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セレンと灼熱の魔導師(7)

 大陸最東の国イェルヴィール、その王都に程近い港街にリアウェンは住んでいた。ネサルの名を言うと快く書庫を開放してくれた。リアウェンは二十台半ばくらいの青年で、魔導師の書物は盗んだものだと言った。

「魔導師のイメインってのがいてね、王都の外れに隠居してたんだが、盗む機会をうかがっていたら、いつのまにかいなくなってて…」

そういって、手のひらに乗るくらいの鈍色の板を見せた。

「魔導師の長衣が脱ぎ捨てられてて、その中にあったんだ」

リアウェンはイージェンの手のひらにその板を乗せた。するとその板が一瞬淡く光った。

「なんで光ったんだろ」

 リアウェンが首を傾げたが、自分には意味のないものだとイージェンにくれた。リアウェンはなかなか手に入らない書物を集めて、学者や医者に高く売るのが商売で、国内はもとより外国からも引き合いがあるのだという。イージェンは初めて読む魔術、占術、医術、調薬、国政、経済、歴史、さまざまな分野の書物に感動した。昼夜を分かたず読み漁り、その奥深く緻密な知識を次々と吸収していった。魔導師専用語センティエンス語の入門書もあり、あっというまに習得していった。センティエンス語で書かれた書物は、標準語の書物よりもさらに深い知識、驚くべき歴史の片鱗が書かれていた。

 イージェンは読み進めるうちに、多くの謎に突き当たり、その解決は書物だけでは無理だとわかってきた。リアウェンはただのこそ泥ではなく、高い知識と知性を持っていた。高度な言語であるセンティエンス語も理解していた。本来なら魔導師学院で学んでいるはずだが、謀反人の子どもで殺されるところをネサルに助けられたのだという。ふたりは多くの謎への純粋な好奇心で意気投合した。


 一ヶ月後、ネサルたちが到着した。ウルヴもすっかりよくなって、以前と変わらずに悪事を働いていた。イージェンはウルヴには内緒で暗殺の仕事をするようになった。なかなか近づけない立場というのは、だいたい想像が付いていたが、貴族や将軍、神官などの身分の高い者たちだった。正しいやり方の魔術を覚えたイージェンにとって、警備などものともせずに屋敷の奥深くに忍び込むことも、まるで心臓の病にでもかかったかのように命を奪うことも、たやすいことだった。

センティエンス語で書かれた魔導師の書物には、必ず『魔術、占術、調薬をはじめあらゆる魔導師としての行いは、人道から外れてはならない、私欲のために行ってはならない、常に真義と秩序のために行うべし』という前文が書かれていた。それは魔導師となる誓いの言葉ミスティリオンの一部である。暇があればリアウェンの書庫に通っていたイージェンは、読んだ書物から前文を破り、燃やしていった。リアウェンは苦笑しながら黙ってそのままにさせた。


 ウルヴが弟分として可愛がっている手下と一緒に酒場で飲んでねぐらに帰ってきた。ネサルがひとりで杯を傾けていた。

「とうさん、出かけたのかと思った」

 夕方姿が見えなかったので、出かけたのかと思ったのだ。座って酌をしようと酒瓶に手を伸ばした。ネサルが、先に酒瓶を握り、首を振った。

「先に寝ていろ」

 少し酔っていたこともあり、邪険にされたように思えて、無理やり酒瓶を奪い、直接呷った。

「ウルヴ!」

 ネサルは珍しく声を荒げて、酒瓶を持つ手をたたき払った。ウルヴが怯えて震えた。ネサルが近づこうとしたとき、扉が開いた。雨も降っていないのにずぶ濡れでイージェンが入ってきた。

「イージェン!」

 ネサルが駆け寄り、少しふらついているイージェンの肩を掴んだ。抱きかかえるようにして自分の部屋に連れて行く。ウルヴは呆気に取られていた。このところ、ネサルがイージェンに別の仕事をさせているらしいということはわかったが、手下たちもそれがなにかわからないようだったし、尋ねても、イージェンは薬草のことだと濁すだけだった。もしかしたら、自分よりもイージェンのほうがかわいくなったのだろうか。ウルヴは父の言葉が突然思い出された。

…あいつはおまえより役に立つ…

 イージェンは自分よりも頭がよく、剣術も優れていた。薬草だの調薬だのの知識は大変なもので、もぐりの医者やあやしげな薬屋が大金を持って依頼にくるほどだった。ウルヴは不安でたまらなくなった。ネサルに嫌われたら、捨てられたら。おかしくなりそうだった。そっと外から周り、ネサルの部屋の窓の外から覗きこんだ。

 ネサルがタオルでイージェンの頭を拭き、顔を拭いてやっていた。なにか話しているが聞こえない。そのうち、ネサルがイージェンの前で両膝を付いて頭を下げた。イージェンが青くなって見下ろしている。首を振って出て行こうとしたイージェンを後ろからネサルが抱きしめた。

「とうさん…」

 ウルヴは窓を破って入り、イージェンを殴ってやりたかった。ネサルがなにかを頼んでいるのだ、それなのにイージェンは拒んだ。あんな風に優しくしてもらっているのに。イージェンが身体を振った。ネサルが腕を解いた。

「わかった、どうせ俺はあんたには逆らえないんだ」

 高ぶった声で言い捨て、出て行った。ウルヴがネサルの部屋に入った。ネサルはまだ明かりをつけてベッドに横になっていた。

「ウルヴ」

「とうさん…」

 泣きそうな顔にネサルが起き上がり、手招いた。ウルヴがよろよろと近づいてくる。ベッドの横でひざまずいた。

「とうさん…俺をすてないで…イージェンより役に立って見せるから」

 ネサルがウルヴの頭を抱き寄せた。


 ネサルはずぶ濡れになったイージェンの外套を脱がせ、タオルで髪や顔を拭いてやった。

「どうだった、首尾は」

「殺したよ、あんたの伝言を伝えたその後に」

 ネサルの顔が輝いた。

「そうか、そのときのあれの顔見たかったな」

 イージェンが顔を逸らした。

「今までの七人も、今日のやつも全部あんたの仇だったんだな」

 今までは本人にもわからぬように息の根を止めたのだが、今日は伝言を伝えた後に殺せと言われた。

「あのとき、おまえたちが裏切らなかったら、反乱は成功していた。そうすれば、すべてを失わずにすんだ。ネサルバルル・キャニバールの死の使いが、おまえを殺す、我が恨みと憎しみを思い知れ」

 そのように言えと言われた。相手は中年の女だった。王宮の奥深くにいて、たくさんの護衛がいたため、その連中も全部殺さなければ、たどり着けなかった。

「ネサル殿は生きているのですね!どこに、どこにいるのです!会わせてください!」

その女はイージェンにすがるようにして聞いてきた。応える間もなく、騒ぎを聞きつけた護衛たちが入ってきたので、指先に光の針を作って、女の胸に向けて発した。針は心臓に突き刺さり、即死させた。

「姫様!」

 護衛兵が叫び、イージェンに切りかかってきた。次々と針を繰り出したが、その針は護衛兵たちには届かなかった。護衛兵の間にひとりの青年が立っていた。灰色の外套で身体をすっぽり覆い、手に輝く杖を持っていた。

「忌まわしいことだ、魔力をこのような悪行に行使するとは、現し世にいてはならない存在だ、死を与える」

 杖から光の弾が出た。イージェンはとっさに気の壁を作り、防いだが、魔導師の杖がイージェンを切り裂こうとした。イージェンが右腕でそれを受け止めた。

「うわああーっ!」

 イージェンが悲鳴を上げた。袖が蒸発し、腕が燃えるように痛くなってきた。だが、腕に魔力が集中してきた。まるで灼熱の棒のように輝きはじめた。

「まさか、これほどの!」

 青年が驚いて退こうとしたが、遅かった。灼熱の腕は光の杖を溶かし、熱波を発した。

「ぎゃあーあーっ!」

 魔導師の青年はかろうじて逃れたが、護衛兵はその熱波にあぶられ、火柱となった。イージェンはその隙にバルコニーから飛び降り、堀を潜って、馬のところまでやってきて、逃げ帰ってきたのだ。

「危険は承知だったが、ここまでしたら、俺だけでなく、みんなも危ない」

 ただのおたずね者ではない。王族を殺したのだ。おそらく、国を挙げて追求するだろう。

「頼む、もうひとり、もうひとりだけ殺してくれ」

「冗談じゃない、もうたくさんだ、これ以上はできない!」

 ネサルはひざまずいて、頭を下げた。

「魔導師学院長のザブリスだ。こいつだけは、どうしても生かしておけない」

 魔導師学院長と聞いて、イージェンは青くなった。なんとか逃げてこられたが、初めて戦った青年魔導師の魔力は恐ろしかった。学院長ともなれば、とても自分のかなう相手ではないだろう。

「とても無理だ」

 首を振って出て行こうとした。そのイージェンの背中をネサルが抱きしめて止め、耳元で言った。

「ウルヴに話してもいいのか」

イージェンが身体を振った。ネサルが腕を解いた。

「わかった、どうせ俺はあんたには逆らえないんだ」

 高ぶった声で言い捨て、出て行った。

 部屋に戻ってベッドに横たわりながら、イージェンは右腕を見た。傷ひとつない。すぐに起き上がり、手紙を書いた。リアウェンへの別れの手紙だった。ウルヴの部屋にいったが、いなかった。ネサルのところにいるのだろう。からっぽのベッドに顔をうずめた。

「にいさん…」

 そして、出て行った。

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