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第233回   イージェンとエトルヴェールの新都(下)(1)

 アートランは、カトルに二輪のモゥビィルの後部に乗せられ、新都から旧都に向かった。途中の道は、粒の揃った石畳で、それほどぼこぼこしていなかったが、それでもモゥビィルが上下して尻が何度も跳ね上がってしまった。

「カトル様!こわいですよぅ!」

 アートランはカトルにしがみ付いて泣きそうな声を上げた。カトルが大丈夫と笑った。

…やれやれ、『ただの』子どもの振りもけっこうたいへんだぜ。

 新都から遠ざかっていき、声はとっくに使えない距離だったが、アダンガルの気配はしっかり手繰ることができた。おそらく、この惑星ほしの上ならば、どこに行ってもわかる。一〇〇〇〇セルの深海に行ってしまったセレンの気配も弱く細くではあったが、たどることができた。

…これがだれにでも出来ればな。

 自分の体液を粘膜に染み込ませないとできないのが難点だった。それでファランツェリとしたくもない口付けをして、唾液を飲み込ませた。

…アダンガル様…

 心に呼びかけてみた。反応はない。

…だめだよな、ヒトで応えられたのはセレンだけだったもんな。

 呼びかけに応えられなくても、アダンガルとは『同士』のような気持ちでつながっていた。

 異端と化物。うとまれた者同士。

 父親のサリュースですら化物と嫌ったのに、アダンガルだけは、心が読める自分を嫌わなかった。好きになったからとかわいがっていた鳥や犬を食った後にも、かわいそうだからやたらと食べるなと苦笑いして頭を撫でてくれた。たとえ異端の血が混じっているために、身体の『成り立ちの粒』に歪みがあったとしても、あの腐った王宮の中で、まともなのはアダンガルだけだった。

 エヴァンスと会って抱き合ったとき、アダンガルは暖かい気持ちになっていた。ずっと欲しかったものだと心の奥底でうれしがっていた。こればかりは、いくら自分やアリュカ学院長や部下の将軍たちがアダンガルを大切に思っていても与えられない部分なのだ。

 情にほだされて異端を信奉するとは思えないが、エヴァンスは為政者には民が幸せになることなのだと啓蒙している。アダンガルが民を思いやる気持ちが強いことを知ったら、そのあたりを攻めていくだろう。

 アダンガルは啓蒙されないと信じていたが、少し自信がなくなってきた。仮面が心配したようになるかもしれないという予感を振り払おうと頭を振った。

 旧都は、もともとの都を改造したもので、電力線や鉄塔などが見苦しくあったが、それでも新都よりはほっとする感じがした。

総帥の居城に到着したときは、昼をとっくに過ぎていた。玄関口には幅広の階段があって、その上の扉の前にぽつんと子どもがひとり座っていた。カトルたちに気が付いて立ち上がり、駆け寄ってきた。

「カトル助手、ソロオン助教授はどこなの?」

 色黒で十歳くらいか、目が大きくて頬が少しふっくらとしていた。

「ソロオンは、新都でお客さんの相手してるんだ。二、三日来られないけど、心配しないようにって」

 アルシンががっかりした顔でうなだれた。

「なんだ、このくらいで。元気出せよ」

 カトルが頭をポンポンと叩いた。

…こいつは根は悪くないな…

 ワァアクに忠実で、筋を通す性質(たち)だ。そして、なにが何でも上司の言うことを聞くわけじゃない。間違ったことは断固とした態度をとる。思いやりもあり、シリィの境遇を気の毒に思い、なんとか啓蒙してよい生活にしてやりたいと思っている。総帥の娘と好き合っていて、啓蒙できなくても、好きな気持ちは変わらないでいる。

ソロオンは人当たりは柔らかそうだが、エヴァンスには、仕方なくしたがっているようなところが見受けられる。回りと合わせて揉め事なくミッションを成功させれば、教授に昇進、数基打ち上げられれば三十二、三で大教授にもなれるかもと計算している。

 うんとうなずいたアルシンが、アートランに気が付いた。

「その子は…?」

 カトルがお客さんの連れだと押し出した。

「こんにちは。ぼくアルシン。統治総帥だよ、君は?」

 アートランが数歩引き下がり、両膝を付いてばっと頭を深く下げた。

「失礼いたしました、総帥閣下とは知らなくて!」

 カトルが目を剥いた。

「おいおい、そんな、土下座しなくたって」

「セラディム王弟様の従者でアートランといいます。総帥閣下、ごきげんよう」

 ほんとうは三の大陸の反乱軍の末裔なので、ここまでしなくてもいいのだが、ずっと顔を伏せたまま最敬礼した。

「セラディムの…お客さまって王弟さまなの?」

 カトルがうなずいた。アルシンがふうんとつまらなそうな顔をした。

…ソロオンを取られたような気になってるな。

 アルシンがアートランに声も掛けず、ぷいと開け放たれた扉の中に入っていった。アートランがずっと頭を下げたままなので、カトルが声をかけた。

「アルシン、いってしまったぞ」

 アートランが許しをいただかないと顔を上げられませんと言うと、カトルが怒ったように手を差し出した。

「ったく、それも『ならわし』か」

 この島のシリィはここまでへつらうようなことはしていなかった。くだらんとぐいっとアートランを抱え上げた。立たせて疲れたようなため息をついた。

「アルシンと勉強してるか?俺はプラントを回らないといけないんでおまえの相手はしてられないんだ」

 アートランがびくっとおびえた。

「総帥閣下とお勉強なんて…。むりです…」

 カトルがじゃあ付いて来いと手を振った。連れて行かれたのは、居城の近くにある広場で、灰色に舗装されていて白い円がいくつか描かれていた。その中のひとつにプテロソプタが停まっていた。

「これで食料プラントに行くんだが、乗ってみるか」

 こわごわとうなずいた。すがりつくようにして近付き、乗り込んだ。

「その子はなんですか?」

 操縦桿の前に座っていたマシンナートが振り向いて尋ねた。くすんだ緑色のつなぎ服を着て、黒いめがねを掛けていた。

「エヴァンス所長のお孫さんの従者だ」

 へぇと物珍しそうにじろじろと見まわした。

「その子も連れて行くんですか」

 カトルがああとうなずいて胸のポケットから黒いめがねを出して掛け、座席にあった兜を被った。

 操縦士がその子にもと兜を投げて寄越した。

「大きいけど、被らないと」

 カトルが受け取ってアートランにかぶせた。

「兜ですか?これ」

 カトルが顎の紐の調節をしてやった。

「まあ、なんとか被れそうだな」

 アートランに座席の帯を掛けて、固定した。カトルは前の操縦席の隣に座った。

 いきなりバラッバラッと大きな音がして、屋根の上にあった羽のようなものが回り始めた。

「わっ!」

アートランは、頭を抱えて震えた。カトルが振り返ってその頭をポンポンと叩いた。

『その子にもフォンつけさせますか』

 操縦士が手元を操作しながら聞いたが、カトルが首を振った。

『いらんだろう、すぐに着くし』

…別に耳覆いしなくても聞こえるけどな。

 アートランはおびえたふりをして頭を抱えながら、横目で外を見た。プテロソプタが垂直に飛び上がっていく。グィンと上ってから、水平に飛び出した。

『どんなヒトなんですか、エヴァンス所長のお孫さんって』

 操縦士が好奇心からか聞いてきた。

『国王の弟だそうだ。年は二十四か五だろう。体格は俺くらいか、堂々としてるというか、まあ、王族だからだろうけど、横柄な感じだな』

 着替えるのも従者に手伝わせてるらしいと言うと、へえとまた感心したようだった。この島の『王』に当たる統治総帥の一族は島が貧しいこともあってか、それほど贅沢もしていなかったし、従者になにもかもさせるような横柄さはなかった。

『王族ってたくさん愛人がいるんでしょ』

 毎晩別の女と寝られるなんていいなぁとにやにやしていた。

『くだらんこと言ってないでちゃんと操縦しろ』

 カトルがむすっとしていた。

 恋人のアルリカのことを思い出していた。カーティアの国王に会いに行ったということだが、気が強いところがあるにしてもかなり美しい。もし国王が気に入ったら、南方海岸に住まわせてやるから愛人になれとか言われるだろうか。王族というのはそのくらい言いそうだ。急に心配になってきた。

 アートランはふたりの勝手な思い込みに呆れながらも、あながち間違ってもいないなと苦笑した。

『こちらヴォレ伍号機、カトル助手、第二養魚プラントへの着陸許可願いたい』

 カトルが口元の細い管に話しかけた。ザザッと音がしてから返事が聞こえてきた。

『ヴォレ伍号機、カトル助手の着陸を許可する、三区に着陸せよ』

 密林を伐採した土地に細長く屋根が丸くなっている灰色の建物がいくつも見えてきた。側に湖がある。その中庭にあるプテロソプタの離着陸場に降りていく。静かに降り、羽の回転が止まった。カトルたちが兜と耳覆いを取った。

「この後、第三農業プラントに行く。問題があったらしい」

 待っていろと操縦士に命じた。アートランの固定帯を外し、兜を取った。泣きそうな顔で、はあと大きなため息をついた。

「怖かったか」「はい」

 カトルが優しい眼を向け、手を引っ張って降りた。

 そのまま灰色の建物の中に入っていく。プラントの入口は自動扉だった。中に入ると、空気がひやっとしていた。ゴオォーッという音がかすかに聞こえていて、進むに連れて大きくなっていく。何人か白つなぎのマシンナートたちが行き来していて、カトルを見て軽く会釈していた。灰色の廊下をどんどん進み、小箱で認証する形式の扉の前に来た。ピッと音がして開くと、中は狭い部屋になっている。

「ここで着替えることになってるんだ」

 中は無菌状態だからなと言いながら、そうかと着替えるのを止めた。

「おまえは検疫受けてないんだったな。中に入れないな」

 シリィは雑菌や寄生虫がいるので、検疫を受けないと食料プラントには入れないのだと説明した。地上でワァアクするマシンナートも定期的に検診を受けなければならないのだ。

「まあ、わからんだろうけど、つまり、身体の中をきれいにしないとだめってことだ」

…ここまで来て、見られないってのもな。

 だがごり押しも出来ないかと手を引かれて外に出た。

「その代わり、見学室があるから、そこで見せてやる」

 硝子張りの部屋に入った。思わず手を離して、硝子に近づき、透けた向こうの光景に息を飲んだ。

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