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第201回   イージェンと海獣王《バレンヌデロイ》(4)

 イージェンが水門をこじ開けてマリティイムの所内に侵入するとすぐに警報が鳴った。

『緊急警報、第二タービンゲェィト破損、至急調査せよ』

 抑揚のない女の声が聞こえてきた。リィイヴが気圧室を小箱で開け、全員が入り、室内の気圧を下げていく。壁の赤い警報灯が青い安全灯に変わって、内部への扉が開いた。

「行け」

 イージェンが仮面の顎をしゃくった。アートランが猛速で飛んでいく。

「セレン!どこだ!」

 つながってはいるが、あまり強くない。もしかして、意識がないのか。それでも、外からよりは手繰れる。

「ヴェール区ってとこだな!」

 リィイヴの書いた配置図を思い出して、迷うことなく進んでいく。

『警戒態勢レェベェル6、侵入者三名、ガジエル区、遮断壁で封鎖』

 ガガァンと音があちこちからしてくる。この区画を閉鎖するために遮蔽壁が降りてきていた。降りきる前にシュンッとわずかな隙間を抜けていく。

 エアリアとリィイヴはすでにガジエル区を抜けていた。飛びながら、リィイヴはハァーティ所長の小箱を片手で操作していた。

「アンダァボォウトは、キャル・ドゥとサンクゥ・ドゥのふたつの港口にそれぞれ二艦ずつ係留されてる。ここからだと、サンクゥ・ドゥの小ドームが近いね」

 大教授のクォリフィケイションなので、所内のデェイタの引き出しは難しくない。

「サンクゥ・ドゥに向かいます」

 エアリアが手に光の杖を出した。

「前からマシンナートが来ます」

 近くにいたものたちか。角の陰からオゥトマチクの銃口が見えた。飛び出して発砲してきた。ダダッダッと連続的な音がした。魔力のドームに当たって弾き飛ばされる。光の杖から電光の風が吹き出した。風がシュンッとマシンナートたちの身体を拭きぬけた。

「ギャーッ!」

 悲鳴が上がった。風で身体はふたつに引き裂かれ、床に離れて倒れた。リィイヴは思わず眼をつぶり、エアリアにしがみついた。何人かやってきたものたちを倒して先に進む。

『侵入者二名、カジエル区よりクゥオル区に移動、クゥオル区三十二番地封鎖、クロフォ散布』

 男の声が聞こえてきた。リィイヴの顔色が変わった。

「クロフォってなんですか?」

 エアリアが尋ねたが、すぐに返事しなかった。

「リィイヴさん?」

 何度か呼びかけてようやく気づいた。

「な、に…」

 何かにおびえたような眼で唇が震えていた。

『リィイヴ、久しぶりだな、まさかおまえがここに来るとは』

 男の声が頭から降ってきた。

『ずいぶん大きくなったな、おとなは抱きたくないが、でも、おまえは特別だ、あのときのようにかわいがってやろう』

リィイヴが頭を左右に振った。

「やめてっ!」

 目の前に壁が降りてきて、天井から白い煙が噴出してきた。

『そこで待っていろ、今迎えに行くから』

「やめてっ…よっ!」

 白煙を避けるように、すぐ左の通路に飛び込んだ。

 リィイヴが激しく身体を振り続けるので、エアリアが一度どこかに降りようとしたが、後ろから白煙が迫ってきた。後ろに向けて光の杖を出し、電光を含んだ風を噴出した。ゴオッと音を立てて光風が突き進み、白煙とぶつかった。ボォムのような爆発が起き、爆風が通路を吹きぬけた。エアリアは魔力のドームを強くして、ギュンと速度を上げた。

 リィイヴは、激しく動揺して身体を振り続けていた。別の通路に折れ、床に降りた。

「いやっ、やめてっ、やめて…」

 リィイヴが子どもに戻ったように頭を抱えて泣き叫んだ。エアリアがリィイヴの両肩を掴んだ。

「しっかりしてください、落ち着いて!」

 リィイヴが顔を伏せて首を振った。

「あのヒトがあなたにひどいことをしたヒトですね」

 エアリアが手を光らせて、リィイヴの両手を握った。暖かく強い力が身体の中に広がっていく。

…あたたかい、エアリアの手…

 昔のように心が閉ざされそうだったリィイヴを現実に引き戻した。涙の顔を上げた。

「あのヒトを殴りにいきましょう、顔の形が変わるくらい。その後わたしが殺します」

 エアリアが真剣な顔で言った。リィイヴが眼を見張って、エアリアを見つめた。

「はっ…君が、そんなこと言うなんて…ははっ…あっ」

 急におかしくなって、泣きながら笑った。

「おかしいですか」

 エアリアがきょとんとした。リィイヴが涙を流しながらうなずいた。

「いいよ、どうせイージェンが跡形もなく始末してくれるから」

 エアリアもそうですねと言って、またリィイヴを抱きかかえた。リィイヴは落ちないようにと、堅く抱きつきながら身体が熱くなるのを感じた。

…船に戻ったら、絶対に、エアリアと寝る。

 決めた。

 少し遠回りになってしまったが、ふたりはサンクゥ・ドゥへの筒状の通路に入った。


 アーレと同じようになると言われて、警備員ふたりはどうしたらよいか困ったように顔を見合わせていた。カサンはその間にさっと手術室への階段を降りた。

「待てっ」

 警備員たちが追いかけてきた。セレンは手術台に乗せられていて、まだ意識が戻っていなかった。

「セレン!魔導師が来たぞ!」

 カサンが呼びかけながら、揺さぶった。セレンが少し眼を開けたように思えたが、すぐに閉じてしまった。

「おい、その子どもから離れろ」

 警備員のひとりがカサンにオゥトマチクを突きつけた。カサンがセレンを抱き起こそうとした。

「おまえたち、本当に逃げないと大変なことになるんだぞ」

 手術室の扉がバァンと音がして倒れた。金髪の少年が姿を現した。

「わああっ!」

 警備員たちがわめきながら、オゥトマチクを発砲した。少年が手をかざす。まるで壁に防がれたように玉は弾かれた。少年が口からふっと息を吹くと、息は光の針となって、警備員の喉元に突き刺さった。

「うっ!」

 ふたりは次々に倒れた。

「セレン!」

 少年は、セレンに走り寄り、カサンから奪い取った。

「セレン…セレン!」

 セレンが眼を開けた。

「…アート…ラン?」

 顔を殴られたのだろう、痣がある。指先でなでてから、しっかりと抱きしめた。セレンが泣きながらしがみついた。

「アートラン…アートラ…ン」

 アートランも泣きそうな顔をした。

「帰ろう」

 セレンがうんうんと何度もうなずいた。抱きかかえ、ふわっと浮かび上がった。カサンがぼうっと見送っていた。

…この子どもがアートラン…

急に力が抜けて座り込んだ。セレンがアートランに頼んだ。

「お願い、カサン教授も一緒に連れていって…ぼくのこと助けたから、ここにいたらきっと」

 アートランがフンと顔を逸らした。

「どうせここは仮面が始末する、こいつも一緒に消える」

 セレンが首を振った。

「殿下も無事かって心配してたもの、助けて」

 アートランが舌打ちしてカサンに近寄った。セレンを右腕で抱え、座り込んでいるカサンの腕を掴んだ。

「な、なにするんだ!」

 カサンが後ずさりしようとした。アートランが強引に脇の下に腕を入れた。

「暴れんなよ」

 アートランがふたりを抱えて、飛び上がった。

「ひやぁっ!」

 カサンが驚いて悲鳴を上げた。

「あ、ありえん!」

 こんなありえないこと。眼をつぶって震えた。

 頭の上から男の声が響いてきた。

『侵入者二名、カジエル区よりクゥオル区に移動、クゥオル区三十二番地封鎖、クロフォ散布』

 セレンが怯えて眼をつぶり、アートランにしがみついた。

「あいつか、殴ったのは…」

 殴っただけではない。

「くそっ!」

 探し出して殺してやる!

「おい、あいつがどこにいるかわかるか!」

 アートランがカサンに聞いた。カサンが眼をつぶったまま言った。

「ち、中央管制棟だ」

 記憶している配置図を手繰った。ここからそう離れていない。

『リィイヴ、久しぶりだな、まさかおまえがここに来るとは。ずいぶん大きくなったな、おとなは抱きたくないが、でも、おまえは特別だ、あのときのようにかわいがってやろう』

 アートランが怒りに眼を細めた。リィイヴにもひどいことをしていたのだ。

「生かしておけない」

 ふたりを抱えたまま、小ドームに向かわず、中央管制棟のある区域に向かった。

 中央管制棟の入り口に降り立った。

「ここ、あんたで開けられるのか」

 カサンがしぶしぶな顔で小箱を使った。だが、開かなかった。

「所長が施錠したようだ、わたしでは開けられない」

怒りに眼を釣り上げたアートランが拳を堅く握り、扉の横の小箱を当てる認証盤を叩き割った。

「わっ!」

 カサンが声を上げた。ヒトの力で叩き割れるものではないのに、あっさりと壊れた。火花が散る。扉に手をかけ、無理やりこじ開けた。

 中に入ろうとしたとき、それまで鳴り響いていた警報が消えた。

「始まるな」

 アートランが足を止めた。

「わかった、あんたに任せる」

 アートランが何かに向かって言い、戻ってきてセレンとカサンを抱きかかえた。

「あのクソは仮面が始末する。船に急ごう」

 ふたりとも眼をつぶってろと言い、高速で飛んでいった。

 所内は警報が切れて、不気味な静けさが訪れた。そして、タァウミナルに向かっていたものたちがモニタァの異変に気づいた。モニタァが黒い画面になり、ものすごい勢いで上から下に白い文字列が流れていき、表示されるとすぐに消えていった。最後に全てのモニタァに灰色の仮面がボオッと浮き上がってきた。低くかすれた声が聞こえてきた。

『マシンナートに告ぐ…これからこの海底研究所を消滅させる。三十ミニツやる、逃げたければ逃げろ』

 三十ミニツでも脱出できるかどうかわからない。小ドームに近い区域のものは逃げられるかもしれないという程度だろう。声は、所内全域に聞こえた。

 警報が鳴っても堅く施錠して室内に籠もっていたアーレのインクワイァたちが、あわてて出てきた。

「アルティメット?!死んだはずだろ!?」

「どこなんだ、マリィン、どこのポォウト?!」

「モゥビィルあるのか!?」

 恐慌状態でポォウトに向かって走り出した。


 中央管制棟でリィイヴたちの位置を見失い、所内のキャメラで探していたディムベスは、扉が何者かに破壊されて、驚いて後ろを向いた。誰も入ってこない。銃身の短いオゥトマチクを構えた。そのとき、警報が止まった。

 あわててモニタァを見ると、暗転したモニタァに灰色の仮面が浮かび上がった。

「ア、アルティメット…?」 

『マシンナートに告ぐ…これからこの海底研究所を消滅させる。三十ミニツやる、逃げたければ逃げろ』

 アルティメットは死んだはずだ。

「パリス議長、失敗したのか」

 急いで逃げなければ。脱出用のアンダァボォウトが港口とは別の小ドームにある。そこに向かおうとした。

 目の前に影がゆらりと降りてきた。

「…おまえか、リィイヴやセレンにひどいことをしたやつは…」

 灰色の仮面。アルティメットだ。

 ディムベスががたがたと震えて、オゥトマチクを向けた。

 オゥトマチクを撃とうとしたが、指が動かなかった。仮面が顎に手を掛けて、ゆっくりと持ち上げた。その仮面の下を見て、ディムベスが腰を抜かした。

「ひっ!?」

「現し世にいてはならない存在」

 その仮面の下のありえないものを見て、ディムベスの心は壊れた。

「ひやぁぁぁっ!」

 歪んだ顔のディムベスの身体が霧のように分解して仮面の下に吸い込まれていった。

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