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第221回   イージェンと炎の王都(上)(4)

 落下した光の球は破裂して、屋敷を粉々にした。その爆風からリュドヴィクを守ろうとレガトが背中を向けた。

「うっぐっ!」

 レガトが倒れ掛かってきたのを抱きとめた。

「レガト!」

 背中に無数の石や破片が刺さっていた。

「しっかりしろ!」

 屋敷は無残に砕け散り、火が立ち上がっていた。

「ティセアッ!」

 こんな破壊力の強い砲弾があるとは。まさか魔導師が精錬したのかとリュドヴィクがわなわなと震えた。

「いったい、どこが襲撃してきたんだ」

 呆然と空を見上げた。その間にも雨あられのように光の球が降ってきた。周辺の家や広場が次々に破壊されている。火も点いて、火事が広がっていた。

 リュドヴィクは、レガトを背負い、道を見回した。民びとたちが逃げ惑い、その頭の上から建物の破片や火の粉が降りかかっていた。

「ぎゃぁぁっ!」「たすけてぇ!」

 悲鳴と怒鳴り声を掻き消すような爆発音が続く。崩れ落ちてくる瓦礫の下敷きになって、うめく声がしてくる。

 乗ってきた馬はすでにどこかに逃げてしまっていた。レガトを一度背中から降ろし、屋敷の中に戻った。裏手にある馬小屋にも火が点いていたが、中には馬が何頭か狂ったようにいなないていた。つながれていた手綱を外し、外に逃してやった。一頭に飛び乗った。レガトのところに戻り、馬上に乗せた。

「陛下…置いて行ってください」

 レガトが降りようとしたが、その後ろに乗って、走らせ出した。

頭上でバラバラッという音がし、光が振って来て、昼間のように明るくなった。驚いて走らせながら見上げる。

「な、なんだっ、あれは!?」

 光の帯を出しながら、激しい音を立てて、鋼鉄の鳥が飛んでいた。

「異端の…異端の乗り物だ…」

 リュドヴィクが目を見開いた。鋼鉄の鳥の足のようなところから、連続して火花が放たれた。あちこちに火花が跳ね飛んで、逃げ惑う民びとたちの背中を貫いていく。

「まさか、マシンナートが襲ってくるとは!」

 馬が恐慌を起こして暴れるのを制し、振り落とされまいと引き締めた。王宮には魔導師たちがいる。マシンナートのことは学院でないとどうにもならない。

「王宮に行く!」

 小高い丘の上にある王宮に向かう。鋼鉄の鳥は、ほかにも何台もいて、激しい音を立てて飛びながら、光の帯を左右に振って、地上を照らしている。

 王宮の門は大きく開いていた。王都襲撃を知った王宮守備隊が出撃しようとして、相手が異端と知り、足を止めていた。

「学院はどうした、魔導師たちは!」

 守備隊の兵士たちが光と炎の中に浮かび上がる惨状に震え上がった。

城壁を破り、その瓦礫を乗り越えて、侵入してきたものがあった。鋼鉄の馬車だ。屋根に砲台を載せて、そこから光の球を次々に発射していたのだ。そのさまを魔導師たちが学院の上に飛び上がって見ていた。

「学院長はアサン・グルア離宮で、レスキリはまだ戻ってません!」

 夕方、レスキリからの遣い魔がやってきたが、開けずにそのまま学院長に転送してしまっていた。

「いくらなんでも、あれは…」

 魔導師とても防げるものではない。

「王都を逃げ出るしかない。早く王妃陛下をお連れしよう!」

 王宮守備隊には、できるだけ民びとを避難させるよう指示を出すことにした。常設の王立軍詰所にも同じことを伝えさせに向かわせた。

「こちらにも!」

 叫ぶ声が終わる前に、鋼鉄の鳥の足から、ひときわ大きな光が放たれた。

光はヒュウゥンと空を裂いて、王宮の中に落ちた。強烈な光が広がり、無数の光の粒が散らばった。

「わああーっ!」

散らばった光粒は、建物や木、小屋に当たり、火を点けた。その白光の弾が何発も打ち込まれていく。

「早く王妃陛下を!」

 魔導師のひとりが了解して後宮に向かおうとした。後宮に矢のような筒が向かっていた。後宮に突き刺さり、爆発した。

「ヒイィッ!」

 近付いていた魔導師が魔力のドームを張ったが、防ぎきれなかった。光に飲まれるように身体が焼け縮れていった。筒はさらにいくつも王宮の建物を襲っていく。

「だめだ…もう…」

 なす術もなく、魔導師たちも震え上がってしまった。

 王宮の門から守備隊が出て行くのと入れ替わりにリュドヴィクが門を通ったが、だれも気が付かなかった。学院に向かった。

 学院の扉は大きく開かれていて、何人かの教導師が寄宿舎の子どもたちを逃そうとしていた。馬から降りて、教導師のひとりをつかまえた。

「副学院長は!」

 教導師もあわてふためいていて、尋ねてきた男が誰か気が付かないようで、ただ首を振った。レガトを降ろした。

「グリエル将軍の副官だ!治療してくれ!」

 逃した子どもたちが戻ってきた。みんな恐怖でこわばっている。

「だめです!王宮の外に出られません!」

 出ようとしたら発砲されたらしく、かなりの子どもたちが撃たれたという。

「裏門から逃げろ!」

 リュドヴィクが怒鳴り、また馬に乗った。そのとき、矢のような筒が後宮の建物に突き刺さった。

 ドオォォーン!

 音と衝撃、さらに光と熱が広がった。

 後宮には王妃や側室たちがいる。リュドヴィクが暴れる馬をぎゅっと制して走らせ出した。レガトが痛む背中に苦しみながら、手を伸ばした。

「陛下っ…いっては…なり…」

 痛みに気を失った。

 後宮に続いて、執務宮の近くにも筒が打ち込まれた。爆風に馬ごと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「ぐっ!」

 なんでこんな…。

 学院の失態なのか。マシンナートたちがこんな攻撃を仕掛けてくることに気づかなかったとは。兆候はなかったのか。

 痛む身体を懸命に起こした。後宮に点在する館はほとんど破壊されていた。

「…アスル・アリア、ルツィエ…」

 側室たちの名をつぶやいた。

「…ディエナ…王妃…」

 瓦礫の下に埋まってしまっただろうか。それとも逃げられたのか。さらに丘陵の一番高いところにある執務宮に向かった。向かってどうなるものでもなかったが、逃げるよりも自分の『城』を守らなければと考えていた。

「なんということだ、こんな、こんなことで滅びるのか、俺の国が…」

 幾たびもの戦乱で王朝は何度か変わったが、ウティレ=ユハニの名は三千年近く続いていた。鉱山を手にして、国力をつけ、大陸を統一し、戦乱に明け暮れる時代を終わらせようとした。何千年もの間、誰も為しえなかった大陸統一を果たし、ヴラド・ヴ・ラシスにいいように『食い物』にされているこの大陸を一の大陸のように、秩序のある大陸にしようと希望に満ちていた。その目標のためには時に非情にことを押し進める必要もあった。そして、王妃との間に産まれるであろう王太子が王となる時代には行政や経済を充実させればいいようにしたいと思っていた。

 執務宮にも筒が打ち込まれたようで、崩れかけて炎上していた。執務宮への階段は崩れていたので、瓦礫を避けて駆け上っていく。避難したのか、ヒトはいない。

「誰かっ!いないのかっ!」

 あちこちに煉瓦や石が崩れ落ちていた。三階にある執務室への階段も崩れている。懸命に登って行く。執務室の天井は吹き飛んでいて、瓦礫の間に深い緑色の天鵞絨(ビロード)の切れ端が見えた。ヒトが埋まっているのかと気づき、瓦礫をどけていった。顔が見えてきた。その顔を見て驚いた。

「…王妃!」

 肩を揺すると頭を動かした。生きている。

「王妃、わかるか、俺だ!」

 抱き起こした。アリーセがびくっと動いて、目をあけた。

「…へい…か…?」

 うまい具合に瓦礫の隙間にはまったために頭などは打たなかったようだった。ただ、足を痛めていた。

「なんで執務宮に…」

 アリーセがかばうように抱えていた袋を見せようとした。

「たいせつなもの…持ち出さないとと思って…」

 袋の中には王冠と杓杖、ウティレ=ユハニの国旗と王室の紋章旗が入っていた。

「これを取りに来たというのか」

 アリーセが苦しそうにうなずいた。

「これがないと…うっ…」

 リュドヴィクがけなげに思えてアリーセを抱き寄せた。

「なくてもいいんだ、こんなもの」

 アリーセが首を振った。爆音がして、中庭に筒が落ちたようだった。リュドヴィクがわれに返った。アリーセの重々しいドレスを脱がし、身軽にして背負った。袋を肩に掛け、瓦礫の階段を降りていく。パラパラと石の欠片が落ちてくる。

 筒はいくつも落ちてくるようだった。

「だめだ!」

 外に逃げられない。厨房にある地下の貯蔵庫に向かった。

 一番奥底は地下三階くらいになる。この筒の攻撃に耐えられるのではないか。瓦礫を掻き分けて入り口を探した。

 バアアァァァーン!

 ひときわ大きな爆裂音がして、厨房の天井が崩れてきた。入り口を開け、アリーセを押し込み、蓋をした。

 ドォン!ガァーン!と瓦礫が落ちてくる音がしばらく続いた。

 リュドヴィクは暗闇の中、一番下まで降りていき、アリーセを抱えて目をつぶっていた。

「…陛下…」

アリーセが足が痛むようで身をよじった。

「少し辛抱しろ、そのうちに…」

 助けがくるからと小さくつぶやいた。アリーセが苦しそうな声で尋ねた。

「なんで王都に戻られたのですか…」

「…蝋印を…忘れたので取りに来た…」

 苦しい言い訳だとわかっていた。だが、アリーセはこれで納得したのか、うなずいたようだった。頭の上ではまだドォンドォンという瓦礫が落下する鈍い音が続いていた。まま埋まってしまうかもしれない。

「…ここが…」

 王家の墓かと肩を震わせた。


 国王の天幕から出たグリエル将軍は、護衛の兵士たちによく休まれているのでけして開けないようにと命じた。自分の天幕にもどって水を飲んだ。つい我を通させてしまう甘さを自嘲した。

「またユリエンに叱られるな」

 ユリエンからティセアを静養と言って実家の離邸に移したらどうかと言われていたが、この調子では、すぐに馬を駆って向かってしまうだろう。いくら一日で行って帰って来られる距離とはいえ、そんなにしょっちゅう王都を空けるのはまずい。それならば、まだ王都の屋敷に置いていたほうがいい。しばらくすれば満足してそれほど頻繁に訪れることもなくなる。それまでなんとか隠し通せればいい。

 横になって寝入ったところで護衛兵たちの騒ぎが聞こえてきた。

「なんだ、あれは!」

 悲鳴が聞こえた。まさか夜襲かと飛び起きて天幕を出たとき、西の空が真っ赤になっているのが見えた。

「あれは、王都の方角だ!」

 なにがあったのか、王都が燃えているのか。

「王都になにかあったんだ!早く斥候を出せ!」

 レガトはいないので、別の部下に、斥候を出し、夜営を畳んで待機するよう命じた。国王が巻き込まれているに違いない。動揺が激しくなった。

「陛下…陛下っ!」

 自分も行かなくては、馬に乗ろうとした。そのとき、王都の方角から空を引き裂くような音がして、何かが飛んできた。真っ赤な炎の光の中から浮かび上がってきた影を見て、グリエルが身震いした。

「あれは…鋼鉄の…鳥か…」

 鋼鉄の鳥の足のようなところから光の球が飛んできた。兵士たちは悲鳴を上げる間もなく、伝書官として付いてきていた魔導師も魔力のドームを作る間もなかった。光の球は、夜営の上に落ち、光と爆風で包み込んでいった。

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