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第209回   イージェンと潮風の港街《アッパティーム》(上)(2)

 アダンガルが、軽くお辞儀をしてから、申し訳なさそうに身体を縮こまらせているヴァンのところに戻った。

「なんとか連れて行ってやれそうだ」

 ヴァンがほっとしてレヴァードを連れてくると船室に戻っていった。すぐにレヴァードがやってきた。

「金というのは、後でどうにかして返すから」

 レヴァードがうれしそうにアダンガルにお辞儀した。

「どうにかして返すって…」

 アダンガルが近寄ってきていたイージェンに呆れた顔を向けた。イージェンが肩をすくめた。

「そうだな、いい思いさせてやるんだから、後でその分思いっきりこき使ってやろう」

 ヴァンがぎくっとして子どものようにはしゃいでいるレヴァードを見た。イージェンに思いっきりこき使われたらめちゃくちゃきついだろう。後できっと後悔するに違いない。

「ヴァン、おまえも一緒に行け、土地の酒でも飲ませてもらえばいい」

 イージェンが許してくれた。ヴァンも港街を見てみたかったので、ありがとうと頭を下げて、リィイヴのところに走っていった。

 結局、『船』には、イージェン、セレン、カサンが残ることになった。エアリア、アートラン、ヴァシルがみんなを抱えて、港街の外れの丘の上に降りた。アダンガルが指示を出した。

「俺とアートラン、ヴァンは水晶を売りに行く。あとは先に買い物をしていてくれ」

 どこかで荷車を借りて荷物をまとめておくよう言った。

「かならず魔導師と行動するように」

 厳しく言いつけて、待ち合わせ場所は、港の南の端にした。

 アダンガルとヴァンは、水晶を詰めた袋を棒の間に吊り下げ、ふたりで担いでいくことにした。

アートランがくすくす笑った。

「人足みたいで間抜けだなぁ」

「まったくだ、イージェン殿は面白いことを経験させてくれる」

 道具の材料にするので半分以上置いてきたが、それでもかなり重たい。アートランがひょいと袋を持った。ふたりの両肩に重くのしかかっていた重さがなくなった。

「港に入るまでな」

 買出し組は、海岸沿いの別の道に逸れていった。

 港街はすでに出入りの混雑の時間を過ぎていたので、それほど込み合っていなかった。野菜や魚などの生鮮の市場はすでに終わっていた。明日朝でないと買えない。

 アダンガルたちは、中心街の目抜き通りを歩いていた。大柄で風貌もなかなか精悍なアダンガルはかなり目立っていて、しかも重そうな袋をふたりして担いでいるので、みんな何者かと不審そうな目で見ていた。

「なんか、俺たち、目立ってます?」

 ヴァンがこっそりと言った。

「そのようだ」

 アダンガルが、アートランに宝石商を探すよう手を振った。アートランが寄って来て、もう見つけたと先導した。

 かなり北側で、港を管理する執務所の裏手だった。宝石商のほかに両替商が軒を並べていた。少し離れたところでうかがった。

「ここはもしかして、国営か?」

 国営だと出所をしつこく探られるかもしれない。

「そうだけど、大丈夫さ」

 耳元でこそっと話した。

「なにっ…」

 アダンガルが険しい顔で執務所のほうを睨んだ。

 アートランは屋根の上に潜むことにした。

「やり取りのとき、相場とか教えてくれ」

 アートランが手を上げて了解し、さっと姿を消した。ヴァンをうながして、扉の前に近づいた。扉の前には、槍を持った護衛が立っていた。止まるよう手をかざしたので、少し睨むように見回した。

「品物を見てもらいたいのだが」

 ひとりが中に入っていく。すぐに中から三十くらいの男が顔を出した。

「腰の物を預けてから中に入ってください」

 アダンガルが剣を護衛に渡し、ヴァンと店内に入った。中にはテーブルがみっつあり、何人かの先客がいて、それぞれ店の者が相手をしていた。

 さきほどの男が一番手前の席に案内した。床に袋を置き、ヴァンを後に立たせてアダンガルが席についた。

「見てもらいたい品物をお持ちだとか」

 奥から茶を持って来ようとした小僧に手を振って追いやった。

「この店で、原石を引き取ってくれると聞いたので」

 足元の袋を示した。

「なんの原石ですか」

 水晶だといい、ヴァンに顎をしゃくった。ヴァンが来る道々打ち合わせたとおりに丁寧にお辞儀して、足元に片膝をつき、袋を開けて、一本取り出した。

「ほう」

 感心したようなため息をついた男がテーブルに敷物を敷くように言いつけた。やわらかい布団のような敷物が置かれ、そこに置くよう示された。ヴァンがそっと置くと、男が白い手袋をして拡大鏡を出してじっくりと鑑定しだした。

「これは…どちらで採掘されたものですか」

 男が上目遣いでちらっとアダンガルを見た。

「南海の孤島だが」

 アダンガルが正直に答えた。

「そこまでどうやっていかれましたか」

 アダンガルが少し間を置いた。

「泳いで」

 そんなはずはないが、要するに答える気はないということだ。男が真顔のアダンガルを見返した。ヴァンが噴出しそうになるのを押し殺した。

「なるほど。では、ほかのものも見せていただけますか」

 ヴァンがゆっくりと何本も出した。稀有なほど大きな結晶体で透明以外に紫水晶もあり、他の席のものたちも席を立って遠巻きに覗き込んでいた。男がその様子に気づいて、軽く頭を下げて立ち上がった。

「ここではなんですから…奥に…」

 ヴァンが袋に戻し、アダンガルの後に続いた。

 奥の部屋で袋の中身を全部敷物の上に出した。難しい顔をして石を見ている。

アダンガルにしか聞こえないようにアートランが語り掛けた。

「質がとてもよいので、全部引き取りたいと思ってる。ただ、かなり値が張るので、なんとか相場以下にしようとしてる」

 相場の値を伝えてきた。アダンガルがいつまでも見ている男をうながした。

「品物は確かなものだ、引き取るのか」

 男がまあまあと手のひらで制した。

「ぜひ引き取られていただきたいですが、これほどの量ですと、そうそう簡単にはいきません」

「ならば、すぐに引き取れる量だけでいい、残りは別のところに持っていく」

 アダンガルが言うと男が少しお待ちをと言って奥に引っ込んだ。

「店主に相談してる。店主は外に出て行った」

 どこにいくのか、追いかけると言った。

「お待たせしました」

 量りを持ってきて水晶の重量を計った。合計して金額を書いた紙を差し出した。相場よりもはるかに低い。

「ペンを貸してくれ」

 アダンガルがその金額の下に少しだけ上乗せした金額を書いた。

「店主、ヴラド・ヴ・ラシスの支所に入った」

 アートランの声がかすかに聞こえてきた。

執務官では商売がうまくできないので、たいていの国は国営の店を商人に委託してやらせているのだ。セラディムでは国営店は採算度外視にしていて下級執務官に経営させている。それでも、商売をヴラド・ヴ・ラシスから切り離すのはなかなか大変だった。ヴラド・ヴ・ラシスの影響がほとんどないのは、一の大陸セクル=テュルフだけだろう。

「こうきますか…」

 男がちらっと上目遣いでアダンガルを見ながら考え込むふりをした。

「その金額でいいから、金塊でほしい」

 男がうっと息を飲み込んだ。

「これだけの金塊、すぐにはご用意できませんよ」

 金塊での支払いは、この国で換金するには手数料を考えると割が合わないが、物価の高い別の場所で換金すれば、かなり得になる。逆に金塊に両替するにも手数料がいる。もともと用意していればともかく、足りなければ、その分を両替しなければならない。その手数料を負担しなければならないので、金塊で支払いたくないのだ。

「なんのために両替商が隣にいるんだ」

 アダンガルはずっと男を見据えていて、視線を動かさなかった。その視線の鋭さに男は只者ではないと感じ取っていた。匪賊か、いずれにしてもかなりの腕を持った軍人崩れに違いない。

アートランが戻ってきた。

「店主は、ヴラド・ヴ・ラシスに報告しただけだった。うまく買い叩けと言われた」

「こうしませんか?」

 男が、アダンガルが書いた金額の隣にそれより少し上回る金額を書いた。ほぼ相場だ。

「これを金貨と銀貨で」

 アダンガルが承知した。

 男がすぐにそろえると奥に引っ込んだ。小僧がお茶を運んできた。ヴァンも椅子に座り、ふたりで飲んだ。

「買い物、できたかな」

 ヴァンがちらっと振り返るようなそぶりをした。

「生鮮食料以外は買えるだろう」

 アダンガルがゆっくりと茶を口に含んだ。

 買出し組の連中は、港街に入ってすぐに荷車を借りた。最初ヴァシルが引いていたが、レヴァードがあっちこっちきょろきょろと見回して、店などにふらふらと寄っていってしまうので、レヴァードに引かせることにした。

「あちこちに行かないでください。迷子になったらどうするんですか」

 エアリアがたしなめると、レヴァードがすまなそうに頭を下げた。

「いや、こんなところ、初めて見るし、なんか、面白いものがたくさんあるし」

 物珍しいのだろうが、あまり時間がないので、さっさと買い物をしなければならなかった。

 最初に衣服を買おうと衣料市場の通りに向かった。男五人分、子どもふたり分の肌着と普段着、靴などを買い求めなければならない。露天の店の中で比較的質のよいものを扱っているところで肌着を求めた。

「あなたの分はいらないですね」

 エアリアがヴァシルに言った。ヴァシルがむっとした。

「そんなにわたしを追い出したいんだ」

 エアリアが首を振った。

「あちらは人手が足りなくて困ってるだろうから早く帰ったほうがいいのではと思って」

 ヴァシルがそうだろうけどと不愉快そうに下を向いた。

「ヴァシルはぼくとほとんど同じ体形だから、必要なときはぼくの分貸してあげるよ」

 リィイヴが言った。ヴァシルがちょこっと首を曲げた。

その店に子ども用のものはないので、買ってから、別の店を覗いた。持たせた着替えをなくしてきてしまったので、セレンの分も買い直さなければならなかった。

そのほかに靴下や櫛、かみそり、石鹸なども求めた。

普段着は、きちんと屋根のある店に入り、選んだ。

「アダンガル様のものはどうする?」

 アリュカが少し持ってきたが、洗濯もするのでシャツやズボンは必要だった。

「へたなものは選べない」

 ヴァシルが、王宮の仕立て部屋で誂えさせているものしか着ていないからと言った。見て回ったが、大柄なこともあって、適当なものがなかった。

「もう少し先に上等な店があるよ」

 店の者に教えてもらって、行ってみると、店構えがかなりいい。

「高そうですね」

 エアリアが眉をひそめた。ヴァシルがさっさと入っていった。

「ヴァシルさん!」

 リィイヴとレヴァードには荷物番するように言いつけて、あわててエアリアが追いかけた。レヴァードがこっそりと話しかけてきた。

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