第210回 イージェンと潮風の港街《アッパティーム》(上)(3)
「なあ、一緒にいかないか?その『ショウカン』ってとこ」
ひとりではやはり不安だった。
「ヴァンを誘ったけど、いやだっていうし」
リィイヴがちらっと店の扉を見た。
「ぼくもいやですよ」
すねてみせてもちっとも応えていない様子のエアリアに、難しい娘だなと思うが、やはり好きなのだ。
「そうか」
なんとかなるかと荷車に掛けていた水の筒を傾けた。周りを見回しながらレヴァードがぽつっと言った。
「活気があるっていうのか、力強さを感じるな」
リィイヴがレヴァードにつられて周りを見た。確かにざわざわとして騒がしく、落ち着きがないが、しんとして無機質的なバレーよりは生き生きしていると思う。
「死亡率は高いし、平均寿命は低いし、劣悪な衛生状態なんだがな」
リィイヴがここでそんな話は…と濁した。
「すまんすまん、もう捨てたんだっけな」
大きく腕を振り上げて伸びをした。
「なんか、俺にできることってあるかな、テェエルで」
ワァアクしないと金とかというものが返せないだろうと腕を揉んだ。
「金って点数みたいなものって聞いたから」
イージェンが指示してくれると思うと答えた。
「カサン教授、出て行くかな」
レヴァードから受け取った水の筒から水を飲んでいたリィイヴが眼を落とした。
「出て行くでしょう、教授ですよ、シリィになるはずがない」
レヴァードがうなずいた。
ようやく店から出てきたエアリアとヴァシルだったが、エアリアがかなり『おかんむり』だった。
「どうしたの?」
エアリアは、返事もせずにさっさと歩き出してしまった。ヴァシルも不愉快そうにそっぽを向いている。
「ヴァシル?」
怒った様子で買い物の品を荷台に置いた。
「いくら質素倹約といっても、アダンガル様に古着を着せようなんて」
よい服があったが、エアリアが新調は高いから古着にしようというので店の中で言い争いになったようだった。
「アダンガルさんは古着でも文句言わないよ」
リィイヴも古着でよいと思うのだが、ヴァシルが首を振った。
「文句なんておっしゃる方じゃない、だからよけいに周りが気遣わないと」
レヴァードが肩をすくめて、荷車を引き出した。
「あれ、エアリアは」
見えなくなってしまった。
「いる、あの角の靴屋に」
角といってもかなり先のようだった。
「わたしが荷車引いていくから、ふたりで買い物の手伝いしてやって」
かなり気分を害しているようだった。レヴァードと靴屋目指して歩き出した。
「もしかして、ヴァシルだったか、実は、あいつもエアリアを狙ってるんじゃ?」
それでいろいろと引っかかることをしてるのではとレヴァードが言った。リィイヴがえっと後ろを振り返った。ゆっくりと荷車を引いているヴァシルを見た。
「まさか」
先に靴屋まで来たエアリアは、間口の広い店先にたくさん並んでいる長靴の中から、アートランとセレンに合う大きさのものを選んだ。
…けっこう強情なのね、ヴァシルさん。
なかなか譲らず、後で自分が給金貰ったら返すからと新調を買ってしまった。
ようやく追いついたリィイヴが声を掛けた。
「エアリア、ヴァシルがぼくたちに買い物手伝えって」
エアリアがちょうどいいとレヴァードの足に合うものを探した。
「履いてみてください」
上手く履けないでいると、エアリアがひざまずいて紐を解いた。
「ちょうどいいかな」
店の者にもう一回り大きいものを出してもらった。
「靴下をもう少し厚いものにしますから」
そうでないと冬履くときにきつくなってしまうのだ。
「船にいるときはもっと楽なやつにしたいなぁ」
そうは言っても草履だと危ないし、落とすかもしれないので、紐で縛るサンダルを五足買うことにした。
「これはいいね、楽だよ」
リィイヴも喜んだ。子ども用のサンダルも追加した。わざとのろのろと荷車を引いてきたヴァシルがようやく店の前に来た。靴を載せてリィイヴが尋ねた。
「あとは食料なの?」
ヴァシルがうなずいた。野菜や魚などの生鮮市場は朝早くでないと開いていないので、それ以外の穀物や干し肉、酒、木の実などを食料の市場で仕入れると向かった。だが、食品店はあまりなかった。ここから十五カーセル北の市場が食料市場として有名らしかった。ここには特に変わった食材はないとのことだった。一の大陸では作っていない米を少し大目に購入した。エアリアが買い物の表を広げて木炭で何か書き込みをしていた。
ようやく今日買える分を買い終えた。
待ち合わせていた港の南の端に戻ろうとしたとき、アートランが近付いてきた。
「宿決めたから、迎えに来た」
港から東側に宿が多く立ち並ぶ場所があり、泊まる宿を決めたという。
「なんかけっこう混んでて、あまりいい宿取れなかったんだ」
市場の目抜き通りから外れて、東に向かう細い道に入った。ほどなく宿屋が立ち並ぶ一角に着いた。両脇に宿屋が軒を並べていた。その中のひとつにやってきた。構えは大きいがもともとあまりよい宿ではないようだった。
「確かに、あまりいいところではないな」
ヴァシルが顔をしかめた。隊商や船乗りがまとまって泊まるような宿だ。玄関に待合があり、アダンガルとヴァンが待っていた。
「アダンガル様、こんな宿では…」
ヴァシルが心配そうにしていた。アダンガルが手を振った。
「ここしか空いてなかった。横になれればいいだろう?」
エアリアのために一部屋、残りの男連中は一部屋に雑魚寝することにした。
雑魚寝なんてとヴァシルがひどく気に病んでいたが、アダンガルは気にしていないようだった。
「夕飯は外で食べよう、店を紹介してもらったから」
宿の近くの飯屋だというので、荷車を預けて向かった。
「荷物大丈夫なのか?」
ヴァンが心配した。アートランがしらっとして言った。
「盗んだら見つけて半殺しにするから」
「アートラン!なんてことを!」
エアリアが咎めたが、アートランは平気な顔をしていた。
紹介された店は近くだったが、宿屋と同じくかなり崩れた感じだった。
「この間の店みたい…」
リィイヴが、アルディ・ル・クァの飯屋を思い出した。店の中はそこそこ埋まっていて、客はほとんど地方から買出しに来た商人たちのようだった。ぞろぞろと入ってきたアダンガルたちをみんなちらちらと見ていた。店の主人が、宿屋からの紹介とわかり、奥の席に通した。
「適当に人数分出してくれ」
酒を持ってきた小僧にアダンガルが言うと奥に引っ込んでいった。瓶を持ったヴァシルが最初にアダンガルの杯に注ぎ、全員の杯を満たした。
「今夜はゆっくりと楽しもう」
アダンガルが、杯を掲げて飲み干した。ヴァンが甘酸っぱい味で強くないしおいしいと気に入ったようだった。ならば少し買っていこうとアダンガルが小僧に五本ばかり土産に頼んだ。
「これは、パルムという果実をつけた酒だ。パルムは干して塩漬けにしたりするんだ」
少しなら身体にいいが、食べ過ぎると塩気を取りすぎてしまうのだ。料理の皿がテーブルの上に次々に運ばれてきた。
鳥肉のぶつ切りを赤い香辛料で炒めたものや、青菜に刻んだ肉を包んで煮込んだもの、揚げた小魚、薄いパン、香草のスープなど香ばしい香りでテーブルの上が満たされた。取り分けながら食べ始めた。味は悪くなかった。
少し強めの酒も頼んだ。
「リィイヴ、今夜は俺が飲み相手してやろうか、けっこういけるんだぜ」
アートランが肉をかじりながらにやっと笑った。
「やめて、ふたりで飲んだら、財布が空になるわ」
エアリアが香草のスープを飲みながらぴしゃりと言った。リィイヴがそっぽを向いた。
「量を決めてくれればそれ以上は飲まないよ」
エアリアの突っかかる言い方が不愉快だった。
レヴァードが食べながらそわそわしていた。
「レヴァード、後で連れていってやるから、落ち着いて食べろ」
アダンガルが苦笑した。レヴァードが恥ずかしそうに下を向いた。
「おっさん、いくつになるんだよ、そんなてれた顔してもかわいくないぜ」
アートランが薄いパンに鳥肉をはさんで食べていた。
「年か?四十五だが」
アダンガルが驚き、ため息をついた。
「とてもその年には見えないな、せいぜい三十二、三かと思った」
シリィの平均寿命は五十くらいだ。三十五を過ぎたころから急激に老けてくるし、四十七、八にもなれば、死期も近くなる。
「そうか?」
とにかくきちんと食べろとアダンガルが青菜の肉包みを取り分けてやろうとした。
「そんなこと、わたしがします!」
ヴァシルがさっと立ち上がってレヴァードの皿を取った。
「そんなに気遣わなくてもいいぞ」
ヴァシルが戸惑いながらアダンガルの皿にも肉包みを乗せて、差し出した。
皿がほとんど空になり、みんな十分満腹になった。アートランが立ち上がった。
「さてと、おっさん、行くか」
アダンガルがイージェンから預った紙とふたつ包みを渡した。
「よろしくな」
エアリアが目を見開いた。
「アートランも行くんですか?」
アートランくらいの年でも年嵩のものに連れていかれることはあるが、『一応』魔導師なので、娼館に出入してはまずいだろう。
「入口まで送ってくるだけだよ」
そう言ってレヴァードについてくるよう手を振った。
「宿に戻っているから」
アダンガルがアートランに言い、主人から『勘定』の紙を受け取った。