表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/404

セレンと海の獣《セティシアン》(4)

イリィとヴァンが船倉から厨房に戻ってくると、イージェンが待っていた。

「どうだ、一杯やるか?」

 杯を差し出した。酒瓶がないが、と不審な眼で見回した。杯をいくつか持たされて、船長室の隣の部屋に入っているよう言われた。ふたりが入ると、中は調度品がほとんどなく、床に毛足の長い絨毯が引かれていた。

「お疲れさま」

 リィイヴが声を掛けた。すでにリィイヴとサリュースが絨毯の上に座っていた。すぐにイージェンも入ってきた。大きな樽を抱えていた。床にどかっと置き、あぐらをかいて座った。

「イリィもなかなかの酒飲みだそうだからな、リィイヴとふたり、これくらいないと足らんだろう」

 サリュースが書物を膝の上に広げて眼を落とした。

「まったくどこが経費を出してると思ってるんだ」

 今回の旅もこれだけの大所帯、食料や水だけでもかなりの負担だ。滞在先のティケアでもそれ相応に掛かるだろう。

イージェンが樽の口を外し、水差しに酒を注いだ。

「ヴァブロ公が俺の精錬した茶がほしいというので、代わりにいい酒をくれと言ったら、こいつを寄越したんだ。ヴァブロ公は二樽でも三樽でもいいと言ったぞ。学院のふところは痛めてないから心配するな」

 サリュースが蒼白になった。

「魔導師が精錬した道具を売るような真似は禁じられているんだぞ!ま、まったくおまえというヤツは!」

 精錬した道具は、学院が許可し、手続きを踏んで宮廷を通して配布する以外は禁じられている。この調子だと、リュリク公に精錬した剣でも売りつけそうな勢いだ。

「このくらいでいちいち目くじら立てるな」

 水差しからみなの杯に酒を注いだ。肩を落としているサリュースに杯を差し出した。

「俺の代わりに飲んでくれ」

 サリュースが仮面を見て、戸惑った。さらに押し付けられてしぶしぶという顔で受け取った。

「一杯だけだぞ」

 仮面が縦に動いた。


 エアリアは食事の後、湯を沸かしてたらいに入れ、髪と身体を洗い、櫛で髪を梳いた。梳きながら、次第に胸が高鳴っていくのを止められなかった。

「殿下…」

 もし今夜、夕べのように扉を叩かれたら。きっと…開けてしまう…。

 叩かないで。

 ふと扉を見た。静かに閉じている。

 いいえ、叩いて。

いつもは魔力で気を張っているが、今夜はそれを解いた。

 扉を叩く音がした。エアリアの髪を梳く手が止まった。

「…エアリア、俺だ…部屋に、入れてもらえるか?」

 エアリアの髪を梳く手が動いて、櫛をテーブルに置いた。

 扉の前では、ラウドが緊張で両の拳を握り締めていた。ようやく思い切って扉を叩き、声を掛けたがすぐ返事がなかった。

 だめか…エアリアが望まないなら…。

 あきらめるしかない。拒むという気持ちも大切にしなければ。立ち去ろうとした。そのとき、キィッと音がして扉が開いた。

「…エアリア…」

 扉の隙間にうつむいているエアリアがいた。扉を開けて、ラウドを入れた。

狭い部屋で、ベッドと机、用桶や水桶のある小部屋があるだけだ。座るところがないので、エアリアはベッドに腰掛けるよう、示した。火桶で沸かしていたやかんで茶を入れた。

所在無くラウドが窓の外を見た。雨が降っていた。魔力で包まれているようで、雨ははじかれて船には届いていなかった。

「どうぞ」

 エアリアが茶を差し出した。

「あ、すまん」

 受け取る手が少しぎこちなくなった。気持ちを落ち着かせようと、ふうと吹いて冷まし、ゆっくりすすった。

 甘かった。氷砂糖を溶かしてあった。飲むのをやめて突き返した。

「甘いぞ、入れなおせ」

 受け取ったエアリアが机に置き、自分の分の茶碗を持って座った。

「お好きでしょう?無理なさらず飲めばいいと思います」

 そう言って、自分がすすった茶碗を差し出した。ラウドがその茶碗を受け取って飲んだ。

「甘い…」

 エアリアが微笑んだ。

「わたしも、甘いのが好きです」

 その微笑みの愛らしさにラウドは身も心も高ぶった。茶碗の中身を飲み干し、返すと、エアリアが身をよじって机に置き振り返った。ラウドの顔がすぐそこにあった。頬にラウドの指先が触れた。

「エアリア…好きだ…」

引き寄せられた。

「殿下…わたしも…好きです…」

見つめ合った。幼い頃から幾度となく互いの姿を映しあった瞳。でも今その瞳は幼さを脱ごうとしていた。

「そなたがほしい…」

エアリアは、答えるかわりに眼を閉じてそのまま胸に顔をうずめた。小さな身体を堅く抱きしめながら、ラウドが吐息をついた。

「名前で呼んでくれ…エアリア」

 エアリアがささやいた。

「ラウド様…」

ラウドの指がエアリアの顎を上向かせ、小さな唇に熱い唇を重ねた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ