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第276回   イージェンと南海の嵐《スュードゥヴァンテ》(下)(2)

『空のバトゥウシエル』では、カーティアから魔導師がなかなかやってこないので、ヴァシルが南方大島に向かうことができずに困っていた。リィイヴが落ち着かない様子で尋ねた。

「緊急って書いたの?」

 ここから王都には一日半程度で遣い魔が着くはずなので、そろそろ着くはずだった。

 ヴァシルが戸惑っていた。

「すぐに来てくれとは書いたけど…」

 理由は書いていないというのだ。

「ティセア様のことは内緒だから、書けなかったので」

 リィイヴがダルウェルは知っているはずだと話した。

「多分だけど…」

いずれにしても追って遣い魔を出すには時期を逸してしまっていた。到着を待つしかないのだ。アートランがなんとかしてくれることを願うしかない。

 ヴァンは気を紛らわす意味もあるのか、レヴァードの代わりに甲板拭きをやっていた。セレンもリュールとウルスの世話をしながら、手伝っていた。

 ティセアがさらわれてから、三日経った。今日もカーティアからは誰も来なくて、四晩目を迎えてしまった。

「師匠に伝書が届いているかどうかもわからないし」

 ヴァシルがげっそりとしていた。気持ち的に参っているのだ。ずっと寝ないで見張っているので余計に消耗しているようだった。

 リィイヴは、夜中甲板に座っているヴァシルにゆっくりと入れた茶を持っていった。差し出すと、少しほっとした顔で受け取った。

「ありがとう」

 丁寧に茶碗を持ち上げて、口に含んだ。隣に座って、同じように飲んだ。

 夜空を見上げると、満天の星がまるで降るように輝いていた。

「リィイヴは師匠と友だちになったから、テクノロジイを捨てる気になったの?」

 ヴァシルがぽつりと尋ねた。リィイヴがちらっとヴァシルの横顔を覗き込んだ。

「そうだね、きっかけはイージェンと友だちになったからだけど、もう少しで殺されるところだったから、逃げてきたっていうこともあるね」

 でもと茶を飲み込んだ。力が広がっていくような気がした。

「空が好きなんだ。昼の空も夜の空も…。このキレイな空をずっとキレイなままにしておくためには、テクノロジイは捨てるべきだと思うんだ」

 そうなんだとヴァシルが意外そうに首を傾げた。

「ヒトそれぞれ、理由はあるのだろうけど…」

 レヴァードは死にたくないからと言っていた。それにしても、今だに異端と一緒にいることが不思議なのだと正直に話した。

「ぼくもシリィと友だちになったり…恋人になったりって不思議だよ」

 ヴァシルがかっと赤くなった。その様子を見てリィイヴが茶碗を甲板に置いた。

「エアリアのこと、怒ってるんだよね」

 ヴァシルがしばらく黙っていたが、やがてぽつっとつぶやいた。

「レヴァードに、ヒトそれぞれだから、あなたがたに押し付けるなと言われたし」

 茶碗の縁を指先で辿っていた。

「それに、師匠も…」

 空を見上げてふうとため息をついた。はっと目を見開いて、立ち上がった。

 風が吹き降りてきた。とっと音がして灰緑の固まりが甲板に降り立った。

「やっと来た!」

 ヴァシルが駆け寄った。灰緑の頭巾を後ろに落とし、顔を見せた。

「ルカナ、もうエスヴェルンに戻ったかと思った」

 ルカナは、エスヴェルンの第四特級魔導師だ。人手の足りないカーティアに派遣されてきていた。ダルウェルが着任したので、帰らなければいけなかったのだが、イージェンがもう少し手伝ってくれと留めていたのだ。

緑の丸い目をくるっとさせた。

「なかなか大変なのよ」

 まだ帰れないわとため息をついた。

「学院長様が心配してるわ、詳しく書いてなかったし」

 ヴァシルがすぐに出るからとリィイヴをせかした。リィイヴが船室に駆けていった。

「ここで遣い魔を受け取っててくれ。わたしはすぐに南方大島に行くから」

 ルカナがはあと首を傾げた。

「ちょっと、何が起きたのか、わけくらい話していきなさいよ」

 ぎゅっと腕を握った。

「詳しく話してる暇ないんだ」

 ヴァンかカサンから聞いてくれと言っているとリィイヴが支度をして出てきた。

「早く行こう」

 リィイヴがヴァシルに駆け寄った。ヴァシルが抱えて飛び上がろうとしたが、留まった。

 リィイヴを離して手すりに駆け寄り、真っ暗な海を見つめた。

「…海中船が近づいている…」

 シュッと姿が消えて、海の中に飛び込んでいた。

「ヴァシル!」

 リィイヴが落ちんばかりに身を乗り出して海面を見つめたが、もとより何も見えない。

 ヴァンとカサンが起きてきた。

「魔導師、来たのか」

 ヴァンが、リィイヴが手すりから落ちそうなので肩口を引っ張った。

「危ない」

 リィイヴが海面を指差した。

「アンダァボォウトかマリィン、近付いてきてるって」

 暗くてよくわからないが、海面が波立っていた。やがて、膨れ上がり、ヴァシルが飛び出てきた。その後から黒い船体が見えてきた。

「アンダァボォウトか」

 カサンも身を乗り出した。ルカナも覗き込んで驚いた。

「異端の船?!」

 ルカナが左手に光の弓を出して、矢をつがえる格好をすると、右手に光の矢が出てきた。

 海上に出てきたアンダァボォウトの蓋が開いて、中からヒトが出てきた。ルカナが矢を放とうとしていた。

「待って!あれは!」

 リィイヴが怒鳴った。下から照らす明かりで顔がわかった。カトルだ。

ヴァシルがシュッと飛びついた。

「よくもティセア様を!」

 素早く首を締め上げた。

「お、おいっ!…まっ、がぁっ…」

 カトルが抵抗したが、びくともしない。

「待て、ヴァシル!」

 足元から声がした。下を見たヴァシルが丸い穴の底のレヴァードに気が付いた。

「レヴァード!?」

「ティセアはここにいる!そいつ、放してやってくれ!」

 ヴァシルが首から手を離したが、そのまま持ち上げて甲板まで飛び上がった。後ろ手にねじり上げ、ルカナに抑えているよう渡した。

「おい、放せっ!」

 カトルが身体を振ったが、びくともしない。こんな小柄な女にと目を剥いた。

ヴァシルはアンダァボォウトの中に飛び込み、ティセアを両手で抱え上げ、レヴァードに抱きつかせて、甲板に上がった。

「ティセアさま!」

 ヴァンが駆け寄ってきた。

 …術衣着てる…

 やはり検体にされたのかとリィイヴが青ざめた。

 レヴァードが、ヴァシルにベッドに寝かせようと背中を押し、ヴァンに湯を持ってきてくるよう頼んだ。

 ルカナが唖然として船室に入っていくのを見送りながら、つぶやいた。

「ちょっとぉ、このヒトどうするのよ」

 カトルが肩越しに見下ろした。

「抵抗しないから放してくれないか」

 ぎろっと睨まれてルカナが睨み返した。側にいたリィイヴに頼んだ。

「リィイヴさん、ヴァシルに聞いてきてくれない?」

 リィイヴがうなずいて後を追った。

 ティセアの部屋に入ると、レヴァードが衣装箱を開けて肌着やら胴衣を出していた。かなり小さめだが、ほかにないのでエアリアのものを少し借りていたのだ。

「着替えさせたいんだ」

 マシンナートの服など着せておけないからと言うと、ヴァシルが顔を赤くして反対した。

「男が着替えさせるなんてとんでもない!」

 リィイヴがあのと声を掛けた。

「ルカナがカトルをどうするのか、困ってるけど」

 ヴァシルがはっと思い出した。

「ルカナにさせますから!」

 きっと目を吊り上げて出ていった。

「ルカナって…?」

 レヴァードが首を捻るとカーティアから来てもらった女魔導師だと説明した。

「レヴァードさん…いったい何があったんですか…」

 レヴァードが険しい顔でティセアを見つめた。

「後で話すから、待ってくれ」

 リィイヴは、少なくともティセアの拉致にレヴァードがかかわっているのではないとわかって、ほっとした。そして疑って悪かったと、真剣な様子のレヴァードにわからないようにあやまった。

 ヴァンとカサンがたらいと湯を持って来た。

 ルカナはわけがわからないまま、ティセアの身拭いと着替えを終え、水色の術衣を持って、甲板にやってきた。

「…あら?…」

 いつのまにか誰もいない。気配を手繰ると、食堂に移っているので、ずんずんと大またで向かった。

「移動するなら言ってよ、もうっ」

 文句を言いながら、食堂に入った。真ん中にカトルを縛って座らせていた。

「俺は帰る、縄、解いてくれ」

 レヴァードが首を振った。

「帰らないほうがいい、あのヒトは所詮、スクゥラァ、パリスの『係累』なんだ。失敗したり逆らったりしたら、容赦なく切り捨てる」

 スクゥラァとは、インクワィアの中でも特に議長や議員を多く出している『係累』のことだ。カトルがああと同意した。

「そのくらいわかってる。でも、俺が出頭して説明すれば、部下たちの責任でないことはわかってくれるはずだ」

 リィイヴが縄解いてとヴァシルに言った。ヴァシルが縄を解き、立たせた。ルカナが術衣をカトルに差し出した。

「あのヒトの身体になにか針みたいな細いもの刺したの?」

 腕や太股に小さな穴がいくつも開いていたときつく尋ねた。カトルが戸惑った顔で術衣を受け取った。

「点滴の針の痕だと思うが…」

「点滴って何なの」

 リィイヴがレヴァードと顔を見合わせた。ヴァシルも心配そうな顔をしている。リィイヴが口を開いた。

「大魔導師さんからテクノロジイについては、エアリア以外には話さないようにって言われてるんだけど…点滴っていうのは、先に穴の開いた針を血管に刺して、栄養剤とか薬とかを血液に注入して身体に入れるものだよ」

 何入れたのかとヴァシルが青ざめた。

「麻酔薬、脱水症状を防ぐための輸液、高栄養液の三種類を入れていた」

 レヴァードが説明した。

「麻酔薬は寝かせておくものだし、それ以外は身体の状態を維持するものだから、心配はいらない」

 ルカナがレヴァードに近寄り、下からじろっと見た。

「あなた、誰?前はいなかったわよね」

 あなたもとカサンを指差した。ヴァシルが後で説明するからと、カトルを甲板に連れて行った。抱え上げてアンダァボォウトの中に入れた。

 蓋が閉まったアンダァボォウトがやがてゆっくりと潜行していった。

 食堂に戻ってから、レヴァードがルカナに、あとひとときほどで目が覚めるから、ぬるま湯を飲ませて、朝になったら、野菜のスゥウプを食べさせて、元気のでる茶を入れてやってくれと頼んだ。

「茶はぬるくして」

 ルカナはまたじっとレヴァードを睨むように見ていたが、ヴァシルがそのようにしてくれと言うのでますますわからないと首を捻った。

「あの女のヒトは、いったい誰なの、もしかしてマシンナート?」

 順序立てて話さないといけないとヴァシルが椅子に掛けるよう示した。

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