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第230回   イージェンとエトルヴェールの新都(上)(2)

「ジェナイダ様は残念ながらもう亡くなられているそうです」

 そう、それは気の毒だったねとまた口はしをゆがめた。アダンガルがソロオンに尋ねた。

「こちらの娘はどういう…」

「エヴァンス所長の妹パリス議長の娘さんでファランツェリ様です」

 母の従妹に当たり、リィイヴの妹ということになる。

 ファランツェリが、甘えるようにアダンガルの腕にもたれかかった。

「ねえ、『抱っこ』できる?」

 アダンガルがひょいとファランツェリの身体を抱き上げた。

「こうか?」

 軽々と抱き上げられて、ファランツェリが喜んだ。

「あは、力持ち」

 そのとき、エヴァンスが怒った顔で近寄ってきた。

「離れるんだ、ファランツェリ」

 ファランツェリがかまわず、ぎゅっと首に抱きついた。

「あたし、あなたみたいなヒト、大好き」

 頬に口付けしようとした。エヴァンスがファランツェリの腕を掴んで引きずり下ろそうとした。

「きゃっ!」

 アダンガルが落ちないように抱きとめた。

「おじいさま、それではこの子が怪我をしますよ」

 そっと床に降ろした。エヴァンスがファランツェリを睨んだ。

「二度とアダンガルに近付くな」

 ファランツェリが負けじと睨み返した。

「それと君のビィイクルチィイムへの転属命令は破棄されたから、すぐにキャピタァルに移動したまえ」

 ファランツェリが目を吊り上げた。

「転属は議長権限で決めたことなんだから、勝手に破棄できないよっ」

「パリスは議長を罷免された。もう議長ではないし、過去三ヶ月に遡っての議長による人事異動とミッション許可は白紙になった」

 ファランツェリはじめ、ソロオンたちも青ざめた。

「罷免って…かあさんが…?そんな…」

 ファランツェリが子どもとは思えないような恐ろしい顔をエヴァンスに向けた。

「伯父さんが議会を丸め込んだんだね、本気でテェエルを啓蒙ミッションで占領できると思ってるんだ」

 笑っちゃうねと肩を回した。

「素子を甘く見ないほうがいいよ、かあさんもね」

 捨て台詞のように言い残して出て行った。

「ちょっとあいつと話しする」

 アートランがアダンガルにしか聞こえない声でささやいて、そっとファランツェリを付けて行った。

 エヴァンスが優しい顔つきに戻って、アダンガルの手を取った。

「あの子はわたしの姪にあたるが、敵対している一派だ。二度と近寄らせない。君も『係累』と思わなくていいからな」

 リィイヴも同じだ、二度と話をしてはいけないと命じた。

「でも、リィイヴは」

 首を振られて、仕方なく素直にうなずいた。上に案内しようと奥の扉に連れて行った。エヴァンスとソロオン、アダンガルの三人で入ったが、狭い部屋で、入るとすぐに扉が閉まり、ガクッと音がしてふわっと登っていくような感じがした。

「これは」

「これはエレベェエタァというもので、上の階に登るときに使う箱です」

 ソロオンが説明した。


 ファランツェリを追っていったアートランは、モゥビィルに乗ろうとしているところに近付いた。

「あ、あのっ!」

 息を上げて呼びかけた。ファランツェリが振り向いた。

「あんた、誰?」

 アートランが顔を赤くしてもじもじしながらたどたどしく言った。

「アートランといいます、アダンガル様の従者で…あの、ファラン…えっと…」

 ファランツェリがモゥビィルに寄りかかった。

「ファランツェリだよ、なにか用なの」

「ファランツェリ様…もうどこかに行かれてしまうんですか」

 アートランが上目遣いで見た。

「うん、伯父さんに追い出されちゃったから、キャピタァルってとこに行く」

 アートランが悲しそうに眼を伏せた。

「そうですか…」

ファランツェリがアートランの金髪に触れた。アートランが驚いて仰け反った。

「こんなにきれいな金色の髪なんて、マシンナートにはいないなぁ」

 ぐいっと近寄ってきたので後退りしたが、モゥビィルに押し付けられていた。

「それに青い眼もきれい…いいね、この眼」

 灰色の眼で見つめてきた。『見つめられて』戸惑った顔をした。

「うふっ、あたしのこと、好きになっちゃったのかなぁ」

アートランが頬を赤くしてあわてて眼を逸らした。

「ねっ、キスしてあげようか」

 からかうように顔を近づけてきた。アートランが恥ずかしそうにこくっとうなずいた。ファランツェリが唇を重ねた。少ししてファランツェリが唇を離そうとしたが、アートランが吸い付くようにして離れなかった。

「ちょっと!しつこいよっ!」

 突き飛ばした。

「がっついてばかじゃないの!」

モゥビィルに乗った。

「さよなら、もう会うことないだろうけどね」

 行ってと運転士に命じた。モゥビィルが港の方に向かって走り去った。

 アートランが袖口で唇を拭った。自分のほうから無理にでも口付けようと思ったが、向こうから言ってくれて助かった。…これでおまえがどこにいようとすぐに手繰れる。

 さきほど母親が罷免されたと聞いたときに思い浮かべた、巨大なマリィンらしき艦船、たくさんのミッシレェの影。

…素子を甘く見ないほうがいいよ、かあさんもね。

 なにか恐ろしい予感がする。ファランツェリから感じられた冷酷さに寒気がした。

当たらなければいいがとモゥビィルの後姿が遠ざかるのを見ていた。

「おい、勝手に動き回るな」

 カトルがアートランの腕を引っ張った。

「ごめんなさい」

 殊勝な顔であやまった。カトルが肩で息をした。付いて来いといわれて後を追った。


 エレベェエタァで中央棟の最上階にまで登り、降りると、そこは全方向硝子の窓で囲まれた部屋だった。エヴァンスは窓際までアダンガルを連れてきた。

「どうだ、とてもよい眺めだろう?」

 眼下には熱帯林が緑の絨毯のように広がり、導かれて反対側に眼を向けると青い海が眺望できた。

「ええ、よい眺めです」

 『空の船』から眺めるようなすばらしい景色ではあった。窓際にある応接席に座るよう勧めた。剣を帯ごと外して座った。ほとんど床に近いくらい低い椅子は座りにくかった。ソロオンが部屋の中央にあるテーブルで飲み物を入れて、もってきた。

「どうぞ」

 エヴァンスとアダンガルの前に杯を置いた。茶色に濁った液体が入っていて、湯気が立ち上っていた。エヴァンスがカファという飲み物だと自分の杯を取って飲んだ。アダンガルは手に取ろうとしなかった。

「どうしたね?」

 アダンガルがはあとすまなそうに頭を下げた。

「わたしは従者が毒見したものしか口にしませんので、いただけません」

 エヴァンスが少しむっとした。

「わたしが君に毒薬を飲ませるとでもいうのかね」

 アダンガルが首を振った。

「まさか、そうするのが王族の『ならわし』なので」

 エヴァンスがそうかと杯を置いた。

「ソロオン、飲んでみせたまえ」

 ソロオンがえっと戸惑ってから、アダンガルの前の杯を皿ごと取り、少し飲んだ。その杯と皿をアダンガルに差し出した。アダンガルが受け取り、ゆっくりと口を付けた。少し飲んでから顔をしかめた。

「変わった味です。苦いですね」

 エヴァンスが柔らかい笑みを向け、ソロオンにモニタァを運んでくるように言いつけた。ソロオンがワゴンにモニタァとボォオドを乗せて押してきた。テーブルの上に置き換えて、お辞儀して下がった。エヴァンスが釦を押してモニタァを点灯させた。何か文字が浮き出てきた。アダンガルが緊張して見つめていた。

「これを見てみなさい」

 エヴァンスが何かカチカチッと釦を押した。

 四角の中に青空が見えてきた。いくつかまっ白い雲が浮かび、地上に緑の畑が広がっている。

「これは…」

 空の船の不思議な幕のように絵が映し出されるのか。

 畑が見えなくなり、ひとりの少女を映し出した。

『だめ、ちゃんとあっち写して』

 まだ幼いかん高い声がした。恥ずかしそうに顔を逸らしている。その顔を見止めてアダンガルがぶるっと震えた。

「は、母上…?」

 ずいぶんと若い姿だが、たしかに母のジェナイダだった。

『ジェナイダ様、こちら、見て、笑って』

 誰か男の声が聞こえてきた。

『おとうさまへのご挨拶入れましょうよ』

 背中の中ほどまでのこげ茶の髪を振って振り向いた。

『おとうさま…ウフフッ』

 呼びかけたとたん、笑ってしまって後が続かない。少し恥ずかしそうに笑い続けたところで動きが止まった。

「母上、母上!」

 アダンガルが画面に触れようとした。エヴァンスがその手をぐっと握り締めた。

「確かに君の母親なんだね」

 アダンガルがエヴァンスを見て、うなずいた。

「確かに母です、ずいぶんと若いですけど…こんな…これはなんですか…」

「これは記録ビデェオというもので、テクノロジイで作った道具でヒトの姿や風景を取っておくものなんだ。後からでも見ることができる」

 エヴァンスが、これはジェナイダが生前第三大陸での啓蒙活動のときに撮ったものだと画面を見つめた。

「こんな…笑った顔、見たことありませんでした…いつも…寂しそうで…」

顔を伏せて震え泣きした。

ああ、こんなこと言ってはだめだ。母上が辛そうだったなんて、言ってはだめだ。

エヴァンスが引き寄せて、しっかりと抱き締めた。

「そうか…そうだろう、シリィの中でたったひとりで。どんなに寂しくてつらかったか…」

 エヴァンスの胸に抱かれながら画面を見た。

 見たことのない母の笑顔。幸せに満ち溢れている。

 帰りたかったろう。このヒトのところに。

 アランテンスは何故返さなかったのか。シリィに汚された女だから、戻ったら殺されるとでも思ったのか。きっとこのヒトだったら、なにがなんでも守っただろうに。

「でも、あの子は辛さに耐えて君を残してくれた。君に会えてうれしいよ」

 アダンガルがそっと離れた。

「はい、わたしも、おじいさまにお会いできてうれしいです」

 エヴァンスが白衣のポケットから小箱を出して、アダンガルの手のひらに乗せた。

「これは」

 あの形見の小箱だった。

「これはジェナイダの小箱だ。使えるように直したんだ」

 折りたたまれている箱を開き、親指で隅の釦を押した。小さな画面がパッと光って、今モニタァに映っている母の笑顔が出てきた。

「これを開いてここを押せば、いつでもジェナイダに会えるから」

 アダンガルは戸惑いながらも、受け取った。

「あとでソロオンに使い方を教えさせる」

 モニタァの絵が消えて、文字がたくさん表示された。

「第三大陸の情報を少しさかのぼって調べてみたところ、君のこともわかったよ」

 アダンガルがぎくっとして文字を覗き込んだ。

「…第三大陸セラディム王国…推定三〇〇〇年八月ヴァム・リグル王第三子誕生、母が侍女のため、王子とは認知されなかった。名はアダンガル…」

 ヴァム・リグル王は、先王だ。アダンガルには祖父にあたる。そのほかにも王太子の婚姻や第一子誕生などが書かれていた。このくらいの事情の把握はしているのだろうと思っていたが、ヴラド・ヴ・ラシスが流していたと思うと不愉快だった。

 ヴラド・ヴ・ラシスは王弟に異端の血が混じっていることは知っているはずだ。王宮内にも息のかかったものが入り込んでいることはわかっている。だが、どこにもその記述はないようだった。あったら、誰の子どもか確認に来ただろう。よく見ると他にも少しずつ記述がかけているところがあった。第四王女の誕生もなく、第一王女の大公家降嫁もない。

「これはどうやって知ったのですか」

 あまり質問はしないようにとイージェンに釘を刺されたが、まったく聞かないのもおかしいと思って尋ねてみた。

「ヴラド・ヴ・ラシスという経済機構があるだろう?その組織から聞き取りしたんだよ」

 第三大陸には二箇所聞き取り対象があり、第二大陸は現在中止、第五大陸は一箇所、第一、第四大陸はないということだった。

「君は戦争で最高司令官になって隣国を占領する寸前まで行ったそうだが」

 ドゥオールの仲介で終戦協定を結んだと書いてあるところを指した。

「わたしは戦時には王立軍の将軍なので。戦争には二回、匪賊討伐などは何回も行きました」

「そのほかにも行政や財政の各部署でワァアクしていたと書かれていた」

「ええ、はたちになるまで執務を覚えるためにいろいろな役所に勤めました。その後、摂政になった王太子の補佐的なことをしていましたが…」

 ほんとうの父は今の国王で、実の弟である王太子とうまくいかずにでてきてしまったと話した。王太子のことは凡庸で怠慢、贅沢な食事と乱れた性生活を送っていると書かれていた。

「君については部下の信頼も厚く、執務の処理も迅速で適切。有能な執務官という寸評がついている」

 それは買いかぶりすぎですと謙遜すると、さすがにジェナイダの息子だと満足そうだった。

「その服は着替えてきなさい」

 少しだけワァアクがあるので、また後で話そうとソロオンを呼んだ。

「下の部屋で着替えさせてくれたまえ。シャワーを浴びさせてからな」

 ソロオンが了解してアダンガルを案内していった。

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