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セレンと黄金の戴冠式(1)

久々です。こちらではぽつぽつと更新しています。

 中原の国エスヴェルンは、春を迎えていた。季節はもちろんのこと、王室での祝い事が近いことで、国中が沸き立っていた。

 若く賢明で健やかな性質(たち)の王太子ラウドは民にも愛されていた。その王太子が、隣国カーティアより妃を迎えることとなり、みな喜んでいた。

ラウドの母妃は国王の従妹で、身体が弱く、ラウドを産んでからその成長を見ずに亡くなった。国王自身も両親はいとこ同士で、あまり丈夫ではなかった。ラウドも幼い頃は病弱で無事育つのかと心配されていたが、大魔導師ヴィルトの世話の甲斐あって長じてとても丈夫になった。

 以前より王太子妃の候補にあがっていた大公家の息女たちも近く遠くはあってもほとんど王族の親戚だった。そのため宮廷では次代は外の血を入れなければと苦慮していたのである。

 早くから他の王家から迎えることを提案していたのは魔導師学院学院長サリュースだった。西の隣国ルシャ・ダウナの王女を妃にという提案を受け、交渉しようとした。ところが、ダウナ王のひとり娘はまだ六つで婚約するにも子どもすぎるという反対が出た。東バレアス公国の公女は年齢も二十歳すぎており、世継ぎだった。残るカーティアとは、近年戦争はないというものの、実はあまり親密ではない。結局、ダウナ王の王女が成長するのを待とうという派と、王族を諦め、もう少し候補の範囲を広げてはという派に分かれてしまい、調整はついていなかった。

今年に入り、思いがけずカーティアのほうから同盟の話がやってきた。その条件に王女のひとりを輿入れするという話を盛り込んだのもサリュースだった。最初十三歳の第四王女をということで話を進めていたが、急に第三王女に変更したいと申し入れがあった。年はふたつ上だが、南海の真珠といわれるほどの美人と聞き、国王も大変満足し、締結するよう命じたのである。


 早朝ヴィルトとエアリアが立った後、午後にはサリュースもカーティアに向かって出発していった。その夜、ラウドは、父王に即日結納の品を揃えて隣国に向かい、カーティア王に謁見し、婿として挨拶するよう、命じられた。

「妃となる姫にもきちんと挨拶してきなさい」

 そして、小さな木箱を渡した。中を開けるように言われたのであけてみると、青い透明な石が散りばめられた美しい白銀の首飾りだった。

「それは余がそなたの母に婚約の時に贈ったものだ。それを姫の首に掛けてきなさい」

 優しく接するようにと言いつけられ、ラウドは頭を下げて早々に下がった。周りはお祭りのように賑わっていくが、ラウドの気持ちは反対に沈んでいくばかりだった。王太子宮に戻り、木箱を開けて、首飾りを出してみた。掛ける相手がエアリアだったら、どんなにうれしいか。側にいてくれるだけでいい、それ以上はあきらめなければ。そう思えば思うほど、想いは募っていくのだった。

 翌日、結納の品の一部が揃わないが、後で送るという知らせが来た。イリィ・レン護衛隊長の部隊を従え、国境に向け、出発した。伝書官として、第五特級魔導師クリンスが随行していた。ラウドの横で馬に揺られていたクリンスの元に遣い魔がやってきた。筒の中の伝書を開いて読んだ。

「殿下、ヴィルト、エアリア両名、昨日カーティアに到着、学院長も本日午後に王都に着く予定だそうです」

 ラウドはエアリアがセレン捜索に向かったことはわかっていたが、カーティアに行ったことは知らなかった。

「セレンをさらった男、カーティアに入ったのか」

 クリンスがうなずいた。しばらく並足で進んでいたラウドだったが、急に速度を上げた。

「殿下!」

 イリィとクリンスがあわてて追った。

「急ぐぞ! 荷馬車は後からでいい!」

「殿下は何を急いでおられるのだ!」

 イリィがクリンスに怒鳴った。クリンスも首を傾げていたが、思いついて声を張り上げた。

「もしや、一刻も早く姫君にお会いしたいのでは!」

 イリィが顔を輝かせた。

「そうか!」

 ふたりもラウドに追いつくべく鞭を振るった。

 とはいえ、一日速駆けしても国境にも着かない。夜の宿舎を整えることもできず、急な来訪に街道周辺の旅籠はあわてるばかり。宿舎は馬小屋でもいいというラウドにイリィは次第に不安になってきた。どうも、第三王女に早く会いたいという感じではない。また善からぬことをしでかそうとしているような気がしてきた。

「殿下が急ぐ訳が他にあるのでは……」

 イリィがクリンスに相談した。クリンスも昼間の伝書が気になっていた。

「セレンを拉致した男がカーティアにいるとお聞きになって、その後様子が変わられたような……」

「もしや、セレン救出を……いかん! またエアリア殿と危険な行動をするつもりだ!」

 なんとか見失うようなことのないよう、しっかりと見張っていこうと相談し合った。その密談の横をこそりと忍び出て行く影があった。


 セレンは学院に戻る間に眠りにつき、朝までぐっすりと寝ていた。広いベッドの上で目が覚めた。夜着に着替えていて、泥だらけだった顔や身体もきれいになっていた。扉が開いてイージェンが入ってきた。

「どうだ、足は?」

 窪みに落ちて足を怪我したことを思い出した。まったく痛くなかった。イージェンが夜着の裾をめくって、足をさすった。

「大丈夫そうだな」

 セレンがうなづいた。元気がないのに気づいて、イージェンが言った。

「俺は怒ってないから」

 そのまま抱き上げて、テーブルの椅子のところまで連れて行った。朝食が乗っていて、暖かいスープを飲んだ。

「今日は一日のんびりできそうだ、学院内の書庫と調薬庫で調べものだ」

 食事を終えて着替えてから、書庫に向かった。イージェンが途中である部屋の前で立ち止まった。

「スケェィル?」

 部屋札に書かれていた。鍵が掛かっていたが、イージェンには意味のないものだ。開けて入ってみた。室内は暗く、ひやりとしている。円形の部屋の真ん中にかなり大きい白い石の板が置いてある。イージェンが近づくと、ぼうっと光り出した。よく見るとその板には地図が書かれている。カーティアの地図だった。全体が光っている以外はなにも変わったところはない。周囲には書棚が囲んでいて、分厚い書物がびっしり並んでいた。書物は出生記録だった。書棚の一角に扉があり、魔力で封印されていた。開けてみた。書物が並んでいる。一つを引き抜き開いた。

「……素子記録……」

 センティエンス語で、しかも魔力で書かれている。なんという名前で、いつ、どこで生まれ、男か女か、両親は誰で、いつ亡くなって、という内容が書かれていた。紀元初めごろからある。

 素子……これまで読んだ書物の中でも、ところどころにその言葉が出てくるが、詳しく書かれたものはなかった。素子と呼ばれるものがあると、魔力を持って生まれるらしいという程度だ。この記録はすなわち魔力を持つものについてと思われた。最近の年代のものを見つけた。

「アルテル、紀元二九八四年三の月十五の日、女、南バージ州、父ラジナン、母イェナ」

 殺された学院長だろう。四十少し過ぎの女だったということか、年から母を思い出した。生きていたらそれくらいになっていたはずだった。

アルテル含めて十五人。一番若いものはまだ八つだった。全員の死亡日を書き加え、元に戻し、扉を魔力で封印した。

 書庫に向かい、興味を引いた題名のものをひっぱりだして、机の上にどんどん積み上げた。セレンには小さめの机と椅子をもってきて、そこで手習いをするよう言いつけた。

 イージェンの本の読み方の速度は尋常ではない。ゆっくりと楽しみながら読むこともあるが、速読したいときは、頁を開いた瞬間、全て記憶するのである。そのため、短時間で沢山の書物を読破できた。


 午後遅くにフィーリが書類を持って訪ねてきた。エスヴェルンへの破談の文書だった。戴冠式後送達するが、これでいいかと聞かれ、イージェンは投げやりに言った。

「俺に外交文書のことを聞かれてもなぁ、でもまあ、あまり急いで出すこともないんじゃないか」

 もともとこの国の人間ではない。責任を持たされても困ると思った。

「エスヴェルンの学院には静観するように言ってあるが、いつ向こうが強制解除するかわからない。俺も戴冠式後には、南方海岸に行くから、その後のことはそちらでよろしくやってくれ」

 フィーリが驚いて、必死に頭を下げた。

「そんなことおっしゃらずに、もう少しお手助けください。対外的にはまだまだ学院の力が必要です!」

「南方海戦でマシンナートを使えば、その時点でばれたと考えたほうがいい。だいたい、学院とマシンナートは並び立たない。両方をうまく使おうなんて考えないほうがいい」

 フィーリががっかりしたため息をついた。

「もともと味方になる魔導師はいないって前提でやってきたんだろ?たまたま俺が介入しただけで、予定通りに進めればいいことだ」

 むしろ、今後マシンナートを根幹とするならば、自分はこれ以上関らないほうがいいのだ。もっとも本当にマシンナートを根幹とすることができるならばだが。

落ち込むフィーリを返した後、イージェンはしばらくゆっくりと書物に目を向けていた。

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