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第283回   イージェンと罪深き島(上)(2)

「な、なんだ!」

 ラスティンは、何が起こったのかわからず、周囲を見回した。

『副主任、何か侵入したようです!』

 助手が呼びかけたそのとき、ラスティンの目の前にぼおっと光る小さなヒトの形が現れた。

「な…なんだ…な…」

 子どものようなそのヒトの形はラスティンの胸に手のひらを当てた。

「動くな」

 ラスティンはその子どもの声に動けなくなってぶるぶると震えながら立ちすくんだ。子どもは、保管庫を開け、残っていた別の透明の入れ物を携帯保管箱に入れ、残りの皿は全部床に落とした。箱の紐を肩にかけた。

 そして光る全身から激しい電光が無数に飛び散った。電光は部屋中のあちこちに突き刺さるように飛び、天井や壁や機器、硝子窓などに当たって、破壊した。

「わああっ!」

 上から見ていた助手があわてて逃げようとした。ヒトの形から光の針が飛び、壁を突き抜けて助手の全身に突き刺さり、助手は声もなく倒れた。

 部屋はたちまち火の海となり、その真ん中でラスティンが動けずにただ震えて立っていた。

…逃げなければ…焼け死ぬ…?…いやだ、おれは…

 こんなところで死ぬわけない。これからなんだ、これから。

 水色の長衣やズボンに火がついた。いつの間にか子どもの形をした光は消えていた。急に身体から動くようになった。

「あちちっ!ちっ!」

 火を叩いて消そうとしたが、消えない。

「消化は!作動しないのかっ!」

 天井の消火設備は破壊されていた。急いで部屋を出ようとしたが、扉がひしゃげていて、その隙間は狭く、出られない。オペレェション室から出ようとしても壁は崩れていて無理だった。小箱に向かって叫んだ。

「おい!助けてくれ!保管室だ、保管室に閉じ込められた!」

 艦橋から返事が来た。

『今行きます!』

 艦底で作業していた作業員たちが消化器を持ってやってきた。扉が変な曲がり方をしてしたため、電動器具で切り開けなければならず、手間が掛かってしまった。ようやく開いて消化作業に掛かったとき、ラスティンは部屋の隅に倒れていた。のたうちまわって火を消したようだが、煙を吸い込み、火傷もかなり酷く、意識不明だった。至急に港の医療棟に運び込まれ、心肺停止状態からなんとか蘇生したが、意識不明のままだった。

 事故発生と聞いて現場に駆けつけたトリストは、マリィンの保管室のありさまに茫然となった。

「…こんな…」

 保管室はめちゃくちゃに破壊され、火災で煤けていた。保管庫も扉が開いていて、中身がなかった。落ちて割れたのか、床が黒ずんだ機器や割れた硝子器具などが散乱していた。

「原因はなんだ」

 マリィンの艦長が首を振った。

「わかりません、ただ、保管室の認識盤が何かで叩き壊されていました、その後、ここでなにかが破裂し、火災が発生したようです」

 トリストが艦長を平手打ちした。

「なにかじゃわからん!きちんと調べろ!」

 艦長がはいとうなだれた。よろよろと保管庫に寄り、その周辺を見たが、煤がたまっているだけだった。

「検体が…」

 イージェンの精液はじめ、細胞組織などすべてだめになった。こうなったら、返してしまったあの女を奪い返すしかない。

 トリストはモゥビィルで新都に向かった。

 エヴァンスに連絡を取った。展望室にいるというので、登って行くと、ソロオンやアダンガルも一緒だった。

「どうしたね」

 エヴァンスがのんびりとしているので、苛立っていたトリストがまくし立てた。

「わたしのマリィン・ラボが火災に合って、ラスティンは意識不明の瀕死状態だし、検体はすべて燃えてしまいました!港の治安はどうなってるんですか!」

 エヴァンスが眉をひそめてため息をついた。

「治安全般はカトルがやっていたんだ。新しい担当たちが慣れないのだからいろいろと不具合もあるんだろうが、マリィン内の火災など君のラボの問題じゃないのかね」

 トリストが青ざめた顔を伏せた。

「検体の損失が痛いです。カトルが返してしまった女を奪回してください」

 エヴァンスがうぅむとうなった。アダンガルが尋ねてよいものかどうかと迷いながら尋ねた。

「なんですか、カトルが返した女って」

 エヴァンスが君には関係ないといつものように返事したが、アダンガルが食い下がった。

「教えてください、難しくてわからないかしれませんが、ラスティンが瀕死だというし、ただならぬ事態ではないのですか」

 ソロオンがやめるよう腕をひっぱった。

「アダンガル様」

 エヴァンスが顎に手を当てて考えていたが、こちらへとモニタァのところに来るよう示した。アダンガルがモニタァを覗き込むと、ひとりの女が横たわっている胸から上だけの画像が表示されていた。肩口があらわになっていた。目を閉じていて、年は自分と同じくらいか、銀髪の美しい女だった。気高い感じで整いすぎているくらいの顔立ちだ。

「この女、誰か知っているかね」

 エヴァンスが画面を指した。後ろからソロオンも見ていた。アダンガルが首を振った。

「いえ、知りません」

 後ろでトリストがかなりいらいらしているのがわかった。

 カトルが魔導師と思ってこの女を捕獲し、ある実験をしたのだが、実は普通のシリィの女だったので、カトルがラボから奪って、返してきてしまったのだとエヴァンスが説明した。どこで捕獲したのか尋ねると、あの船だと言う。

「わたしがいたとき、船にこの女はいませんでした。最近来たのでしょう」

 いろいろなヒトが出入りするのでと話した。

「何の実験をしたのですか」

 エヴァンスが難しい顔をしたが、それは君にはわからないことだと話を打ち切った。

 トリスト、ソロオンたちと打ち合わせがあるので、下で学習しているようにと言われ、お辞儀して下がった。

 部屋に戻ったアダンガルは、タァウミナァルを立ち上げて、広報ファイルというものがいくつか届いているのに気がついた。いつもはソロオンが、見るものと見なくてもよいものを選んでくれるのだが、全部開けてみることにした。

『アーレ・バレーのフェロゥ(研究員)は、新都から各配属先に移動』

『ラカンユゥズィヌゥ・ユラユオウム発電量、二〇プウルサン出力増、新都での電力消費量増に対応』

『東アサンブル地区の舗装工事開始、キャピタァルから輸送されてきた大型転圧車の組み立て完了、配備のこと』

『警報、カトル助手、帰島、その後逮捕され、キャピタァルに移送されることとなった。ピラト、バイアス両名も同様。三名はアンフェエル作業場転属、以上』

 カトルたちは捕まり、キャピタァルに送られたのだ。アンフェエル作業場を検索すると、最終廃棄物処理場となっていた。いずれにしてもよい仕事場ではなさそうだった。

 あの女、どんな実験をされたのか。

 少しさかのぼって広報ファイルを探してみた。

 警報となっているものをいくつか見ると、カトルがレヴァード医療士とともに検体を強奪、プテロソプタで逃走中、その後、北ラグン港からアンダァボォウトにて島を脱出。港副主任ピラト、堰水門工事現場副監督バイアスの両名は逃走を黙認した疑いにより拘束したとあった。

「…レヴァードが…」

 もしや、レヴァードがどこかの港の娼館で見初めて船に連れて帰ってきた女かもしれない。あんな気品のある娼婦など滅多にいないだろうが、落ちぶれた貴族の娘が身を売ることもある。拉致されて奪い返しに来たのか。それならヴァシルか誰かが一緒だったのでは。

「アートランはティケアに向かった俺を追っていただろう」

 広報ファイルの他に、研究計画ファイルというものがあり、その中にトリスト大教授署名のものがあった。

…俺のクォリフィケイションというもので開くか?…

 ファイルの開封鍵欄にクォリフィケイションを入れると、開いた。

『素子研究、ファーティライゼーション計画』

 それによれば、バレー・アーレで採取した素子の精子を使い、素子誕生を実験するというもので、キャピタァルでのインクワイァ卵子による受精実験が失敗したので、素子同士でないと受精できないのではという仮説を立てて、地上で女の素子を捕獲するミッションを展開する予定。協力を求むと書かれていた。

「ファーティライゼーション…人工授精、採取した精子と卵子を体外で受精させること、そののち、母体となる子宮に挿入、着床、成長させ、出産させる。または、子宮内の卵子に直接精液を注入、受精させること…」

 この実験をあの女にしたのか?

 『営み』をせずに、子どもができるということのようだ。たしか、インクワイァはみんなこうして生まれると聞いた。

「あの女、身籠っているのか」

 知らない男の子どもだ。自分の身体に何をされたかわからないだろう。もし、レヴァードの女だとしたら、なんと気の毒なことか。

…おじいさまが、これを許可したのか…

 そういえば、研究について話したときに、研究することに価値があるのだから、どんどん推進すべきだと話しているのを聞いた。価値があるのかもしれないが、研究に使われるものの身は関係ないのかと悲しくなった。

 旧都の汚水処理についてという報告書があったので、開いてみた。ずらっと並んでいる数値についてはまるでわからなかったが、動画が添付されていたので、再生してみた。旧都近くの水路の様子が映し出され、調査員の声が入っていた。

『汚水処理場用の高濾過膜が不足しているため、昨年夏から低レェベェル濾過しかできていません。そのため、この地区での水質の汚染が進んでいくと思われます。なお、水質は類推数値にて判定しましたが、土壌の汚染数値は該当デェイタがないので判定不能、周辺の動植物への影響も調査不能』

 新都の処理能力を優先すると結んでいた。画面には、水路や河岸などが、白い泡がぶくぶくと浮かんでいて、泥がねっとりとしている。泥から生えている水草は腐ったような色をしていた。

 訪問音がした。確認するとソロオンだった。開けていたファイルを閉じてから入室許可を出した。

「遅くなりました」

 ソロオンが小さく頭を下げながら近付いてきた。画面になにも表示されていないので、首を傾げた。

「ジェネラル(一般知識)を学習されていたのでは?」

 アダンガルがジェネラル(一般知識)の学習過程を開きながらしらっとした。

「少し休んでいた。今しがた立ち上げたんだ」

 アートランのこと、聞いてくれたかといきなり尋ねた。ソロオンがはっと目を見開いた。

「いえ、どうもカトルが目を離してしまったときに、行方がわからなくなったとかで」

 カトルが他に転属になったので、詳細は不明だと言った。アダンガルがボォウドを叩きながら、命じた。

「それで済むのか。わたしの従者なんだぞ。探してこい」

 ソロオンが少しむっとして首を振った。

「それはわたしのワァアクではありませんから」

 アダンガルが目を細めて睨んだ。

「だったら、手配しろ」

 ソロオンが不満そうな顔で出ていった。

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