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セレンと灼熱の魔導師(6)

 襲撃の場所がどこか。街道沿いの地形から言って、都外れの川沿いか、その先の崖沿いか、いずれにしても逃げ道のないところとだろう。だが、それは諸刃の剣。自分たちも逃げ道がないことになる。ウルヴはそれまでの気弱で泣き虫な性格からは考えられないほど、剣術も達者になり、気性も残忍になった。ネサルに気に入られたい一心だった。ネサルが余計な殺しは好まなかったので、やたらに人殺しはしなかったが、それでも逆らう相手には容赦しなかった。

 イージェンは空を飛んでいきたかった。薬草採りで山の中に入りながら、修練を積んでいた。正式な教導を受けていないので、すべて手探りだった。魔力が強くなっていくのがわかるだけに、術についていろいろと知りたかった。空を飛べるとわかったときは驚いた。父は空を飛べるほどの魔力はなかった。火をつけたり、水を出したり、鳥や犬を操ってみたり、自分の傷を治したり、いろいろと試した。しかし、所詮自己流のため、行き詰っていた。

 川沿いにはいなかった。崖沿いに違いない。案の定、左側が崖で右側が谷になっている場所で馬車と馬、何人か倒れていた。兵装が二人、手下と思われる外套がひとりだ。馬車の向こうで怒鳴り声と剣がかち合う音がしている。ネサルが馬車の側で馬から飛び降りた。

「ウルヴ!」

 イージェンはそのまま馬に乗り、馬車の横を過ぎてから馬の背を蹴った。ネサルが護衛兵をふたり、瞬く間に切り捨て、隊長らしき男に剣を飛ばされたウルヴたちの方に駈けていく。隊長の剣がウルヴの腹に突き刺さった。剣を引き抜く。ウルヴが血を吹きだしながら倒れた。

「ウルヴ!」

 ネサルが隊長と激しく剣を交えた。その勢いでよろけた隊長の膝を蹴り、倒れたところを胸当てと腹の間に深々と剣を突きたてた。

「にいさん、にいさん!」

 イージェンが飛び出た内臓を押さえて、必死に叫んだ。ネサルがウルヴの頭を抱き起こした。耳元で呼んだ。

「ウルヴ、返事しろ!わかるか、俺だ!」

 ウルヴが目を開けた。

「と…うさん…お、おれ…」

 唇が紫色になっている。差し出そうとする手を堅く握った。

「…とうさん…おれ、しにたくない…たすけて…」

 ネサルが目を閉じたウルヴの頭を抱きしめた。

「助けてやる、きっと助けてやるから、心配するな」

 気休めだ。この傷で助かることはない。ネサルは唇を噛み締めた。イージェンは頭がおかしくなりそうだった。ウルヴがこんなことになるなんて。死なせたくない。なんとか助けなきゃ。腹を押さえている手のひらが熱くなった。魔力が身体全体から湧き上がり、手のひらに集まってくる。

「にいさん、死んじゃいやだ、いやだ!」

 手のひらが白く光り、傷口に光があたって、塞がっていく。ネサルがその様子を見て絶句した。やがて、傷が消えた。ウルヴがまたかすかに目を開けた。

「とうさん、おれ…」

 自分で起き上がろうとすらした。背中を支えてやりながらネサルが肩を抱いた。

「まさか、こんなことが…」

 イージェンはネサルに向かって頭を振った。黙っていてほしい。その意図は伝わった。

「兵は倒した、かすり傷だったんだ、よかった」

ウルヴがネサルに抱きついた。

「とうさん、助けてくれたんだね、とうさん!」

 コニンはじめ手下は全員死んでいた。馬車の御者と中にいた執政官ふたりも殺し、馬車にウルヴを乗せた。手下ひとりに御者をさせた。

「ねぐらに戻って手下どもを連れてこい。今夜の内にこの国を出る。シヴァンのねぐらで落ち合おう」

 イージェンは承知した。なにか言おうとするのを先んじてネサルが言った。

「話は後でゆっくりと」

 イージェンは駈け戻った。

 国庫の金を強奪し、執政官や護衛兵を殺害したため、国賊となった。ただの盗賊とは違って、その追求には警邏官ではなく、軍が出動することになる。シヴァンは西の国でこの国とは不仲であるため、そこまでは手配は及ばないはずだった。陸の国境は緊張状態のため、両国の兵が駐留している。川に沿って下り、海から入ることにした。港にはなじみの漁師がいて、こっそりと船を出してもらうくらい造作はなかった。イージェンが手下たちと着いたときにはすでにネサルとウルヴは隣国に入ったとのことだった。馬は隣国で買い直すことにして荷物だけ持って船倉に潜んで隣国に向かった。


 シヴァンのねぐらに着いたときは四日が経っていた。

「無事に着いたか、よく来たな」

 ネサルが手下たちをねぎらった。イージェンはウルヴを目で探したが、いなかった。

「ウルヴは部屋で寝ている。傷は大丈夫なんだが、力がでないようだ」

 あれだけの傷だ。なかったかのようにふさいだが、身体への打撃は残っていたのだろう。すぐにウルヴの顔を見に行った。

「にいさん…大丈夫か?」

 ウルヴはベッドの上で身体を起こし、本を読んでいた。

「イージェン、着いたのか」

 ベッドに腰掛けてウルヴの手を握った。がたがたと震えているのに気づいてウルヴが笑った。

「ああ、大丈夫だ、とうさんが…看病してくれた」

 ウルヴが、子どものように顔を赤らめた。早く元気になってと言って部屋を出た。胸が苦しい。廊下にネサルが待っていた。ネサルはイージェンを街の娼館に連れて行った。

「こんなところでは話はできない」

 客を迎えるために欄干に鈴なりになっている脂粉臭い娼婦たちを見ながら、イージェンが不愉快そうに言うと、ネサルがあの不敵な笑いを向けた。

「ねぐらではまずいだろう、かといってひと気のないところでは…俺も命は惜しいからな」

 イージェンを警戒しているぞということなのだろう。奥まった一室に入った。女が三人いて、ふたりを座らせて杯を勧めた。ネサルが一杯飲み、女たちを下がらせた。

「おまえはどこか違うと思っていたが、まさか魔導師とは」

 イージェンはずっと下を向いていた顔を上げた。

「魔導師じゃない、魔力があるだけだ」

 ネサルが手酌して杯を重ねた。

「まあ、学院での教導を受けてないだろうしな、正式には魔導師とはいえないだろうが、同じことだ」

「俺に魔力があることは…兄貴には…」

 言いよどむイージェンにネサルがイージェンの空になった杯を満たした。

「黙っていてほしいか」

 イージェンが頷いた。

「ウルヴは魔導師を憎んでいたからな、ベッドの中でさんざん聞かされた。おまえが魔導師と知ったら…」

 きっと自分を憎むだろう。側にいられなくなるだろう。動揺を隠し切れなかった。

「魔導師にもおまえのように魔力があってイカサマではない連中もいる。だが、あいつらは、真義だの秩序だのを振りかざして偉そうにしているが、平気でヒトを裏切る」

ウルヴから聞かされたが、ネサルが軍人だったときに魔導師に裏切られてひどい目にあったらしい。だからウルヴはいっそう魔導師を憎むようになっていた。

「俺はそんなんじゃない」

「ああ、そう願いたいな」

ネサルが吐息交じりで言った。

「おまえはウルヴのことをだれかにすがっていないと生きていけないと言ったが、おまえはウルヴにすがっていないと生きていけないんじゃないのか」

 そうかもしれない。ウルヴの願いなら何でもかえてやりたい。ウルヴが自分がしてやったことで、少しでうれしそうだと心が温かくなる。反対に誰かにしてもらったことで幸せそうだと胸が痛くなる。自分こそ、すがっているのかもしれない。

「黙っていてやってもいい、だが」

 きっと、そのかわりだろう。

「そのかわり、暗殺の仕事をしてもらう」

 なかなか近づけない立場の人間を殺してほしいと頼まれたときにやってくれというのだ。

「魔導師は憎いが、使えるものは使う。あれだけの魔力だ、術を覚えればもっといろいろなことができるだろう」

 ふところから地図を差し出した。リアウェンという名が書かれていた。

「そいつは、魔導師ではないが、魔導師の書物をたくさん持っているから、そこでいろいろと術について調べてくるといい」

 地図をしげしげと眺めた。大陸の東端の国だった。先に行っていれば、ウルヴが元気になったら、その国に移動し合流するということだった。地図を自分のふところにしまって、立ち上がった。

「それじゃ、先に帰る」

 ネサルが止めた。

「待て」

 手を叩いて女たちを呼んだ。イージェンがかまわず出て行こうとした。立ち上がって、その肩を掴んだ。

「ここで一番人気の女をおまえのために呼んだんだ、泊まっていけ」

 これまでネサルがイージェンに何かを強要することはなかった。これは従えということだろう。腰を降ろし、酔ってしまおうと続けざまに杯を空けた。

翌日、ウルヴの寝顔を見てから、出発した。同じ顔だ。もしウルヴを見たくなったら鏡でも見ればいい。それで済むなら楽なのに、きっとそれだけではないのだろう。ウルヴの存在が、苦境の中での一筋の光のようなものなのだろう。イージェンはその光があるから…生きていけるのだと思った。

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