表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/404

セレンと海獣王《バレンヌデロイ》(6)

エアリアたちは、宿舎に戻ることにした。ダルウェルはヴァンたちのいる部屋に向かい、サリュースとアリュカは話があるからと途中で別れた。

エアリアは昨日あてがわれた部屋に入った。セレンはヴァンやリィイヴたちと一緒にいるはずだが、寝室から寝息が聞こえた。そっと覗くとイリィがベッドの上で寝ていた。執務宮の宿舎にいるはずだが、なんでこちらにいるかわからなかった。

別に二、三日寝なくてもどうということはないので、調薬庫に向かった。ふところからイージェンが指示を書き込んだ処方箋の写しを出した。調薬してみようと思った。他国の学院だが、明日アリュカに謝ればいいだろうと、調薬庫に入った。もちろん鍵はかかっているが、エアリア以上の魔力で掛かっていないので、開けるのは造作ない。灯りに火を点けて薬草の棚の名札を見ていたら、奥のほうから声が聞こえてきた。まともな会話ではない。なにかわかって、胸がズキリとした。

「どうして、そう困らせる…」

 サリュースの声。息を荒らしている。

「…困ってるの?ほんとうに…?」

アリュカの声。『女』の艶やかな吐息交じりだ。

「…むりやりだろう…いつも…わたしの都合も気持ちも考えないで…最初のときも、まだ子どものわたしを…」

「だったら、突き飛ばせばいいのに…別に魔力で縛ってるわけじゃないでしょ…」

 あわててその場を離れようとして机の瓶を落としてしまった。ガシャンッと大きな音がして割れた。

「誰だ!」

 サリュースが半裸で奥から出てきた。エアリアは思わず飛び上がり天井に貼り付いていた。サリュースが床に散らばっている硝子の欠片を拾って見回した。アリュカが黄土色の毛布をまとってやってきた。

「サリュース、わたし、もうひとりほしいの…わたしたち、とても『合う』のよ、次の子もあの子たちみたいに…」

 アリュカがサリュースの前で、毛布がはらりと落した。年を感じさせない張りと艶の肌を晒した。頬を赤らめたサリュースが抱きしめた。

「エアリアやアートランのような特級が産まれると?」

 サリュースがアリュカの首筋に口付けた。

「ええ、きっと」

 アリュカが顎を上げて酔ったような笑みを見せ、むさぼるように口付けを繰り返すサリュースの頭を両腕で抱いた。

エアリアはそっと気づかれないように天井に張り付いたまま動き、排気口から外に出た。

…ふたりは、わたしの?…まさか…そんな。

特級魔導師は親から切り離されて学院で育つ。学院長以外素子記録を見ることはできないので、エアリアは自分の両親のことはなにひとつ知らなかった。学院は魔導師の結婚を認めていない。そのため、もし子どもが産まれると特級は学院が引き取るが、他の子どもは里子に出されるのだ。

…学院長様が…わたしの父…

 考えもしなかった。エアリアが肩を震わせた。

「いえ…わたしの父は…」

 ヴィルト様だとエアリアはゆっくりとあの浮島に降り立った。腰を降ろして学院のほうを見つめた。ラウドがセレンたちと一緒に寝ていた。知るものもいない異国の地だ。みんなと一緒にいたほうが安心するだろう。 

エアリアは、急に背筋が寒くなった。冷たい氷のような。その気が足元の水の中にいる。

「…これは…!」

 あのセティシアン!?

 さっと立ち退き、水際から離れた。同時に水の中から手が伸びてきてエアリアを掴もうとしたが、すでにエアリアは逃れていた。ザァーッと音がして、水から誰かが上がってきた。

「へぇ…俺の気配わかったんだ」

 びしょびしょの髪の間から声がした。下帯しかつけていないようで、まだ子どものような身体だ。

「あなた…セティシアン…」

 そんなことがあるはずがないが、同じ気配なのだ。髪をかきあげた。

「ああ、あのセティシアンは俺が操ってた。もっと歯ごたえあるかと思ったけど、たいしたことないね、姉さんの魔力も」

 はっと顔を見つめた。すんなりした金髪と紫がかった眼。サリュースに似ている。

「アートラン…あんたの弟だよ」

 ちらっと後ろを振り返った。

「どうやら、もうひとり兄弟ができそうだな、弟か妹か」

 アートランがぶるっと身体を震わせて、水しぶきを飛ばした。

「親なんてどうでもいいんだけど、兄弟はいいな、姉さんとは会いたかったよ」

 エアリアは戸惑った。

「その…今さっき知ったばかりで…両親のこととか…兄弟がいたこととか」

「知ったから何か変わるってわけじゃないだろ。もともと魔導師には親も子もないんだし、これまでどおり知らないふりしてればいいのさ」

アートランが浮島の縁に腰掛けて、足を水につけた。

「セレン…海に飛び込んだ男の子に、なにか術でも掛けたの?」

 少し後ろから話しかけた。距離を置かないと。なにか危険な感じがする。アートランが身体を半分向けてきた。

「術なんか掛けてないよ、呼びかけたら応えた。俺と気持ちが合ったんだ」

 薄暗闇の中でアートランがにやっと笑った。

「連れ出しに行こうか、俺はセレンを、姉さんは殿下を」

 エアリアの眼が険しくなった。

「セレンをどうするつもりなの」

 アートランが立ち上がった。

「どうするって…殿下と姉さんがしてたこと、するんだよ。好きになったからね」

 エアリアが驚き、恥ずかしくて耳まで赤くなった。もしかして、昨日のことを。

「で、でも、セレンは男の子よ、あなたも…」

 アートランがスッといなくなって、水音がした。

「なんでもいいんだよ、俺の『声』が聞こえるんなら、男でも女でも…ヒトでも獣でも…」

 氷のような気配が遠ざかっていく。学院のほうに行った様子はなかった。学院長室の窓辺にイージェンが立っているのがわかった。言いに行くべきなのだろう。しかし、どう言えばいいのか。迷ったまま、立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ