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第229回   イージェンとエトルヴェールの新都(上)(1)

 アダンガルとアートランが乗せられたマシンナートの小船『テンダァ』の船室は狭かった。天井が低く、前に操舵管の席があり、その隣にもひとつ席があって、灰色つなぎ服が座っていた。

 青つなぎのカトルはその後ろにふたつづつ二列並んでいる座席のひとつに座っていた。その横のふたつにアダンガルとアートランが座った。カトルはアダンガルをじっと見つめていた。見つめているのに気が付いたアダンガルが尋ねた。

「わたしの顔になにかついているのか」

 カトルが首を振った。

「いえ」

 カトルが少しアダンガルのほうに身体を向けた。

「水でも飲みますか」

 もらおうかと鷹揚に答えた。カトルが最後部に座っていたワァカァにもってくるよう言った。ワァカァが水をふたつ持って来て、アダンガルたちに差し出した。アダンガルがふたつ受け取って両方アートランに渡した。カトルとワァカァがどうするのかと見ていると、アートランがひとつに口をつけて飲んだ。それからもうひとつも飲み、一呼吸ほど置いてからひとつを飲み干して床に置き、両手で杯をアダンガルに差し出した。

「どうぞ、召し上がってください」

 うむと受け取って飲んだ。不可解そうに見ているカトルに空の杯を返した。

「なにか口にするときは、このものに毒見をさせている」

『ならわし』なので、気にしないでくれと言った。カトルが杯を受け取り、ワァカァに渡した。

「もし何か毒薬とか入っていたら、その子どもが代わりに死ぬこともあるってことですか」

 カトルがちらっとアートランを見た。

「ああ、そういうことになるな」

 カトルがむっとした顔をした。

「ひどい『ならわし』ですね」

 アートランが自分の飲んだ杯を返した。

「とんでもない、王弟様のお世話ができるんですから、一家の名誉です。もし身代わりに死んだら、一緒の墓に入れてくださるんですよ、とてもうれしいです」

 はにかむように頬を染めて下を向いた。こんなところをイージェンが見たら大笑いだなとアダンガルが内心苦笑した。

 カトルがますます不愉快な顔をして正面に向き直った。テンダァは速度を上げて翌朝早くに南方大島近海に到着した。

 アートランがカトルの側に行って頭を下げた。

「なんだ」

 カトルの耳元で囁いた。

「ご用を足されたいので…厠か用桶はありませんか」

 カトルが席を立ってアートランをユニットに連れて行った。ポットの使い方を教えた。アートランがぽかんとした顔で見ていた。

「使った後水で流すんだ」

 アートランがアダンガルを連れてきた。

 カトルが出て行くとアートランが中に入ったままバタンと扉を閉めた。しばらく前で待っていたが、出てこないので船室に戻った。

「なにやってるんですか」

 ワァカァのひとりが後ろを振り返った。カトルが手を振った。

「知らん」

 ユニットの中で、交替で用を足した後、アートランがもしエヴァンスが自分を側に付くことを拒んだときのことを話していた。

「二回頼んでだめだといわれたら、それ以上無理を通さなくていい、地下にでも潜っていくなら別だけど、地上なら話は聞けるし、忍び込みも出来る」

 地下に連れて行かれたときが問題だがと悩ましげだった。

「なにか危害を加えると?」

 アートランがアダンガルの顎に触れた。

「妙な薬とかで言うこと聞かせようとしないとも限らないから」

 アダンガルが目を閉じた。

「気をつけるしかないが…」

 祖父に一目会えればと思っただけなのだが、そんな簡単なことではないと改めて思い知った。

「鋼鉄や人造の石で作った建物だと忍び込みは難しいかもしれないぞ」

 アダンガルが難しい顔をした。アートランがうなづき、船室のほうを見た。

「来るぜ、カトル」

 トントンと扉が叩かれた。

「どうかしましたか」

 アートランがすっと扉を開けた。

「いえ、なにも」

 アダンガルを先に出して、続いた。不審げにカトルが見送っていた。

 そろそろ到着すると運転士が速度を落として行った。島の東側の新しい都近くの港だという。次第に近づいてきた桟橋に驚いた。

「人造の石…?」

 岸壁が灰色の人造の石で固められていた。長い桟橋があり、そこに何台もテンダァが係留されている。湾内の反対側にアンダァボォウトもあった。渡し板を出して、カトルが先に出た。その後にアダンガル、アートランが続いた。桟橋の端に何人かマシンナートが立っていて、アダンガルたちのところに近寄ってきた。アダンガルがそのマシンナートを見つめた。背は高くないが白い裾の長い上着を着て、堂々とした足取りでやってきて、少し手前で立ち止まった。アダンガルをじっと見つめている。短い白髪をきっちりと脇で分け、灰色の細い目を見張っていた。

 カトルがアダンガルの横まで来た。

「アダンガル様、あちらがエヴァンス所長です」

 アダンガルが二、三歩ゆっくりと近寄った。エヴァンスが急に駆け寄ってきた。間近に来て、見上げ、唇を震わせた。

「…アダンガルだな?」

 アダンガルがうなずき、胸に手を当ててお辞儀した。

「はい、ジェナイダの息子、アダンガルです。エヴァンス所長」

 エヴァンスが手を差し上げて、震える指先でアダンガルの頬に触れた。

 細めた目から涙が零れ落ちた。

「ジェ…ナイダ…」

 その涙を見て、アダンガルは、急に胸が詰まった。母の父。自分の祖父。

祖父であったセラディムの先王は、アダンガルを気の毒がって気遣いはしてくれたが、ついに抱いてくれることはなかった。もちろん父も。

「…お…じいさま…」

 アダンガルがつぶやいた。エヴァンスが泣き震えながら、アダンガルの頬を両手で囲んだ。

「アダンガル!会いたかった!」

 アダンガルが腰を折り、お辞儀するようにかがみこんだ。

「わたしもです、おじいさま」

その大きな身体をエヴァンスが抱き締めた。

「アダンガル…わたしの大切な…大切な…ジェナイダの息子…」

 力いっぱい抱き締められた。アダンガルはその腕の中で目頭を熱くした。

 ゆっくりと話がしたいと新都の中央棟に向かうことになった。アダンガルがアートランを手招いた。

「これは身の回りの世話をさせようと連れてきたものです。一緒に連れていきたいのですが」

 ちらっとアートランを見たエヴァンスが露骨に嫌な顔をした。

「身の回りのことなら」

 後ろに声を掛けた。

「ソロオン、来たまえ」

 ソロオンと呼ばれた青年が寄ってきた。

「アダンガルの世話をしてやってくれ」

 ソロオンが目を見張ってアダンガルを見つめてから戸惑った。

「でも、わたしはミッションの詰めがありますし」

 総帥の息子への啓蒙もあるしと遠回しに拒んだ。

「そちらは仕事もあるようですし、慣れているこれにさせたいのですけど」

 アダンガルがアートランの頭を撫でた。エヴァンスが首を振った。

「優秀種や特殊な才能があるならばともかく、その年の子どもにワァアクさせてはいけないのだよ。きちんと育成棟で教育しないと」

 子どもを働かせるのは止めなさいときつくたしなめられた。

…しまったな、子どもという理由でだめとは。

 アダンガルがちらっとアートランを見ると、小さく首を振った。

「わかりました、そちらのソロオンに世話してもらいます」

 ソロオンが困った顔だったが、はいと返事をした。アートランも建物までは連れて行ってもらえるようで、一緒に用意されたモゥビィルに乗り込んだ。

 アートランがアダンガル以外には聞こえていない声で語りかけた。

「建物に入ったら別々になりそうだけど、どこにいても手繰れるから」

 アダンガルが回りにわからないように顎を引いた。港から街へはすぐだった。ずっと舗装された灰色の道で、両脇の建物も灰色の人造石でできている。みんなマシンナートが建てたもののようだった。

「ここは…」

 アダンガルが驚いて回りを見回した。

「ここは、われわれが森林を伐採し開拓して作った街なのだよ。バレーとまったく同じというわけにはいかないが、地下に電力線や上下水道、リュミエルケーブルを敷設しているので、ほぼ同じレェベェルの生活ができるようになっている」

 言われていることがわからずにしきりに首をかしげていると、いずれわかるようになるからと微笑んだ。

中央棟は七階建てで、屋根に大きな皿のようなものと鉄塔が立っている。途中何台かのモゥビィルとすれ違った。みんな、つなぎや胴衣にズボンを着ていて、エヴァンスに気が付いてお辞儀していた。中央棟に付き、玄関の前で停まり、全員降りた。モゥビィルはどこかに走り去った。

 玄関の扉は硝子らしく透けていて、誰も開けるものがいないのに、さっと両脇に開いた。アダンガルがびくっとして後退りした。

「この建物の中の扉はほとんど手を使わないで開きますから、慣れてください」

 自動扉というのだとソロオンが説明した。中に入って玄関広間らしいところを歩いていると、エヴァンスが胸から小箱を出した。開けて見ていた。

「少しここで待っていてくれ」

 ソロオンが了解するとエヴァンスは、小箱からなにか紐を出して耳に入れ、話しながら玄関広間の壁際にある机に向かって行った。

「なにか連絡かな」

 カトルがソロオンの側に行った。

「今ミッションから離れられないし、アルシンのこともあるし」

 困ったとソロオンがアダンガルに聞こえないようにこそっと言った。カトルが肩をすくめた。

「二、三日のことだろ?アルシンには俺が言っておくから」

 アルシンは、一日でもソロオンの顔を見ないと心配するのだ。

 そのとき、玄関の扉が開いて、誰か入ってきた。黄色っぽいオウヴァオォウルを着た十二、三の女の子だった。

「ファランツェリ様」

 ソロオンがさらに憂鬱な顔をしてため息をついた。

「あれが」

 カトルがかの有名なとしげしげ見た。髪は薄い茶色で短く、目は灰色だ。小柄で利発な感じだが生意気そうでもあった。先日ソロオンのミッションチィイムに転属してきたのだが、パリス議長の娘などに急に来られても扱いに困るだけだった。

「あ、ソロオン助教授、ここにいたんだ」

 ソロオンに近寄ってきた。シリィの服を着た男に気が付いて、興味深げな目で見上げた。

「誰なの」

 背が高く鋭い目の精悍な顔立ちで見下ろしていた。

「エヴァンス所長のお孫さんですよ」

 ファランツェリがええっと目を見開いて見つめた。

「シリィじゃないの?」

 亡くなったと思われたジェナイダとシリィとの間に生まれた子どもだと話した。

「へぇ」

 ファランツェリがいじわるい目つきで見回した。

「ジェナイダ、生きてたんだ」

 かあさんが聞いたら驚くねと口はしをゆがめて笑った。

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