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第204回   イージェンとマシンナートの教授(2)

 イージェンが、エアリアとヴァシルに夕飯を用意するよう命じた。

「少し早めだが」

 そう言って、セレンを夕飯まで休ませてくると立ち上がった。アートランが追いかけようとしたが、イージェンが言いつけた。

「アートラン、湯をたくさん沸かして、みんなを沐浴させろ」

 夕飯はさっぱりしてからだと、セレンを連れていった。アートランがうな垂れてしまっているので、アヴィオスが気遣った。

「アートラン、俺も手伝うから」

 ヴァンも心配そうに声を掛けた。

「俺も手伝うよ」

 船倉にある大鍋でたくさん沸かそうと案内していった。

 カサンとレヴァードのふたりは、リィイヴに連れられて、それぞれあてがわれた部屋に入った。

「お湯が沸いたら、もってきますから、それまでここで休んでてください」

 リィイヴが椅子を勧めると、カサンが座って、大きなため息をついた。

「アリスタがその、…死んだんだが、ヴァンは、知ってるのか」

 リィイヴが息を飲んでから、肩を落とした。

「ええ、ぼくたちの目の前で…」

 カサンが驚いた顔を上げた。

「イージェンを脅すために爆死させられたと聞いたが、まさか、ふたりの前で…」

 ひどすぎるとカサンが頭を振った。

「まだすごくつらいので、触れないであげてください」

 カサンがうなずいた。

「そうだ、ファランツェリ様がエトルヴェール島に配属になったこと、イージェンは知っているかな」

 リィイヴが青ざめて首を振った。

「たぶん、知らないです、なんでファランツェリ様が」

「通信衛星打ち上げのミッションに加わるそうだ。いよいよ近いってことだが…」

 それもアルティメットが死んでしまったという前提ではないかと眉を寄せた。

「あの方は恐ろしい方だ、アリスタが死んだときのこととか、イージェンを解剖したときのこととか、笑って話していた」

 カサンが声を震わせた。リィイヴが眼を閉じた。

「そうでしょうね、あのパリス議長の子どもですから」

 自分は違う、あの連中とは。あのヒトの子どもでもなければ、あの子の兄でもない。

お辞儀して部屋を出た。

 厨房でエアリアとヴァシルが夕飯の仕度を始めた。香草を刻んでいるエアリアに言われてヴァシルが出汁とりにする干し肉を切った。

「イージェン様はあのふたりをどうするつもりなんだろう」

 エアリアが一瞬刻む手を止めたが、ふたたび動かした。

「リィイヴさんがすすめていたし、南方大島に送るのでは」

 ヴァシルが肩で息をした。

「どうせ、始末するんだろうけど」

「ええ、そうですね、でも、もしテクノロジイを捨てるのなら、生かしておきたいのかも」

 カサンはラウドをたぶらかそうとしたが、バレーが消滅したと聞いたラウドが心配していたのは、エアリアも覚えている。セレンをよく世話してくれたということは、根は悪いヒトではないのだろう。しかし、マシンナートなのだ。テクノロジイを捨てないかぎり、殺すしかない。

 ヴァシルが、食料庫の中を開けた。

「食料が心もとなくなってきた」

 ヒトも増えたし、レアンの軍港に戻ったら、買いに行こうと話した。

「そういう費用って、どこが出しているのかな」

 エアリアが不愉快そうなサリュース学院長の顔を思い出した。

「エスヴェルンですね、たぶん」

 ヴァシルが自分の分だけでも、カーティアに負担してもらおうかと提案した。

「陛下はお許しくださると思うし」

 宮廷も学院も一も二もなく承諾するだろう。エアリアが素っ気無く言った。

「ヴァシルさんは、もうカーティアの学院に戻るのでは」

 ヴァシルが少し不満そうな顔をエアリアから逸らした。

 ヴァンとアヴィオス、アートランの三人は、船倉の大きな鍋を四角い石を積み上げた上に乗せ、湯を沸かしだした。アートランが鍋の底に手を当てて、ガンガン熱くした。鍋の底が真っ赤になっていく。

「アートラン、熱くしすぎじゃないか?」

 ヴァンが驚いた。鍋が溶けそうな勢いだった。

「早く沸く」

 ぶっきらぼうに言った。たしかにたちまち鍋の水は湯になった。かなり熱いので、気をつけて桶に入れた。湯の桶と、水の桶みっつ、おおきなたらいを一組にして、三人で運んでいく。

「あのマシンナートたち以外は、ここで浴びないか、部屋にもっていくの面倒だ」

 アートランが言うと、ヴァンがそれいいなと返事した。

「あ、でも、セレンの部屋には持っていこう」

 アートランがうなずいた。

 まずカサンの部屋に持っていくと、ヴァンが文句を言われた。

「こんな少しの湯でどうしろというんだ」

 おかわり、もってくるからと言った。そこにリィイヴが着替えを持ってきた。

「こんなごわごわしたやつ、着られるか」

 いちいちぶつぶつ言うので、アートランが拳をぶるぶるとさせた。その耳もとでリィイヴが言った。

「いいから、こういうヒトなんだ」

 文句言いつつ、結局するからと苦笑した。

 わかっているが、どうも殴りつけたくなる。セレンの看病をしてくれたのはありがたかったが、セレンはこの『教授』のことを優しいいいヒトだと思っている。こいつも、不埒な気持ちはないが、セレンをかわいいと思っている。イージェンだけでもいやなのに、まさかこいつも、セレンを取ろうというのではと心配になっていた。そういえば、ヴァンもだったと目つきが険しくなった。

 隣のレヴァードにも持っていった。リィイヴも一緒に船倉に下りて、たらいをふたつ並べて湯を張った。

「俺、カサン教授におかわり、持っていくよ」

 ヴァンが先に使っててくれと言って、湯と水の桶をもって上がっていった。リィイヴがアヴィオスに先に使うようすすめたが、首を振った。

「まず、おまえたちだ」

 アートランとリィイヴに使わせた。アヴィオスがアートランの背中を流した。

「いいよっ、やらなくて!」

 いいからと頭から湯を掛けて手で髪をくしゃっくしゃっと洗い、手ぬぐいで背中をさすった。アートランがむすっとした顔でされていた。アヴィオスが急に思い出した。

「そうだ、驚いたことに、リィイヴは母上の従弟だったんだ」

 アートランがちらっとリィイヴを見た。

「ああ、そうらしいな」

 アートランがアヴィオスから手ぬぐいを受け取って自分で前を洗った。アヴィオスはリィイヴの背中も流そうとした。さすがに断ってさっさとあがった。アヴィオスが、湯の入れ替えをしたたらいに入った。

「そんなにじいさんに会いたいんだ」

 アートランがつぶやいた。アヴィオスは湯をすくって顔を洗った。

「ああ、お会いしてみたい」

 アートランがたらいから出た。

「ふーん」

 ばかにしたように鼻を鳴らし胴着を着て、船室への階段を登っていった。

「アートラン、そうとう機嫌悪いな」

 リィイヴがそうですねといいながら、くすっと笑った。

「おかしいのか?」

 アヴィオスが首をかしげた。

「ええ、なんか、機嫌の悪いところ、イージェンに似てるなと思って」

 アヴィオスもなるほどそういわれてみればと笑ったが、急に真顔になった。

「あいつ、反対している、おじいさまと会うこと」

 リィイヴが真剣なアヴィオスの横顔を見つめた。

 

 夕飯の支度が出来たとエアリアがセレンを呼びに行ったが、湯浴みして気持ちよくなったのか、イージェンの腕の中でぐっすりと寝ていた。

「起こすの、かわいそうですね、こちらに持ってきましょうか」

 イージェンが、後で起きたら自分が用意して食べさせるからいいと断った。了解して出て行こうとしたエアリアを呼び止めた。

「エアリア」

 エアリアが振り返った。

「おまえも今夜はぐっすり眠れ。俺が起きているから」

 うなずいた。

 食堂に戻り、セレンは寝ているので来ないと告げると、アートランが不機嫌そうに出て行こうとした。

「アートラン、あなたはここできちんと食べなさい」

 エアリアがきつく言った。しぶしぶ席に着いた。リィイヴがカサンとレヴァードを連れてきた。

 ふたりは椅子に座ったが、カサンは、座り心地が悪いのか、何度も座りなおすようなそぶりをした。

「では、食べようか」

 アヴィオスが、水の杯を取り、小さく掲げて頭を下げた。みんなが続いたが、カサンは杯を取らなかった。レヴァードはなんとなく真似していた。水の杯を空けて食べ始めてから、リィイヴがうながした。

「どうぞ、食べてください」

 カサンがフンとそっぽを向いた。

「こんな品質管理していないもので作った食事なんか、食べられるか」

 レヴァードがフォークを掴んで、干し肉を刺し、がばっと食べた。

「レヴァード、おまえっ!メディカル分野専門のくせに、そんなもの、よく食えるなっ!」

 レヴァードがカサンをちらっと横目で見た。

「腹減ってるから」

 向かい側に座っていたヴァンが温野菜を勧めた。

「こいつ、塩だけで食べるんだけど、うまいですよ」

 レヴァードが芋と人参を山ほど自分の皿にもらった。シチューは水分の多い赤いラクォウという野菜とタマネギを良く煮込んであるものだ。ラクォウのすっぱさがあって、さっぱりしている。ひとくち飲んだレヴァードが感心した。

「うまいな」

 カサンも腹がきゅうっと鳴ってしまった。こそっとスプーンを握ってシチューを少し含んだ。

 たしかにうまかった。なにかが濃い感じがするのだが、よくわからなかった。パンはカリカリに焼いたもので、香ばしい。カリッとした歯ざわりがいい。食べているのに気づいてリィイヴが言った。

「どうです、おいしいでしょう?」

 カサンが不機嫌そうに口に運んだ。

「背に腹は替えられないから、しかたなくだ」

 ヴァンと顔を見合わせて肩をすくめた。

 食べ終えてから、茶を出した。エアリアが、カサンとレヴァードの前に茶碗を置いた。

「このお茶飲んでいれば、おなか壊したりしませんよ」

 ゆっくりと口に含むようにして飲んでくださいと言って、厨房に向かっていった。片付けするのだろうとリィイヴが追いかけた。

「片付けするの手伝うから」

 エアリアが首を振った。

「あなたは休んでください、ヴァシルさんとしますから」

 ヴァシルが皿や小鉢を盆で下げてきて、さっさと始めた。しかたなく、食堂に戻ると、ヴァンがカサンたちを連れて行こうとしていた。ひとり残っていたアヴィオスが、立ち上がった。

「また読書ですか」

アヴィオスがうなずいた。後でお茶を持っていくのでと気遣うが逆に気遣ってくれた。

「早く休むといい、疲れただろう」

 部屋に戻り、ベッドに横になっていたが、どうにも落ち着かない。

 マリティイムで決めたこと。

 今夜、エアリアを訪ねようと思っていたが、なかなかふたりきりになれないので、様子をうかがうことができない。いきなり行ったらやっぱりまずいよなぁ、でもこの勢いで行かないとなかなか進展しないしと悩ましかった。

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