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セレンと極南列島《クァ・ル・ジシス》(5)

イージェンが船に戻ると、ダルウェルたちをはじめ、みな甲板に出てきていた。イージェンがひとりだったので、ダルウェルが眉をひそめた。

「セレンはどうしたんだ」

 イージェンが振り返った。

「今来る」

 小さな影がたちまち船に近づき、ふたつの小さな身体が降りてきた。

「アートランは船長室に、セレンは朝飯を食べて来い」

 アートランがセレンを甲板に降ろした。

「アートラン…」

 セレンが心配そうに見送った。ダルウェル、エアリアも来るよう言われた。

 リィイヴがセレンに近寄った。

「セレン、心配したよ」

 頭を撫でた。セレンが少し離れたところにいたラウドの前に行った。

「殿下、ごめんなさい、心配かけて」

 うなずいたラウドもセレンの頭を撫で、肩を抱えて、食堂に向かった。

 船長席に座ったイージェンは、アートランに椅子に座るよう示した。

「これを読め」

 アートランの前に修正前の総会議事録と附記を投げた。アートランが表紙をちらっと見てから、嫌そうに手に取ると、勢いよく頁を捲って、たちまち最後まで見終えてしまった。机の上に戻して、足を組んだ。

「…あんたは学院で育ってないんだ、いいな。俺も外で育ちたかったよ」

 正直にうらやましがっている感じだった。

「おまえがそんな風に言うとは思わなかったな」

 アートランがエアリアをちらっと見た。エアリアが眼を逸らした。

「あそこでまともなのはアダンガル様だけだ、あとはクソだ」

 イージェンが椅子に深く身を沈めた。

「それは同意見だな、事情があるようだが、アリュカも腹を括るときだろう」

 アートランが附記をもう一度手に取った。

「このマシンナートの現状って、今までは学院長しか知ってはいけないことが出て来るけど、特級全てに読ませていいの?」

「どうして学院長しか知ってはいけないこととわかる」

 アートランが肘掛けに肘を置き、頬杖をついた。

「俺はおふくろの腹の中にいるときから、おふくろの心を読んでいたから、生まれる前から『学院長』なんだよ」

 心が読める…。

さすがにダルウェルもエアリアも気味悪く思えてきた。

「…こいつのおふくろって…まさか…」

 見当がついてダルウェルが唖然とした。イージェンが肩で息をついた。

「やたらにヒトの心を読むな。読んでも言うな。おまえが思う以上にヒトには知られたくない奥底があるんだ」

イージェンが言うと、アートランは返事せずに附記をゆっくりと読み直し始めた。

「南方海岸での戦争に使われたマリィンって『瘴気』を積んでいたの?」

 興味を持ったか。

「マリィンの動力源、コンビュスティウブルは合成『ペトロゥリゥム』だった、ミッシレェも通常弾道だったから、『瘴気』は積んでいなかった」

 アートランが鼻をならして、附記を閉じて、机に投げた。

「南方海岸に沈んだマリィンの残骸、始末してよ。海が汚れる」

 イージェンがうなずいた。

「二の大陸から戻ったら、始末しに行く。おまえも極南方面の動向に注意しろ」

 アートランがくくっと笑った。

「それをさせたいから、セレンを俺にくれるんだろ?」

 イージェンが黙った。ダルウェルがきつく言った。

「そうなのか?そういうことで、あの子をこいつに…」

 イージェンが手を振った。

「そんなわけないだろう。こいつはそういう理由でもつけないと、学院のために動けないんだ、今までつっぱってたからな」

 自分も似たようなものだったので、それは理解できるのだ。

「フン、俺はあんたのいいなりにはならないよ、自分で動きたいように動くだけだ」

 そう言いつつ、実は図星のような顔をしていた。イージェンが附記だけは持っていくように言った。

「それと、セレンには生ものを食べさせるな、必ず火を通せ。腹を壊しやすいから、カンヴァラの茶を精錬したものを飲ませろ。そのままだと苦くて飲みにくいから、氷砂糖溶かして。海水につかったら、真水で身体と髪を洗ってやれ。北方の生まれだから、肌が弱い。最初は日焼けがひどくならないように気をつけろ、遊んでばかりいないで手習いや算術も教えてやれ」

 ふてくされているアートランにさらに事細かにいろいろと言いつけた。ダルウェルとエアリアが半ば呆れて小さく肩をすくませ合った。

「おまえもきちんと服を着ろ」

 アートランはやっと終わったらしいと附記を握った。イージェンが棚から赤い書筒を取ってエアリアに渡した。

「仕度してやれ」

 エアリアがお辞儀して、アートランに顎を引いて見せた。エアリアが先に立ち、アートランが髪を振って出て行った。

 ダルウェルが眼をすぼめ、顎の髭をしごいた。

「いいのか、好きなものは食っちまうらしいぞ」

イージェンが出て行くよう手を振った。ダルウェルが両膝に手をあててかったるげに立ち上がり、出て行った。

 エアリアが少し待つようにと自分の部屋にアートランを入れた。セレンの服やらをまとめ、戻ってきた。

「自分の服あるの?」

 首を振る。小柄なので、ラウドでも体格が合わない。しかたなくエアリアが自分の胴衣と腰紐、外套を渡した。

「こんな暑苦しいもの…」

 そう言いつつ受け取った。エアリアが目を合わせないようにしているのに気づいた。

「俺に心を読まれるのが怖いの?」

 意地悪く言った。エアリアが黙って包み布に荷物を入れて縛った。

「姉さんもあの女の娘だな、男好きだ」

 にやっと笑った。顔を逸らそうとしたエアリアを覗き込んだ。

「あの女、子どもはサリュースとしか作らないけど、それ以外にも『お盛ん』だよ」

「私はあのヒトとは違うわ」

 腹立たしい。あのヒトを母とも、この子を弟とも思いたくない。

「姉さんだって、殿下がいるのに、あのマシンナートに手握られて、どきどきしてたじゃないか」

 心を覗かれてる感覚にぞっとした。

「いい加減にして。大魔導師様に言われたでしょ、やたらにヒトの心を読むなって」

「あのマシンナートはその気だよ」

 ドキッとした。

 アートランが胴衣を頭から被り、腰紐で縛り、外套で身を包んで、包み袋を掴んだ。

 セレンは食堂でみんなと食事をしていた。アートランとエアリアが入っていくと、振り向いた。リィイヴが立ち上がった。

「君も食べる?」

 リィイヴをじっと見つめて、返事せずにセレンの手を取った。

「行くよ」

 茶を飲みかけていたセレンが戸惑いながらも茶碗を置いて立った。セレンが自分で一緒に行こうとしている。セレンはアートランと一緒にいたいのだ。自分たちといるよりも…。みな、さびしい気持ちになった。

向かい側に座っていたラウドがアートランの手を掴んだ。

「そなたも茶くらい飲んでいけ」

 アートランがラウドを見て、セレンの隣に腰を降ろした。リィイヴが茶を入れてその前に置くと、じろっと見返してから、茶の匂いを嗅いだ。エアリアが食堂から出ていった。

ゆっくりと茶碗に口を付けた。セレンがほっとした顔で自分も飲んだ。アートランがラウドを見つめた。

「ヴィルトが来たとき、殿下のことを話してたな。エアリアといたずらばかりして困るって」

 ラウドが顔を赤らめた。

「いったいいつの話だ、ヴィルトも余計なことを」

「のんびりしてて、うらやましかったよ、セラディムの王宮は殺伐としてるから」

 ラウドが眼を上げて、思い切って聞いてみた。

「セラディムの学院はなぜアダンガル殿を推さないんだ」

 アートランが小さくため息をついた。

「ヨン・ヴィセンを廃せない。あいつの母親はドゥオールの王女だった。ドゥオールのじじぃが死ねば、他に直系がいないから継承権を主張してドゥオールを統合することができるかもしれないんだ。それで様子を見ている。それにアダンガル様には王位継承の資格がない」

 アートランがまともな会話ができたことに驚いた。ラウドが低くうなった。

「国王陛下の弟君だろう?母君の身分が低いからか」

 母の身分が低くて、王弟といっても王子でないこともある。でも、間違いなく血筋ならば、長じてからでも王子として承認することもできないわけではない。

アートランがちらっとリィイヴたちを見た。

「身分もなにも…」

 小刻みな揺れがあり、『空の船』がゆっくりと空中へと離水していった。

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