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二、  

 そして、時だけが、流れた。

 あの路地裏の出来事から早くも一週間が経っていた。あの日以来、優はぱったりと学校に来なくなって、菫は毎日、ぽっかりと空いてしまった隣の席に目を向けてため息をついていた。

 優が学校に来なくなった理由について担任の先生は彼の家の事情だといっていたが、生徒達の勝手な憶測は、自殺未遂しでかしたのではないのか、もしくは、また、病院送りにされたのではないかとそういう不吉なものが飛び交っていた。

 そして、今は、昼休み。周りの席もがらんとしているが、菫の隣だけはその人がいたという気配すらなかった。

「御山」

 一人の黒ぶち眼鏡の色が白く線の細そうな少年が、菫に話しかけた。廊下側の席にいる、中学校からの幼馴染。

「ちょっと手伝ってもらいたいんだけど」

「なにを?」

 と、保健委員の彼の手伝いをするために立ち上がって彼の席にいくと、まっさらな画用紙が斜めに置かれていた。

「ポスターけーじ」

「その通り。絵、かいてくれない?」

 彼、荒神和人は、頬を人差し指でぽりぽりとかきながら申し訳なさそうにいった。黒ぶち眼鏡のがり勉君だが、運動と美術的なセンスが壊滅的な状況に陥っているために、時たま、いつも暇そうな菫に、仕事を持ち込んでくるのだ。

「なんの絵?」

「手洗いうがい。風邪流行ってるみたいだから」

 ペンを借りて、一発で蛇口と手をかいて色をつけてレタリングもしてやった。中学時代、美術部だった菫にとって、これぐらいお安い御用のことだった。適当に『手洗いうがいをしっかりしましょう』とかいて完成させると時間を見た。

 十二時四十分。

 なにも変哲のないいつもどおりの時間。それにため息をついてポスターを和人に突きつけて数との席に座ってもう一度ため息をついた。

「どうした?」

「いや、われながら友達少ないなって思ってね」

「そんなの今さらでしょ」

 和人がポスターを丸めながら呆れたようにいって使ったペンを片付ける。

 細い手が太いペンを握っているのを見て不釣合いだなと思いつつその手の行方を追った。古びたペンケースに適当にペンを突っ込んでいるのを見て相変わらず大雑把だなと苦笑する。

「で、鬼無里はどうしたんだい?」

「さあ。あたしも知らない」

 知らないっていうのは嘘だなと思いつつも、白を切った菫は、もしかしたら、あの路地裏のことが原因なのかもしれないと思って目を伏せた。

「お前にも音沙汰ないってことは、先生にもなにもいってないんだろうね」

「うん」

 いつものことことだった。

 優が休んで、彼の家の事情だと理由を話されるのは。

 いつも、優は休む時、だれにもその理由を告げない。いろいろな憶測を生んでいるのだが、それも、この教室の人々が彼を認識している、裏を返せば、どんな理由にせよ、その存在の欠如を気にしているということだった。

「まあ、おれは別に良いけどさ。お前がそんなしけた面してんのはあんまり見たくはないな」

「なによ」

「いや、こっちの調子が狂うからさ」

 肩をすくめて眼鏡を取った和人の白い整った顔に少しときめいてしまった菫は、悔しくなってそっぽを向いた。

 そんなところも見慣れているのか、眼鏡のレンズを拭くために伏し目がちになりながらも、うっすらと笑った。

「まあ、それもお前なんだろうけどね」

 ださいともとれる太い黒ぶちの眼鏡を掛けなおして、にっと笑った和人にいいようもない優しさがあることに気づいた。そう話しているうちに五分が経っていた。

 そろそろ予鈴が鳴って、食堂や、昼の練習のためにいたグランドから生徒がまばらに帰ってくるだろう。立ち上がって窓際の自分の席に戻った菫は次の時間の教科書を取り出した。

 奇しくもそれは数学A。今日は、ちゃんと聞いてみようかなと思って外を見つめた。


 通り雨だろうか。

 外には、雨が降り出し始めていた――。

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