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第192回   イージェンとヴラド・ヴ・ラシス《商人組合》(5)

「そのうち、ひとりはガーランドのダルウェル、一の大陸に行ってしまったので、この大陸にはいない。もうひとりは、滅んだイリン=エルンのヴァシル、今はウティレ=ユハニの学院にいるはず。さいごのひとりは、クザヴィエのリンザー」

 この中で問題はヴァシルだけで、もしウティレ=ユハニの学院がリンザーを呼んだとしても、あるいは、他の大陸の魔導師や大魔導師に助力を頼むにしても、一日や二日では到着しないので、それまでに決着をつけてしまえばよいと話した。

「そのヴァシルという魔導師にアウムズが全部やられるということは」

 パミナがぐいとジェトゥに身体を寄せた。眼を落とすと、豊かな胸の谷間が見えた。

「一台ずつ壊すことはできるだろうが、いちどきに全部は無理だ。一台を壊すことに集中している間に何発もあの砲弾を打ち込めばいい。ずっと魔力のドームを持たせられるわけではないから、破れたら、普通に死ぬ」

 あの威力ならバラバラになるだろうから、さすがに回復はできない。パミナがほっとした顔でジェトゥの胸に寄りかかった。

「それなら心配することはないですわね、他の魔導師はすぐに死ぬ?」

 あの砲弾を打ち込まれたら、他の魔導師は防ぎ切れないだろうと言った。力系の魔力は鍛えにくい上、学院は戦争には不関与が基本なので、もともと魔力が強くないものはあまり力系の術の修練をしないのだ。

「信じますわよ?ジェトゥさん」

 うなずいたジェトゥの手を握った。

「もっと親しくなりません?」

 パミナがささやきながら赤く染まった眼で見上げた。


 重ねていた身体を離して、パミナが頬にかかった髪を払い、艶めいたため息をついた。

「ジェトゥさん、これからも親しくしましょうね」

 ジェトゥが身体を起こし、背を向けて、服を着け始めた。

「あなたも忙しい身だろう」

 パミナが背中から抱きついた。

「このミッションが成功すれば、ゆっくりできますわ」

 ねだられるままに激しくしてやったからか、気に入られたようだった。

 このマシンナートの女は、寝た男が魔導師と知ったらどんな顔をするだろうか。ジェトゥがさっと離れた。

「明日父に報告するので本拠に戻るが、三日後の〇九〇〇までには間に合わせるように来る」

 ダリアトのことを頼んでパミナの部屋を出た。一階の部屋に戻るとアルトゥールがぐっすりと寝ていた。

「こんなところで、熟睡か」

あまりに無防備だが、自分と一緒なので安心しているのだろう。異端の中でも物怖じしない。度胸があるというか、恐れを知らないと言うか。自分よりも祖父に似ているなと眼を細めた。

 翌朝、夜明け前に馬に乗ってラボを離れた。充分に離れたところまで来たとき、ジェトゥは、アルトゥールの馬に寄せて、手綱を寄越すよう手を出した。アルトゥールがどうするのかと戸惑いながらも渡すと、二頭の馬はふたりを乗せたまま、浮き上がった。

「わあっ!」

 アルトゥールが馬のたてがみにしがみ付いた。ちらっと下を見るとどんどん地上から離れていく。

「早く本拠に戻りたいから、飛んでいく。眼をつぶっていていいから」

 アルトゥールは驚きながらも感激していた。

…とうさん、ほんとうに魔導師なんだなぁ…

 アルトゥールは朝日を浴びて輝いているジェトゥをまぶしそうに見つめた。


 本拠に戻ったジェトゥは、父のアギス・ラドスにアウムズのことやミッションのことを報告した。

「イリン=エルンの学院長は誰と言ったのですか」

 アギス・ラドスが立ったままのジェトゥに座るよううながした。しぶしぶ椅子に座ると、従者が茶を差し出した。

「レスキリだったかな、副学院長の名前を言ったと思うが」

 受け取った茶を飲みながら、やはりとため息をついた。

「学院のことをどこまで話したかわからなかったので、パミナ教授の質問に答えにくかったです」

 好きに話せばいいと勝手なことを言った。

「ダリアトはもちそうか」

 ラボでの治療には限界があるようだが、ウティレ=ユハニが壊滅するまでは持たせてやってくれるよう頼んできたと話した。

「開戦してから、数日で決着をつけるよう勧めましたよ」

 アギス・ラドスがうむとうなってから、紙を見せた。

「ウティレ=ユハニに潜らせているやつからの報告だ」

 ジェトゥがちらっと眼を落としてすぐに返した。

「ウォレビィは宣撫部隊隊長になったのですか、血生臭いことのほうが好きな男ですけどね」

「それより、どう思う、ティセア姫がグリエル将軍の夫人になったというのは」

 ジェトゥが首をかしげた。

「どう思うと言われても…興味ありませんが」

 本当なら黒狼王が側室にしたいのだろうが、王妃の反対が目に見えているので、グリエル将軍に褒美にやったというところだろう。

「隠れ蓑だな、あの若造がティセア姫をほおっておくはずはない、惚れて惚れ抜いたと聞いている。子飼いの将軍宅に囲ったんだろう」

 黒狼王は即位したときからヴラド・ヴ・ラシスを軽んじる態度を取っていた。そのため、アギス・ラドスにとっては、やはり金では動かなかったティセアの父キリオスとふたり、いずれ煮え湯を飲ませてやりたいという相手だった。ラスタ・ファ・グルアをイリン=エルンに占領させてティセアを国王に奪わせることは、ふたりを苦しめることになるので、ジェトゥが頼んできたとき、両得だときちんと勘定して手伝ってやったのだ。

 ジェトゥが茶碗を空にした。

「どうでもいいですよ、どうせ、数日後には、ウティレ=ユハニの王都は灰になりますから」

 マシンナートの砲撃を受けて、王都は火に包まれ、黒狼王もティセアも死ぬのだ。

 アギス・ラドスが、黒狼王の強制退去を受け入れたのは、なにもその王威に屈したからではない。パミナからアウムズの威力を聞いて、王都を灰にすることができるかもしれないと思ったからだ。巻き込まれないために早々に安全な場所に移動したのだ。

「そうか、もったいないことだな、戦姫いくさひめを灰にするのは」

 少し考えてからアギス・ラドスが思いついた。

「そうだ、連れてきて、アルトゥールの側女にするか」

 平然としていたジェトゥが不愉快な色を見せて、眼を伏せた。

「やめてください、ティセア姫は災厄です、連れてきたらヴラド・ヴ・ラシスが滅びますよ」

 そうした『星』に生まれついている。ラスタ・ファ・グルア、イリン=エルン、そして、今度はウティレ=ユハニ。係わった国もヒトも滅びるのだ。

「まさかそんなこと、あるのか?まあ、おまえが言うのだから、そうなんだろうな、別に、美しい女などいくらでも手にはいるからいいが」

 アギス・ラドスが不敵に笑い、机の上に置いてあった冊子をばさっと投げた。

「総会の議事録、読ませてもらったが、イージェンの養い親のネサルという男、昔、五の大陸の長老が幹部にと誘っていたやつだ」

 かなり出来る人物なので、五の大陸の長老たちが是非にと勧誘したのだが、結局本人が断ったのだ。

「落ちぶれても、ヒトの下に付きたくなかったのでは。なにしろ、王位を狙うほどの人物でしたから」

 ジェトゥが議事録を手にした。

「そうだろうな、だが、もし幹部になっていたら、この席にはネサルが座っていたかもしれん」

 そしてジェトゥの席を指差した。

「その席には、イージェンが座ることになったかもな」

 アギス・ラドスが真剣な目でジェトゥを見つめた。

「それはなかったのでは」

 ジェトゥがさらっと往なした。イージェンはしかたなく人買いを手伝っていたようだったし、ヴラド・ヴ・ラシスを嫌っているようだった。そのようなことになっていたら、ヴラド・ヴ・ラシスを潰していたかもしれない。

「学院もいろいろと…大変だな」

 アギス・ラドスが皮肉っぽく含み笑いした。ジェトゥがそういえばと尋ねた。

「グルキシャルが武装蜂起するそうですが、おとうさんの差し金ですか」

 ジェトゥがぬるい茶を持ってくるよう言いつけた。

「いや、少々寄進はしたが…あのサイードという大神官はよくわからん」

 ぬるい茶を受け取ったジェトゥが指を光らせて茶碗に差し入れぐるぐると回した。その様子をアギス・ラドスが優しい目で見ていた。

「なにしろ、襲撃の目的は『神の王国ディウィ・ル・ワ・ヨォウム』を作ることだそうだ、頭がおかしいとしか思えん」

 急にジェトゥがくくっと笑った。滅多に笑うことがないので、アギス・ラドスがうれしがった。

「おお、おまえを笑わせたから、サイードにはもう少し寄進してやるか!」

 ジェトゥが笑いを堪えられないようで、手を振った。

「やめておいたほうがいいですよ、あまり係わらないほうが」

 アギス・ラドスは、精錬してくれた茶をゆっくりとすすりながら、そうかと言いつつも、納得はしていないようだった。

「ヴラド・ヴ・ラシスからとは言っていないし、学院へのいやがらせになると思ったんだが」

 ジェトゥが真顔に戻った。

「サイードはイージェンと同じように学院が見逃してしまった魔導師です。大勢を『間違った』方向に導いているから、イージェンがほおっておきません、いずれ滅ぼします」

(ことわり)》を崇敬する対象として擬人化した『神』。サイードはその神の子と騙っている。グルキシャルの信者のほとんどは苦しい現実からなんとか助けてもらえないかとすがってくる弱者だ。ただ、食い物を与えてくれて、病気や怪我を治してくれればそれでいいのだ。本来それは宮廷がすればいいことだが、全部に行き渡ることはどれほど豊かな国であっても、不可能だ。だから、貧しい国では、そのような信仰にすがって救済を求める民が多くなる。ただ、それだけのことにすぎない。

 食い物や薬を分け与えているだけならば、潰されることはないだろうに。なにを血迷ったのか、『神の王国』などとばかげたことを言い出して。

「やはり大魔導師は恐ろしいか」

 ジェトゥが目を閉じた。

「ええ、ヒトならざる存在ですから」

 それこそ『神』と名乗っても不思議ではないほどだ。だが、不死ではなく、寿命があるのだ。だからと言って、ヒトの手で殺せはしないだろうが。

 ヴラド・ヴ・ラシスも、ただ金儲けするだけでなく、本当に五大陸の物・ヒト・金の流れを支配するつもりなら、もっとそれぞれの大陸の幹部の質を上げなければならない。商人だけでなく、職人にも組合を作らせて、宮廷の言いなりのままに買い上げの値段や質をさだめられないように交渉する必要が出て来る。もちろん、あくまで表立って支配しようとするのではなく、宮廷が執務を行う上で使わざるをえない存在であるべきだ。裏で、闇で、うまく立ち回る。それがあるべき姿だ。

 いずれマシンナートは滅び、グルキシャルもなくなるよう、イージェンには『頑張って』もらおう。

 ふと目を開けると、扉の影からアルトゥールが顔を出し、手を振っていた。アギス・ラドスに手招かれて勢いよく膝の上に飛び乗った。

「おい、じぃを壊す気か?!」

 うれしそうに笑い、アルトゥールを抱きしめた。

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