第六話 岩塩を売りに行こう
「では早速岩塩を売りに行きましょうか」
隣町「ディーグ」
トールに加えイリーナとジェイクが同行し、そこにいた。
「食料がそろそろ尽きそうです」
エイリスがそう言ったのは三日前。
岩塩も売らなければならず、色々と用事もあったこともあり隣町まで買い物に来ていた。
奴隷市場でにぎわうケミファと比べ、これといった産業のないディーグはあまり栄えているとはいえなかった。だが、それでも大体の物は手に入れることができ、トールたちの村と比べるとはるかに発達した場所である。
「売りに行くったってどこに行けばいいんだ? このあたりのことは全然知らないぞ?」
そう言ってイリーナは辺りを見回している。
奴隷は基本的に移動をしない。一度買われると買った人間のもとで一生を終える場合が多く、『元』奴隷であるイリーナがそういうのも納得がいく。
「ここには何度も来たことがあります。あっちに食材の販売店がありますので」
しばらく歩くとすぐに人だかりが出来ていた。見るとトールが言った通り食材の売り買いが行われている。
「あらぁ坊や! 久しぶりだねぇ!!」
その中でも大きな看板を掲げる店の店先から、女性がトールを抱きしめてきた。
「は、ハームさん……どうもお久しぶりです……と、とりあえず離していただけますか?」
「あらあらごめんよ。今日は何か買い物に来たのかい? それともまたグルジットの爺さんの所かい?」
「それもありますが……今はこの方たちと物を売りに来ました」
トールがイリーナとジェイクを紹介すると、ぎこちなくはあるものの二人はお辞儀をして挨拶をした。
「イリーナだ」「ジェイクと申します」
二人が挨拶をするとハームは口元に手をやり、
「あらあら、なんだい? 坊やも隅に置けないねぇ?」
とおせっかいな表情でトールをからかった。ジェイクの方は眼中にないようだ。
「そんなんじゃありませんよ」とトールは軽くかわし、本題に入る。
「それで、ハームさんの店で持ってきた物を見てもらおうと……」
「ああ、もちろんさ! 坊やの頼みならいつでも良いよ。早速入りなよ」
ハームの手招きで店の中に入ると、店内にはいくつかの窓口がありそれぞれが物の売買をしている様子だ。
普通、店一件につき窓口は一つが普通であり、それだけでハームの店の規模が大きいことがうかがえた。
「それで? 今日は何を持ってきたんだい?」
自分の窓口に行くと、ハームがトールたちに聞いてきた。
「ハームさん、実は今日は…………」
トールが他の人には聞こえないようにハームに耳打ちをしている。それほど時間はかからず、すぐに納得したような表情を浮かべるハーム。
トールもイリーナとジェイクの方を向き、こう言った。
「お二人について来てもらったのは、今日ここで岩塩を売ってもらおうと思ったからです。僕も助言はしますので、いかに多くの金額で買ってもらうかを考えながらやってください」
「わ、私どもが……ですか?」
「そんなことをして何になるんだ?」
二人の疑問は正しい。
奴隷であった頃のイリーナとジェイクは、当然ながら物の売り買いなどしたことが無い。そんな素人に任せては、良いようにあしらわれ大損害を被ること請け合いである。
そんな二人に任せることはあまり意味が無いように思えた。
「あんたがやった方が確実だろ? 無理に私たちにさせる必要は……」
イリーナが懸念をトールにぶつけようとした時、トールは次のようなたとえ話をし始めた。
「イリーナさん。こんな話をご存知ですか?」
ある無人島におなかを空かせた人がいる。その無人島には食べられるものがほとんどなく、唯一食べられるものがあるとすれば海にいる魚だった。
そこには釣竿を自分が持っている。
「この状況でお二人はどうしますか?」
トールが尋ねる。
二人は少し悩んだ後、
「そりゃあ、自分が釣竿を持っているなら魚を釣ってやるんじゃないのか?」とイリーナが答える。
「確かに、それも間違いではありません。一時的にならそれでもいいでしょうが……」
「……あっ! そういうことですか!」
イリーナが首をかしげる横で、何かが分かったのかジェイクが声をあげた。
「ジェイクさんは分かったようですね……つまり魚を釣ってあげた場合、その先もずっと釣ってあげなければ意味が無いということです」
「ああ! なるほど……」
そこまで聞くと、イリーナも納得した。
「僕も必要最低限の道具と知識は差し上げますが、それを使い家を建てたり、畑を耕したり、物を売り買いするのは皆さんでなければダメなんです。そうすれば今後、僕がいなくなったとしても生活を続けられるようになりますから」
トールの説明に「はぁ~」と感心する二人。その後ろではにやにやとハームが笑っている。
「それで? どっちからお相手してくれるんだい?」
「それじゃあ私からだ。いざ!」
初めにハームの相手を務めるのはイリーナだ。
張り切って持ってきた岩塩を差し出す。
「ほぉ……こりゃあいい岩塩だねぇ。そうだね……全部で二十トルクって所だから……三百オルカでどうだい?」
「売った」
即決であった。
「ちょっと待った!!」
すぐに止めに入るトール。交渉から数十秒での決定だ。止めに入るのは当然だろう。
「いくらなんでも早すぎです!! これでは交渉になっていませんよ!!」
「む……だけど三百オルカと言えば大金だぞ? 十分だと思うが……」
相場を知らない素人ではこれが当然なのかもしれない。そう思い、トールはため息をついた。
「とりあえずイリーナさんは下がってください。次はジェイクさんにやってもらいます。ちゃんと交渉をして下さいよ?」
二番手はジェイクだ。しぶしぶ席を立つイリーナを横目に、少し緊張をしている様子だ。
「お次はダークエルフの坊やかい? もう一度言うが、三百オルカでどうだい?」
「えっと……その前にトールさん、このあたりの塩の単価を教えていただけませんか?」
「ああ……確か一トルクあたり約30オルカですね。ここ最近の変動は分かりませんが……」
トールが説明すると、脇でその様子を聞いていたイリーナが不満の声をあげた。
「なんだよ! 聞いていいんだったら私でも出来たぞ」
「…………ですから、初めに助言はすると言ったでしょう? それに人に聞く、というのも大切なことですし……まあ聞く相手は選ばないといけないでしょうが」
トールの言葉に黙り込んでしまうイリーナ。
聞く相手とはこの場合、トールかハームとなるわけだが、ハームに聞いた場合好きに単価の値段を変えられる危険性がある。知識が無いジェイクならなおさらだ。
「ふーん。頭は働くようだねぇ」
「一トルクが約30オルカだとするなら…………………あれっ?」
ここでジェイクはあることに気付いた。
極めて重要かつ重大な事実…………
「私計算できませんでした……」