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セレンと動乱の王国(3)

 カーティア王国の当代王家は、第十一王朝である。紀元まもなく王家の分裂があり、その後幾度となく王家が入れ替わった。一代で終わった王家もある。今ではほとんどの分家は途絶えたか、大公家となっていて、王権争いも収まっている。当代国王には、正妃を娶る前の妾妃の腹に第一王女、前正妃(死亡)に第一王子(王太子、死亡)、現王妃に第三王子(現王太子)、第二王女、第四王女、妾妃(死亡)に第二王子、第三王女の子どもたちがいた。第一王女は大公家に降嫁していた。また交渉段階ではあったが、近々王女の誰かが隣国エスヴェルンの王太子に嫁ぐことになりそうだった。


 王宮の東側に丘があり、近辺は季節ごとに花が咲き乱れる花園となっていた。その丘の地下に隠し部屋があり、それは王宮の国王の寝所から伸びている地下道で繋がっていた。扉は、国王の杖が鍵となっていて、外への出入りができた。陰謀や暗殺が多かったため、ことがあれば脱出できるようにしていたのである。

 その部屋に今、国王が第二王子と第三王女を連れてきていた。余人はもちろん護衛兵もいなかった。第二王子ジェデルはすでに二十代半ばで剣術に長け、頭も切れ、大柄で美丈夫と言える青年だった。第三王女ネフィアは南海の真珠と呼ばれるほど美しい姫で、十七という年にしては大人びた落ち着きを持っていた。ふたりは同母の兄妹で、母の妾妃はすでになくなっている。母は地位のあまり高くない辺境総督の娘であったため、ふたりには後ろ盾がなく、王子は前の王太子がなくなった後一時立太子されたが、正妃に王子が生れるとすぐに廃太子されてしまっていた。

 ふたりは父王に丁重にお辞儀をした。国王は頭を下げさせたまま、話した。

「そなたらも知っておるだろうが、南方大島との戦争は避けられない状況だ」

 ジェデルが半歩膝で進んだ。

「聞き及んでおります、南方大島との戦いには是非わたしを大将軍に任命してください、賊軍どもを蹴散らしてごらんにいれます」

 国王は、ジェデルに冷たい目を向けた。隣にひざまずくネフィアの前にやってきた。

「そのため、エスヴェルンと軍事同盟を結ぶこととなった。同盟の証しとして、ネフィア」

 ネフィアが顔を上げた。父王の仮面のような顔が恐ろしく、震えた。

「そなたを人質としてエスヴェルンの王太子に輿入れさせることとなった」

 ふたりは驚いた。ジェデルは立ち上がり、怒りをあらわにした。

「ネフィアを隣国にやる必要はありません!エスヴェルンの手など借りずともわが国だけで充分戦えます!」

 国王はふたりをかわるがわる見て、手にした杖でネフィアの肩を突いた。

「あっ!」

 ネフィアが倒れ、ジェデルがすばやく身体を回し、助けようとした。その手を杖が強く叩いた。

「父上、何を!」

 ジェデルが驚いて仰ぎ見た。国王の目は汚いものでも見るようだった。

「知られていないと思っていたのか」

 身に覚えがあるジェデルが下を向いた。ネフィアも力なく床に伏した。

「畜生どもが。ジェデル、そなたはここに永久に監禁する。二度と日の目は見せん」

 ジェデルが顔を赤くし、目を見開いて床をにらみつけた。国王はふたたび杖でネフィアの肩を突いた。

「エスヴェルンの王太子は若い。床入りのときおとなしくしていれば傷物とは分かるまい」

 ネフィアが泣き崩れた。

「そなたらの母親も不義を犯したので手打ちにしたのだが、そういうみだらな血であったのだな」

 ジェデルが父王の杖の端を握り、奪い取った。

「何をする!」

 ジェデルが杖で父王の王冠を叩き落とし、その頭を割った。悲鳴もなく倒れた。杖で何度も叩いた。やがて、血溜りの中で動かなくなった。

「あ、…兄上…」

 呆然としていたネフィアがようやく声を絞り出した。ジェデルが杖を落とし、ネフィアの側に片膝をついた。

「われらを裂こうとするものはたとえ父王でも許さん」

 ネフィアを抱きしめた。そのまま床に押し倒した。

「そなたをどこにも行かせはしない」

 ネフィアは見開かれたままの父王の目に気づき、恐ろしくて兄の胸にしがみついた。ジェデルがネフィアの髪を撫で、唇を重ねた。


 ジェデルは父王の蝋印の指輪を外し、杖の血を拭った。恐ろしがるネフィアを部屋に置き、国王の寝所に戻った。扉の外にいた護衛兵のひとりの首をひねり、奪った剣でもうひとりを刺した。寝所の外にいた男に声をかけた。

「入れ」

 男は中に倒れている護衛兵を見て、息を飲んだ。

「殿下…これは」

 男は若い頃からずっとジェデルに仕えていた側近だった。

「フィーリ、東の館にいる方をここにお連れしろ、事後の相談をしたい」

 フィーリは緊張した顔で頷き、すぐに出て行った。東の館はジェデルとネフィアの住まいだった。ほどなくフィーリがひとりの男を連れてきた。

「殿下、緊急事態ですね」

「事を早めなければならなくなった。もう少し時が欲しかったのだが」

 細身の男は被っていた灰色の布を払った。布の下には裾丈の長い白い衣を着ていた。

「了解しました。万端とは行きませんが、それなりに準備はできております。すぐに実行します」

 フィーリが不安そうにジェデルを見た。ジェデルが命じた。

「リーセンにルタニア出身の兵たちを集めさせよ、グイドの隊は南の館、テオドクの隊は西の館、そして、そなたの隊は王太子宮を急襲、全員殺せ」

 フィーリの顔が引き締まり、ひざまずいて頭を下げ、すばやく出て行った。

 王太子宮にはまだ十二歳の王太子と王妃、南の館には第二王女、第四王女、西の館には降嫁した第一王女とその夫の大公が住んでいる。従者、侍女、護衛兵を含めれば、大変な数になる。しかし、ジェデルは第一王女の二歳になる息子までも殺させた。そして、王族の遺体をすべてあの丘の中の部屋に運ばせた。

「あの丘は王家の陵墓だ」

 王立軍の一部は南方大島との戦争準備のため、南海岸に向かっていた。また、エスヴェルンとの軍事同盟締結に向け、東側に位置する東バレアス公国の動きを懸念して、ルタニアに辺境軍を派遣していたが、ほどなく両軍に送った密使によって、ジェデル子飼いの将軍が反旗を翻すことになっていた。

現国王は大きな失政はなかったが、登用に関しては大公家中心の縁故が多く、地方の出であると出世はほとんど望めなかった。しかも、王妃は第一王女を娶った大公家の出だったので、権力が集中して、貴族の間でも不満はくすぶっていた。幼い頃から非凡で知られたジェデルを廃太子したことに反発している執務官もいた。そうした不満分子の集約を行い、父王に退位を迫る予定だった。図らずも父王を殺すことになってしまい、計画は変更せざるを得なかった。

「残るは魔導師学院だ」

 ジェデルが国王の私室に軍事同盟締結の最終の打ち合わせをしたいと、学院長と特級魔導師を呼んだ。

「殿下、うまくいくでしょうか、あの者たちに任せて…」

 フィーリがまた不安そうな顔を見せた。ただのヒトならば剣でも拳でも殺せる。しかし、魔導師たちは、剣を跳ね返し、魔術で対抗してくる。魔力のないものにとっては野獣に素手で立ち向かうようなものだった。

「うまくいかなかったら、そこで終わりだ。魔導師の中で賛同するものを探すには時間がない」

 ジェデルには味方になりそうな魔導師のあてがなかった。幼い頃は教導師がついていたが、今では交流はなかった。

 魔導師は真義と秩序を重んじ、混乱を嫌う。今までの王権交代は魔導師の擁護がどちらに傾くかで決まっていたのである。しかし、人事に偏向があったとしても、大きな失政もない現国王を廃位するようなことに賛同するはずもなかった。しかも、自ら父王を殺してしまったのだ、魔導師たちがジェデルを許すはずはなかった。ジェデルは彼らに賭けるしかなかった。

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