第三話 畑を耕し、家を建てよう
奴隷たち全員と契約を果たした日から一夜明け、翌日。
「呼んだか? ご主人様」
「はい。どうぞイリーナさん」
この土地に一つだけ建っているボロ小屋。室内にはトールがおり、机の上の書類に何かを書いている様子だ。
「ん? 邪魔だったか?」
「いえ。こちらからお呼びしたのですから……どうぞ、お座りになってください」
そう言って椅子を差し示すトール。
だが、触っただけでも崩れてしまいそうな椅子にイリーナは眉をひそめる。
「いや、遠慮しておくよ」
「そ、そうですか……えっと、あなたをお呼びしたのはこの書類に目を通してほしかったからです」
「ん? なんだこれ…………『追加採用』?」
手渡された書類に目を通すと、以下のような文章が書かれていた。
追加採用
イリーナ=マグダウェル殿
貴女の読み書きの能力を認め、追加採用としてトール=アリキュラムの補佐官として採用する。
なお、以下はその条件である。
1・最低賃金に加え、基本給として二百オルカ支払うものとする。
2・書類仕事に加え、実務も請け負う。
3・国を発展させる着想を思い立った場合、それを相応の値段で買い取ることとする。
「補佐官?」
「はい。人事異動というやつです。書類仕事と書いていますが、基本は僕の仕事を手伝っていただきたいんです」
「ふ~ん。まあ、私はかまわないけどな。だけどなんで私なんだ?」
「みなさんの中で読み書きができるのはイリーナさんだけですからね。他の方にも能力に応じて仕事についてもらう予定です」
「なら私だけが特別ってわけじゃないのか」と妙に嬉しそうに納得するイリーナ。
「どうかしましたか?」
「ん? 私だけだと不公平かと思っていたからな。他のみんなも同じように採用するなら問題ないだろう」
「そうですか……イリーナさんは優しいんですね」
恥ずかしげもなく恥ずかしい台詞を笑顔で言うトール。
言葉そのものの気恥ずかしさと、慣れていない褒め言葉にイリーナの頬は少し赤く染まった。
「ま、まったく……恥ずかしいご主人様だな!」
「ははは、すみません。あっ、それとご主人様はもうやめていただいて結構ですよ? もう主従関係でもありませんし……他の皆さんにもそうお伝えください」
色々と台無しだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ここ……名前はまだ付いていないが、トールの土地。
そこには広大な面積はあるものの、全くと言っていいほど何も無かった。
現在建てられているものと言えば、広場にあるボロ小屋が一棟だけである。
昨日の夜も、『元』奴隷……現在の村人たちは、外にテントを張って一夜を過ごす羽目になった。
「みなさん聞いてください!!」
トールの言葉に広場に集められた村人たちが耳を傾ける。こういった場面では、主人に尽くしてきた『元』奴隷だけあって、行動に移るのは早い。
「これから皆さんにはそれぞれ仕事についていただきます。まず手始めに、人間にとって必要な要素、衣食住を皆さんで完結できるようにしてもらいます」
衣食住とは、その文字の通り衣服と食物と住居のことである。
人間が文明的に暮らすための最低限の要素と呼ばれている。
「でもご主人様、俺たちはもう服も着てるし、寝るのもテントで十分ですよ? 飯はどうにかせにゃならんでしょうが……」
「服に関しては当分は支給制にしようと思っています。まだ生産方法がありませんからね。ですが、テントで暮らすというのも限界があります。冬にはこのあたりにも雪が積もりますし、ちょっとした雨が降っただけでテントは崩れてしまいますから」
トールの説明に何人かが「あー」と納得の声をあげる。それでも理解できない人がいるということは、一概に『元』奴隷となれど、知能レベルはそれぞれ違うようだ。
しかも、先ほど村人全員に『ご主人様』と呼ばないでいいという旨を説明しておいたのだが、それもあまり伝わっていない様子だった。
「とにかく今日から始めることは衣を除いた食と住。これを作っていただきます。食に必要なのは畑と井戸。住に必要なのは家です。ただ、井戸は近くに川があるので優先順位は低くします」
つまり畑と家をつくるのが優先事項である。
「この中で畑仕事に従事したことのある方は何人いますか?」
村人たちは手をあげ始める。
労働奴隷だった者たちが大半で、五人の男性と三人の女性が畑仕事に従事したことがあった。
「ではみなさんはエイリスの所に行ってください。そこで畑の場所と道具を教わってください」
手をあげた村人たちが広場のはずれにいるエイリスの元に向かった。
「あとの皆さんの中に建築作業に携わった方はいますか?」
このトールの問いかけには手をあげる者は少なかった。二人しかいない。
単純作業の部分もあるが、建築技術は素人には手が出せないものであるから奴隷に教えるなんてことは無かったのだろう。
「手をあげた方は家の建て方は分かりますか?」
「いえご主人様。俺ァ荷物運びしかしたことがありません」
「俺は一応建て方は分かるぜ……分かります。何度か手伝わされてたからな……です」
実質技術を持っているのは一人だけである。
しかも一人もきちんと建て方を教わったわけではなかった。
「う~ん……では手をあげた方と、男性が八人。家を建てる作業に就いてください。僕もお手伝いします。あと、イリーナさんは残りの皆さんとアニエスを連れて川へ向かってください。水を汲んで来てもらいます」
「ああ、分かった」
イリーナがうなずくと、残りの人たちを引き連れて森の中へ消えていった。
「さて、僕たちも向かいましょうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トールと村人たちが森の中に入ると、あらかじめ準備しておいた斧が並んでいた。
「おお! すげぇな! 鉄製か……これなら青銅製に比べてバンバン木を倒せるな!」
村人の一人が斧を見て興奮している。
この世界において鉄製の道具は珍しい。
ほとんどは青銅製の粗悪なもので、切れ味は悪くすぐに壊れてしまう。
当然、現場の作業員には丈夫かつ切れ味の鋭い鉄製は重宝されている。
村人が興奮しているのもそのためだ。
「人数分はあると思うので、とにかくまずは木を切り倒しましょう」
全員が斧を手に取ると、辺りにある木々に斧を打ちつけていった。
あっという間に一人が木をなぎ倒す。そこそこに太い木にも関わらず、切り始めてからまだほとんど時間も経っていなかった。
「す、すごいですね……これならあっという間に作業も終わりそうだ……」
トールが感心して村人の作業を見ている。すると、他の村人たちも次々に木を切り倒して行った。
トールが自分の木を見ると、村人たちが切っている木に比べ半分ほどの太さにもかかわらず、まだほとんど切れていない。
「こ、これは……力仕事ではあまり戦力になりそうにありませんね……すみませんが、畑の方も見てきたいのでここはお任せして良いですか?」
「おお! かまわねぇぜ……ないです、ご主人様。どれだけ切っておけばいい……ですか?」
「とにかく多く切っていただければ結構です。……あと、敬語が使いづらいのならはずしてくださってかまいませんよ? ご主人様もあまり言わないでほしいですね」
「おっ? そうかい? いやぁ~、奴隷だったころから敬語と言う奴がどうも苦手でねぇ。そういうことなら遠慮なく外させてもらうよトールさん」
「はい。それじゃああとはお願いしますね。えーっと……ダリスさん」
敬語が苦手な男性。名はダリスと言う。
先ほど、建築作業に携わり、家の建て方が分かると言った男性だ。
ひげを蓄え、筋肉質の大柄な体格で、年齢は四十代と言ったところ。見た目と中身が非常によく合った人物である。
ちなみに、大木をはじめに切り倒したのもダリスであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
木を切り倒す作業をダリスに任せ、トールは畑を耕している場所へと足を運んだ。
「ああ、トール様。お疲れ様です」
「君こそお疲れ様エイリス。こっちはどうですか?」
「はい。皆様の働きでとてもよく進んでおります」
見てみると、当初予定していた畑の面積のおよそ三分の一がすでに耕されていた。
始めてからまだほとんど時間が経っていないため、ここまで進んでいるとはトールも予想外だった。
「おお! すごいですね。もうここまで出来てるんですか? 今日中に終わるかも……」
「ええ。ですが……土の具合があまりよろしくありません」
エイリスの言葉に耕した後の土をすくってみると、確かにその土には異変があった。
掘り返したのにもかかわらず、あまり湿り気が無く、サラサラで匂いもしなかった。これは……
「これじゃあダメですね……えっと、みなさん少し集まっていただけますか?」
トールの呼びかけに村人たちがすぐに集まってきた。
男性は土を耕していたからか泥だらけで、女性は草刈りをするための鎌を持っていた。
「どうかなさいましたか?」
村人の一人がトールに尋ねる。
ここにいる村人の中で最も体の大きいダークエルフのジェイクと言う男性だ。歳は二十代後半、上半身は暑いからか完全に裸だ。
ダークエルフと言う種族は見た目が人間と違うだけで、能力的には人間のそれとさほど変わり無い。
だが、種族の特徴と呼べるのが、とがった耳、褐色の肌に加え、大っぴらな性格が挙げられる。
性に関しても寛容で、たとえ人目があったとしても事に及んでしまう者も多い。今トールが話しているジェイクは上半身だけですんでいるが、下半身も露出するダークエルフもいることからも、種族の性格が見て取れる。
「ジェイクさん。この土がどういう状態かわかりますか?」
「…………? いえ、ただの土としか……」
一般の人間にとってはこの程度だ。しかし、畑を作る場合、栄養が豊富な土を使うことが求められる。
そのままでも野菜を作ることは可能ではあるが、栄養のあるなしでは収穫量が大きく変わってくるのだ。
そのことをジェイクや村人たちに説明すると、ほとんどが首をかしげる中ジェイクだけが少し理解できているようだった。
「つまり、この土には栄養が無いということですね? そのような栽培方法は聞いたことがありませんが……」
「ええ。これは僕がつくった栽培方法ですので、一般的にはあまり有名ではありません」
「はぁー……ご主…トールさんが……ですが栄養が無いとなると、場所を変えた方がよいですか?」
「いえ、その必要はありません。もうここまで耕せているのだから、あとは栄養のある土を混ぜてあげればいいんです」
「栄養のある土ですか……それはどういった所にあるのですか?」
トールはジェイクと話していて気がついた。この人は非常に頭の回転が速い。
分からないことがあれば躊躇せずに人に尋ねる向上心も持っている。
環境次第では要職を任せることができるかもしれない。
「腐葉土と言う物がありまして、ちょうどダリスさんたちが木を切っている場所に大量にあると思います。……エイリスさん、確か手押し車って……」
「はい。五台ほど購入してあります」
「では、一旦作業を中止して腐葉土を取りに行きましょうか」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ボロ小屋に手押し車を取りに行き、ダリスが木を切り倒している場所にジェイクたちと向かうと、すさまじい光景がトールたちの目に入ってきた。
先ほどまで木々が立ち並んでいた森が、開けた土地になっていたのだ。
地面には丸太が軽く百本は転がされていた。
「おう! トールさん! あと何本くらい切り倒しゃあ良いんだ!?」
なおも木を倒そうとしながらダリスが尋ねる。ものの一分もしないうちに木を倒してしまった。
「ちょ、ちょっと待って下さいダリスさん!! あまり切りすぎると災害が起きやすくなるんです!」
「なに!? そうなのか? 俺はてっきりこのあたりの木を全部切るのかと思ってたぜ、がっはっはっはっは!!」
「もうこれで十分ですから! とにかくこれ以上切らないでください!!」