警戒レェベェル4から6へ』

 了解と言った後に、エヴァンス指令からの伝言と続いた。

『旧都に寄って、アダンガル様を連れてくるようにという指示です』

『了解』

 そこで新都とのやり取りを終え、旧都管制棟を呼び出した。

『エヴァンス指令からの指示で、アダンガル様を拾っていく、用意させてくれ』

 旧都管制棟当直が了解した。

 レヴァードが緊張してきた。久々に会うアダンガルは変わってしまったのだろうか。

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