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第226回   イージェンと三人の弟子たち(1)

 一の大陸セクル=テュルフ南方海岸にあるレアンの軍港に、マシンナートのテンダァと呼ばれる船がやってきた。沖合いに停まっている大魔導師の船に乗っているリィイヴという男に当てた手紙を持っていた。派遣軍の将軍が自ら出向き、その手紙を受け取ろうとした。ところが、手紙を持ってきたマシンナートが直接リィイヴに渡したいと拒否した。カーティア王宮でマシンナートたちと接したことのある将軍は、その男が肩に掛けている大きなオゥトマチクの威力がわかっていた。

 少し待つことになると前置きして、船に合図の花火を送った。ほどなく、灰緑の外套をすっぽりとかぶった小柄な魔導師がやってきた。

「手紙を受け取りに来ました」

 丁寧にお辞儀をした将軍が耳元でひそっと話した。

「直接渡すと言っています」

 整った眉をひそめ、マシンナートたちの乗ってきた船が係留されている桟橋に向かった。桟橋の上に椅子を出して何人かマシンナートのつなぎ服を着た男たちが座っていた。

 将軍が連れてきた灰緑の外套を魔導師だと示すと、男たちのうち、青いつなぎの男以外は何歩も引き下がってオゥトマチクを構えようとした。

「よせ」

 青つなぎの男が手で制した。子供かと思うほど小柄な魔導師が手を出した。

「手紙を渡しなさい」

 冷たく硬いが、女の声だ。青つなぎが首を振った。

「エヴァンス所長から、手紙はリィイヴに直接渡すように指示されている」

 魔導師が一歩近づいた。後の連中は後ずさりしたが、青つなぎは一歩も動かなかった。

「わかりました、リィイヴさんを連れてきます」

 そういうと、身体が浮き上がりはじめた。青つなぎが黒い瞳を見開いた。灰緑の外套が海上に飛び去った。

 将軍が帰ろうとしたところを止めた。

「おい、聞きたいことがあるんだが」

 将軍が手を振って去ろうとした。

「南方大島の総帥はどこにいる」

 将軍が立ち止まり、振り返ったが、青ざめた顔で首を振った。

「答えられない」

 そのまま去っていってしまった。

「…カトル助手…さっきの、この間とは別の魔導師ですね」

 おびえて桟橋の隅に固まっていたマシンナートのひとりが声を震わせた。

「そうだな」

 捕まえたはずの魔導師はいつの間にか消えていた。ラカン合金鋼の箱の屋根が丸く切られていて、そこから逃げ出したのだ。ラカン合金鋼について詳しいソロオンもありえないと驚いていた。

 カトルは南方大島の総帥アルリカと恋仲だったが、アルリカがテクノロジイを受け入れないために別れた。でも、行末は気になっていた。しばらくして別の部下が空を指した。

「カトル助手、あれ」

 あっという間に何かが落ちてきた。桟橋の上にあの灰緑の魔導師がだれかを抱えて降り立っていた。シリィの衣服を着ている薄い茶色の髪の若い男だった。

「リィイヴか」

 カトルが近づくと男がうなずいた。カトルが腰帯袋の中から紙を出し、差し出した。リィイヴはすぐに開いて中を読んだ。

「すぐにお連れしろと言われている」

 カトルが言うと、リィイヴが首を振った。

「即答できないです。ここで待っていてください」

 また魔導師が抱えようとしたのでリィイヴの腕を掴んだ。

「手を離しなさい!」

 魔導師がきつく言い、睨みつけてきた。まだ少女という年頃のようだ。

「いや、リィイヴにちょっと」

 話があると桟橋の隅に引っ張っていった。

「なんですか、いったい」

 知り合いでもない。話などないのだがといぶかしんだ。カトルが少し頭を下げて頼んだ。

「エトルヴェール島総帥の行き先を知りたい。俺が聞いても教えてくれなかった。おまえなら教えてもらえるだろう?」

 リィイヴが目を細めた。

「なんで総帥の行き先を知りたいんですか。追いかけて殺すんですか」

 不審そうにこちらを睨んでいる魔導師の目を避けるように背中を向けた。

「恋人なんだ、別れたけどな」

 リィイヴがえっと息を飲んだ。

「あいつ、テクノロジイは受け入れられないって強情だから、しかたなく別れたんだが、敵国に逃げ込んだからどうなったのかと思って」

 リィイヴがちらっと魔導師を見た。ちょっと待ってくださいと言って、そちらに向かい、何事か話していたが、すぐに戻ってきた。

「総帥はカーティアの王都で国王に会っているところだろうって」

 この付近に住まわせてもらうようお願いしにいったのだ。

「そうか、無事ならいいんだ」

 ではと離れていくのを再び止めた。

「なんですか、まだあるんですか」

 リィイヴがいらだって手を振り解いた。

「おまえ、アーレで啓蒙ミッションに参加してたんだろ?ミッションでアリスタって女と一緒じゃなかったか?」

 リィイヴの目が大きく見開かれ、唇が震えた。

「な、なんでそんなことを」

 カトルが小箱を出して画面を見せてきた。産まれたばかりの赤ん坊の映像だった。手足をしきりに動かしていた。

「俺の息子なんだが、母親、アーレのアリスタだというから」

 リィイヴがうろたえた様子で画面から目を逸らした。カトルが、なにもいわないリィイヴの肩を掴んだ。

「報道ではアーレのレェベェル7発動に巻き込まれた犠牲者ってことになってるけど、エヴァンス所長から、実際は、素子と性交渉を持とうとして処刑されたって聞いて、ほんとうなのかと思って」

 もしや詳しく事情を知っていたら聞かせてほしいと言った。リィイヴがぐっと唇を噛んで目を閉じた。涙が頬を伝わるのを見てカトルが手を離した。

「アリスタ…」

 リィイヴが激しく頭を振った。

「処刑されたっていわれてるなんて…そんな…」

 カトルが険しい顔をした。

「いったい何があったんだ」

 リィイヴがきっと赤くなった眼を上げた。

「アリスタは処刑されたんじゃありません、素子を脅す道具にされて殺されたんです」

 カトルが戸惑った顔で見返した。魔導師が近づいてきた。

「リィイヴさん、行きましょう」

 リィイヴがうなずいて抱えられて飛び去っていった。


 手紙を受け取って船に戻る途中、リィイヴはエアリアに頼んだ。

「聞こえていただろうけど、アリスタの子どものこと、ヴァンには絶対言わないで」

 エアリアがもちろんですと青ざめていた。

「…あのヒト、総帥が恋人って言ってた…」

 リィイヴが深いため息をついた。どちらも譲れないなら別れるしかないだろう。そうは思うもののやりきれなかった。

 ヴァンは、両親を事故で失っている。大好きだったアリスタを目の前であんな酷い殺され方をした。その上、あんなにアリスタとの間の子どもを欲しがっていたのに、『組み合わせ』であの男との間に産まれたと知ったら、きっと今以上につらくなるだろう。

「…なんでヴァンばかりこんな…」

 悲しいことが起こるのだろうかとうなだれた。

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