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第211回   イージェンと潮風の港街《アッパティーム》(下)(1)

 食事を終えて、『ショウカン』というところに連れて行ってもらうために、飯屋を出たレヴァードは、アートランの横に並んでから、後を振り返った。

「どうした?」

 アートランがわかっていたが尋ねた。

「いや、やっぱりやめようかな」

 他の連中がいかないのがひっかかっていた。アートランが肩をすくめた。

「リィイヴはエアリアが好きだからいかない。ヴァンは恋人が死んだばかりでまだその気になれない。ヴァシルは魔導師だから娼館に行くことは禁じられている。アダンガル様は王族だから、そういったところに出入りしない」

 レヴァードが目をぱちっとした。

「だから、気にしなくていい、仮面が許したんだし」

 レヴァードがうなずいた。すっかり暗くなっていて、両脇には飲み屋が何軒か開き、灯りが漏れている。しばらく歩くと、三階立てらしい大きな建物が見えてきた。入口に大きなガラスのフードの灯りが下がっていた。たくさん見える窓には赤いカーテンが掛かっているようで赤い光が漏れている。外まで賑やかな笑いや何か音楽が聞こえてきていた。

「あそこだ」

 少し手前で立ち止まり、イージェンが書いた紙を渡した。

「入口入ったらすぐに案内のばあさんが寄ってくるから、そのばあさんに渡せばいい。そのときにこっちの包みを一緒に渡すんだ」

 銀貨を紙に包んであった。

「これは」

「心づけってやつだ、世話になるからよろしくって意味だ」

 レヴァードがこくっと首を折った。それとこっちは支払いのときに渡す分と別の包みを手に乗せた。

「おつりあると思うから、ちゃんともらってこいよ」

 おつりは昼間買い物をしたときにリィイヴに教わったのでわかっていた。

「じゃあ、楽しんでこいよ、朝迎えにくるから」

 アートランが背中をポンと押した。レヴァードが振り向くと、姿がなかった。きょろきょろと見回したが、見当たらなかった。

 何人か男が中に入っていく。紙と包みをぐっと握り締めて扉に近寄った。押して入ったとたん、なにか鼻をくすぐる甘い香りがしてきてくしゃみが出た。

「クシュッ!」

 その拍子に持っていた包みを落としてしまい、あわてて拾って、ふところに押し込んだ。

「いらっしゃいませ」「いらっしゃーい」

 女のはしゃぐ声がして顔を上げると、正面にかなり巾の広い階段が二階まで続いていて、その階段から繋がっている二階の回廊の欄干にたくさんの女たちが寄りかかって見下ろしていた。色とりどりの胸元が大きく開いた服を着て、赤い唇をした女たちが手を振っているのをぽかっと口を開けて見回していた。

「いらっしゃい、旦那」

 レヴァードがあわてて声のするほうを見た。小柄な年のいった女が腰を曲げて頭を下げていた。これが案内のばあさんというやつかと、紙を渡した。

「あ、あのこれ」

 一緒に包みも渡した。ばあさんが首を傾げながら紙と包みを受け取り、紙を見た。少し顔をしかめたが、すぐににっこりと笑った。

「旦那、お年の割りにこういったところははじめてなんですか」

 小さな声でささやいた。そしてちらっと包みの中を見て、あわててふところに押し込んだ。

「さあさ、こちらに、ご案内しますから」

 そういって、正面の階段ではなく、左側に続いている廊下のほうに案内しだした。

「あの…あの女たちじゃないのか」

 なんとなく、あの中から選ぶのかなと思ったので、尋ねたが、手を振った。

「いやいや、旦那様のような方に、あんな(はした)女なんてとんでもない」

 腰を低くして手のひらを擦りあわせんばかりにして廊下の奥の部屋に案内した。

 部屋は真ん中に丸いテーブルがあり、その両側に椅子があり、窓際に長椅子があった。テーブルの椅子に座るよう言われて座っていると、年は十くらいの女の子がワゴンを押して入ってきて、その上の酒瓶や杯、チーズや木の実を乗せた皿を乗せて持ってきて、テーブルの上に置いていった。

 一瞬その子どもが相手なのかと驚いたので、置いてからすぐに出ていきほっとした。さっきの女たちのだれかでいいのになぁと思いながら部屋を見回した。ベッドのようなものはないので、また別の部屋にいくのだろう。

 いつの間にか案内の女はいなくなっていたので、心細くなったが、廊下から女たちの笑い声が聞こえてきたとたん、胸がどぎどきしてきた。

「旦那様」

 声を掛けられて伏せていた顔を上げると、まだ十代のように見える女が酒瓶を持って立っていた。机の上の杯に酒を注いだ。

「召し上がっていてください」

 酒瓶を置いてまた出て行った。

「なんか…いろいろと手順があるのか」

 杯を傾けて酒を飲んだ。ぐいっと飲んだら熱い身体がさらに熱くなった。自分で注いでもう一杯飲んだ。あまり飲みすぎてはいけないなとそこでやめておいた。

 落ち着きなくしていると、扉が叩かれて、先ほどとは別の女が頭から薄い布を被った若い女と入ってきた。

「旦那様、ようおいでくださいました」

 ふたりで深々と頭を下げた。後の女が布を肩まで落とした。

 こげ茶の長い髪を頭の上にまとめていて、なにか留めピンのようなもので飾っていた。顔は整っていて色白で目は伏せていてよくわからないが、体つきはふつうで小柄だった。

…エアリアのほうが美人だな。

 でもこの女で十分だと思ったとたん、もう身体が熱くなってきた。

 女が向かいの椅子に座り、酒瓶を持って傾けた。あわてて杯を持つとそこに少し注いだ。飲もうと杯を口につけたとき、何人か入ってきた。手に楽器と椅子を持っていて、座って演奏し始めた。驚いて見ると、金物のような太鼓をカンカンと叩き、やはり金物の棒を並べたものをゆっくりと叩いていた。耳の中でぼわんと響いてくる。なにか不思議な音で、しばらく聞き入っていたが、早く抱きたくてどうにも落ち着かない。女は何回か酒を注いだ。そのうち、女が椅子から立ち上がった。

「またお会いできますよう…」

 お辞儀をして出て行った。唖然として見送っていた。演奏していたものたちも下がっていった。

 ひとり残った女に尋ねた。

「…さっきの女を抱けないのか…」

 女が驚いたように首を振った。

「『検分』にいらしたのでは…抱きたいだけなら、奥には通しませんけど」

 何を言われているのかわからないが、どうやら、さっきの女は『抱ける』女ではないらしい。案内してきた女を呼んでくれと言った。首を傾げながら部屋を出て行った。

「不測の事態だ」

 なにか間違えたのか。世話役の女が戻ってきた。案内の婆はどこにも姿が見えないのだという。

「俺はここでその…女を抱けると聞いてきたんだ、初めてなので、手続きとかよくわからないから、知り合いに手紙を書いてもらって…その案内の女に渡したんだ」

 なんとかならないかと頼んだ。少し待つよう言われた。この娼館の主人という女がやってきた。

「旦那様、ご案内した婆が勘違いしたようです。今夜は連絡船が入港したので女たちもほとんど客が付いてまして、残っているのはかなり年の女なんですが」

 レヴァードが別に若くなくてもいいからと言うと、主人と世話役の女が顔を見合わせて苦笑いした。

「では、お部屋にご案内しますから」

 世話役の女がレヴァードを一度玄関の広間に連れて行き、そこで別の案内役に渡した。

「ディルダでいいってさ、案内しておやり」

 案内役の婆がぎょっとしてレヴァードをしげしげと見た。だが、すぐに薄笑いを浮かべてレヴァードを連れて二階に上がり、右側の回廊を回ってさらに奥に入っていった。廊下の片側にいくつも扉があって、どうやらそこでみんな女を抱いているらしい。なまめかしい声や男の荒い息などが聞こえてくる。腰のあたりのずきずきが激しくなってきた。

「ここですよ」

 扉を示して上目遣いに見上げていたが、レヴァードが何も寄越さないので、舌打ちして戻って行った。

 レヴァードが扉を叩いた。返事がないので、戸惑ったが、そっと押して入った。

「だれだい…?」

 低い女の声がした。暗くて窓の外の月明かりがわずかに入ってきていた。ベッドが窓際にあって、女がひとり横たわっていた。

「うっ…」

 酒臭い。かなり飲んでいるようだ。

「灯りないのか」

 レヴァードが聞くと、女がのろのろと起き上がって、枕元のランプに火をつけようとしたが手が震えて、火打石がうまくかちあわなかった。レヴァードが近寄って、女の手から石を取り、カチカチと打ち合わせた。何度か打ち合わせているとランプの芯に火がついた。

「これでいいのか」

 ベッドの上の女を見た。髪には白髪が混じり、顔色が悪く、眼も落ち込んでいる。ベッドの上に酒瓶が二本転がっていた。

「なんだい、あんた…なにしにきたんだ」

 若い頃はそれなりに器量よしだったようで、顔つきは整っていた。

「なにしにって…」

 レヴァードは急に恥ずかしくなった。なんでだろうか。

「おまえを抱きに…」

 女がベッドの上で身体をびくっとさせて、レヴァードを見上げた。しげしげと見た後、笑い出した。

「なにばかなことを!あははっ!」

 笑い転げている。レヴァードがむっとした。

「なにがおかしいんだ、おまえはショウフってやつなんだろう?」

 女が酒で酔っているせいもあるのか、眼が据わっていた。

「たしかにそうだけど、でも、もう三年以上客がついてないよ」

 そろそろお払い箱だろうさと酒瓶を握って呷った。その酒瓶を奪い取った。

「アルコォオルはほどほどにしないと、身体壊すぞ」

 女が別の瓶を取り、口を付けたが、空のようだった。

「酒のことかい、そのアル…なんとかってのは」

 瓶を壁に投げつけた。ガシャンッと音がして瓶が割れた。

「身体なんて、どうでもいいんだよ、どうせ長くないんだから」

 レヴァードが手を伸ばしかけた。

「病気なのか」

 女が少し身体を引いた。レヴァードが手をひっこめた。

「こんなとこにいれば病気にもなるさ」

 レヴァードがそうかと顔を伏せた。

「病気では無理はできないな、でも、朝まではここにいないと」

 迎えに来てもらわないと帰れないのだと言った。

「ここで朝まで待たせてくれ」

 壁際に寄って腰を降ろした。

「ヘンなヒトだね」

 女がランプを吹き消してから横になって背中を向けた。その背中を見つめていたが、眼を閉じた。だが、眠れるはずもなく、また薄く眼を開けて女の背中を見た。月明かりが少し入ってきていた。やせてはいるが、女のなだらかな身体の線が見えた。

…まあいいか、女と同じ部屋で…寝られる…

「あんた、このへんの土地のヒトじゃないだろ」

 急に女が話しかけてきた。驚いてズボンの上から触っていた手を離した。

「あ、まあ、このへんのヒトじゃないな」

 ベッドから降りて、ふらふらと扉に歩いていく。

「どこにいくんだ」


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