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第257回   イージェンと試練の島《エトルヴェール》(下)(3)

 プテロソプタが南に飛び去る途中で、レヴァードが海に落ちていった。プテロソプタから何か発射され、空で光がパアッと広がった。信号弾のようだった。やがてプテロソプタが水面に降りて行くのが見えた。その降りて行く先の水面が膨れ上がっていく。鋼鉄の艦体が見えてきた。

「マリィンか」

 カサンが眼を剥いた。セレンがわあわあ泣き出した。

「ティセアさま…いったい何で連れて行かれたんだ」

 ヴァンが眼を真っ赤にしてセレンを抱きしめた。

「レヴァード、浮いてきてるか」

 カサンが手すりから身を乗り出した。リィイヴがわからないと首を振った。飛び込んで探しに行きたくてもかなり距離がある。そのうち、マリィンに降りていたプテロソプタが浮き上がり、マリィンは潜っていった。プテロソプタはこちらの方向に近づいてきて、途中で留まり、水面に近づいた。縄梯子で誰か降りていき、水面からなにかを引き上げて機内に入れた。レヴァードだろう。そして、そのまま飛び去った。

 甲板で呆然として日が暮れていくのも気が付かなかった。ようやくヴァシルが戻ってきた。セレンやヴァンは膝を抱えて座り込み、カサンとリィイヴも腰砕けのようにへたり込んでいた。ただならぬ様子に眼を険しくして尋ねた。

「どうしたんです」

 リィイヴが何度も首を振った。

「君が、岸に様子見に行っている間に…プテロソプタが近づいてきて、ティセアさんが…連れて行かれた…」

 ヴァシルが驚きのあまり顎をがくがくさせて眼を真っ赤なにして見開いた。

「連れて行かれたって…なんで…?」

 声が裏返っていた。リィイヴがまったくわからないと言うと、ヴァシルが唇を噛み締めた。

「小船の事故もヘンだった。誰も乗っていないし、爆発がすごく大きかった。爆薬でも積んでいたのかも」

 顔を両手で覆い、嗚咽を漏らした。

「また、こんな失敗を…しかも、師匠せんせいの大切な方を奪われるなんて」

 リィイヴがヴァシルの肩を掴んだ。

「おびき出されたんだ、君のせいじゃない」

 とにかく、落ち着いてどうするか決めようと言うと、ヴァシルが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。

 甲板で丸くなって座った。ヴァンが灯りを持ってきて、真ん中に置いた。リィイヴが口火を切った。

「まず、エトルヴェール島のアートランに連絡しよう。マリィンの行く先はわからないけど、プテロソプタはそんなに航続距離はないから、エトルヴェール島からテンダァかアンダァボォウトに牽引されてきたんじゃないかと思う。それにオゥトマチクを撃ってきた青つなぎはカトルじゃないかな」

 大きなオゥトマチクを持っていたし、青つなぎは主任の色だ。ティセアは連れて行かれるとき、ぐったりしていたから、麻酔弾を打たれたのだろう。一度海に落としたレヴァードを引き上げてプテロソプタに乗せていた。レヴァードもエトルヴェールに連れて行かれたのではないか。アートランに、カトルを問い詰めてもらえば事情が分かるだろう。

「カーティアの学院から誰か来てもらいます。ここに誰も魔導師がいないのはまずいですから」

 遣い魔を受け取るものがいないと困るのだという。学院長のダルウェルに来てもらうのが一番だが、難しいだろう。ヴァシルが急いでカーティア宛に伝書を書き、帆柱に停まっている遣い魔を呼び寄せた。次いでアートランに送り、イージェンにも放った。

「ヴァシル、ぼくを連れていって。島の様子、少しはわかってるし」

 建物の中に入るときや島の情報を集めるのに役に立つからとヴァシルを見つめた。ヴァシルが一瞬拒むように頭を振りかけたが、こくっとうなずいた。

「頼みます。それと」

 ティセアの奪回を優先する、レヴァードを助けるのは無理かもしれないので覚悟しておいてくれと頭を下げた。誰も応えなかったが、やむをえないこととわかっていた。ヴァンが震えていた。セレンはずっと泣き続けていて、ウルスがリュールに吠えているのにかまってやれなかった。

「こんなことになるなんて…」

 リィイヴがはあと大きなため息をついた。わざわざこの船から連れ去ったのだ、人質にするのか検体にするのか、いずれにしてもひどい目に会わされるに違いない。

…まさか、イージェンを脅すために?でも、ティセアさんのことは、ここにいるものしか知らないはずだし。

 大魔導師がイージェンだということは、マシンナート側で知るものはいないだろう。アダンガルが口を滑らせたとか、自白剤などを使われたとかという可能性もないとは言えないが、アートランが一緒なのだし、それはないのでは。

 もしやレヴァードが…?

 そんなはずはない。そんなはずは。

 リィイヴは自分の疑念を振り払おうとした。レヴァードとは、以前よりもずっと打ち解け、少し調子が合わないと思ったこともすっかり払拭されていた。そんなことをするとは思いたくない。だいたい、ここに来てから、マシンナートたちと連絡を取り合うような素振りはなかったはず。

…ブワァアトボォウドでとか。

 そうでないと信じたい。

すぐにでも出発したかったが、カーティアから誰か魔導師が来るまで離れることはできなかった。アートランが少しでも探ってくれることを願うしかなかった。


 ミッション遂行前。カトルは、ミッションの計画書をトリスト大教授に送った。トリストからこちらの研究を少しでも早く開始したいので、近くまでマリィンラボを移動させておくと返信が来た。

 北ラグン港に移動し、プテロソプタを海上輸送する浮き板をアンダァボォウトに牽引させる準備をした。港の側には、恋人のアルリカと最後に抱き合ったトレイルがあり、目に入ってしまって、苦しくなった。

 会いたい。

 つらい立場になっていけばいくほど、その想いは強まっていた。頭を振って、その想いを振り払った。

 このミッションは危険だ。死ぬかもしれない。参加する部下たちにとても危険だし、辞退してもいいと話したが、なんとか遂行しようと逆に励まされてしまった。

「もし失敗したら、第一大陸に上陸して探らないといけないかもしれないな」

 タニア議長の命じたミッションは、女の素子を生きて捕獲することだった。それもなるべく早く、エヴァンス指令が『大魔導師』とやらと交渉を開始する前にということだった。素子研究の検体にするのだ。もし、この近くで捕獲するとしたら、リィイヴを船から連れてきた女魔導師しかない。その女魔導師の魔力がどれくらいか、まったくわからなかったが、調べている余裕はない。急襲しかないと決断した。

 テンダァに爆薬を積み、第一大陸の軍港にぶつけ、おびき出す。海上を飛んでいるところを麻酔弾で打ち落とし、回収する。単純だが、船に乗り込もうとしたり、リィイヴを呼び出してみたりと画策するよりも成功率が高いと思ったのだ。

 マリィンラボが予定の海域に到着する時間帯に合わせて、ミッションを開始した。テンダァの爆発後、すぐに船から飛んで行く影があった。その影を上空のプテロソプタからオゥトマチクの望遠照準器で捉えた。

「…灰色の外套…」

 頭巾はしていない。髪が見えた。

「…違う…あの女じゃない」

 薄茶色の短い髪だった。あの女は銀髪だった。

 どうする。

 てっきり、あの女魔導師が出てくると思っていた。茶色の外套は遠ざかって行く。船の上に望遠照準器を向けた。

「いた…」

 甲板上に長い銀の髪の女が立っていた。

『船上に急降下、催涙弾用意』

 女の胸元だけを見て麻酔弾を発射した。カトルの射撃の腕は優れている。正確に狙ったところに当たり、女がうずくまった。

 麻酔が効いたのだ。かなり強力な麻酔薬だが、それでも効かない素子もいるということだったのでまずは胸をなでおろした。

『催涙弾発射』

 隣に構えていた部下が発射し、甲板に落ちて、白い煙を吐き出した。その白煙の中を二名が降りて行き、女を吊り上げ担架に載せた。

「なにするんだ!やめろっ!」

 近くで男の声がした。シリィの男が煙にむせながら女を奪い返そうとして腕を振り回している。構わず担架を引き上げるよう合図した。ふたりも縄梯子をのぼっていこうとすると、男が飛び掛ってきた。

「やめろっ、返せっ!」

 縄梯子の端に掴まり、そのまま引き上げられていく。

『カトル助手、シリィの男がぶらさがっています』

 カトルが駆け寄ってくるリィイヴたちに気が付いた。素早くオゥトマチクを替えて近寄らないように足元に向かって威嚇射撃した。その間にプテロソプタは船から離れていった。途中シリィの男に向けて麻酔弾を撃ち込み、海に落とした。

『信号弾発射』

 カトルが命令すると、プテロソプタの副操縦席の行法士が手元の釦で発射した。信号弾が空中で光り、ほどなく海面が盛り上がってきて、マリィンが頭を出した。降下していくと、丸蓋が開いて、中から何人か出てきた。さきほど捕獲した女を乗せた布担架をゆっくりと下ろしていく。出てきたものたちが受け取り、中に入れた。

『すぐに戻る、待機していろ』

 縄梯子を降ろしカトルも降りた。マリィンの中に入り、担架の側にいたトリストに近付いた。防護兜を取り、お辞儀した。

「ミッション完遂しました。認証マァアク下さい」

 トリストがちらっと担架の中を見た。

「ご苦労だった」

 トリストが小箱を出した。カトルも出し、無線通信で認証マァアクをもらった。担架を見ないようにしてさっと頭を下げ、外に出た。

…魔導師なんだから、いいよな、ヒトじゃないんだし。

 リィイヴを連れてきたときにちらと見たが、まだ少女の年のようだった。何の研究かは聞かせてもらったが、ファーティライゼーション(人工授精)というより、まるで『養殖』か『培養』をするような言い方だった。不愉快でたまらなかったが、ありえない力を使う怪物だ、『ヒト』ではないのだと言い聞かせた。

プテロソプタに戻り、マリィンから離れた。マリィンはすぐに潜行していった。

『さっきのシリィ、拾えれば拾おう』

 カトルが指示し、方向を南に取った。落ちたあたりを見下ろすと、浮いている。縄梯子を降ろして、引き上げた。

 びっしょり濡れていたが、麻酔弾を打ち込んだので、意識を失い、水を飲んでいない。

『脈も呼吸もあります』

 医療機器がないので、詳しいバァイタァルは取れないが、大丈夫そうだった。部下のひとりがタオルで水を吸い取ってやっていたが、胸元に何か硬いものがあると探った。

『カトル助手、これ…』

 取り出して見せてきたのは、ブワァアトボォゥドだった。

『まさか、こいつ…』

 本人のものなのか。

『インクワイァ…』

 リィイヴと同じようにシリィになるというのか。島に戻って後ろに書かれている番号を調べれば誰かはわかる。ただし、カトルのクォリフィケイションでは調べられない。

 外海に停留しているアンダァボォウトが牽引してきた浮き板が見えてきた。静かに着陸し、しっかりと固定して、エトルヴェール島に戻って行った。

…シリィになる…なんて…

 カトルは、ありえないと床に横たわっている中年の男を見つめた。

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