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第288回   イージェンと罪深き島(下)(3)

「キャピタァルのデェイタ・コォオド統制管理棟・中枢サントゥオル、その統制主任教授がヴァド、パリスの三番目の子どもで…」

 子どもたちはみんな母親のパリスを敬愛しているが、その中でもヴァドは、病的なほど母親への依存が高かった。サントゥオルの主任になったのはパリスが議長に就任してから三年後だったが、それからずっとキャピタァルの地下の中枢室でワァアクしている。統制ワァアクは補助装置を使って睡眠休憩を取りながら、十二ウゥル(二十四時間)休みなく監視するのだ。監視しながら、都市機能運用上の不具合やコォオド上の(ソォン)という欠陥を探し、修正して更新をかける作業をしている。

「都市機能っていうのは、空気製造から各区域への散布、水、電力の供給、排水管・廃棄物処理、通信管理、交通管制、施錠管理、ブワァアトボォゥド管理のことだよ」

 キャピタァルにいるインクワイァ、ワァカァ全員の動向を把握できる立場であり、各バレーからの更新デェイタを吸い上げて、ベェエスのデェイタを更新する作業もしているのだ。

イージェンが拳をぎゅっと握った。

「キャピタァルというよりマシンナートを支配しているのも同然じゃないか。それもパリスの子どもが抑えているということか」

 リィイヴがうなずいた。

「統制ワァアクは神経系の機能を補助する機器と自分の脳を繋げて、するんだけど、強い意志と集中力がないと続かない。ヴァドはとても意志が強いんだ」

 最初は二番目の子どものロジオンを就けるつもりだったが、少々若くてもヴァドのほうが適任だとパリスが判断したのだ。

「見事だな、パリス」

 イージェンが感心した。要所に自分の意のままに動く子どもたちを配している。

「罷免されたとしてもこのままでは済まさないだろうな」

 エヴァンスたちでそれを抑えられるだろうかと逆に心配だった。アートランも同意していた。

「じいさんたち、けっこうのんびりしてるからな、このままならパリスに逆転されると思うぜ」

…素子を甘く見ないほうがいいよ、かあさんもね。

 ファランツェリの捨て台詞を思い出した。

 ヴァシルやルカナにはマシンナートのことは、理解しがたいことで、はあと悩ましげなため息をついた。

 ヴィルヴァは、顔色ひとつ変えずに耳を傾けていた。じっとせずにもがいている赤ん坊の頭を軽く小突いた。

「イージェン様」

マシンナートのことはひとまずおき、さきほどのグルキシャルのことだがと話を戻した。

「グルキシャルが武装蜂起したという伝書は受け取っていた。トゥル=ナチヤでは、十年前にカンダオンのナウリ神殿が閉鎖されてからは、各地の神殿は廃屋として放置されている」

 信者はほとんどいないが、神殿跡を見回るように各国、公国、自治州に連絡したと返信していた。

「その返信は先ほど読んだ。公国や自治州にも伝書を送っているのか」

 遣い魔は使えないが、距離的に近い学院から伝令に持たせて送っているのだと話した。

「異端の警戒も同様にした。わたしが学院長になってからは、重要な情報は、大陸全土に行き渡るようにしている」

 最初各国の学院は渋い顔をしていたが、魔力の強い特級が少ないカンダオンをはじめヴィルヴァの魔力でなければ鎮化できない『災厄』や起動できない算譜などがあるので、みんな頭が上らないという事情があった。

「内政には干渉していないので、学院の決まりには抵触しないと思っている」

 イージェンが仮面の顎を引いた。

「学院のないところにそうやって顔を出したり伝書を送ったりすることは意味がある。今回南方大島が啓蒙されてしまったことも、そうした警戒がなかったからだ」

 南方大島には警戒に行かなかったのかと尋ねられて、ヴィルヴァがうなずいた。

「もともと南方大島については、三の大陸のアランテンス様からイメイン様に石板の面倒だけでも見てくれと依頼があって始めたので、支配的には三の大陸の領分という見解がある」

 アートランが険しい瞳をヴィルヴァのほうに動かした。

「それについては三の大陸では別の見方をしてる」

 南方大島の先祖は、三の大陸で反乱を起こし負けて流れ着いた軍人たちだ。その軍人たちと一緒に大勢の難民も逃亡していった。今でも三の大陸からの流浪民が海流に乗り、流れ着くこともあるらしいという噂もあるくらいだ。だが、領分としてはもともとは中立地帯であり、距離的に言えば一の大陸が面倒を見るところだとしているのだ。

「一の大陸としては、食料などを狙ってカーティアに仕掛けてくるので、領分とするには、戦争で負かすことが前提と思っているようだ。つまり、どこの大陸も自分の大陸の領分としての責任はないと考えていたというところだろう」

 まさに間隙だったのだ。イージェンが苛立った。

「その隙を衝かれ、島はすっかり啓蒙されてしまった」

 アートランが折りたたんだ紙の束をイージェンに差し出した。かなりの枚数があったが、受け取ったイージェンがあっと言う間に目を通した。

「俺も同じ意見だ。無理やり引き剥がすしかない」

 アートランがそっぽを向きながら顎を引いた。

「アートランの報告によれば、今島に残っている島民は全てテクノロジイを受け入れている。ワァアクも、単純作業だが、割り振られていて、子どもたちのほとんどが新都の育成棟に集められて、テクノロジイを教育されている」

 大人も若いものは育成棟での啓蒙を受けていて、食料プラントや工事現場では、子どもたちの親がワァアクに加わっているという。年寄りは新都近くに集められていて、配給の食事を与えて、風土病の治療に当たっている。食料プラントは島民の全食料をまかなうところまで生産量が上っていたが、バレー・アーレの生き残りやキャピタァルからの転属者が増えてきたので、今後もプラントを増やしていくことになる。それまではある程度キャピタァルからの輸送に頼ることになるらしい。

「南ラグン港にいると、かなりの情報が取れるけど、リィイヴたちの小箱ならもっと詳しくわかるんじゃないか」

 話していたアートランが隣の赤ん坊に髪を引っ張られ、嫌そうに顔をそむけながらヴィルヴァを睨んだ。

「だから、姫様に預けろって言っただろ」

 ヴィルヴァがフンと赤ん坊を反対側の腕に抱きなおした。今度はあうあうと声を上げながら書棚の本を触ろうと身を乗り出した。呆れたイージェンが手を振った。

「ヴィルヴァ、預けてこい」

 ヴィルヴァがむっとしながら窓を開けてひょいと飛び出た。

「なんでヴィルヴァは怒ってるんだ」

 イージェンがアートランに仮面を向けた。アートランがさあととぼけた。

 ヴィルヴァが食堂に戻るとティセアたちは厨房で後片付けをしていた。廊下から顔を見せた。

「イージェン様が預けろと」

 赤ん坊を差し出した。ティセアが両手で抱きかかえ、胸元に引き寄せると、赤ん坊は嬉しそうに笑った。

「なんという名だ」

 優しい眼で見下ろしてティセアが尋ねると、ヴィルヴァが子どもの名前を聞いてこなかったと気づいた。子どもの名前は、よほど学院や宮廷に近いものでない限りは親のつけた名前にする。

「ラトレル」

 どうせ自分が親代わりだと名前をつけてやった。

「よろしく」

 少しもよろしくという気持ちが感じられない言い方で、さっと身を翻した。

「かわいいなぁ」

 ヴァンが薄紅色で丸い頬をつんと突付いた。抱いてみるかと渡そうとしたら、ラトレルがいやいやしてティセアにしがみついた。

「嫌われちゃったか」

 ヴァンがやれやれと頭を掻いた。セレンがティセアに後はやりますと椅子に掛けているよう勧めた。

「そうか、後で甲板で陽浴びでもさせよう」

 敷物を用意してくれと頼んだ。

 ヴィルヴァが船長室の隣部屋に戻ると、一息入れようと茶を配っていた。温めだったが、イージェンが入れたので香り高く味もよかった。

 イージェンがひととおり飲み終わったのを見て話し出した。

「ヴィルヴァ以外にはティセアがさらわれた経緯と理由がわかっていると思うが」

 ヴィルヴァに説明しようと言いかけたとき、アートランが遮った。

「学院長には後で俺が説明しておく」

 イージェンがそうかとどこかほっとしたような感じで了解した。

「ティセアの腹の子のことだが…」

 しばらく途切ってから、産むことにしたとつぶやいた。

「テクノロジイで出来た子どもなど許すわけにはいかないと思ったんだが、レヴァードにどんな出来かたでも命には変わりないと言われて」

 触れるとすでに命の粒が感じられ、とても始末できないと思いなおした。身籠っていると知って、ティセアも喜んでいると話した。

「でも…その、どうやって妊娠したかって話したの?」

 リィイヴが戸惑った。

「いや、この船に来る前に抱かれた男…ウティレ=ユハニのリュドヴィク王の子どもだと思ってる」

 イージェンが少しうつむいた。

「そう思わせておく。ティセアが産む子は誰の種でも俺の子だ、ふたりの間ではそういうことになっているから」

 前もそうだったのでそれについてはそれでいいのだが、それよりも、他の学院に対して隠しておきたいと話した。

「いいんじゃないか、それで」

 アートランが窓の外を眺めながら素っ気なく同意した。ヴァシルが袖で涙を拭った。ルカナやエアリアは言いようもなくて黙っていた。ヴィルヴァが顎に拳を当てて聞いていたが、窓の縁に寄りかかった。

「テクノロジイで出来たことがどうこうではなく、あなたに妻子がいることがまずいと思うが」

 アートランが呆れた目を向けた。レヴァードがヴィルヴァを見た。

「いろいろ事情もある。『決まり』なんてヒトの作ったものじゃないか」

 そんな固いこと言わないでもと言うと、ヴィルヴァが黒い瞳でレヴァードを睨み付けた。

「学院の『決まり』には意味がある。それを無視してばかりでは学院を統率できないと言っているんだ」

 イージェンが仮面を向けた。

「許せないか」

 ヴィルヴァが険しい眼で仮面を見つめた。離れていても、五大陸総会のときのように激しい感情が伝わってくるようだった。

「学院に所属する前ならばともかく、今は学院の頂点にある方だ。隠し通せばいいというものではない」

 重苦しい空気が一層険悪になった。イージェンも当分は『ふたり』をカーティアにでも預けるしかないかとあきらめかけた。

 アートランがヴィルヴァの顔を下から覗き込んだ。

…やきもちはみっともないぜ。

 ヴィルヴァにだけ聞こえる声で話しかけた。

「ふざけるな」

 ヴィルヴァがにらみつけた。

「ははっ、自分でわかんないのかよ」

アートランがばかにしたように笑った。

「なんだ、密談か」

 イージェンが不愉快そうにふたりを見回した。

「今のは学院長としての建前だってさ。しっかり隠し通してくれればいいって」

 勝手に言われて、ヴィルヴァが眼を剥いてアートランの腕を捕まえようとした。アートランがさっとその手から逃れた。

「きさま…」

 自分よりも魔力が上だからしかたないかと手を引っ込めた。イージェンがヴィルヴァに頭を下げた。

「すまない」

 ヴィルヴァが眼を逸らした。

…そんな情けない姿見せないでくれ。

 ヴィルヴァが心の中で女のために頭を下げるところなど見たくもないと嘆いた。読み取ったアートランがくくっと笑った。

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