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第281回   イージェンと策謀の大陸《ティケア》(4)

 三の大陸北の大国ランスでは、国王の愛娘トリテア姫と二の大陸の大国ウティレ=ユハニの国王従弟カイルとの婚姻を進めてきた。しかし、ここに来てウティレ=ユハニが異端の攻撃を受けて王都が壊滅したという報せが入り、学院と宮廷で意見が分かれてしまった。

 学院はこのまま軍事協定も含めた政略結婚を進めるべきとし、宮廷は王都壊滅など稀な被害を受けた国とそのような関係をもつべきでないとしていた。

 学院長サディ・ギールは、三代の国王に仕え、宮廷への影響も大きかった。他の学院は宮廷の人事までは口出ししないのだが、サディ・ギールは、各省の執務官まで事細かに目を通し、ときには大臣の挿げ替えすらすることがあった。

いつもなら学院の言うことに反対するものはいないのだが、今回ばかりは王立軍大将軍である国王の次男リゼイルが異を唱えたのだ。その異に賛同する大臣たちが何名か出たのである。

「殿下、異端の攻撃は『災厄』です。いかなる軍隊であっても防げるものではありません。しかも、学院であっても対抗できなかったでしょう。ウティレ=ユハニの失態ではありません」

 御前会議で、副学院長がサディ・ギールの代わりにリゼイル大将軍を説得していた。リゼイルは首を振った。

「それは充分わかっているが、勢いをつけたいときに、『災厄』だろうがなんだろうが、国力を落とした国と軍事協定はない」

 王都が壊滅となれば、人的被害も大きいはず。王立軍から派兵も要請したいところだったが、とても無理だろう。

「もっと長期的に見ていただきたい。ウティレ=ユハニの国力はこの王都壊滅によって極端に落ちるということはありません。確かに今年は難しいですが、来年以降必ず回復いたしますから」

 財務大臣が発言をと一歩前に出た。

「軍事面での協定とはいえ、姫君の婿殿の故国となれば、王都復興に協力しないわけにはいかないでしょう。そうなると、出したくない金を出すことになりますが」

 副学院長が呆れた。

「そんな器の小さなことを」

 金の出し惜しみで破談にするのかと詰め寄った。ここでサディ・ギールが杖を振り、ひとこと進めると言えば宮廷は従わざるをえない。学院に反して国政を進めることはできないからだ。

 だが、サディ・ギールが杖を振る前に学院からの伝令が、副学院長に紙を渡し、耳打ちした。それを受けて、サディ・ギールにも伝えた。サディ・ギールの皺畳まれた目がかっと開いた。座ったまま、国王の方に顔を向けた。

「陛下、ウティレ=ユハニ王からの伝言として伝書が届いたそうだ」

 サディ・ギールが副学院長に顎をしゃくった。副学院長が一歩前に前に出た。

「ウティレ=ユハニ王より、大海を隔てた三の大陸の王国ランスに申す、貴国より申し出があった第一王女トリテア殿とわが従弟カイルとの婚姻の件、大変申し訳ないが、なかったことにしていただきたい。すでに聞き及びのことと思うが、わが王都が異端の攻撃により壊滅状態で、王族、大公家は言うに及ばず、多くの宮廷や軍部の重鎮が亡くなった。そのため、従弟を婿に出すことができなくなった。どうかこの状況を理解いただき、了解願いたい。なお、破談による慰謝料は、両国学院が協議の上決めていただきたい。以上」

 おうとため息が広がった。リゼイルも一歩前に出た。

「あちらのほうがよくわきまえているようだ。これでは学院も引かざるをえないな」

 リゼイルが挑むような目でサディ・ギールを睨んだ。サディ・ギールがフンと鼻先で笑い、腰を上げた。

 学院に戻ってきたサディ・ギールたちは、学院長室で、茶を飲んでひと息入れた。

「ユリエンは、王都壊滅の後も婿入りさせたいと言っていたのにな。国王が反対したからと言って、撤回するとは」

 深い皺の中に埋もれている眼をしばたたいて、なんと不甲斐ないとサディ・ギールが不愉快そうに茶を飲み干した。副学院長もやれやれとため息をついた。

「とんだ恥掻きでした。リゼイル殿下もそれみたことかとでも言いたげで」

 ウティレ=ユハニから思い切り慰謝料を取ってやれとサディ・ギールが薬草の根をしゃぶった。副学院長が伝書に目を通していた。

「アダンガルはまだ見つからないそうですが」

 ドゥオールのゾルヴァーからの伝書だった。いよいよ老王が危ういということと、ヨン・ヴィセン王太子が訪問してきたことが書かれていた。

「あのふしだら女が隠しているのだろう」

 サディ・ギールは学院の決まりにはとても厳しかった。魔導師が男と通じて孕むなど、とんでもないことだった。ましてや学院長という重責にありながらだ。しかもアリュカはふたりめも産んだというのだ。

「セラディムとしては、母親をごまかして、即位させる気では」

 大胆ですねと他の魔導師が呆れた。

「いや、儂であっても、そうするだろう。ヨン・ヴィセンを国王にするくらいならな」

 たとえ凡庸であったとしてもかまわないが、誠実さのない国王には誰もついてこない。国王の血筋であることは確かなのだから、母親の身分をごまかしてもと思うくらい、アダンガルの有能さは抜きん出ている。サディ・ギールから見れば、聡すぎて操りにくいくらいだ。

 異端の監視を強めるようにという大魔導師の伝書を回し読みした。

「ヴラド・ヴ・ラシスが事情を流しているといっても、手引きするとは思えないが」

 サディ・ギールがうなった。副学院長も箱でのやりとりと二の大陸での異端攻撃は別でしょうと同意した。

「ヴラド・ヴ・ラシスの詰所頭にそれとなく釘を刺しましょうか」

 副学院長の隣にいた魔導師が提案した。サディ・ギールが首を振った。

「いや、もう少し様子見だ」

 副学院長がヴラド・ヴ・ラシスを見張らせますと了解した。

「北海岸沿岸とアラザードとの国境の山脈の警戒を強めましょう。異端監視と称すれば、国境に軍備を増強するのに好都合です」

 サディ・ギールがうむとうなずきながらも、慎重に進めるようにと注意した。

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