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第306回   イージェンと水の国の守護者(2)

 ザイビュスが後ろに立っているソロオンを見た。

「ソロオンはこの通信衛星を打ち上げるミッションをやってるんだ」

 アダンガルも振り向いた。

「これは星なのか」

ソロオンがええまあとあいまいに答えて、ふたりから目を逸らした。

「インクワイァにマァカァ埋め込みなんて反対もあるだろうが、もしもジェナイダのようにテェエルで生きていたのに小箱が壊れたために検出してもらえなかった場合を考えるとそのほうがいいだろう」

 ソロオンがさすがに注意した。

「主任、ジェナイダ様を呼び捨てなど…指令が知ったら、不愉快に思われますよ」

 フンと横を向いてボォゥドを叩き出した。

「ほかに質問は」

 アダンガルが今のところはないと立ち上がった。

「この部屋を少し見て回っていいか」

 ザイビュスがほかのものたちに質問しないならと許可した。ザイビュスは、アダンガルがゆっくりと見回っているのをじっと目で追った。ソロオンが小声でザイビュスに呼びかけた。

「主任、あそこまで詳しく説明する必要はなかったんですよ」

 ザイビュスはまだアダンガルを見ていた。

「どうせ啓蒙するなら、徹底的にすればいい」

 そうですかとソロオンはまた苛立ってきた。ひととおり見てきたアダンガルが戻ってきて尋ねた。

「あの正面に三の大陸の地図は出せるか」

 ザイビュスがボォゥドを叩いた。正面の大きなモニタの表面に広がっていた緑の筋が中心の一点に集まり、それが解けるように広がった。広がり終えると、そこに、三の大陸の地図が描かれていた。

「ティケア……」

 アダンガルが見上げるようにして遠くを見るように目を細めた。すぐにその地図の緑の筋は左の隅に畳まれていき、また、エトルヴェール島の地図に戻った。

 ソロオンの小箱が震えた。エヴァンスからの呼び出しだった。

「エヴァンス指令から呼び出しがあったので」

 ソロオンがザイビュスに頭を下げた。アダンガルが一緒に行くとザイビュスに向かって小さく顎を引いた。

「啓蒙ありがとう、よくわかった」

 さっさと行ってしまうソロオンを大股で追いかけた。その後姿をまたじっと見つめていた。

「よくわかった…か…」

 どこまでわかったのかと苦笑した。


 エヴァンスに呼び出されたのは、最上階の展望室だった。そこにはバレー・アーレの議員三人とキャピタァルからやってきた大教授がふたり訪れていた。アダンガルを紹介すると、みんな感心したように眺めていた。

「これがジェナイダちゃんの息子か」

 一番年寄りらしい男がふむと見上げた。皺の間に細い目が見えた。髪はほとんどなかった。

「ジェナイダちゃんには啓蒙ミッションに向かう前に会ったのが最後だったな」

 愛らしい子だったのに気の毒だったと慰めるようにエヴァンスの肩を叩いた。座ってくれとエヴァンスが椅子を勧め、老人たちが長椅子に座り、アダンガルはエヴァンスの後ろに立った。

「ソロオン、君に頼みたいことがある」

 なんだろうと緊張した。

まさかカトルの代わりに素子を捕獲してこいというのでは?

 緊張してきた。

 アダンガルがちらっとソロオンを見てから、ゆっくりと年寄り連中を見回した。エヴァンスよりも年が行っているようだ。魔導師以外でこの年まで生きる民はほとんどいないので、珍しかった。

「なんでしょうか…」

 ソロオンが小さな声で尋ねた。

「ここにいるのは、対テェエル交渉担当官たちだ。チィイムとなって、アルティメットとの交渉に臨む」

 アダンガルがあらためて年寄り連中に目を向けた。みんなひとくせありそうな顔つきだった。

 エヴァンスが説明した。

 アルティメットとの交渉を開始するに当たり、アダンガルのいた船の素子と交渉し、エスヴェルン王国にいるアルティメットに交渉文書を渡してもらおうというものだった。

「第一大陸の港に行って、素子と交渉をしてきてほしい」

 ソロオンが青ざめた。

「船には、おそらく、先日ラカン合金鋼の箱に閉じ込めた素子がいます。わたしの顔、知っているかもしれません。わたしが行ったら、すぐに…殺されるかも…」

 下を向いて声を震わせた。捕獲でないにしても素子との交渉などやりたくなかった。

「…それに打ち上げミッションの試験もやっているので、ラボにも顔を出したいんです。できれば別のものにしてください」

 エヴァンスがそうかとため息をついた。

「誰か適任者がいるかな」

 ザイビュスの高飛車な態度が不愉快だったので、難しいミッションをやらされて困るといいと押し付けてやりたくなった。新都管制主任のザイビュスはどうかと推した。

「ザイビュスか…着任したばかりで、慣れるほうが先だろうとは思うが」

 悩ましげなエヴァンスに、バレー・アーレの議員がよいのではと賛成した。

「アーレではなかなか主任になれず、不満があったようだが、使える人材だ」

 少々変わり者ではあるがねと苦笑した。ではやらせてみようとエヴァンスが呼び出しをかけた。

 ザイビュスはすぐに上ってきた。展望室にいる面子を見て驚いていた。

「ガラント大教授、こちらにいたんですか」

 ガラント大教授はさきほどザイビュスを推薦したバレー・アーレの議員だった。

「あなたは、強硬派だと思ってましたが」

 何人か不愉快な顔をした。ザイビュスはずけずけとものを言う性質(たち)のようだった。だが、ガラント本人は受け流した。

「わかっているくせに、突っかかるのだな。わたしは啓蒙派だよ、ユワンのミッションは少々大胆だったが、わたしの修正案を採用していれば、あのようなことにはならなかった」

 ザイビュスがそうでしたと平然としていた。

ガラントはカーティアの王子ジェデルをたぶらかして王座奪取に手を貸したユワン教授の指導教授だった。南方海戦でマリィンを使用するという教え子のミッションに修正案を加えようとして、当時のアーレの議長ジャイルジーンに却下され、ユワンも死なすことになったのだ。

「ザイビュス、君にしてもらいたいミッションがある」

 エヴァンスが説明した。

 ザイビュスは驚いていたが、すぐに了解した。

「わかりました、指示書と権限を下さい」

 エヴァンスがうなずいて、空いている席に座るよう示した。同時にソロオンに手を振った。

「ソロオン、君はラボに戻っていいぞ」

 ソロオンが肩を震わせながら小さく頭を下げて、扉に向かった。アダンガルが一緒に出ようと歩き始めてから、足を停めた。

「おじいさま、お願いがあります」

 ソロオンが止めるようにと袖を引っ張った。アダンガルがパッと腕を引いてその手を払った。ソロオンが顔を赤くした。ザイビュスが座りながらその様子をじっと見ていた。

「なんだね」

 優しく見つめるエヴァンスに頭を下げた。

「旧都の様子をじっくりと見たいのですが、行ってもよいですか」

 エヴァンスにどうしてかねと尋ねられたので、セラディムにテクノロジイを持ち込むとき、王都はじめ街や村に新都のような人造石の建物をいきなり作るわけにはいかない、旧都のように古い建物にテクノロジイを組み入れるやり方を知りたいと説明した。

 エヴァンスがうれしそうに目を細めた。

「いいだろう、見に行ってきなさい」

 一緒に行ってやれないがと残念そうだった。アダンガルが胸に手を当ててエヴァンスに丁寧にお辞儀した。

「ありがとうございます、おじいさま」

 老人たちにも丁寧に頭を下げて、さっと身体を回した。ソロオンを追い抜き、大股で堂々と歩いて先に展望室を出て行った。ソロオンがその後から廊下に出てきて、アダンガルを呼び止めた。

「アダンガル様」

 アダンガルが振り返り、手を振った。

「旧都には誰かにモゥビィルを出させて行くから、おまえは自分のワァアクに戻っていい」

 ソロオンの返事を待たずにエレベェエタァに向かっていった。


 アダンガルは自分の部屋のタァウミナルから新都管制棟に旧都へのモゥビィル出庫依頼を出した。すぐに小箱が震えた。音声通信だった。誰かと着信の表示を見ると、ザイビュスだった。

『俺も旧都に行くので連れてってやる。後で打ち合わせよう』

 一方的に言って切ってしまった。強引なやつだとあきれながらもタァウミナルで広報ファイルを開いて目を通していた。

 夜になって、職員のワァカァが夕食を持ってきた。いつもはエヴァンスと食べるのだが、今日はあの老人たちと打ち合わせしながら食事するのでひとりで食べることになっていた。ふたり分あるので首を傾げていると、タァウミナルで訪問音が鳴り、モニタにザイビュスの姿が映っていた。入室許可を出した。

「打ち合わせしながら食べようと思って」

 挨拶もそこそこにザイビュスが窓際に寄って行く。それでふたり分かと納得し、窓際のテーブルに向かい合って座って食べ出した。

「テェエルの空気はどうも臭いがきついな」

 慣れるまでもう少しかかるとザイビュスがため息をついた。

「そうか」

 啓蒙されているこの島以外は、もっとヒトや獣の(しも)の臭いが酷いから吐くかもなとアダンガルが笑うと、ザイビュスが食事中なのにと口元をゆがめた。

「もっと品とかいうものがあるのかと思った」

 王族とか言うからと言いながらちらちらとアダンガルを見ていた。

 …俺に興味があるのか…

 アダンガルは気が付かないふりをして食べ続けていた。

「旧都にはモゥビィルで行くようだが、プテロソプタのほうが早い」

 ザイビュスが揚げパンをかじり、アダンガルがスゥウプを口に運んだ。

「旧都までの幹道を通ってみたい。途中で年寄りたちが治療を受けている療養棟に寄るつもりだ」

 ザイビュスがこつこつっとフォークで皿を突付いた。

「ずいぶんと熱心だな」

 アダンガルが顔を上げた。

「少しでも早くテクノロジイのこと知りたいからな」

 ザイビュスがあははっと笑い出した。

「それは無理だ、二十年くらいかかるな」

 アダンガルがそうだろうなと目を向けた。

「本当に理解するには、そのくらいかかるだろう」

 今は知っている『(ことわり)』とのすり合わせをしているだけだと返した。

「シリィの『(ことわり)』と合うところなんてあるのか」

 ザイビュスが食べ終えて立ち上がり、壁際の棚からカファを入れた杯をふたつ持ってきた。立ち上がって受け取りながらアダンガルが顎を引いた。

「合うところはある。ただ、俺ではなんとなく同じかなという程度だが、魔導師ならもっとわかるだろう」

 それでも『(ことわり)』の書を知らない民よりは理解が早いはずだと湯気を吹いた。

「ほんとうは『(ことわり)』なんてものはすべて忘れて、白紙の状態で学んだほうがいいんだが、おまえの年ではそうはいかないだろう」

 ザイビュスがアダンガルのすぐ横に立って杯の縁に口を付けて飲んだ。アダンガルが目を細くしてにらみ付けた。

「おまえは無礼だな、母上のことを呼び捨てにしただけでなく、俺のことも『おまえ』呼ばわりとは」

 鞭打ちものだと言われて、ザイビュスが苦笑した。

「打ちたければ打てばいい」

 無礼者とアダンガルが手を上げた。ザイビュスは避けなかった。パシッと音がして頬を叩いていた。

「なぜ避けない」

 ザイビュスがふっと笑った。

「明日〇六〇〇に玄関口で待っている」

 おやすみと出て行った。

 老人のひとりが少々変わり者だと言っていたが確かにそのようだった。

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